魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 60

  • 2020.02.19 Wednesday
  • 17:13

JUGEMテーマ:小説/詩

 

「地母神界、というのだそうよ」祖母は、肩越しに私たちをふり向いて話した。「アポピス類たちがつくろうとしているのは、国ではなく、菜園界や泡粒界、それに鬼魔界とならぶ、世界そのものだと」

「ええっ」

「世界?」

「なんといいますことでございましょう」

「すげえな」私たちはびっくりして叫んだ。

「そう、そしてその世界に、ユエホワを連れて行きたいと、そういっていたわ」

「俺を――」ユエホワが眉をひそめてつぶやいた。

「ええ」祖母はうなずいた。「同じ赤き目を持つ者として、と」

 全員が、黙った。

 私はそっと、アポピス類の魔法大生の三人の方を見た。

 三人とも、足元を見おろしてこおりついたようにたちすくんでいた。

 

 翌朝、私と鬼魔たちは祖母に別れをつげて丸太の家を出た。

 今日、学校は休みだ。天気もいい。

 アポピス類の三人は、いっしょにすんでいるこの町での彼らの家に帰るといい、ユエホワはどうするか、歩きながら考えるといった。

 私は祖母から、よくよくユエホワを守るように、と言いつけられて、家に帰ることにしたのだった。

 キャビッチ畑の近くを通り過ぎるとき、皆は言葉もなく顔を横にむけて畑のようすを見ながら歩いた。

 畑はとくに変わりなく、朝の太陽の光をあびて、キャビッチもほかの野菜もおだやかにそこに存在していた。

「ふしぎな感じだな」最初に言葉を口にしたのは、ケイマンだった。「信じられないような……夢を見てたような感じだ」

「さいでございますね、本当に」サイリュウも歩きながらうなずく。「月夜の光が見せた、幻の世界でございましたかのような」

「キャビッチを投げるスピードが尋常じゃねえ」ユエホワが歩きながらうつむき首をふる。「あんなの、太刀打ちできるはずがない」

「ああ。あんなスロー今まで見たこともないし話に聞いたこともない」ルーロも早口で呟いた。

 私はだまって歩いていたけれど、頭の中ではゆうべの、夢でも幻でもない現実の祖母のキャビッチスローを思い出していた――とはいっても。

 あれは、キャビッチスロー、だったのだろうか?

 だって祖母は、キャビッチそのものには指一本触れることもなかったのだ。

 最初の一撃めだけは、直接持っていたものを投げたようだけど、私はそれを見ていなかった。

 それを見ていたのはユエホワだけだ。

 でも、そのユエホワも「見えなかった」と言っていた。

 そのスローは、私に教えるときとはまったく違うやり方のものなんだ。

 まあそれはそうだろう。

 見えなかったら、投げ方を教えてることにならないもんね。

 今まで私が見ていた祖母のキャビッチスローは、いったい祖母の本当の力の何分の一――いや、何十分の一、もしかしたら何百分の一、なんだろうか。

「それもだけど……『地母神界』てのがさ」ケイマンは歩きながら腕組みをした。「なんなんだよ」

「アポピス類だけが棲む世界、ってことなのか」ルーロが眉をひそめる。「いったいどうやってつくったんだ、そんな世界」

「さいでございますね」サイリュウもうなずく。「国、ではなく世界、でございますですからね」

「俺思うんだけど」ユエホワが、考えながら歩き、その考えを口にした。「一から世界をつくるなんて無理だよ絶対。だから、もしかしたら他の、今すでに存在してる世界のどこかに、やつら一族ですみついてるとかじゃないのかな」

「シンリャクってやつ?」私は歩きながらユエホワにきいた。

「その可能性もあるし、もしかしたらだれもすんでない、無人の世界を見つけたのかも知れないしな」ユエホワは引きつづき考えながら歩き、その考えを答えた。

「無人の世界なんてあるの?」私は歩きながら目をまるくした。

「どこかにはあるらしいって話は、きいたことあるぞ」ユエホワはあいかわらず考えながら歩き、答えた。

「さいでございますね」サイリュウが歩きながらうなずく。「たしかにきいたことはこざいますです」

「なるほど、だれもすんでない世界なら、地母神界とか好きな名前つけたってかまわないだろうからな」ケイマンも歩きながらうなずく。

「子供がおもちゃ見つけたようなもんだよな」ルーロがせせら笑いながら毒づく。

「妖精たちも、いっしょに行ってるのかな、その世界に」私はつぶやいた。

 他の皆は少しの間だまってしまったが、やがてユエホワが「そうだろうな」と答えた。「地母神界で、やつらに“飼われて”るんだろう」

「助けに、いくの?」私はきいた。

 だれも、答えなかった。

 私も、答えられなかった。

 助けにいくって、誰が?

 ユエホワが?

 魔法大生が?

 祖母が?

 ハピアンフェルが?

 それとも――いや。……。……。……。

「お前が?」ユエホワがきき返した。

 私は、答えなかった。

「おお」

「さすがでございますです」

「勇敢なヒーローだ」アポピス類たちがはやしたてた。

 私は、いっさい何もいわなかった。

 さっさと帰ろう。

 きっと母も父も、祖母からのツィックル便を受け取って私の帰りを待っているだろう。

 こんなところでもたもたしている場合じゃない。

 私は歩く足をはやめた。

「けどそうなると、こっちも軍勢をととのえて攻め込む必要があるよな」性悪鬼魔の声がななめうしろから聞こえてきたけど、私はふりむかなかった。

「そうだよな」

「でございますけれども、どなたにお願いをいたせばよろしいのでしょうか」

「あの呪いの祭司にでも頼むか」

「呪いの祭司? って、ルドルフ祭司さまのこと?」私は思わず足を止めてふりむいた。

 四人の鬼魔たちは、横一列にならんでいっせいにうなずき、にやりと笑った。

 

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評価:
(2019-05-07)
コメント:ある日ポピーと彼女のライバル(?)である鬼魔(キーマ)のユエホワの前に、とつぜん白い光とともに一人のお姫さまが現れた。その人の名は、サルシャ姫──泡粒界という世界の王女だったのだ。サルシャ姫のいた世界は今、侵略者に乗っ取られ、大地も海も人々も瀕死の状態にあった。もしこのまま泡粒界がなくなったら、とんでもないことになる──ポピーは、泡粒界を救うべく立ち上がる決意をした。

葵マガジン 2020年02月15日号

  • 2020.02.19 Wednesday
  • 16:42

JUGEMテーマ:小説/詩

 

◇◆◇◆聡明鬼◆◇◆◇


第87話 訣別(全100話)

 

 大きな、背中だったな――
 そんなことを想う。
 聡明鬼のことだ。
 リシは、キオウという鬼が妻とともに一瞬で消えてしまった時、自身では一体何が起こったのかまったくわからないまま、激しく混乱し叫び呻き声を挙げてうずくまる聡明鬼――やがて力尽き果てたかのように地に突っ伏したまま震えるだけで呼びかけにもまったく応えぬ様となった聡明鬼を、龍馬トハキの背の上に乗せようとした。
 だが聡明鬼の逞しい体はびくとも動かせず、リシは為すすべもなかったのだった。
 トハキが尻尾を伸ばして来、聡明鬼の体に巻きつけ、持ち上げて自分の馬の背に乗せてくれた。
 つまり聡明鬼をトハキに乗せたのはリシではなく、トハキ自身だったというわけだ。
 にも関わらず、聡明鬼に訊かれた時リシは、自分がトハキの背に聡明鬼を乗せたとした。
 無論そのことでトハキが自分に怒ったりするなどということはない。
 しかし、リシは咄嗟にそのような“嘘”をついたのだ。
 何故だろう――
 自分でもよくわからないのだが、それはある意味では聡明鬼に対する虚栄心――負けたくないという、根拠のない想いの所為でもあったろうし、またある意味では聡明鬼に、自分への感謝の念を持たせたいという想いでもあったろう。
 どちらにせよ、決して清い心の在り方とはいえない。
 リシは眉をひそめ、ふう、と嘆息した。
 自分は、なんという未熟な行動をしてしまったのだろう――それにしても。
 大きな、背中だったな――
 邸まで戻る間、トハキの馬の背の上で支え続けた聡明鬼の背中を、また想う。
 支え続けた、といえども、それについてもやはり、大部分はトハキが飛びながら馬の尻尾を聡明鬼に巻きつけ落っこちないように支えてくれていたというのが実情だ。
 リシ自身はただ、後ろから聡明鬼の背に手を添えていたにすぎない。
 その背中のことを、想っているのだ。
 聡明鬼自身は一晩経つと大分気力を取り戻したようで、顔つきも以前のごとく意志に満ちたものになっていた。
 そのことには、リシも大いに安堵しているのだ。
 だがその先のことを、何故かリシは心の中で封じてしまい、見ないように――想わないようにしていた。
 それは、リシ自身でも気づかぬうち、無意識にそうしていたのだった。
 それはつまり、元気を取り戻した聡明鬼が、これからどうするのか、ということだった。
けれど、どんなに見ないように、気づかないようにしたところで、それが立ち消えてしまうことは決してなかった。

 

「聡明鬼様ご一行が、明日お発ちになるとのことでございます」

 

 それを聞いたのは、マトウの室で壁際に控えていた時だった。
 従者がマトウに報せに来たのだ。
「まあ」マトウはしばらく言葉を失っていた。
 マトウにとっても、聡明鬼たちが去ってしまうことは寂寥に値することなのだ。
 そしてリシにとっては。
 リシは、それを聞きはしたが特に顔を振り上げるでも眼を見開くでもなく、ただ壁際に貼り付くように控え、前を見ていた。

 

          ◇◆◇

 

 ムイの、挽いたものを見る。
 それは、小さな茶色の甕の中に収められてあった。
 その天紙を破り、木蓋を引き抜き、テンニは中を覗き込んでいた。
 鬼の鼻に、懐かしき草の香りが届く。
 思わず、どこまでも吸い取らんとばかり大きく息を吸う。
 眼を閉じる。
 そのまま、テンニは息を止めていた。
 やがてゆっくりと、息を吹き出す。
 甕を持つ鬼の手が、小さく震え出す。
 ――儂は。
 隻眼を、ゆっくりと開く。
 ――これを……やっと手に、入れた。
 隻眼で、もう一度甕の中を覗き見る。
 ムイは黒味がかった濃い緑色をしており、砂のように乾いている。
 テンニは鬼の爪の先にほんの少しだけその粉をすくい取り、傍に用意した器の水の中に落とした。
 緑色の粉が、水面に浮かぶ。
 甕に木蓋を嵌め込み、そっと下に置いて、テンニは震える手で水の器を取り上げた。
 片方だけになった手で、持つ。
 黒く焦げたままの、鬼の手だ。
 そしてテンニは、その水を飲んだ。
 眼を閉じ、仰のいて、自分の体の中に水が――ムイが落ちてゆくのをじっと感じ取る。
 ――ああ。
 テンニは今、確かに思った。
 ――儂は……生き返る。
 その意識は、妙なものであった。
 鬼となった今、投胎もしていないのに「生き返る」ことはあり得ないのだ。
 にも関わらずテンニは今、間違いなく自分がこれから生き返るのだと信じて疑わなかった。
 一度死に、鬼となってまた死にかけたが、今度は鬼として生き返るのだ。
 ムイがあれば、自分は閻羅王に変わり人間と鬼との生死を、いつまででも掌握し管理し続けられる。
 陽世と陰界すべてを、支配し続けられる。
 ムイがあれば。

 

          ◇◆◇

 

 日が変わった。
 だが、今はまだ夜だ。
 真夜中で、半月は姿を隠している。
 それに代り小さな星々が、ここぞとばかり全天を覆い、ささやかながら輝きを競い合っている。
 庭の芝を、鬼の足が踏みしめる。
 星空を仰ぎ、しばらく眺めて、また一歩を踏み出す――そして止まる。
 行く手に佇む者がいたのだ。
 闇の中に立つ黒衣の者だが、鬼はそれが誰であるのかすぐにわかった。
「どうした」訊く。「こんな時間に」
「――それはこちらの科白だ」黒衣が答える。「私は今宵、見張りの番だ」
「そうなのか」鬼は言い、また歩を進める。
「何処へ行く」黒衣が訊く。「こんな時間に」
「――」鬼は少し置いて「地獄へ」と答えた。
 それから二足は闇の中、少しずつ慣れてきた眼で無言のまま互いを見た。
「世話になったな」鬼が言う。
「――」黒衣はいまだ言葉もなく、ただ鬼を見ていた。
 鬼はまた足を踏み出し、黒衣の傍を通り過ぎて行こうとした。 
 黒衣は振り向くが、言うべき言葉がわからない。
 首を振る。
「行くのか」
 リシは、大きな背中に投げつけるように、訊いた。
 リューシュンは肩越しに振り向き「ああ。行く」と答えた。
「もう、行くのか」リシはまた訊いた。
「ああ」リューシュンは頷いた。
「――」リシはじっと聡明鬼を見た。
「いろいろあったが、ありがとうな」リューシュンはにこりと笑った。「じゃあ」
「戻って来るのか」リシは急いでまた訊いた。
「――」今度はリューシュンが陰陽師見習いをじっと見た。「どうだろうな」首を傾げる。
「戻って来い」リシは続けて言ったが、その声は上ずり震えていた。
「なんでだよ」リューシュンは口を尖らせた。
「なんでもだ」
「どうしてだよ」
「どうしてもだ」
「――」リューシュンは少し黙ったが「ははは」と突然笑い出した。
「何が可笑しい」リシが肩をいからせる。
「最後まで、同じだな」リューシュンは肩を揺すって笑いながら言った。
「何が、同じなのだ」
「お前と俺の会話がだよ。最後まで、おんなじことを言い合ってる」
「――」リシは目線を足元に落とした。「最後……?」
「ああ」リューシュンは頭を掻いた。「すまん。最後じゃないかもな」
「また」リシは強く眼を閉じた。
「うん」リューシュンは頷いた。
「いつか」リシは眼を閉じたまま、また言った。
「うん」リューシュンも、また頷いた。
「――」リシは眼を開けもう一度聡明鬼を見た。
 聡明鬼も頷きながら陰陽師見習いを見た。
「きっと」リシはリューシュンを見ながら続けて言ったが、その声はかすれて声にならなかった。

 

 リューシュン

 

「――」リューシュンは、リンケイが陰鎮鷲椶帽圓前最後に自分の名を呼んだ時の声――それも声にならない、風のような声だった――を思い出した。
「――会いたい」
 リシは必死の様相で声を絞り出したが、それと同時に彼女の眼からは涙が溢れて頬にすべり落ちた。
 リューシュンが何かを答えようとする前に、その手は自然とリシの頬に伸びて涙を指で拭ってやっていた。
「ああ」それから、リューシュンは答え、そして笑った。「会おう」
 リシは自分の涙を拭う鬼の手をそのままに任せ、初めてにこりと微笑んだ。
 少し悲しげにも見える、微笑みだった。
 リューシュンは最後にもう一度、リシの頬に手を触れた。
 初めて触れる女の頬は柔らかく、その感触は手に心地よかった。
「マトウの傍にいろ」リューシュンは手を頬に触れたまま言った。
 リシは小さく頷いた。
「玉帝が護ってくれる」そう言いながらリューシュンは頬から手を離した。
 リシはまた小さく頷いた。
「またな。行ってくる」
 そう言って、聡明鬼は天心地胆に沈み込むように消えた。
 リシは真夜中の庭に、独り立っていた。
 今宵は見張りの番だ――彼女は聡明鬼に、そう言った。
 それも、本当のことではなかった。
 本当の見張りの番の者と、交代した――してもらったのだ。
 なんとはなしに、聡明鬼が夜の内に発つのではないかと、思い立ったからだ。
 ――最後まで……か。
 聡明鬼の消えた地点から、頭上の星空に眼を移す。
 ――最後まで、私も正直な行動を取らずじまいだった……否。
 ぎゅっと眼を瞑る。
 ――最後では、ない。
 自らに言い聞かせるかのように、リシは心で強くそう思った。
 それまでに自分の為すべきことも、ちゃんと解っているのだ。
 それはつまり、聡明鬼が自分に頼んだこと、人間と鬼との諍いを止めさせ間を取り持つということだ。
 眼を開ける。
 もう一度、涙が伝い落ちた。
 拭ってくれる鬼の指は、もうない。
 リシは、自分でそれを拭いた。
「また、会おう」
 鬼の消えた闇に向かって、呟く。
「ありがとう」

 

         ◇◆◇

 

 ――柔らかかったな。
 陰陽界を歩きながら、自分の手を見る。

 

 ざああああ

 

 周囲では今日も風ではない風の音が渦巻く。
 ――リンケイに、話してやろう。
 手を見る内、ふとそんなことを思う。
 ――あいつ、女を抱いたから自分の勝ちだとか何とか言っていやがったからな……まあ、俺も抱いたわけじゃあないが。
 手を下ろし、歩を早めて歩く。
 ――そうだ、女に『あれをしてやった』と言ってやろう。
 歩きながら、にやりと笑う。
 ――あいつ、あの切れ長の目を見開いて『本当か』と驚くだろうな。
 くくく、と歩きながら肩を揺する。
 そんなことを独り思う内、潜るべき天心地胆が見えて来た。
 リューシュンは顔を引き締めて、そこへ飛び込んだ。

 

◇◆◇◆次号へ◆◇◆◇
 

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(2019-04-02)
コメント:幼稚園ママは忙しい。家事に用事、子供の世話、PTAの役員会議、そして鳴りやむことを知らない電話……表題作ほか「吸血鬼・明」「地階の異界でオフ会を」収録。

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  • 2020.02.13 Thursday
  • 23:07
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(2019-05-11)
コメント:ある日ポピーと彼女のライバル(?)である鬼魔(キーマ)のユエホワの前に、とつぜん白い光とともに一人のお姫さまが現れた。その人の名は、サルシャ姫──泡粒界という世界の王女だったのだ。サルシャ姫のいた世界は今、侵略者に乗っ取られ、大地も海も人々も瀕死の状態にあった。もしこのまま泡粒界がなくなったら、とんでもないことになる──ポピーは、泡粒界を救うべく立ち上がる決意をした。

JUGEMテーマ:小説/詩

魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 59

  • 2020.02.11 Tuesday
  • 06:17

JUGEMテーマ:小説/詩

 

 私たちは、畑から十メートルぐらいはなれたところに立つミイノモイオレンジの木の陰から、そっとのぞいた。

 月明かりが畑を照らしている。

 祖母は畑のはしっこに、私たちに背を向ける位置で立ち、右手に一個キャビッチを持って、斜め上を見上げていた。

 見上げている先には、祖母の言っていたとおり五人の人が――いや、人の形をした鬼魔が、空中に浮かんでいた。

 全員、マントを身につけている。

 アポピス類だ。

 

「どういうことだ?」

 

 空中に浮かぶアポピス類の一人が、祖母を見おろしながらそうきいた。

「言ったとおりよ」祖母が答える。「あなたたちのつくろうとしている世界に、どうしてもユエホワを連れて行きたいというのならば、王様として迎えなさいといっているの」

「ふざけるな」質問したのとは別のアポピス類がどなる。「おとなしくユエホワをこっちへよこせ」

 私とケイマンとサイリュウとルーロはいっせいにユエホワを見た。

 ユエホワがはっと目を見ひらく。

 

 どかっ

 

 そのとき、はでな音が聞こえた。

 キャビッチがぶつかる音だ。

 私とケイマンとサイリュウとルーロはいっせいに畑を見た。

 浮かんでいるアポピス類の一人――というか一匹が、どさっと地面の上に落ちた。

「う、わ」ユエホワが声をつまらせる。

「なに」

「どうした」

「なにがございましたでしたか」

「キャビッチスローか」みんながいっせいにきく。

「見えなかった」ユエホワが声にもならずにささやき返す。「でも、投げたんだと……思う」

 見えなかった?

 暗くて?

 いや、そうじゃない。

 速すぎて――だ。

 たしかに、祖母の右手にはもうキャビッチがなくなっていた。

 私たちがユエホワを見たその瞬間に、祖母がそれを投げたのだ。

「これが答えよ」静かな声で、祖母が言った。「まだなにか?」

「く」アポピス類たちは、落っこちた仲間をくやしげに見おろしたあとまた祖母をにらみつけ「ディガム」「ゼアム」と口々にさけんだ。

 祖母が、氷の像のようにぴたりと動かなくなった。

「まずい」ユエホワがあせったような声で言う。

「これは」ケイマンがつづけて言う。

「魔法封じですね」サイリュウも言う。

「動きを封じるやつだ」ルーロも言う。

 私はなにも言わず、というかなにも考えず、キャビッチをストレートで投げていた。

 それは残った四匹の、私たちからみて右から二番めのアポピス類の鼻面に当たった。

 

 ぼこっ

 

「ぐっ」キャビッチを食らったやつは三メートルぐらい後ろへふき飛んだが、地面に落っこちるまではいかなかった。

「やった」ケイマンがこぶしを握って言う。

「すばらしいでございます」サイリュウが感動の声で言う。

「コントロールいいな」ルーロがつぶやくように言う。

 ユエホワはなにも言わない。

 私もなにも言わず、そして唇をきゅっとかみしめた。

 音が、ずいぶんとちがう。

 私が投げたのと、さっき祖母か投げたのと。

 音の重さ、つまりキャビッチの攻撃力が、何十倍――もしかしたら何百倍も、差がある感じだ。

 

「やっぱり来ちゃったのね」

 

 祖母が、私たちに背を向けたままで言った。

「え」私たちはその背中を見た。

「頼むわよ、ポピー」祖母はくるっとふりむき、月明かりの下でにこっと笑ったかと思うとつぎの瞬間にはもういちど前を向きながら右手を下からスプーン投げの形に振り上げた。

 

 どかっ

 

 またしてもさっきと同様の重い音が響いて、左から二番目のアポピス類がぽーんと投げ上げられるかのように上空へ飛んでゆき、そのあとどさっと地面に落っこちた。

「え」

「今のは」

「投げたのか」

「速い」私の後ろにいる鬼魔たちはまたかすれ声でささやき合う。

 私も、祖母が投げたキャビッチは見えなかった――いや、その前に、祖母はキャビッチを、手に持っていなかったんじゃなかったか?

「なぜ効かない」残ったマントのアポピス類が叫ぶ。「あの小娘の時とおなじだ」

 あの小娘――って、もしかして私のこと?

 そうか。

 もちろん祖母も、防御魔法のマハドゥをあらかじめ自分にかけておいたのだ。

「効いたわよ」けれど祖母は首を振った。「ただ解いただけ」

「なに」アポピス類がびっくりした。

 私たちもびっくりした。

 いや、確かにやつらが呪文をとなえたとき、一瞬祖母は氷の像のように固まったのを私も見たんだった。

「解いただと。いったいどうやって」アポピス類が叫んだその言葉は、そのまま私が心の中で思っていたものだった。

「あなた今、自分がどこにいるのかわかっているの?」祖母は両腕を広げてゆっくりと横に回し、まわりのキャビッチ畑をしめした。「ここは私の手の上もおなじよ」

「う」アポピス類たちはあらためて自分たちの足の下に広がる畑を見おろし、見回し、声をうしなった。

「まあ、あなたたちにも急いでユエホワを連れて行きたいという事情があったのだろうけれど、それにしても無謀な作戦だったわね。いきなり私の家を強襲しにくるだなんて」話しながら祖母がゆっくりとその両手を上にもち上げると、土の上にいたキャビッチたちがそれにつられるようにゆっくり、空中にうかび上がった。

「うわ」

「おお」

「ええっ」

「すげえ」私たちも目を見ひらいてその光景に目をうばわれた。

 いったい、何個――いや、何十個、うかび上がったんだろう。

 畑じゅうに、浮かぶキャビッチの姿がはるか遠くまで見えていた。

「せいぜい選択の間違いをくやむことね。もうおそいけど」祖母はそう言ってから、両手を下にふりおろした。

 空中に浮かぶキャビッチが、いっせいにマント姿のアポピス類たちに向かって飛び始めた。

 それらのスピードは圧倒されるほどに速く、残り三匹のアポピス類たちによけるすきをいっさい与えず、四方八方から容赦なくつぎつぎにぶつかった。

「うわあああ」

「ひいいい」

「わああああ」悲鳴をあげながら、アポピス類たちは下に落ちることも逃げることもできず、キャビッチの攻撃を受けつづけた。

「うわあ」

「痛そう」

「すげえ」

「こええ」私たちもその光景をまのあたりにして身をふるわせた。

 おまけにその攻撃は、祖母が空中に持ち上げたキャビッチすべてが使われているわけではなく――その、ほんの一部のものだけが、アポピス類に向かっていったのだ。

 つまりキャビッチはまだまだ、彼らの周りにたくさん、ありあまるほど存在しているのだ。

 やがてアポピス類たちは悲鳴すらあげなくなった。

 そしてキャビッチの攻撃も、終わった。

 アポピス類たちはそろって地面にどさっと落ちた。

「世界壁の外に、お迎えが来ているようね」祖母は、月が照らす夜空を見上げて言った。「ここで寝かせておくのも邪魔になるから、連れ帰ってもらいましょう」

 そうしてもういちど、両手を高くさし上げると、空中に浮かんでいた残りのキャビッチたちが、今度はすべて動き出し、畑の上にのびているアポピス類たちを手分けしてかこんだ。

 

 しゅるん

 

 いっせいに、鬼魔の体にとりついたキャビッチたちが消える音がした。

 すると五匹のアポピス類たちの体は、気をうしなったままふわりと持ち上げられ、そのまま夜空のかなたへ音もなくもち運ばれていった。

 見えない、キャビッチたちの力で。

「世界壁の、外」ユエホワが、ささやくような小声で言う。「そんなとこまで、魔法が続くのか」

 

葵 むらさきの著書

 

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評価:
(2019-05-11)
コメント:ある日ポピーと彼女のライバル(?)である鬼魔(キーマ)のユエホワの前に、とつぜん白い光とともに一人のお姫さまが現れた。その人の名は、サルシャ姫──泡粒界という世界の王女だったのだ。サルシャ姫のいた世界は今、侵略者に乗っ取られ、大地も海も人々も瀕死の状態にあった。もしこのまま泡粒界がなくなったら、とんでもないことになる──ポピーは、泡粒界を救うべく立ち上がる決意をした。

いい音なんですが

  • 2020.02.07 Friday
  • 22:08

 

 シール剥がす辺りの執念がすごい。

 でもほんと、いい音。いいね。木。

 

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(2019-04-23)
コメント:サイボーグ・クルー達を乗せた船は、その惑星に辿り着いた。惑星の住民たちは彼らの到着を、その「匂い」によって知った。少年リムは新たな世界への旅立ちを信じ、愛する少女ネヴィと共に船を捜しに出かけた。やがてサイボーグ・クルー達にも「匂い」は届き、そして彼らは1人、また1人と、消息を絶って行った――
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melma! サービス終了に伴う葵マガジンの再登録のお願い

  • 2020.02.05 Wednesday
  • 20:06

葵マガジン

 

 いつも拙メルマガをご購読頂きまして、誠にありがとうございます。

 えーこの度、melma! がサービス終了となったもようでございまして、本日先ほど、現連載中の『聡明鬼』第86話を配信予約しようとしたらどーしてもなんかいやってもボタンがぷち。できなくなっていた! という。

 えっなんで? メンテ? システム不具合? と思ってmelma! サイト内を駆けずり回って情報を探したところ、なんと1月末をもちましてサービス終了。と。

 うっひーぎゃっふー初めて知ったぜ蚊帳の外!

 

 でまあ、気を取り直しまして、以後『葵マガジン』をメールにてお読み頂くためには、大変お手数をおかけしますが以下より再度購読手続きの程を、何卒よろしく御願い奉りまする!

 

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 はい、今後とも、拙メルマガ『葵マガジン』を、どうぞ宜しくお願い致します!

 

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(2019-05-01)
コメント:【無料キャンペーン中!】「私」はその朝巨大なカエルに遭遇し、路上は命を賭した「だるまさんがころんだ」の戦場と化した──表題作ほか「さくらマーケット」「センチメンタル付属物」収録。女性主人公の、少しだけ不思議な日常世界を描いた短編集。

魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 58

  • 2020.02.05 Wednesday
  • 11:01

「来たわ」ハピアンフェルが告げた。「アポピス類よ」

 私たちははっと窓の方を見た。

 なにかが光っているわけではない。

「四匹……いえ、五匹はいるわね」祖母が唇にひとさしゆびを当てて気配をさぐる。「畑の上空まで来た」

「姿は、消してるの?」私は祖母にきいた。

「わからないわ……でもおそらくはそうでしょうね。まずはピトゥイをかけておきましょう」祖母はそう言い、右手をひらいて肩の上にまで持ち上げ、それからきゅっとその手をにぎりしめた。「ポピー」私を呼ぶ。

「はい」

「マハドゥをかけておきなさい」祖母はうなずきながらいう。「防御魔法を」

「はい」私はリュックからキャビッチを取り出し、右手に乗せた。「マハドゥーラファドゥークァスキルヌウヤ」唱えると、キャビッチはしゅるん、と消えた。

 さっき、ユエホワにうながされておさらいしておいてよかった、と思った。あれをしていなかったらたぶん、今みたいにすらすらっと呪文は出てこなかっただろう。

 

「出て来い、穢れた人間のおんぼろ魔女」

 

 突然そう怒鳴る声が聞こえた。

 祖母のキャビッチ畑の方からだ。

 はあ、と祖母が大きくため息をついた。「なんて下品な呼び方をするのかしら。まったく」

「光使いたちは森の中へ逃げていったわ」ハピンフェルが報告した。「いまアポピス類たちは、姿をあらわしているはずよ」

「わかったわ」祖母がうなずく。「じゃあ、ひさしぶりに投げてくるわ」テラスのガラス戸を、いきおい良く開けはなつ。

「おばあちゃん」思わず呼びとめる。

「ポピー、ここで皆を守っていて」祖母は背を向けたまま私にいった。「万一あのおんぼろ鬼魔が攻めてきたら、遠慮せず投げつくしなさい」

「はい」私はうなずいた。

「気をつけて、ガーベランティ」ハピアンフェルも声をはり上げる。

「ユエホワ、俺たちどうすれば」ケイマンがあせったような声でいう。

「――」ムートゥー類は、出て行く祖母の背中をじっと見ていた。「まずは、様子を見よう」つぶやくようにいう。

 本当をいうと――いや、いうまでもなく、私も祖母といっしょに戦いたかった。祖母といっしょに、キャビッチでおんぼろアポピス類をやっつけたかった。

 きっと、あっという間にその戦いは終わるのだろうけれど――ピトゥイで姿が見えるようになっている今こそ、今度こそ、リューイとエアリイの同時がけを思いっきりあびせてやりたかった。

「ガーベラさんがやつらを引きつけてる間に、やつらの死角へ回りこんで攻撃するのもいいんじゃねえか」ルーロが早口で作戦を提示する。

「いや、その死角にたどりつく前にこっちがやられるリスクの方が高いだろ」ユエホワは首をふる。

「ていうか、ガーベラさん一人でだいじょうぶなのか」ケイマンが心配そうにいう。「アポピス類五匹を相手になんて」

 自分と同類の鬼魔を“匹”で数えるのも、私にはふしぎな感じがした。

 この人たち、本当にアポピス類なのかな?

 まさか、本当は人間なんてこと、ないよね?

 うん、人間だったらそもそもユエホワと小さいころから友だちだったなんてこと、ありえないもんね。

「――」ユエホワは少しだけ考えこんだ。「……見て、みたいよな」小さくつぶやく。

「ああ」ケイマンも。

「さいでございますね」サイリュウも。

「クドゥールグ様を倒した伝説のキャビッチスローをな」ルーロも。

「お前は見たことあるのか? ポピー」ユエホワが私にきく。

「なにを?」私はききかえす。

「だから、お前のばあちゃんが鬼魔と戦うところをだよ」ユエホワが口をとがらせる。

「うーん」私は自分の記憶をたどり「ううん、ない」と首をふった。

 そういえば、そうだ。

 母が戦うところは見たことあるんだけど。

 祖母のほうは、私にお手本としてキャビッチを投げて見せてくれるところしか、見たことがなかった。

「――」ユエホワはしばらく私をじっと見ていたが「行くか」とまた小さくつぶやいた。

「どこへ?」私はきいた。

「お前のばあちゃんの畑へだよ」ユエホワは眉をしかめる。「伝説の魔女の戦いを見に」

「えー、でも」私は反対をとなえた。「じゃまになるし、危ないよ」

「でも見たいだろ、お前も」

「うん、見たいはずだよ」

「さいでございますですよ」

「実の孫でも見たことがないんだな」鬼魔たちはすっかり見にいく気満々だ。

「えー、でも」私はさらに反対した。

 まあ、たしかに祖母が鬼魔をどう退治するのか、見てみたい気はする。

 私が投げるのよりずっと早いんだろうし、同時がけや成分魔法や、もしかしたらまだ私が一度も見たことのない知らない技とかも出してくれるのかもしれないし。

 けど私はそれよりも、もしこの鬼魔たちをつれてのこのこ畑へ出ていったら、ぜったいに私だけが祖母にしかられる、というカクシンがあったのだ。

 だから、行きたくなかった。

 私が怒られるもん!

「やめといた方がいいよ」なので、反対した。

「大丈夫だって」ユエホワが、なぜか自信たっぷりにいう。「なにしろポピーが守ってくれるもんな、俺たちのことは。ぜったい敵の攻撃なんかくらったりしねえよ」

「えー」私は顔をしかめた。「なにそれー」ぜったい何かたくらんでるな、こいつ。

「大丈夫大丈夫」鬼魔たちは私のいうことなどまるで聞く耳もたず、テラスのガラス戸へ向かった。

 そういえばそのガラス戸は、祖母が開け放ったままになっていたのだ。

「ちょっとちょっと」あわてて呼びとめるあいだにも、四人の鬼魔たちはぞろぞろとテラスへ出て行ってしまった。

 なので私も急いで彼らの後をおいかけ、外に出た。

 テラスからすぐには、畑は見えない。

 でもとくに何の物音――キャビッチがぶつかる音や鬼魔の叫び声なんかも、聞こえてこない。

 いったい、どうなってるんだろう?

 私たちは不審に思いながら、テラスから下り畑の方へ向かいはじめた。

「薬持ってきてるな?」向かいながらユエホワが確かめる。

「うん」私はポケットの上から小瓶のあるのを確認してうなずく。「そういえばさ、ユエホワ」

「ん」歩きながらユエホワが私を見る。

「さっきの、シルキワスの回避方法って、いつ知ったの?」私も歩きながらきく。

「いつ、って」ユエホワは歩きながら考える。「こないだ鬼魔界へ戻ったとき」

「じゃあ、うちのパパの書庫に忍びこんでたときにはもう知ってたってこと?」

「忍びこんでたって人聞き悪いな」口をとがらせる。「まあ……知ってたけど」

「そんなら、なんで回避しなかったの? あたしがユエホワにシルキワス投げたとき」

「へ」緑髪鬼魔は歩きながらとぼけたように私を見た。「あれ……なんでかな」歩きながら、考える。「まあ、お前が本気で投げてくるわけないしな、俺に」

「なんで」

「兄ちゃんだから」

「変なの」私は歩きながら肩をそびやかした。

「何がだよ」ユエホワはまた口をとがらせる。

 

「では地母神界の王として、私はユエホワを推薦するわ」

 

 そのとき、祖母が誰かにそう話す声がきこえ、私たちは全員、ぼう然と立ちすくんだ。

 

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評価:
(2019-05-07)
コメント:ポピーは魔法学校に通う少女。その世界では、キャビッチという野菜を使って魔術を行う。ある日ポピーと親友ヨンベは、ちょっとした悪戯を思いついたが、そのせいでヨンベが恐るべき鬼魔(キーマ)にさらわれてしまった! 悲しんでいる暇はない、自分が助けに行かなくちゃ! かっこいい神様たち、そしてずる賢い鬼魔ユエホワと共に、ポピーの冒険が始まった――

葵マガジン 2020年02月01日号

  • 2020.02.03 Monday
  • 09:13

JUGEMテーマ:小説/詩

 

◇◆◇◆聡明鬼◆◇◆◇


第85話 助力の形(全100話)

 

 廊下を、歩く。
 聡明鬼の前をリシが歩き、導く。
 リシの手に持つ灯明が揺らぎ、足許をぼんやりと照らす。
 窓の外の半月が、それを助けるように光を差し込む。
「お前が、連れ帰ってくれたんだってな」歩きながら、聡明鬼が言った。
 リシは歩きながら顔を少しだけ横に向け「ああ」と答えた。
「お前が、トハキに俺を乗せてくれたんだな……大変だったろう」
「――覚えていないのか」リシが訊く。
「うん」リューシュンは頷いた。「覚えてないんだ」
「そうか」リシは言って、立ち止まった。
 リューシュンも立ち止まる。
 リシはそこにある扉を叩いた。
「どうぞ」中からマトウが答える。
 リシが扉を開け、
「聡明鬼さまをお連れ致しました」
 そう言い、リューシュンに道を譲る。
 リューシュンは何も言わず室に入り、背後で扉が閉ざされた後もそこに立っていた。
「まあ、どうぞおかけになって下さいまし」マトウは椅子を勧めた。
 リューシュンはやはり黙ったまま、椅子に腰掛けた。
「それで」マトウは用意していた茶を器に注ぎ、差し出す。「私にお話とは、どのようなことでしょう」
「人間と」リューシュンは初めて口を開いた。「鬼との、仲を取り持って欲しいんだ」
「人間と、鬼」マトウはいささか驚いたように、顔から微笑みを一瞬消した。「つまり今の陽世で起きている諍いを止めよと」
「すべてを止めることは叶わないかも知れない」リューシュンは俯いた。「それは、あんたにとっても危険なことだ」
「そんな」マトウは首を振った。「私めの身などを案じて下さいますな」
「あんたは鬼のことが嫌いか」リューシュンは顔を上げ、訊いた。「本当のところは」
「――」マトウは少しの間言葉を返せなかったが、顎を引くようにして「特にそのような感情を抱いたことはありませぬ」と答えた。「ですが恐らくそれは、私が法術を身につけており鬼を恐れる必要もないからかも知れませぬ」
「恐れる、必要」リューシュンは繰り返した。「人間たちは、鬼を恐れるから排除したいと言っているのか」
「それもありましょう」
「けど、鬼は――土地爺は、人間の幸福の為に」
「税として金銀を収めさせる」マトウが後を引き取った。
「――それは」
「もし鬼が、無償で人間たちの幸せの為に身を粉にして働くのであれば、人間も鬼を恐れたりはしないでしょう。けれど人間から見れば、土地爺とは財を奪うもの――財を奪って、それを閻羅王に収めご機嫌を取り、自分だけが安穏と暮らすもの、そういう風に見えているのですよ」
「――それだけじゃ、ないのに」リューシュンは呆然と口にした。
 薄々は――否、確実にそうなのだということは知っていた。
 けれど今改めて、人間であるマトウの口からそれを聞かされることは、若き土地爺にとっては身を切られるような思いであったのだ。
「もちろんあなた様は、そざや町の人間たちの為にお尽くしになって来られたのでしょう」マトウは微笑んだ。「けれど土地爺の中にはあなた様と違って、文字通り搾取を行う非道の鬼も確かにいるのですよ。元来人と鬼とがうまくやっていくような理は、この世にはないのです」
「そんなことはない」リューシュンは声に力を込めた。「俺は、鬼と人間とがうまく付き合っていける事を知っている。実際にその例も見ている」
「例?」マトウが訊く。
「ああ。人間と鬼とが、義兄弟になった例だ」
「まあ」マトウは嘆息した。
「それだけじゃない。この俺も」リューシュンは自分を指差した。「人間の、陰陽師とずっと一緒にやってきた」
「陰陽師?」このときマトウの眉根がすっとひそめられた。「誰ですか?」
「――」リューシュンは、しまったと思い目をぎゅっと瞑った。
 マトウがじっと見ている。
「――名は、言えん」リューシュンは苦し紛れにそう告げた。
「ええ」マトウは頷いた。「聞きますまい。何故ならそれが誰なのか、私には判りますゆえ」
「――」リューシュンは眼を見開いた。「なんだって」
「人間でありながら、鬼や妖怪を何よりも好む陰陽師」マトウは手元の器を見下ろし、それを持ち上げた。「そのような者、陽世広しといえど一足しかおりませぬ」器を睨みつけ、次にその中の茶をぐいと一気に呷る。
「――」リューシュンは何も言えずにいた。
 かた、とマトウは器を卓に置き、きっとリューシュンを見据えた。
「リンケイ」
 その名を呼ぶ。
「ですね」
「――」鬼の碧の眸は少しく揺らめいたが「ああ」と答える他なかった。
 マトウは器からいまだ手を離さず、じっとリューシュンを見つめ続けた。
 何を、想うものなのか。
 リューシュンには、わからなかった。
 リンケイとこのマトウ、陰陽師同士の二足が知り合いだったということは分かった、だがどういった知り合いで、マトウがリンケイと自分が関わりを持つことを知った今どういう想いを持つのか、自分に対しこの先どのような態度を示してくるのか、まったく予測できずにいたのだ。

 

「いいでしょう」

 

 だがマトウは、大きく頷いたのだ。
「えっ」リューシュンは寧ろ驚いた。「いい、って」
「もちろん、人間たちと鬼たちとの仲を取り持つという事についてでございます」マトウはやっと器から手を離した。
「本当か」リューシュンは背筋を伸ばした。「やってくれるか」
「ええ」マトウはもう一度頷いた。「あなた様のお役に立てる人間が、リンケイ一足などでは決してないこと、この私めが証してご覧に入れましょう」
「――」
「必ずや」マトウはにやり、と口元を広げた。「あんな男よりも遥かに、あなた様のお力になって差し上げますわ。玉帝様のお言いつけの通りに」
「――ああ」リューシュンは、やっと息をつくことができたような気がした。「頼む」
「はい」マトウは頷き「それで、リンケイは今どこに居るのでございますか」と訊いた。
「――」リューシュンは言い淀んだ。
 話して、よいものだろうか。
 そう思う。
 しかし、話そうと決意した。
 マトウも陰陽師、リンケイの為したことに理解はあるだろうし、何よりもたった今、自分の頼みを、危険も顧みず了諾してくれた者だ。
 自分も信頼の態度を示さねばならない。
「生きた人間を、生きたまま陰鎮鷲椶愾る呪いというのを、知っているか」問う。
「――」今度はマトウが言葉を失った。「はい」頷く。「……まさか」
「うん」リューシュンは、頷いた。「あいつは、生きたまま陰鎮鷲椶惺圓辰拭今もそこに居る、はずだ」
「な」マトウは声を震わせた。「何故」
「閻羅王に、力を貸す為だ」
「――閻羅王に?」マトウの眼は見開かれた。「何故」
「まさに玉帝の言っていた通りのことさ」リューシュンはゆっくりと瞬きをしながら説明した。「それが、結局は俺の力になるってことなんだ」
 マトウは眸を揺らしてしばらくの間考えていた。「――あの、ムイを持って行った相手から閻羅王を護るということでございますか」
「流石だな」リューシュンはにこりと笑った。「その通りだ」
「けれど」マトウは首を横に振った。「陰鎮鷲椶砲同⇒曚陵のもとに法技を駆使するには、いかばかりか――いえ、大いに制限が加わると思うのです、とても鬼どもに陰陽師の技がすべて通用するとは思えぬのですが」
「そうなのか?」リューシュンは驚いた。
 しかし言われてみれば確かにそうかも知れない。
 リンケイが相手にしてきたのは妖怪や精霊の類であって、鬼退治を生業としてきたわけではないのだ。
「陰鎮鷲椶箸覆譴弌∨ゞ颪砲垢訖深遒簗草なども手に入らぬでしょうし、一体どうやって……」マトウは呟いていたが「まさか」ともう一度眼を見開いた。
「何だ?」リューシュンが訊く。
「あの男」マトウはまた声を震わせる。「斬妖剣一本、剣技ひとつで鬼どもに立ち向かうつもりでいるのでは、ないでしょうね」
「――」リューシュンの中に、かつて妖魔たちを討ち払った際に見たリンケイの剣さばき、斬妖剣を振るう姿がよぎった。「あり得るな」頷く。「あいつなら」
「狡い」
 マトウの、幾分上ずった声に、リューシュンは驚いて眼を向け直した。
 マトウは俯き、唇を噛み締めていた。
「狡い」
 もう一度、かすれた声で言う。
「どう、して」リューシュンはそうとしか問えなかった。
「剣なんて……私には、使えないのに」
「――それは」
「あいつには、法力もあれば、法技にも長けているくせに……剣なんて」
「――」
「おまけに陰鎮鷲椶惺圓なんて」拳を強く握り締める。「狡いにもほどがある」
「だから、何が狡いんだよ」リューシュンは思わず両手を上に持ち上げマトウを制した。「別に、あんたとあいつが競り合う必要はないだろう」
「あの男は、私の言葉に何ひとつ耳を貸そうともしないのです」マトウは首を振り、叫ぶように言った。「私が何を教えても忠告しても、どこ吹く風といった体であっけらかんと、いつも好きなように振舞って」
「ああ」リューシュンは顔を斜め上に向けた。「そうだろうな、あいつなら」
「私を馬鹿にして、見下しているのです」
「そんなことはないだろう。あんたの考え過ぎだよ」リューシュンは苦笑した。
「いいえ」マトウはまたしても首を振る。「あいつは、私のことを能無しの役立たずの似非陰陽師と思っているのです」
「でもあんたには、多くの人間たちと上手くやっていく才能がある」リューシュンは辛抱強く語りかけた。「あいつには、リンケイには絶対できない事だ」
「――」マトウは、はっとした顔でリューシュンに眼を戻した。「――ああ」みるみる、頬が薔薇色に染まる。
 ――久しぶりだな。
 ふと、リューシュンはそんなことを思う。
 ――女の……人の頬が、薔薇色に染まっていくのを見るのは……まあ今まで見たのは人というよりも、鬼魂の頬だったが。
「聡明鬼さま」マトウは眸を潤ませて歓喜の声になった。「ああ、仰る通りでございます、私には人間たちをまとめ統べることができる……ええ、今こそその力を、あなた様の為に発揮させていただきますとも。私にできる全てのことを、ここ陽世において」
「ああ」リューシュンは頷きながら、大きく息をついた。「リンケイにはできない方法で、俺の力になってくれ」
「はい」マトウは踊り出さんばかりに両の腕を広げ微笑んだ。「必ずや」

 

          ◇◆◇

 

「話は、済んだのか」
 室を出ると、少し離れたところからリシが訊いてきた。
「ああ」リューシュンは頷いて見せた。
「そうか」リシも頷き、くるりと背を向ける。
「待っててくれたのか」リューシュンはそれから漸く気づき、訊ねた。「もう遅いのに、お前も休めばいい」
「マトウ様より言いつかっている」リシは振り向かない。「部屋に送り届けるまでが私の仕事だ」
 しばらく歩く。
「何を話したんだ」不意にリシがまた訊いた。
「――」リューシュンは少し置いて「人間たちと鬼たちとの間を取り持ってくれと、頼んだ」と、正直に答えた。
「人間たちと、鬼たちを?」リシは驚いたようだったが、顔はほんの少し横に向けられただけだった。「それで、マトウ様は」
「やると言ってくれたよ」
「そうか」リシはまた前を向く。
「お前にも、同じことを頼む」リューシュンは、その背に言った。「大変なことだとは思うが、やってくれるか」
「――」リシは少し置いて「わかった」と答えた。

 

          ◇◆◇

 

 露台に、出る。
 月は大分低いところにまで降りてきている。
 ――もうすぐ、行くぞ。
 そう、心で呼びかける。
 無論、リンケイにだ。
 ――もしテンニが先にそっちへ行ったら、よろしく頼むぞ。
 そう心で告げてから、リューシュンは片眉をひそめた。
 ――ていうかお前、あの女の陰陽師と一体どうだったんだ?
 先程見た、マトウの取り乱した姿を思い出す。
 ――まさかお前が女と本気で争ったり貶めたりすることはないと思うが……まあ、今度会ったらゆっくり聞かせてもらうさ。
 ふう、と星の少ない空に向かってため息をつく。
 ――なんにしても、陽世でのことはうまくやってもらえそうだ……もしかしてこれが、お前の「助け」だったのか。
 陰陽師の、取りすました貌が浮かぶ。
 ――てことは、俺と知り合うずっと以前から、お前は俺を「助けて」くれてたんだな。

 

 どうだかな

 

 陰陽師の、苦笑交じりに呟く姿が浮かぶ。
 リューシュンは空を仰ぎながら、くすくすと笑った。

 

◇◆◇◆次号へ◆◇◆◇

 

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(2019-05-01)
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魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 57

  • 2020.01.30 Thursday
  • 23:05

JUGEMテーマ:小説/詩

 

 そして夜になった。

 祖母は、いつもと同じように過していればいい、といったけれど、やっぱり皆そうもいかなくて――私もふくめて――なんとなく、リビングから出て行けずにいた。

 ソファにすわる者、床の上に直接すわる者、窓辺にたたずむ者、皆それぞれに、不安そうな顔でだまりこくっている中、祖母はとくに不安げでもなく、刺繍をしていた――そう、私と母の服の刺繍だ。

「美しいでございますですね」祖母の手もとを見てそっとそういったのは、サイリュウだった。「どなたのお召し物でございますのでしょうか」

「うふふ」祖母はうれしそうに笑う。「これはポピーのドレスよ」

「おお」サイリュウと、ケイマンとルーロも私を見た。「きっとすばらしくお似合いになることでございましょうでしょう」

「ありがとう、サイリュウ」祖母はにっこりと笑い、他の二人にも笑顔でうなずいた。

 ユエホワは窓際から、ほんの一瞬だけちらりとこちらを見たが、すぐにまた窓の外に目を向けた。

「そういうのって魔法でやれねえのか」ルーロが誰にきくともなく小声ですばやくつぶやく。

「まあ」祖母は目をまるくした。「そんなこと、考えたこともなかったわ。でもそうね、ツィッカマハドゥルを使えば、できなくもないと思うわ。でも」そこまでいうと祖母は、糸をはさみでぱちん、と切り、私の服(になる予定のもの)を両手で持ち上げ、刺繍のできばえをたしかめはじめた。「それをやって、もし私がやるより上手にできたとしたら、私たぶんひどく傷ついちゃうわ。だからやらない」ほほほほ、と楽しそうに笑う。

 あははは、と他の皆――私もふくめて――も笑う。

 けれど窓際に立つユエホワは、こんどはふりむきもせず、笑っているようすでもなかった。

 私は、さりげなく、すこしずつ窓際へ近づき、

「なに見てんの?」

と、ふくろう型鬼魔にきいた。

 ユエホワは、ちらりと横目で私を見たけど、とくに何も答えなかった。そのかわり、

「あれ、おぼえてるか?」

と、逆にききかえしてきた。

「あれ?」私はききかえしかえした。

「マハドゥ」ユエホワは窓の外を見たままこたえた。

「マハドゥ?」私はまたしてもききかえした。

「学校でやったんだろ。親父さんから教わって」

「ああ」私はやっと、それを思い出した。「えーと、うーんと」記憶をさぐる。「マハドゥーラファドゥー、……」すぐにつづきが出て来ない。

 ユエホワは目を細めて横目で私をじっと見ている。

「クァスキル、ヌウ、……ヤ」

「本当か?」ユエホワがすかさずきく。「それでまちがいないか?」

「う」私はすぐにうなずくことができずにいた。「ん……たぶん」

「まあ、それは」祖母がだしぬけに声をかけてきたので、私とユエホワは同時にふりむいた。「マハドゥの初歩段階の呪文の省略形ね。すごいわ」ためいきまじりに、首をふりながらいう。「実践で使ってみたの?」

「あ、うん」私は正直にこたえた。「一回うちにアポピス類がきた時、使った」

「まあ、そうだったの」祖母は肩をひょいと持ち上げおろした。「それは知らなかったわ、無事でよかった。でも、それとピトゥイ、あとシルキワスにエアリィ、これだけの材料があれば、組み合わせ次第で向かうところ敵なしの攻防がくみたてられそうだわ」ろうそくの、ほの暗いともしびの中でも、祖母の瞳が不敵に輝くのがわかった。

「あんまり心配そうではなさそうですよね」ケイマンがルーロのような小声でつぶやく。

 たしかに、母がこのこと――私が一人で留守番をしていたとき、うちにアポピス類がやって来たことを知った時ほど、祖母はショックを受けてはいないように見えた。

 それはでも、私の身が心配じゃないということでは、まったくない。

 祖母は、私がキャビッチで鬼魔を倒すことを、疑ってなどいないのだ。

 もしかしたら、私自身よりもずっと。

 ――よろこんでいいことなのか悲しむべきことなのかは、よくわからないけれども。

「あ、じゃあ俺、ひとつ提案がある」ユエホワがそういい、皆が座っている方へ近づいていった。「こっち来い」ふりむいて私を呼ぶ。

「頼もしい参謀さんだわ」祖母はますます楽しそうに、わくわくした声でいった。「どんな提案かしら」

「あの」ユエホワはすこしだけ照れ臭そうにうつむき、話しだした。「シルキワス、なんだけど――もしかしたらあいつら、回避方法を身につけてるかも知れない」

「回避方法?」

「まあ」私と祖母が同時におどろきの声をあげた。

「シルキワス?」

「なんか聞いたことあるようなないような名前だな」

「古くからある投げ技のひとつでございますですね」アポピス類たちも同時にたしかめようとする声をあげた。「投げたキャビッチが相手の前でいったん消えまして、背後から当たってくるという」

「ああ」ユエホワがうなずく。「いろいろ調べて考えてみたんだけど……投げつけられたキャビッチが目の前で消えた直後に体を横や斜めに向けてたら、回避できるはずなんだ」

「えっ」私はまたしてもおどろき、

「まあ、さすがだわ」祖母は感心した。「年配のムートゥー類なら知っているはずの、シルキワス回避方法ね」ユエホワと顔を見合わせ、うなずき合う。

 鬼魔界で、先輩たちに聞きまわって仕入れた情報なのだろう。

「消える瞬間に横を向くってこと?」ケイマンがきく。

「ああ。シルキワスをかけられたキャビッチは消える瞬間に、そのまま飛んだ場合に自分がぶつかるはずの相手の体の点から、まっすぐ向こうに抜け出た場合の出口の点がどこになるかを記憶して、転移後その点めがけて攻撃する。けど出て来た瞬間にその点の位置が思ってた直線上からずれてると、どこに当たればいいか判断つかなくて、落っこちるか、もしくはあさっての方向にずれて飛んでっちまう」

「ですがシルキワスは消えるのと同時に背後から現れますから、とても間に合うとは思えませんでございますけれども」

「そう、だから相当機敏に動ける者でないと不可能だ。けどもし、その瞬間に姿を消されたらどうする?」ユエホワは人さし指を立てて質問した。

「あ」

「まあ」

「おお」

「うわ」

「ふうん」全員がおどろいたような顔になった。

「とてもじゃないけど、投げてキャビッチが消えて出て来るまでの間にピトゥイを発動させるなんて、無理だろ」

「そうね、確かに」祖母は右手をにぎりこんで口を押さえ、しばらく考えこんだ。「あらかじめピトゥイで光使いたちを離しておいたとしても、別働隊が用意されているかも知れないし」

「だから方法としては、ピトゥイ専任を一人決めておいて、相手が姿を消すたびに即効で発動させるってのもある」ユエホワが考えをいう。

「なるほど」ケイマンが腕組みをしてうなずく。

「けどそのピトゥイ係が攻め込まれたらどうするよ?」ルーロが早口で質問する。

「ピトゥイ係の護衛係をそばにつけておきますとよろしいのではないでございましょうか」サイリュウが意見をのべる。

「その護衛係をねらって姿を消したやつが攻めてきたらどうするよ?」

「ポピーがもらって帰った薬を使えば、いちどに複数のアポピス類の光使いを離すことができるわ」祖母がいう。「それをするならば、ポピーがピトゥイの専任になるけれど」

「えーっ」私は不満を口にした。「あたし、投げる方がいい」

「じゃあ俺たちがあの薬を使って」ケイマンがいいかける。

「え?」ユエホワが片眉をしかめる。「お前らがあの薬を使って、なんだって?」

 他のアポピス類たちは、目をそらして何もいわずにいた。

 よく見ていなかったけれど、たぶん彼らがあの薬を使っても、ピトゥイは発動できなかったのだろう。

 もしかしたら、魔法さえ起きなかったのかも知れない。

 

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(2019-05-11)
コメント:ある日ポピーと彼女のライバル(?)である鬼魔(キーマ)のユエホワの前に、とつぜん白い光とともに一人のお姫さまが現れた。その人の名は、サルシャ姫──泡粒界という世界の王女だったのだ。サルシャ姫のいた世界は今、侵略者に乗っ取られ、大地も海も人々も瀕死の状態にあった。もしこのまま泡粒界がなくなったら、とんでもないことになる──ポピーは、泡粒界を救うべく立ち上がる決意をした。

葵マガジン 2020年01月25日号

  • 2020.01.27 Monday
  • 11:24

JUGEMテーマ:小説/詩

 

◇◆◇◆聡明鬼◆◇◆◇


第84話 問答(全100話)

 

 どうやって戻ったのだろう――
 目醒めて最初に見えた天井をじっと見つめながら、リューシュンが最初に思ったのはそのことだった。
 どうやって――そこが山ではないこと、さっきまで自分が山にいたこと、山に行く前は陰陽師マトウの邸にいたこと、それらは鬼の頭の中に残っていたのだ。
 だがその山から、今またマトウの邸――この天井はそこのものだ、それも頭に残っている――に戻ってきているが、その間のことを覚えていない。
 まったく、覚えていないのだ。
 リューシュンは、身を起こして寝台の上に座り薄暗い部屋を見つめた。
 つぎに視線を落とし、自分の手を見下ろす。
 前にも、そうしたことがある。
 すぐにそのことが、頭に浮かんだ。
 いつだったか――否、知っている。
 それは前に、誤ってスンキの心の臓を突き刺し殺してしまった翌日だ。
 その時は自分の邸の中にいて、今と同じように仰向けに寝ていて、目覚めた時最初に天井が目に映り、そうして自分は――
 今と同じように、身を起こし自分の手を見下ろした。
 そして――
 叫びながら突っ伏したのだ。
 リューシュンは目を閉じた。
 眦から鬼の涙が頬を伝い落ちた。
 今は叫ばない。
 突っ伏しもしない。
 だが泣こう。
 もう二度と――顔を見ることも、声を聞くこともできぬ友のことを惜しみ、泣くのだ。
 自分のせいだろう。
 他の仲間のせいだろう。
 もっと気をつけていれば、キオウとスンキは血となって流れることなどなかったはずだ。
 ごめんな。
 リューシュンが想うことのできる言葉は、それしかなかった。

 

          ◇◆◇

 

「聡明鬼さまに、食事を運びます」
 侍女がそう言う。
 廊下で、皿の乗った盆を運んでいるところに声をかけたのだ。
「私が行こう」リシは無意識のうちにそう口にしていた。
「あ……ですが」侍女は戸惑っていた。
「よい」リシは構わず盆に手を伸ばした。「少し、様子も見たいしな」
「あ、はい」侍女は下がり、頭を下げた。「ではお願い致します」
 盆を片手に乗せ、空いた手で扉を叩く。
 返事はない。
 それでもリシは、そっと少しだけ扉を開けた。
 眠っているのかも知れない、と思ったのだ。
 薄暗い部屋の中、一番奥側の寝台の上に、聡明鬼が座っているらしき影が見えた。
 そこからでは、大分大きな声でないと返事をしても扉の外まで届かなかっただろう。
「食事を持って来た」リシは奥に向かって言った。「入るぞ」
 影が、ゆっくりと首を持ち上げこちらを見るのがわかった。
 リシは、少しほっとした。
 食事も食べてくれるだろうと、思った。
 歩を進める。
「あの時と、同じだ」
 聡明鬼の声が、不意にそう呟く。
 リシは、足を一瞬止めた。
「同じ?」訊く。「何がだ?」
 聡明鬼は黙って、リシを見ているのかリシの持つ食事の盆を見ているのかわからぬ視線を送ってくる。
「あの時も、食事を運んでくれると言った」また、呟く。
「誰が?」リシはまた訊く。
「俺の……使用人がだ」
「――」リシは話がよく呑み込めず、言葉を返せなかった。
「いや」聡明鬼は構わず続けた。「あの時は結局、食事じゃなく茶を運んでくれたんだ」
「――」リシは返事ができぬまま食事を寝台の傍の卓上に置き、それから寝台の上に食事用の棚を取り付けた。
 作業の間、リシも聡明鬼も言葉を口にしなかった。
「食べられるか」棚の上に盆を置きながら、リシは訊いた。
「ああ」聡明鬼は小さく頷いた。「ありがとう」
「――」リシはしばらく立ったまま聡明鬼を見た。「大丈夫か」訊く。
「ああ」聡明鬼は再び頷く。
「――」リシは、どう言葉をかけるべきか考え続けていた。
 だがどう言えばよいのか、まるで思いつかずにいた。
「あれな」
 聡明鬼が、料理の皿を見下ろしながら静かに話し出した。
 リシははっとして聡明鬼の横顔を見た。
「打鬼棒、っていう、テンニの得物なんだ」
「――打鬼、棒」
「ああ。それに打たれた鬼は、血となって流れ、二度と戻れない」
「――」息を呑む。「な」
「投胎も、できない」
「そ」
「完全に、消えてしまうんだ」
「――そんな」今更のように、リシの体は震え出した。「やっと、出会えたのに」
 聡明鬼は口を閉じ、何も言わなかった。
「なんてことを」リシは歯をぎりっと噛んだ。「あの鬼」
「ああ」聡明鬼は目を閉じ、かすれた声で言った。「俺は、あいつを――許さない」
「私もだ」リシもすぐに続けた。
 リューシュンがそこで初めてリシを見上げる。
「許さない」リシは眉根を寄せて言った。「テンニ」
「うん」リューシュンが、少しだけ微笑んだ。
「――」リシは少したじろいだように視線をさ迷わせ「じゃあ、食べろ」と言い残して背を向けた。
「リシ」背後から聡明鬼の声が追う。
「――」リシは心臓を高鳴らせ、立ち止まった。「なんだ」首だけ振り向く。
「マトウと、話がしたい」リューシュンは告げた。「後で、部屋に案内してくれ」
「――」リシは目を丸くした。「マトウ様と? 何を」訊く。
 だが聡明鬼は答えなかった。「頼めないか」とだけ言う。
「――」リシは頭をはたかれるような感覚を味わった。「わかった」そう答えるしかできなかった。

 

          ◇◆◇

 

「思いのほか、大丈夫そうだった」
 リシからそう聞き、ケイキョとスルグーンは安心して部屋に戻った。
 だが扉を開けた時、彼らは今までに聞いたことのない声を――聡明鬼の声を、聞いたのだ。
「う……ぐ……く……」
 二足は目を見合わせた。
 聡明鬼が、自らの首を手で絞めているのかと同時に思った。
「聡明鬼!」
「旦那!」
 鼬と雷獣とは大急ぎで一番奥の寝台まで走った。
 聡明鬼はそこに座っていたが、しかし自らの首を手で絞めているのではなかった。
 寝台の傍の卓上には、空になった皿の乗った盆が移し置かれ、寝台から取り外された棚が下に転がされていた。
 聡明鬼は寝台の上で、自らの膝に肘を突き、掌に顔を埋め、声を殺して泣いていたのだ。
 その殺した声が、まるで自ら首を絞めているかのように――それほどまでに苦しげに、聞こえたのだ。
 鼬と雷獣は、何も言えず佇むしかなかった。
 苦しげに――実際苦しいのだろう――聡明鬼は泣き続けた。

 

          ◇◆◇

 

「聡明鬼さまが」マトウは言い、それから頬を手で抑えた。「私と」
「はい」リシは俯き答えた。「こちらに、後で案内するよう頼まれました」
「しかし、聡明鬼さまのお体は大丈夫なのか」マトウは心配した。「私が向かってもよいぞ」
「いえ、それには及びません」リシは顔を上げた。「体は無傷ですし、食事も……摂りました」見たわけではないが恐らくそうだろうと思い、話す。「こちらへ来るのに支障はないものかと」
「そうか」マトウは尚も心配そうな顔をしつつも「わかった」と頷いた。

 

          ◇◆◇

 

 リューシュンは、露台の手摺を持ち夜空を見上げていた。
 涙はもう乾き、呼吸も楽にできていた。
 ケイキョとスルグーンがずっとこちらを案じてくれているのが判る。
 心配するなと告げはしたが、それでも二足が心配することも判っていた。
 それを判っていながら、リューシュンは独り露台に出て夜空を見上げたのだ。
 ――リンケイ。
 心に、その名を呼ぶ。
 ――キオウが……いなくなった。
 心でそう話す。
 陰陽師の切れ長の目が愁いに満ちる様が浮かぶ。
 ――スンキも、一緒に。

 

 そうか

 

 陰陽師の唇がそのように動く様が浮かぶ。
 ――お前がいたら、あいつを救えたのかも知れないな。リンケイ。
 ゆっくりと瞬きをする。
 ――お前だったら、あいつに……キオウにムイの甕を渡してはならないと、俺に教えてくれたんだろう。そしてテンニの目論見を砕いたんだろう。

 

 さあな

 

 陰陽師の唇が、何故かそう答える。
 ――そうだな。今更何を言ったって、どうにもなりはしないよな。
 月は漸く半月と呼べるほどのものになり、輝きの力も半分は取り戻している。
 小さな星屑たちはその光に呑み込まれることを避けるかのように、離れた所でひそやかに散らばる。
 ――リンケイ。
 また、その名を呼ぶ。
 ――俺を……助けてくれ。
 陰陽師の、いつものように微笑む顔が浮かぶ。
 この問いにあいつは、何と答えるだろうか――

 

 俺が

 

 眉をひょいと持ち上げ、その唇が動く。
「聡明鬼さん」
 その時室の中から、鼬がリューシュンを呼んだ。「リシさんが、来やした」
 リューシュンは瞬きし、振り向いた。

 

「俺が今まで、お前を助けぬことがあったか」

 

 室に向かって一歩踏み出した時、そんな声が聞こえた。
 はっとして、振り向く。
 半月の懸かる夜空がそこにあるだけで、当然のことながら誰もいない。
 少しの間、リューシュンはその景色を見、それからまた振り向いて歩き出した。
 ――ああ。
 歩きながら、思う。
 ――確かに、そうだな……俺はきっと、大丈夫なんだ。
「大丈夫でやすか」
 ケイキョが訊く。
 その傍でスルグーンも、見上げてくる。
「うん。大丈夫だ」リューシュンは久しぶりに、腹に力を込めてその言葉を言った。
 それを聞いた鼬と雷獣が、やっと頷いた。

 

◇◆◇◆次号へ◆◇◆◇

 

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