魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 79

  • 2020.06.30 Tuesday
  • 11:41

JUGEMテーマ:小説/詩

 

 私は寝る前、ツィックル便でヨンベに、菜園界へもどってきたことの報告と、明日学校でね、というメッセージを送った。
するとすぐに返事がきて、そこには
「ポピー、お帰り! 無事でよかった! 明日も学校はお休みだから、また二日後に会おうね。ゆっくり休んでね。」
と書かれてあった。
 あ。そうか。
 明日は、今回地母神界へ行くことになった人たちのため、特別にもうけられた休みなんだ――忘れてた。
 私は肩をすくめながらすぐに
「忘れてた! また二日後にね。ありがとう!」
と送り直し、それからほっと息をついた。
 なんだか、じわじわとうれしくなってくる。
 そうか、明日はゆっくり寝ていてもいいんだ。
 わーい!
 私はめざまし時計のセットをよろこんで切った。
 そうして最後に、もういちど窓ごしに月をながめてからベッドに入り、ぐっすりと眠った。

 

 翌日はいい天気だった。朝はあっという間にくるんだよね。
 いちおう時計を見るとなんと、いつも学校に行く日より一時間以上も早くに目がさめていた。
 でも私はふたたび眠りおちたりせず、すぐにベッドから出た。
 お休みの日はふしぎと、早く起きられるんだよね。
 今からなにをしようかな、とわくわくしながら、着がえて下におりる。
 だれもいない。
 父は地下の書庫で、ふくろうのユエホワを写生しているか、疲れて眠りこけているかだろうと思う。
 けど母までが私より遅いなんてことは、もしかしたらはじめてかも知れない。
 いつも、お休みの日でも早起きして朝ごはんをつくってくれているもんね。
 なのでだれもいないキッチンで私は、つくりおきしてあったプィプリプクッキーと、かんたんにつくったレモネードをバスケットに入れ、大きな音をたてないようにしながら外へ出た。
 いい天気だから、朝の散歩をしようと思いついたのだ。
 右手にバスケット、左手にツィックル箒、そして背中には、リュックを背負って。
 庭に出て、うーんとのびをする。
 気持ちいいなあ!
 鳥が、ピイピイ、とかチュンチュン、とか鳴いている。
 ああ、菜園界の朝だ。
 そう思った。
 平和な世界の平和な朝だ!

 

「おっはよん」

 

 そのひとことを聞くまでは。
 声は、ミイノモイオレンジの木の上から聞こえた。
「ほら、朝めし」声の主の鬼魔はそういって、枝の上からオレンジ色の果物をなげおとしてきた。
 私はあわてて箒を小脇にかかえバスケットを腕にかけて、両手でそれを受け取り「パパは?」と鬼魔を見上げてきいた。
「寝てるよ」ユエホワは軽く肩をすくめた。「書庫で」
「ふうん」このムートゥー類はおそらく、あの“ことばにつくせないほど美しい”ふくろうの姿で、通気孔からどろぼうのようにはい出てきたんだろう――私は想像してふきだしそうになったけど、こらえた。
「どこいくの」ユエホワはそうきいたけれど、私はとくになにもきめていなかったので、
「別に」と答えた。「散歩」
「ふうん」こんどはユエホワがそういった。「リュックにバスケットに、大がかりな散歩だなまた」
「性悪鬼魔がすぐ出てくるからね」私はまっすぐ彼を見上げて答えた。「いつでも攻撃できるようにしとかないと」リュックをかるくたたく。中身はもちろん、キャビッチだ。
「あ、そうだ」鬼魔はするっと話を変えた。「行き先きまってないんならさ、いっしょにあそこ行こうぜ」
「どこ?」
「あのほら、あそこ」ユエホワはちらっと空をさす。「前に行ったとこ」
「ん?」私は首をかしげた。「チェリーヌ海岸?」
「いやいや」ユエホワはかるく手をふってヒテイしたあと、ばさっと木の枝から飛び上がった。「じゃあ俺について来いよ。行こうぜ」また空を指さす。
「ん?」私は首をかしげながら箒にまたがり、飛び上がった。
 ああ。
 ばかだった。

 

 ユエホワはときどき私をふりむいて見ながら、よく晴れた空をどこまでも飛んで行く。
 私は風が気持ちいいことに、微笑みまで浮かべて、なにもうたがわずその後をついていった。
 キューナン通りをぬけ、チェリーヌ海岸も過ぎ、森の上を飛びはじめた。
 どこに行くんだろう。
 一回行ったところ……前にユエホワがいちど、アポピス類につかまってしまいしばりつけられていた、あの森か?
 でもそんなところにいって、どうするんだろう?
 なにかめずらしい木とか、見たことない鬼魔の仲間とかを教えてでもくれるつもりなのかな?
 ああ。
 ばかな私はそんなことをのんきに思っていた。
 相手はユエホワだというのに。
 この、悪だくみとずる賢さにかけては鬼魔界ズイイチの悪徳ムートゥー類だというのに!
「よし」しばらく飛んだあとユエホワはそういって、こんどは上の方にむかって飛び上がりはじめた。「ここから上がってくぞ」
「ん?」私はのんきに後からついて上がっていった。
 空は本当に気持ちのいい色をしていて、箒の上で私はふうー、と大きく息をつき目をとじたのだった。

 

 そしてつぎに目をあけたとき、私は大きな門の前にいた。
 あたりはどす黒い景色に変わり、ずむむむむ、とか、ぎいいいい、とか、ごぶごぶごぶ、とかいやな音が聞こえてきて、そしてものすごく、くさかった。
「ん?」私はもはや、のんきに首をかしげてはいられなかった。
 そこがどこなのかがわかるまでに、十秒かかった。
「よし」その間にユエホワは、もはや私の方に目もくれず、門の前に片ひざをついてこうべをたれた。「陛下。私ユエホワが戻って参りました」
 ずももももも。
 三秒ほどその音がしたあと、
「ごくろう。ユエホワ」
という雷の音が鳴り響き、

 

 ごりごりごりごりごりごり

 

という耳がハカイされるかと思うほどのでっかい音をきしませて、私の前の門の扉がゆっくりと開いた。
「ここ」私は、ぶるぶるふるえつつ左右にひらいてゆく扉を目で追いながら言った。「鬼魔界?」
「さすが」ユエホワはひとことだけ言い「じゃ、行こ」と当たり前に歩き出した。
「いや」私もひとことだけ答えた。「帰る」
「まあまあまあ、あいさつだけだからさ」ユエホワはなぜかにこにこしながら私の機嫌をとろうとした。「今後のほら、地母神界との平和と友好のためにさ」
「――」私は目をきょろきょろさせて考えた。
 たしかに、それは必要なことなのかも知れない――
「さ、行こ」ユエホワが私の腕をつかみ、さっさと歩き出した。
「いやよ」私は引っぱられながらハンシャテキにキョヒした。「なんでせっかくの休みの朝に鬼魔界を散歩しなきゃいけないの」
「だからひとこと物いうだけだって」ユエホワは片目をぎゅっとつむってふり向いた。「このあと、アポピス類たちとひともんちゃくあるかもだけど、これこれこういうわけでしてー、みたいな。それがすんだらもう自由にどこでも行けるしなにやってもおとがめないしさ」
「――」私はユエホワの説明を頭の中で整理しなければならなかったため、その間にだいぶ奥まで金色の爪の手によって引っぱられていったことに気がつかなかった。「いや、べつにあたし、鬼魔じゃないから、鬼魔の王さまに物いわなくても自由にどこでも行けるし」
 やっとそう言い返すことができたとき、私はすでに鬼魔王の目の前に立っていた。
「陛下。ただいま戻りました」ユエホワがふたたび片ひざをついてこうべをたれる。
「貴様は、ポピーか」陛下が、突っ立ったままの私を見て言う。
「あ」私の頭のなかでいろいろなものごとがぐるぐると回転し、すぐに返事ができずにいた。
「このたびは、殊勝であった」陛下はそんな私に向かって、そうつづけた。

 

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葵マガジン 2020年06月27日号

  • 2020.06.27 Saturday
  • 11:56

JUGEMテーマ:小説/詩

 

◇◆◇◆多重人格の急須2 〜肉じゃがは時空を越えて〜◆◇◆◇


第6話 優美、凄む 後編(全40話)

 

 しかし急須が音を立てて吐き出したのは、優美だった。気抜けする舞子の目の前で彼女は室内をぐるりと見回した。
「ふむ──なるほど」そういった後、優美はくるりと振り向いて舞子の肩をつかんだ。「舞子、ワームホールへのプランク数的マイナスエネルギー注入による時空間ループ化及びレーザービーム照射による物体移送理論について、聞く気がある?」
「──」舞子は魚類が乗り物酔いで今にも吐きそうな時の顔になった。
「築山博士は今回その理論を、タイムワープに応用させることに成功した」いっぽう優美は、彼女の主人の「聞く気のあるなし」を度外視した。「それを可能にするテクノロジーを、彼は手にしたわけね」錯視テストのようなネイルアートをほどこされた人差し指が大気を切って、室内の片隅を指さした。
 そこには、建築現場や屋外イベント広場によく設置されている、簡易トイレが置いてあった。煙突もついている。
「あのトイレが?」舞子は大真面目に訊ねた。
「トイレじゃないわ。あれはタイムマシンよ」優美は答え、二人は何秒か沈黙した。
「――タイムマシン」舞子はそっと繰返した。
「ええ」優美は七センチヒールのパンプスをつかつかと鳴らして、そのトイレに近づいた。
 彼女が取っ手を引くと、ドアはばいん、と音を立て湾曲しながら引き開けられた。舞子にはなんだか、その行為がものすごく破廉恥で失礼なもののように見えて仕方なかった。
「この中に入ってある操作をすると、この装置の中にワームホールが生まれ回転運動を起こすの」
「へえ」舞子は近付いて中を覗くべきなのだろうか、と迷ったが、足は動こうとしなかった。気のせいか、鼻にツンと何かが臭うようでもあった。
「今はまだ、小さな物体を別の時空間に送り込み呼び戻すことしか成功していないようだけど──築山博士はもう少しで、ヒトひとり分くらいのスペースにまでワームホールを広げる技術をも開発するはずだわ。そしてそれが完成すればもはや非の打ちどころのない、完璧なタイムワープが可能になってしまう。以上、理解できたかしら?」説明はようやく終結したようだった。
「吐きそう」舞子は答えた。
「ちなみにこの話」優美はふうと息をつきながらうなじに手を差し入れ、長い髪をバサリとかきあげた。「たくぴーがすごく説明したがってたけど、時間短縮を図りたいので今回は譲ってもらったの」
「たくぴー?」
「大石くんよ」優美はいったが、舞子が目をまるく剥く間にすかさず彼女の口に人差し指を当てた。「でもこの名前では絶対彼を呼ばないでね」ベネチアの聖堂のフレスコ画のごとく精緻に描かれた眉をぐいっと寄せて警告する。「少なくとも今は――時間がないんだから」

 

 応接室に戻ると、築山博士はちゃんと座って口を開きつづけていた。
 舞子と優美は彼の向かい側に腰をおろし、優美は派手な彩りの爪を頂いた五指で自分の顔の前の空気をすっと撫でた。
「あー、それで」博士は突然ディズニー映画に出てくるげっ歯類キャラクターのような声で喋りだしたが、次に優美に目を貼りつかせて再び時がとまったかのように絶句した。
「んもう」優美はため息をついた。「ひろみちゃんたら、いっつもやりっ放しなんだから」そうして人差し指を博士に向けて振る。
「きき、君は?」博士の声は元に戻り、彼は優美を指差して激しく動揺した。
 無理もない──たった今までそこに座っていた辮髪(べんぱつ)のプロレスラーが、突然外国のモデルのような女に変わったのだ。
「あたしは森川優美よ」優美はかまわずウィンクして答えた。「よろしくね、築山博士」
「そ……あ……」博士は心に思うことをうまく伝えられないようだった。
「あの、博士」舞子は切り出した。「タイムワープを、やめていただきたいんです」
「──」博士は舞子をじっと見た。この高校生の正体を見極めようとしているらしかった。だが結局彼は正しい解を見出せなかった。「君は、なぜそれを知っているのだね? ええと」
「春日舞子です」舞子は再び自己紹介した。
「春日くん」博士はその名を呼んだが、まるでそれを呼ぶことによって舞子を封じようと謀ってでもいるかのようだった。
「えと」舞子はちらりと優美を見た。
「宇宙秩序管理省のタイムワープ防止部からお達しがきたのよ」優美はあからさまに事実を述べた、だがそれ以上にくだらない法螺はこの世に存在しないように舞子には聞えた。
「くだらん法螺を吹くな」偶然にも博士もまた同じように聞えたらしく、彼は唾棄するように答えた。
「まあ、あなた方の物理観レベルでそれを信じろってのはムリだろうから、法螺ってことでいいわ」優美はにっこりと微笑みながら、世界的権威といわれる物理学者のプライドを激しく見下した。「だけどあなたが今やろうとしてる事って、とても危険なことなのよ」
「危険?」博士は目を細めた。「何が、どういう風にだ?」
「さっき、舞子の目の前をピンポン球がものすごい速さで通り過ぎていったわ」
「あ」舞子ははっとした。先ほどの、庭先でのできごとだ。「そうそう、あれって──」
「あれは博士、あなたがタイムマシンを稼動して、数分後の時空間にループ移送したもの──そうよね?」優美は物理学者をじっと見つめた。
「──」博士は口を一センチ開けてまた黙った。「ああ──成功、したのだな」やがて彼は、静かなる感動の波に包み込まれていった。「いや──成功したのはわかっていたが、おお」彼は自分の額に手をあてがい、笑みをもらした。「そうか、現れたか、あのピンポン球が──やった」ガッツポーズをとる。
「冗談じゃないわ!」優美は声を高めた。博士と舞子は、びくりと身をすくめた。「舞子がもう一歩先を歩いてたら、この子の体の中を時空間ループが貫くかたちになって、この子の体は引き裂かれるところだったのよ」
「はああ!?」舞子はソファの上で飛び上がった。「何それ!?」
「あなたは確かに他の時空間へ物や人を運ぶ方法を見つけることには成功した、だけど他の時空間の“どこへ”それを移送すればいいかその正確なマップを手にしてはいないし、そのコントロール技術も確立させてはいないわ」優美は長い睫毛で相手を刺し貫かんばかりに視線を固めて睨みつけた。「いわば子供が初めて手にしたラジコンに浮かれてがっつんごっつん壁や人にぶつけるのと一緒よ」
「──」博士は表情をゆがめた。舞子は一瞬、この老人が「うええん」と泣き出すのではないかと思った。だがさすがに彼は老練の物理学者だった。「君のいう通りだ」彼はそのそしりを素直に受け止めた。
「世界秩序管理省では、タイムワープを含む“時間順序保存の法則”に反する行為を固く禁じているわ。ここ以外の時空で、それを許したばかりに人類の半数が絶滅したところがあるのよ。彼らは本時空にその惨状が起こるのを防ぐため、その開発そのものを防ごうと努めているの」
「人類の、半数が!?」舞子と築山博士は声をそろえて叫んだ。
「そうよ。無作為に無秩序に無鉄砲に、人々がタイムワープを繰り返して、現れた先の座標上に存在していた物体を“ひき殺して”いく、そんな現象が止めどもなく繰り返された結果よ」
「──」博士は押し黙った。
 舞子は内心、これで依頼された仕事は終わったと思っていた。
 簡単なことだった。
 想像していたほどてこずったりしなかった。
 帰って、文庫本の続きを読もう──
「申し訳ないが」博士は視線を落としたまま呟くように返事をした。「帰っていただけるかな」
「じゃあ、もうやめてくださるんですね?」舞子は立ち上がりながら確認した。
「それはできない」博士は舞子を見て断言した。
「えー?」舞子は眉を寄せて不満の声を洩らした。「なんで」その時の彼女にその男が世界的物理学者であるという意識はなく、ただの頑固な爺さんとしてしかその目には映らなかった。頭をはたいていう事を聞かせようかとよっぽど思ったほどだった。
「それじゃあ、帰るわけにはいかないわ」優美はソファに腰掛けたまま、組んだ脚の膝を抱えた。
「えー?」舞子はさらに不満の声を高めた。
「帰らないと警察を呼ぶぞ」
「あたしたちが何者かお解りではなくて?」
 優美の眼差しに博士ははっとした。「く……」
「あたしは森川優美」優美はもう一度自己紹介をし、傍に立っている舞子を鼻先で示した。「こちらにおわします舞子さまにお仕えする、しもべの魔法使いよ」

 

◇◆◇◆次号へ◆◇◆◇

 

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女性ボーカル版フェイバリットアニソンBEST10俺

  • 2020.06.25 Thursday
  • 23:22

JUGEMテーマ:アニソン

 はい、というわけでですね。←という入り、ホンマ自分がやるとゲス感満載すぎて毛。あっ違った草。

 アニソンって、いいよね。奥行きがあるというのか。当然のことながらアニメ作品自体のテーマ、ストーリー、キャラクターというのがその扉の向こう側の空間に敷き詰められているからさ、聴く人それぞれに、思い入れが違うだよね。

 そんなわけで以前は総合好き曲10作ならべ奉りましたが、今回は「女性ヴォーカル限定」としまして、私葵むらさきがこれまで胸をギューンとさせられたエエ曲たちをならべたてまつりました。

 ランキングというものは霊によってというか例によって設けておりませぬ。

 若干2曲入れちゃってるアーティストさんいますすいません1曲に絞れなかったす。

 では以下、時系列不在でどうぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 78

  • 2020.06.23 Tuesday
  • 07:46

JUGEMテーマ:小説/詩

 

 ばさばさばさ

 

 とつぜん、鳥の翼のはばたく音が聞こえ、私たちはそちらを見た。
すると。
「まあ」最初に声をあげたのは、祖母だった。「なんて美しいの」
 私たちが見たのは、一羽の鳥――小柄な、ふくろうだった。
 けれどそれは今まで見たこともない、色合いをしていた。
 頭から尾にかけて、緑から黄色、そして金色とグラデーションのように変わってゆき、翼と嘴もベージュがかった金色、そして目が赤かった。
 そのふくろうは屋根の上に降り立ってすぐ、人の形に変わった。
 でもそれが誰なのか、ばさばさいう音を聞いた瞬間からわかっていた。
「ふうー、やっと出てこれた」ユエホワが大きく息をついて言う。
「まあ、ユエホワ」祖母はこの上もなくしあわせそうに微笑み首をふる。「本当に、なんて美しいのあなたは」
「へえー」母も興味のある顔で言った。「本当の姿があれなのね。たしかに、きれいだわ。でも人間に見つかったらきっと捕まっちゃうわね」
「うん」ユエホワは苦笑した。「今も親父さんにつかまってた」
「まあ」祖母と母もいっしょに苦笑した。「ごめんなさい」
 私は、とくになにも言わずにいた。
 まあたしかに、色合い的にいえばきれいっちゃきれいだけど。
 別に、感動したりほめちぎったりするほどのことでもないし。
「で、何の話してたの?」ムートゥー類は子どものようにきょろきょろと皆の顔を見わたしてきいた。「平和に話し合うべきとかってちょっと聞こえたけど」
「この地母神界がどうして生まれたのか、いきさつを聞いてたところなのよ」母が説明する。「うちの母がクドゥールグを倒したおかげで、鬼魔界にクーデターの動きが出はじめたとかって」うふふ、となぜかおもしろそうに笑う。
「ああ……」ユエホワは逆に、なぜか悪いことをしたのがばれたときのように肩をすくめ、気まずそうにごまかし笑いをした。「あとさき考えないやつが多いから」
「それでアポピス類はあなたをさらっていこうとしたのね、ユエホワ」祖母が眉をひそめて言う。「鬼魔王に対抗する勢力となるために」
「うん」ユエホワはため息をつき「たく、自分勝手なやつらだよなあ」ぶつぶつ文句を言った。
「でもユエホワだってさ」私は前に一度だけ(そして二度目はぜったいにない)行った鬼魔界で見た光景を頭の片すみで思い出しながらいった。「別に鬼魔界の王様を尊敬してるとか、心からしたがってるとかいうわけじゃないんでしょ?」
「なにいってんだよそんなことねえよ」ユエホワはルーロのように早口で私の言葉をヒテイした。「俺は陛下を尊敬してちゃんとまじめに仕えてるよ」
「えー」私は眉をしかめた。「うそばっかり」
「本当だって。クーデターなんてさらさら起こす気ないし」
「平和主義なのね」母が言う。
「保守主義なのか」ギュンテが言う。
「いや、日和見主義だろ」フュロワが言う。
 ふふふふ、と風のような音がした。
 私たち全員がその方を見ると、なんとラギリスが、とても楽しそうに笑っていたのだ。
 私たちは一瞬びっくりしたあまり言葉をうしなったけれど、ラギリスはまたふふふふ、と笑って、そのあと「…………」と言った。
「え?」私と母と祖母とユエホワが首を前につき出した。
「ユエホワには感謝してるって」フュロワが伝えてくれたあと「えっ、なんで?」とびっくりしてラギリスにきいた。
「俺がきくとこだろそこ」ユエホワが口をとがらせる。
「…………」ラギリスは説明した。フュロワが伝えてくれたところによると「目の赤くないアポピス類の子たちと仲良くしてくれているから」だそうだ。
「まあ、すばらしいわ」祖母はまたしても感動に首をふる。「ユエホワは誰とでも仲良くできるのね」
「いやあ、あはは」緑髪は照れたように笑う。
 そうだろうか。
 私の顔はたぶん、すごくうたがい深い表情をうかべていたと思う。
 ぜったい、なにか情報を引き出すとか、利用するとか、そういう目的でくりくりくっついているだけだと思う。
 でも私はだまっていた。
 そう。
 怒られるもん。
 ふんだ。
「…………」ラギリスはさらになにか言い、フュロワが伝えてくれたところによると「なのでこれからも、なにもアポピス類とともに地母神界で暮らしてくれとはいわないから、どうか地母神界と鬼魔界の間で平和と友好確立の手助けをしてほしい」のだそうだ。
「ああ……まあ」ユエホワは慎重に考えながら答えた。「俺は鬼魔界の者だから、鬼魔界の平和を保つってことで、そりゃまあ、手伝いはするよ」
 ふふふふ、とラギリスがまた声もなく笑い、そしてなんと、すい、と前に出てユエホワの金色の爪の手を両手でにぎった。
「すばらしいわ」祖母はまたそう言った。「私たちが、この平和条約締結の証人というわけね」
「ちょっと大げさじゃない?」母が笑う。
「俺らもたしかに聞きとどけたからな」ギュンテが目を細める。「裏切ったりしたらどうなるかは覚悟しとけよ」
「しねえよ人聞きの悪い」ユエホワは気まずそうな顔で言った。
「お」フュロワが足もとを見おろして言う。「裁きの祈祷も、終わったみたいだな。お疲れさんラギリス、コツはつかめたか」
 問いかけにラギリスはうなずき「…………」と答えた。
「そうそう、そんな感じ」フュロワもうなずいたけれど、どういったコツなのかはまったくわからなかった。まあ人間には聞いてもわからないことだろう。

 

 そうして私たち菜園界の人間は、帰ることになった。
 魔法大生の三人は、卒業までの間はアルバイトのような感じで地母神界の聖堂にときどきやってきては裁きの祈祷の練習をするらしい。
 妖精たちは、地母神界の中で暮らしていくものと、私たちといっしょに菜園界へ戻るものとに分かれていた。
 神さまは、菜園界と地母神界の間を行き来しやすくするために特別なトンネルのような道をつくって下さり、当分の間はそこを通るときには神さまが見守っていてくれるらしい。もういないと思うけど、万一悪さをしようとたくらむ者がその道を通ったらすぐにつかまって裁きの陣へ送られてしまうわけだ。
 それを聞いたとき私はわざと、ちらりとユエホワを見てやった。
 ユエホワはすぐに気づいたけどなにも言わずにそっぽを向いた。

 

     ◇◆◇

 

 菜園界はすっかり夜になっていた。
 世界壁を抜けて最初に感じたことは「ああ、にぎやかだなあ」というものだった。
 でも夜なんだから、考えてみればどちらかというと静かだと思うほうがふつうだと思うのだけれど……それだけ、今までいた地母神界がものすごく静かだったってことだ。
 夜の菜園界には、風の音のほか小さな虫の鳴く音や、木々の葉っぱがゆれる音、こすれる音、あとそこかしこの家の中から聞こえる話し声やなにかをかたづけている音、ドアのしまる音、お祈りの文句、歌――数えきれないぐらいいろんな音があふれている。
 ほっと、私は息をついた。
「安心するわね」母がそんな私を見て笑いながらいう。「早く家に帰りたいわ」
「うん」私も笑いながら答える。
「んじゃ、俺はこれで」ユエホワがかるく片手をあげて飛び立とうとした。
が。
「ユエホワ」なんと父が呼びとめながら、緑髪鬼魔の足に抱きついてとめたのだ。「君、お願いだからどうかぜひ、今夜うちに泊まっていってくれたまえ」
「ええっ」ユエホワは度肝を抜かれたように裏声でさけびおののいた。「なんでだよ」
「君のあの、言葉につくしがたいほど美しい本来の姿をぜひ、スケッチさせてほしいんだ。たのむよ」
「いや、俺今日は鬼魔界に戻りたいから」
「そこをなんとか。それに今日はもう遅いし、疲れているだろう。うちでひと晩ゆっくり休んで明日の朝早くにたつといい。ねえぜひそうしたまえ、ユエホワ」
「いー」ムートゥー類は困ったような顔をした。
「そうね、それに森から聖堂へつれていく途中で、何人かの反乱分子のアポピス類が逃げだしたようだから」母がまじめな顔で言う。「このまま行くのは、危ないかもしれないわ」
「え」ユエホワは驚いた顔をして母を見た。
「うん、そうだね。そうしたほうがいいよ、うん」その間に父はぐいっと彼を地上にひっぱりおろしていた。
「そうね、ぜひそうなさいな」祖母までがすすめる。
「――わかった、けど」ユエホワはうつむく。「スケッチっていっても俺、眠りこけちゃうと思うけど」
「もちろんそれでかまわないとも」父がうれしそうににっこりとする。「君はぐっすり眠っていてくれたまえ。ぼくはひと晩かけて、あらゆる角度から君を写生させてもらうから」
「――」ユエホワはことばもなかった。

 

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部分日食動画とともに更新報告とお知らせ

  • 2020.06.22 Monday
  • 09:13

【ノーカット動画】全国で部分日食 石垣島ではくっきり:朝日新聞デジタル

 

 今日は朝から↑の動画を見ながら各社科学ニュースチェックをしておりました。今はもっぱら哺乳類系の記事をば。

 いやあ……音声がね、これ海辺で撮影されたものなのかな、おだやかな波音と、時おり聞こえる鳥の声。

 そして音もなく欠けてゆく、恒星……

 

 なんだ、この超絶ASMR動画はよ! 好きじゃねえかこれ!

 

 というわけでして、現在WEB連載を週二回更新している状況です。急に話題チェンジ

 いろいろと考えまして、WEB連載とメルマガ連載を同一内容にし、同日(毎週土曜日)配信にすることに致しました。追々と。

 なので、現在毎週火曜日に更新しておりますものは、現連載『魔法野菜キャビッチ3』を最後にしまして、以降は毎週土曜日に更新というふうになります。

 

 キャビッチ3も、いよいよ佳境というか最後のバトルに突入していきます。

 今までわりと主人公の親とかばーちゃんとか、大人のひとたちがどっちかつーと目立って活躍してた感がございましたが、やっぱ最後は主人公が単独で(というか天敵と共に)バーン! とやらなきゃ話にならんだらう。というわけで、大ラスにて(やっと)本気を出すこととなります。ていうか、書いてる作者自身「えっ、こっからこうなるんけ!?」とびくーりしておる状況でございます。

 

 で、この連載終了(たぶん8月頃)後は、以前パブー単独でちまちま連載していたものを、他投稿サイトおよびメルマガおよび本ブログにて、改めて連載配信してゆきます。

 そのストックが枯渇する前に新作かきためとけという話でございます。

 

 現在メインで書きためているのは、哺乳類関連SFです。

 人間が一匹も出てきません。へへへ。哺乳類と、あと……へへへ。変態か

 だぅぞご期待下さいませ。へへへ。

 

 今ちょうど太陽が、びっくりしたパックマンみたいなカタチになってるとこ。です。うわ! とかいってる感じの。かわいい

 

葵 むらさきの著書

 

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葵マガジン 2020年06月20日号

  • 2020.06.20 Saturday
  • 10:16

JUGEMテーマ:小説/詩

 

◇◆◇◆多重人格の急須2 〜肉じゃがは時空を越えて〜◆◇◆◇


第5話 優美、凄む 前編(全40話)

 

 博士は、彼のタイムマシンの最終チェックを行っていた。
 慎重に出力調節レバーを移動させていく。
 マイナスエネルギーが次第に蓄積されていくのが、ディスプレイ上に示された。
 彼の目の前には透明な材質でできた径数十センチほどの円柱があり、その中は白い光線が乱舞していて、真中にぽっかりと黒い球体が浮かんでいた。
 やがて彼はゆっくりとレバーから手を離し、慎重に、緑色のボタンを押下した。
 すると円柱の中に向けて突き出たパイプからオレンジ色のピンポン球が飛び出し──黒い球体の中に真っ直ぐ飛び込んで、消えた。
 博士はもちろんそれだけで満足などしなかった。
 彼は腕時計を見つめ、息を殺してじっと待った。
 二分後、突然その黒い球体から先ほどのピンポン球が飛び出し、円柱の内壁にこつんと当たって落ちた。
 博士は初めて大きく息をつき、力を抜いた。「よし」力強くうなずく。
“箱”──彼自身はその装置をそう呼んだ──の扉を開け外に出ると、そこには背の高い、若い男が腕を組んで立っていた。
 博士は一瞬はっと身をすくめたが、すぐにその男のそばを通り抜けようとした。
「時空間のループ化には成功したんですね?」男は横目で博士の背を睨み、たずねた。
「ああ」博士は短く答えた。「あとはホールの拡大化がうまくいけば──完成だ」
 ふん、と男は鼻で笑った。「なるべく急いだ方がいいと思いますよ。さもないと──」
 博士は青ざめて振り向いた。「陽(ひなた)には手を出すな。すぐにタイムワープはできるようになる」
「もちろん、約束は守りますよ」男はつめたい微笑みで答えた。「“あなたが”約束を守るならば、ね」

 

          ◇◆◇

 

 しばらく飛ぶと、人里離れた山の上空へ出た。
「まさかまた、こんなとこで夜まで一人で張り込めとかいうんじゃないでしょうね」舞子は木多丘の肩の上に座った状態で、着地を拒否するかのように足を自分の体に引き寄せた。
「一人じゃないでしょ、俺らがついてるのに」木多丘は飛びながら不満げな顔でちらりと舞子を見た。「それにしても──どこにするべかなあ」
「何が?」
「着地場所」木多丘は答えた。「今回着地する場所選びには、結構慎重を要するのよ──下手すると、天狗にされちまうからな」
「天狗?」舞子は声を裏返して訊き返した。
「うん。ここの山、天狗が昔住んでたっていわくつきの山なんだぜ」木多丘は飛びながら、舞子を抱えていない方の手でぐるりと辺りを示した。「つまり俺のことだよ。俺も昔は限度を知らなかったからな――天狗様、とか呼ばれていい気になって、侍が弟子にして下さいとか云いに来て、いろいろ稽古つけてやったりしたもんだ」懐かしそうに目を細める。
「嘘ばっかり」舞子は意地悪げな声で否定した。
「本当だって。ヨシツネ、とか云ってたかな?」
「義経? 源の?」
「知り合いかよ」
「いや知り合いじゃないけど」舞子は慌てて手を振る。
「しかし思うに、なんで皆“妖怪だ”って思うのかねえ」木多丘は飛びながら嘆息した。「神様とか宇宙人とか未来人とか、魔法使いだとかって思わないでさ。なんで俺が天狗にならにゃならんわけ?」
「うーん、ヘアスタイルかなあ?」舞子は木多丘の辮髪をもてあそびながら呟いた。
 やがて木多丘は空中で立ち止まり、足元から降下し始めた。
 二人は生い茂る杉や檜の間に着地した。
 その鬱蒼たる森のすぐ隣に、いきなり出現したかのように研究施設は建っていた。
 一見すると、目医者か歯医者の建物のようだ。
 しかし周囲には白壁の塀が巡らせてあり、門は格子戸、そこから飛び石が敷いてあって、行き着く先には老舗の温泉旅館かと思わせるような風情溢れる玄関が構えてある。
 建物の外観によく似合う、とは、十人中十人が云いそうになかった。
「なに、ここ」舞子は思わず呟いた。
「だから、築山んちだって」そう答えながら木多丘もまた、八の字眉毛を心持ち逆立て枯山水の世界をかもし出している庭を見回す。「妙なとこだなまた」
「とにかく、行こう」舞子が敷石の上を一歩進んだとき、その目の前をオレンジ色の物体が素早く横切った。
「え?」舞子はびっくりして立ち止まった。「なに、今の?」
「ピンポン球だ」木多丘が背後で答えた。「いきなり現れた」
「ピンポン球?」舞子は振り向いて唸るように訊き返した。「なんでピンポン球がこんなとこに?」
「うーん」木多丘は腕を組んだ。「先生坊主の説明でも聞くか?」
「え、大石くんの?」舞子の眉間はぴくりと寄った。「いや、いい。急がないと」
 玄関の方に向き直った舞子の目の前に、突然生えたかのように男が出現していた。
「わあっ」舞子は叫んで後ずさりした。
「何かご用かな?」背の低い、年の頃七十代ぐらいのその男は、ほぼ白髪ばかりとなった僅かな頭髪を持ち、ぽっこりと突き出たお腹を白衣で覆い隠していた。
 この人が“博士”に間違いないと、舞子は瞬時にみてとった。
「あの、築山博士という方にお話が」舞子は裏返った声で用件を伝えた。
「君」男は不愉快そうに白くて長い眉毛をしかめた。「まず自分の名を名乗りたまえ。無礼にもほどがあるぞ」じろじろと舞子を、上から下まで検分するかのように眺め渡す。
 舞子はオフホワイトのカットソーにブーツカットジーンズという“部屋着”のままで──よく考えたら靴も履いていない。
 冷や汗が彼女から一気に放出された。
 ふん、と鼻を鳴らして、男は舞子らに背を向け歩き出した。
「あ、あの」しかし舞子も、引っ込みがつかなかった。「タイムワープのことで」
 男は立ち止まった。
 数秒の時が流れた。
 突然男は振り向いたかと思うと舞子に向かって突進してきた。「きさま」腕が伸びる。
 舞子は強く目を閉じた。
 てっきり胸倉をつかまれるか、首をしめられるか、鼻面を殴られるのだろうと思ったが、実際のところ男は彼女に触れることさえできなかった。
 なぜなら木多丘に襟首をつかまれ、空中に持ち上げられていたからだ。
 舞子が震える吐息を洩らす前で、木多丘は空いている方の手の人差し指を男の鼻先に振り下ろした。
「何者だ、きさま」とたんに男の声が、ヘリウムガスを吸ったネズミかなにかのような、か細くて甲高いものに変わった。「うわ、何だこの声は」自分の喉を押さえる。
「いや、騒ぎ立てられるとちょっとあれだしね」木多丘は平然と答えた。
「す、すいません、あのあたしは春日舞子といいます」舞子は空中にぶら下がる男を見上げて自己紹介をした。「あなたは、築山博士──ですよね?」
「──」男は舞子を見もせず、返事もしなかった。
「おい」木多丘が彼を、祭りですくう水入りヨーヨーのように上下に振った。「刻んでだしで煮込むぞこら」今度は左右に振る。
「あわわわわ」男のか細い声はがくがくと揺らぎ、まことに哀れを催した。
「や、やめなよひろみちゃん」舞子は思わずしもべを制した。
「い、いかにもわしは築山仙造だ」男はやっと正体を明かした。「あー」辺りをきょろきょろと見回す。だが広大な敷地の中には、人っ子一人見当たらなかった。「な、中で話そう」
「妙な真似しなさんなよ、博士」木多丘は博士を地に置いた。「こちらの舞子さまを軽んじれば、汝の身に災いの降りかからん」
「──」築山博士は改めて舞子を見た。明らかに、いまだ科学で解明されない超常現象を目の当たりにしたような、いい換えれば化け物を見るような目つきだった。

 

          ◇◆◇

 

「こっちへ」応接室に二人を案内した築山はテーブルを挟んだ向こうのソファに腰を下ろし、膝の上に両肘を乗せて口を開いて──止まった。
「?」舞子はしばらく博士の顔を見つめて待った。
が、博士は唇を一センチばかり開いたまま、完全に停止していた。
「時間粒子を止めたからね」木多丘が云い、立ち上がった。
「え」舞子は目を剥いて魔法使いを見上げた。「時間を止めたの!?  そんなことができるの!?」
「コツさえつかめば、簡単なのよ」木多丘は勝手に隣室へのドアを開け、ずかずかと入っていった。
「ちょっとちょっと」舞子は慌てて後を追った。「それじゃあ、ひろみちゃん達なら、タイムワープとかもできちゃうってこと?」
「まあねえ」木多丘はさらに奥の部屋へと進む。「でもいっとくけどその“力”は今回の仕事には使えないわけだからね」
「なんでよお」舞子は駄々をこねた。「魔法でやりゃえらい簡単げじゃん。過去にバーッと行って、あのおじさんをどうにかすりゃあいいんでしょ」
「あれ、先生坊主の話、聞かなかったか?」木多丘は舞子に振り向いた。「もっかい聞くか? 魔法が使えないわけ」
「──いや、いい」舞子は眉をひそめた。
「おう、ここみたいだな」木多丘はその部屋でようやく立ち止まった。
 大石の出したホログラムで見た通りの部屋が、現実のものとしてそこに存在していた。
 築山博士の研究室だ。
「さてと、そんじゃ俺の仕事はここまでだな」木多丘は両手を上に上げて伸びをした。「お疲れさーん」
「また大石が来るわけね」舞子は試合前の格闘家のように眼を光らせた。

 

◇◆◇◆次号へ◆◇◆◇

 

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魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 77

  • 2020.06.16 Tuesday
  • 08:51

JUGEMテーマ:小説/詩

 

 席についてあらためて裁きの陣の方を見てみると、陣の中には人間型のアポピス類たちが十人ほどかたまって立っていた。
森で、火起こし妖精の助けを受けながら私たちキャビッチスロワーと闘った者たちの一部だろう。
 ケイマンはひきつづきそのアポピス類たちに向かい、祈祷文句をとなえつづけていた――ときどき修正されたり、つっかかったりしながら。
 そしてときどき、陣の中のアポピス類たちがうめき声をあげたり、がっくりとうなだれたり、逆に天井の方にあおのいたりしていた。
「あれって、苦しいのかな」私はそっときいた。
「うん」父が、眉をひそめて答える。「心を改めたと認められるまでは、これがつづくんだよ」その表情は、まるで自分があの陣の中で裁きを受けている者のように、苦しそうにゆがめられていた。
 父は、本当に鬼魔が好きなんだなあ。
 あんな、人間と見ると襲いかかったり傷つけたり、家や畑やなにもかも、とにかくめちゃくちゃにあらし回ることしか思いつかない、いやな生き物たちなのに。
 私は少しだけ口をとがらせた。
 ていうか、森で私たちと闘ったのはもっとたくさんいたはずだけど……どこにいるのかな?
「ほかのアポピス類たちは?」私はまたそっときいた。「森でたたかったやつ」
「ああ」父は聖堂の壁の方をそっと指さした。「つかまえられて、見張られているよ。いちどきに全員は入れないから、十人かぐらいずつ、裁きを受けさせているんだ……でも中には、まんまと逃げだした者もいるみたいだな」また眉をひそめる。「キャビッチスロワーたちが箒で追ってはいるけれど」
「あと何回やるのかしら、これ」母もそっと言葉をはさんできたけれど、その顔はあきらかに退屈していた。「ずっと座ってるのも疲れるわ」
「そんなこと言うもんじゃありませんよ」祖母が娘である母をたしなめる。「神聖で大事な儀式なんだから」
「はーい」母はうつむいた。
 そのあと、ケイマンの唱えていた文句は終わり、アポピス類たちもやっと裁きの陣の外に出ることができた。全員くたびれはてた感じでがっくりと肩を落とし、とぼとぼと聖堂の外へ出ていった。
 そして次のアポピス類が、やはり十数人ほど聖堂の中につれてこられ、全員いやがっていたが菜園界のキャビッチ使いたちにつかまえられて裁きの陣の中に立たされた。
 こんどはサイリュウが、裁きの祈祷文句を唱えはじめた。
「汝らみなさんは」
「汝らは」
「さいでございますね、汝らさまはここ裁きの陣におかれましてでございまして」
「裁きの陣において」
「さいでございますね、裁きの陣でございますここにおきましてでございまして」
「これは長いわね」祖母がそっと言う。「見つからないように外へ行きましょう」
「えっ」私が祖母を見たときにはすでに祖母と母は姿勢を低くして椅子の列から外に出ようとしているところだった。
「ははは」父がそっと苦笑する。「いちばん後ろの席がいいというからたぶん、こうなるんだろうとは思っていたよ。ポピーもついていくかい?」
「えと、パパは?」私はいちおうきいた。
「ぼくは後学のために、最後まですべてを見届けたいと思うよ」父は真剣な顔で裁きの陣の方をまっすぐに見つめながらそっと答えた。
 私はというと、神さまごめんなさい、やっぱり外に出た。
 うーん、とぬけ出した三人で思いきりのびをする。
「申しわけないけれど、つき合いきれないわ」母が頭上に腕を思いきりのばしながら言う。
「まあ裁きの儀式が終わったら、あとはもう菜園界に帰るだけでしょうから、ゆっくり観光でもしていましょう」祖母はそう言って、さっさと箒にまたがった。「大工の人たちや、ほかの祭司さまたちはどこにいるのかしら」
「ポピー」そのときどこか遠くから、私を呼ぶ声が聞こえた。
「えっ」私がきょろきょろとまわりを見回すと、
「ここだよ」また声が聞こえた。「聖堂の上」
「えっ」私はまたおどろき、母や祖母もいっしょに、箒で聖堂の屋根の上へ向かい飛んでいった。
 するとそこにはなんと、フュロワとギュンテとラギリスとがのんびりすわってひなたぼっこをしていたのだ。
「まあ、神さまたち」母がおどろいて言う。「こんなところでなにをなさっているの?」
「裁きの儀式が行われているから、祈祷の文句に答えるやり方をこいつに教えてたんだ」フュロワがラギリスを親指でさして答えた。「祈祷する方もされる方も不慣れで時間かかっちまって……悪いことしたね」苦笑する。私たちがぬけ出してきたことを知っているのだろう。
「ごめんなさい」私は目をぎゅっととじて謝った。
「まあ失礼、おほほほ」祖母は笑い、
「あ、すいません」母は肩をすくめた。
「けれどここにいるのも日が照りつけて暑くはならないの?」祖母は空を見上げ、神さまたちを心配した。
「だいじょうぶ」ギュンテが自分の水がめを両手でふりながら笑う。「暑くなったら水浴びするさ」
「まあ、おほほほ」祖母はまた楽しそうに笑った。
「ねえ、神さま」母は箒から聖堂の屋根の上に降り立ち、質問した。「この世界――地母神界って、どうしてアポピス類たちにあてがわれたの?」
 フュロワとギュンテはラギリスを見た。
 ラギリスは母をまっすぐに見て、少し考えるように間をおいた後「…………」と答えた。
「え?」母は首を前につき出してきき返した。
 祖母と私はなにも言わずにいたが、おなじように首を前につき出した。
「鬼魔界の王と対等に交流できるようになりたいと考える者がいるからだって」フュロワが伝えてくれる。「アポピス類のほかにも、ここんとこそう考える若い鬼魔たちが増えているんだ」
「まあ」祖母が目をまるくする。「時代は変わったのねえ」
「そう」フュロワはにっこりしてうなずく。「変えたのはミセスガーベラ、あなたですよ」
「えっ」私と母は目をまんまるくして祖母を見た。
「あらまあ」祖母は口をおさえる。「そうだったの」
「ええ」フュロワもギュンテもラギリスも、ふかくうなずいた。「鬼魔界四天王クドゥールグ、あいつが人間のキャビッチスローによって倒されるなんて、それまで誰も想像したことさえなかった」
「神さまも?」母がきく。
「神たちも」フュロワとギュンテがうなずく。「そしてそのことは鬼魔界すべてに知れわたり、衝撃をあたえ、歴史上の大事件として後世に語りつがれた――やがて、鬼魔王や大臣たちに任せていては、いずれ鬼魔界が人間の手によって壊滅させられてしまうのではないかと考える者が現れたんだ」
「反政府分子ね」母がうなずく。「それが、アポピス類?」
「に、限ったことではないけれど、思想として体系化することにいちばん長けていたのはアポピス類だ。彼らは鬼魔王と対等の立場になりたいと願うようになり、堂々と王に対して意見を言うようになり、ついには水面下で反乱を企てる者まで現れた」
「まあ」祖母がため息をつく。「物騒ねえ」
「人間でも鬼魔でも、若いやつってのは気持ちがはやりやすいからな」ギュンテが苦笑する。「でもラギリスは、闘うんじゃなくて平和に話し合うべきだってことを、ずっと声を大にして主張してきたんだ」
「声を大にして?」私と母が同時に同じことをきき返した。
 それこそ、想像さえできなかった。

 

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葵マガジン 2020年06月13日号

  • 2020.06.13 Saturday
  • 10:31

JUGEMテーマ:小説/詩

 

◇◆◇◆多重人格の急須2 〜肉じゃがは時空を越えて〜◆◇◆◇


第4話 大石、説明する 後編(全40話)

 

「そんな人ですから、科学者としては健全に存在していてもらわなければならない――しかし、タイムワープに関する記憶だけを表面上消去したとしても、彼ほどに大脳を駆使する人間の場合、それは無駄骨になってしまう可能性が高い」
「どうして?」
「人間の脳」大石はそう云い、ホログラムに手をかざした。小汚い研究室が、突然ヒトの頭部になった――それはこちらを向いていたが、その眉から上は皮膚と骨を削がされ、脳みそ丸出しになっていた。
「うげッ」舞子は唸って後退りした。
「その機能はいまだすべてを解明されたわけではありませんが、まったくもって素晴らしい、精巧で繊細な器官です」大石は首を振る。
「きもっ」舞子は魚類の口で云った。
「もしかしたらその真価を発揮された日には、我々の魔法などとても太刀打ちできないのではないかとさえ思われる」
「そういや中国料理で猿の脳みそ食べるってのがあるんだよね。すごいよね、よく食べれるよね脳みそってちょっと」
「人の話を聞いてるんですか?」大石は、眉間に箸を挟めそうなほどに皺を寄せて舞子を睨んだ。舞子は大人しくなった。
「人間の脳は」大石は物云わぬ脳みそ丸出し男の生首を手で示しながら、改めて説明を続けた。「覚醒時、膨大な数の情報を大脳に蓄積します。それは大脳の各部位にアットランダムに散らばって保存されます。そして睡眠時、大脳はデフラグを行います」
「デフラグ?」
「記憶の断片たちを整理するのです。重複するもの、不必要なものを削除していく――その時、それに関する他の記憶が、呼び覚まされてしまうという現象が起こるのです」
「ふうん」舞子は顎を掻いた。
「それは俗に“夢”と呼ばれています」
「夢?」手が止まる。
「つまり」大石は再度、脳みそ男の方を振り向いた。手をかざすと脳みそ男はゆっくりと頷き始め、頭頂を――というか脳頂をこちらによく見えるようにしようとした。
「あわかった、この博士がタイムワープのことを夢に見て思い出してまたやらかすかも知れないってわけね」舞子は男の動きが完全に止まる前に云い当てた。
 大石は後ろ向きのまま、舌打ちした。
「何よその態度。むかつく」
「まあつまりそういうわけで」大石はくるっと振り返った。「博士にタイムワープをやめさせる為記憶を消すとしたら、彼の物理学に関する記憶をもつニューロンすべてを根こそぎ取るしか方法はなく、それはこの世界において大変な損失になってしまう、それは出来ない、だからタイムワープ防止部は動けずにいるのです」一気に結論を話す。その間脳みそ男は、脳と眉と鼻だけの姿で宙に浮いていた。
「じゃあ、どうすればいいの?」舞子は質問した。
「物理的な方法でだめな場合は妖術しかないでしょう」大石はひょいと肩をすくめた。
「ゲームじゃないんだから」舞子は眉をしかめ顔をそむけた。
 大石は舞子を凝視し、舞子ははたと真顔に戻った。「あ……そうかあんたらか」
「違います」大石は眼鏡を白く光らせ舞子を指で差した。「あんたです」
「あたしがなんで妖術よ」舞子は目を剥いた。
「私らが使えるのは魔法だけだ。しかし今回においては魔法ですらタイムワープを差し止めることはかなわない。つまり彼、築山仙造その人自身が心から“こんなことはやめよう”と思えるようにさせなければならないのです――あなたの“洗脳”でね」
「せんのう?」舞子は訊き返した。
「そう、今回あなたは新興宗教よろしく正しき人の在り方を彼に説いて説き伏せて、タイムワープがいかに馬鹿げていてしかも大それた犯罪であるかをとくとわからせなければならない。壷や印鑑を売る催眠商法よろしく洗脳するんです。おお、まさに妖術。恐ろしい」大石は手で顔を覆い天井を振り仰いだ。
「えーっ、あたしがあ?」舞子はびっくりして自分を指差した。「そんなこと、できるわけないよ」
「ひとつ作戦を提案いたしましょう」大石は顔を正面に戻し、それから思い出したようにずっと宙に浮いたままの脳みそ男を片手の一振りで消した。
「ほんと? どんなの?」
「料理です」
「はい?」
「あなたの手料理で、彼をほろっとさせ改心させるのです。人間って素晴らしい、とか思わせて」
「まっさか」舞子は鼻に皺を寄せてケケケッと笑った。「そんなんで引っ掛る奴いないっしょ」
「まあ、無理かな」大石は珍しく、反駁してこなかった。「あんな、焦げ魚じゃあね」
「やるわ」舞子は顔を斜めに傾けて大石に詰め寄った。「やってやりゃいいんでしょ。あたしの料理で。本気でやりゃあたしだってね」

 

 とん、とん。

 

 その時、舞子の部屋のドアをノックする音がした。
 舞子はハッとしたが、大石の姿はあっという間に消え失せていた。
「はい?」返事する。
「開けていいか?」父親だ。
「――いいよ」舞子は、どういうものか身構える自分を感じた。
 父親はかちゃりとドアを開け部屋に入って来た。
「お前、買い物行かないのか」そう訊く声は、どういうものか上司に向かって恐縮している部下のようだった。
「うん。留守番しとく」舞子は、たまたま机の上に広げていた参考書から目を離すことなく返事した。
「そか。昼飯、外で食べようと思ってんだけど」
「いいよ。あたし適当に食べるし」
「そか」父親の声は、なんだか段々小さくしぼんでいくようだった。「何か、買ってきて欲しい物とか、ないか?」
「んー」舞子は少し目を上げた――といっても、父親を真正面から見つめるところまではいかなかったが――「いや、いいよ」
「服とか、鞄とかは?」父親はそう云ってから「鞄って、云わないか」と自分で突っ込みを入れ声の無い笑いを洩らした。
「いいよ」舞子も鼻だけで笑った。もちろん買ってもらいたい物を挙げればきりがないほどだが、説明しても理解できないだろうし、説明したそのままの物を彼が探し当てられるとも考えられないからだ。
「そか」父親は、ドアの向こうに沈み始めた。「あ」突然再浮上する。「昨日のおかずなあ――うまかったよ」
「ふふ」舞子はまた鼻で笑い、ほんの一瞬だけ父親を見た。
 そして父親はそっと夕日の如く去っていった。
 ぼん、と音がし、再び大石が出現した。「またあなたが、相変らず七里結界を張る」出て来るなり、彼はコメントした。
「は? しちりけっかい……て、何?」
「魔物が入って来ないよう修行中の仏僧が張る結界ですよ。あなたは彼を、魔障と見なしているんです」
「あのねだからそういう人の心の中を全部見通してるみたいな知ったかぶりな口きくの」舞子はそこまでをノーブレスで一気に云い、それから「やめろって言ってんのよ!」と吠えた。

 

 しゅッ。
 ぼん。

 

 たちまち大石に代って木多丘が現れた。
「ふん」舞子は鼻から火炎のように鼻息を噴いた。「負けそうになるとすぐ逃げる」
「で」木多丘は別世界の人間であるかのようにのんびりと話をミッションに戻した。「取り敢えず築山んちへ行けってか?」
「え、もう?」舞子は目を丸くした。「でも、行ってどうするの?」急に不安感が心を苛(さいな)む。
「さっき云ってたじゃん、料理作って食わせて改心させるって」木多丘は舞子の前に前腕を差し出す。「ほれ、乗って」
「でで、でも」舞子は躊躇した。「ホントにやるわけ? 料理とかで」
「自分がやるって云ってたんじゃねえかよ」木多丘は口を尖らせた。
「でもだって」
「お前ものの見事に乗せられるのよな、相変らず」木多丘は笑いを堪えながら舞子の襟首をひょいとつまみ上げ肩に載せると、ふっと窓に息を吹きかけてそれを開けするりと飛び出した。

 

◇◆◇◆次号へ◆◇◆◇

 

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魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 76

  • 2020.06.09 Tuesday
  • 16:04

JUGEMテーマ:小説/詩

 

 私たちはまず、森へ向かった。
 母たちに任せてきた“話し合い”がその後どうなっているのか、確かめるためだ。
「あんまり、気がすすまねえな」ユエホワが飛びながらそう言ったけれど、私もおなじ想いだった。
 話し合いは、無事に終わったんだろうか……たぶん、終わってないと、思う。
 へたをすると、またキャビッチ投げ対アポピス類の魔力攻勢がくりひろげられているのかも知れない。
 けれど、森の中はしずかだった。
 物がぶつかる音や、呪文を叫ぶ声や、悲鳴や怒鳴り声などは、まったく聞こえてこなかったのだ。
「静かね」祖母が飛びながら言う。
 本当に静かだ。この世界の森には、鳥も、小さな動物も、大きな動物も、いない。いるとすれば、アポピス類と妖精だけだ。
 なので何の鳴き声もしないし、かさかさと動きを感じさせる音もしない。
 風の音だけだ。
「あっ」けれどとつぜん、祖母のバッグの中からハピアンフェルが声をあげた。「粉送りたちがいるわ!」
「まあ、本当に?」祖母が飛びながらバッグを見おろす。「どこにいるの?」
「この先よ」ハピアンフェルは(たぶん)バッグの中から前の方を指さして教えた。「きっと森の木を枯らそうとしているんだと思うわ」
「まあ、大変」祖母は肩をすくめた。「急ぎましょう」
「アポピス類はいないのか」ユエホワが祖母の後ろを飛びながらきく。
「いないわ、ユエホワッソ」ハピアンフェルが緑髪の名前をまちがえて呼んだけれど、自分では気がついていないみたいだった。「どこへ行ったのかしら」
「ああ」空の上からギュンテの声が聞こえた。「アポピス類たちは、裁きの陣まで連れて行かれたみてえだ」
「えっ」私は上を見上げた。
「まあ」祖母もおどろいて見上げた。
「誰が連れてったんだ?」ユエホワも見上げてきいた。
「ラギリスだあ」ギュンテは、どこかほこらしげに胸をはって答えた。「やっとあいつにも、神としての自覚がめばえたんだな」
「へえー」私は感心した。「すごい」
 あの、ひそひそひそ、とささやくだけで何を言っているのかまったくわからない神さまが、あの乱暴なアポピス類たちをひとまとめに捕まえたんだろうか。
「ほんとかよ」ユエホワはどこかうたがっていた。「フュロワがやったんじゃねえの」
「ははは」ギュンテは笑った。「まあここは地母神界だ。ラギリスに花を持たせてやろうぜ」
「えっ」私はギュンテとユエホワを交互に見た。なんというか、大人の事情があるような感じがした。
 それはともかくとして、私たちはさらに前へ飛びつづけた。
「みんな」やがてハピアンフェルがまた呼びかけた。「私よ。ハピアよ。粉送りのみんな」
 私たちは全員止まった。
「ハピア」
「ハピアだ」
「お帰りなさい」
「どこに行っていたの」
「だいじょうぶなの」小さな声が答える。
 それは水流したちのときとはちがい、なんというのだろう……小さな、植物の種がぷちぷちぷち、とはじけるような、そしてやっぱり耳にくすぐったいような、ひびきだった。
 ハピアは、水流しの妖精たちに話したときと同じく、粉送りたちにいまやっていることをやめるよう説得した。
 そして粉送りたちはやはり、アポピス類は自分たちの話を聞かないから闘わなければならないと主張し、私たちが「すべてのアポピス類をやっつける」からだいじょうぶという話になり、粉送りたちはわかってくれた。
 でも、悪いアポピス類はもう、裁きの陣につれて行かれたんじゃなかったっけ?
 あとのこっているのは、あの、聖堂でいねむりしていた、なんというか、ぼけーとしたアポピス類たちだけだと思うんだけど……あの人たちも全員、やっつけないといけないのかな?
 私は首をひねりながら、とりあえず祖母たちといっしょに聖堂へもどることとなった。

 もどって最初に私たちが口にしたのは、
「うわあ」
「まあ」
「へえー」
という、とにかくおどろきの声ばかりだった。
 なぜかというと、聖堂が――なんとあのぼろぼろに壊されていた聖堂が、ちゃんと元どおりの姿にもどっていたからだ。
 すごい!
「すごーい」私は思ったままを口にしていた。「魔法みたい」
「あははははは」なぜかユエホワが空を向いて大笑いした。「それうけるー」
「なにがおかしいの」私は怒ったけど顔が赤くなるのがわかった。まあたしかに「魔法みたい」なんて、三歳か四歳ぐらいの子どもがいうせりふでは、あるけれど……
「だって魔法って、あはははは」ユエホワはお腹をかかえてまだ笑う。「あれか、キャビッチ投げつけて修復したのか」
「そんなこと言ってないし」私もますます顔が赤くなるのを感じながら言い返した。
「魔法みたいだろ」ふいにギュンテがそう言いながら、ユエホワの頭を小脇にかためた。「俺たちがすこーしだけ、手伝ったからな。キャビッチじゃなくて悪かったけども」そうして私にウインクする。
「あいたたたた離してっ」ムートゥー類が悲鳴をあげる。
「あはははは」こんどは私がお腹をかかえて笑い返してやった。
「まあ、楽しそうね」祖母もほほほほ、と笑う。
 私たちはともかくも、聖堂の中に入った。
「あなたたちは」誰かの声が聞こえる。
「汝らは」小さな声がつづく。
「汝らは」さいしょに聞いた声の人が言い直す。「ここ神の地において、心をとぎすませ、神に許しを請い、そして、えーと」
「三回まわって遠吠えしろ」
「穴を掘るのではございませんでしたでしょうか」
「あれっ」私は目をまるくした。
 どこかで聞いた声だなと思ってたら。
「なにやってんだ、あいつら」となりでユエホワがあきれたように言った。
 それはケイマン、サイリュウ、ルーロの魔法大生三人組だったのだ。
 彼らは、裁きの陣のそばに並び立ち、陣の中に向かって何かことばをかけつづけていた。
「遠吠えも穴掘りもしない」声をひそめながら三人にテイセイをしているのは、菜園界の祭司さま――ルドルフ祭司さまではない人だった。「正しき道をゆき正しき行いをまっとうすることを誓わなければならない」
「ぜんぜんちがうじゃないか。頼むよ」ケイマンが困ったような顔で言う。
「そもそも人に頼らないで自分でおぼえろよ」ルーロが不服そうに早口で言う。
「でございますですが、穴を掘るのがどこかに出て来てはおりませんでしたでしょうか、たしか」サイリュウがしきりに首をひねりながら言う。
「穴掘るのはあれだろ、ビューリイ類が建てものをぶっこわした時につかう文句だろ」ユエホワがいつのまにか三人の中にすべりこんで言葉をはさむ。「『汝穴を掘ることをみずから制せよ』かなんかで」
「さいでございましたですね、ええ」
「あれ」
「お前どこ行ってたんだ」三人は目をまるくした。
「それはこっちのせりふだよ。てかなんでお前らが祭司のまねごとしてんだよ」ユエホワが口をとがらせる。
「おれたち、ここで裁き役やることになったんだよ」ケイマンがてれくさそうに頭をかきながら説明した。
「お前らが? まじで?」ユエホワは声を大にしておどろいた。
「ええっ」私もおなじくおどろいた。
「まあ、すてきだわ」祖母は感動していた。「本当にそうなるなんて、すばらしいわ」
「さよう」祭司さまが小さく声をはさむ。「今まさに、その裁きの儀式をとりおこなっておるところじゃ。静粛に」
「あ」
「まあ、ごめんなさい」
 私たちは裁きの陣からはなれた。
 よく見ると私たちの後ろにならぶ椅子には、菜園界の人たちが皆静かにすわっていたのだ。
「母さん、ポピー、ここよ」後ろのほうで母が立ち上がり、手まねきする。
 私たちはいそいで移動した。
 ユエホワはついて来ず、椅子がならぶところからは少し離れて壁ぎわに立っていた。
「すごいな、ユエホワは」父がしきりに首をふりながらため息まじりに言う。「人間界の祭司が使う裁きの祈祷句まで知ってるなんて。さすがだ」
「本当ね」祖母がふかくうなずく。「彼はすばらしいわ」
「ほんとによく勉強してるのねえ」なんと母までが、緑髪を――あれほど嫌っていたやつを、ほめる。
「それだけいっぱい裁きの陣につれてかれた苦い思い出があるんじゃないの」と私は言いたかったけど、だまっていた。

 

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葵マガジン 2020年06月06日号

  • 2020.06.06 Saturday
  • 10:36

JUGEMテーマ:小説/詩

 

◇◆◇◆多重人格の急須2 〜肉じゃがは時空を越えて〜◆◇◆◇


第3話 大石、説明する 前編(全40話)

 

 夢の中で舞子は大根を切っていた。
そうしながら、誰かに向かって一生懸命、話をしているのだ。

 

 私は、楽しいことが好き。
でも悲しいことも、苦しいことも、受け入れる準備は出来ている。
私は、この世に起こるすべての事象を、愛する――

 

 話を聞く相手は、父のようであり、母のようでもあり、はたまた大石のようでも、正吾のようでもあった。

 

 この世に起こる、すべての事象を――

 

 ぐらぐらぐら。
鍋で何かが煮えている。

 

 これが、すべての事象。

 

 舞子はそれを指差して、相手に教えているのだ。

 

 おいしそうでしょ。

 

 そうして彼女は微笑み、相手も、深く、慈しみ深く、舞子に微笑みかける――

 

          ◇◆◇

 

 早朝の光の中、大きな翼を背から生やした白い衣の天使がベッドの傍に立っていた。
舞子はそれを約十秒間見つめ、それから跳ね起きた。覚醒はたちまちのうちにやって来た。
「やあ」天使は微笑んだ。「味噌汁の匂いがよく似合う朝だね」
「――あの――」舞子は天使を指さした。「正吾さんの、従兄弟か何んか?」
「ん? 誰それ?」天使はふっと微笑みを解き真面目に訊き返してきた。
「あ、いや、すいません」舞子は指を引っ込めた。
「ぼくはマルエル」天使は自己紹介を始めた。「宇宙秩序管理省時間順序保護局タイムワープ防止部捜査二課から来たんだ」
「えっと」舞子は手を挙げて相手を制し、きょろきょろと急須を探した。こういう奴の相手は“あの者たち”に任せた方がいい。その方がお互いに“通じる”だろう。
自分がもはや「並大抵のこと」では驚愕したり顔面蒼白になったり叫び声を挙げたりしなくなっていることに、舞子はそれほど気づいていなかった。
急須はベッドの枕の傍に存在していた。舞子は両手で持ち上げ、こくりこくりと二回頷いた。

 

 ぼん。

 

 白い煙と共に出て来たのは、優美だった。
「おはよ、舞子」そう云うなり、いきなり舞子の頭をがっしりとつかんで彼女の頭に派手なキスをする。舞子はめまいを感じた。
「やあ――これはこれは」マルエルと名乗った天使は、びっくりして目を丸くした。「噂には聞いたことがあるけれど、まさかこんなところでお目にかかれるとは思いませんでしたよ。“螺旋の彼方に打ち捨てられし宇宙の夢”さん」
「それは、三百六十八人前のご主人のときの呼び名よ」優美はにやっと笑って天使にウインクした。「いまは“急須”っていうの」
「えー?」マルエルはげらげら笑った。「そりゃまたずい分芸のない、夢も希望もない、地味で渋くて短い名前ですねえ」
「悪かったっつうのよ」舞子は優美の影でこっそりと毒づいた。
「それであなたは一体、何をしに現れたの?」優美が訊ねる。
「はい、実は」天使マルエルは話し始めた。「時空監視課の方から連絡が入りまして――当時空内のとある座標に、アラームが点灯したと」
「アラームって?」優美がさらに訊く。
「つまりその座標において、規定値以上の反重力操作を施された恐れがある、ということです」
「反重力操作――なるほど」優美は頷いた。「つまりここ以外のいずれかの時空に移動しようと企む何者かがいるってことね」
「そうなんです」マルエルは瞼を伏せ、溜息をつきながら頷いた。
舞子も頷いた。それは、やっぱり魔法使いに話を聞かせて正解だった、という満足からのものだった。二人の会話の意味など無論わかりゃしない。
「で――その犯罪を、未然に防いでほしいというわけね」
「はい」
舞子もまた頷いた。
「つまりこの、舞子に」
「ええ」
そこに至って舞子は停止した。
「なるほど」優美は前腕の筋肉をたくましく盛り上げて腕組みしながら納得した。
「何が?」舞子は大声で訊ねた。「またあたし? なんであたしに云うの?」
「今回の仕事、ぼくたちには手が出せないんだ――いろいろと事情があってね」マルエルは申し訳なさそうに首を振った。「それで、犯罪者と同じ時空間上に存在する君に、仕事を依頼したいんだ」
「だから、なんであたしなの?」舞子は自分を指さした。
「あれ、だって君は」マルエルは少し意外そうに、舞子を見つめ返した。「グレート・スピリッツの先祖だろう?」
「――それ何?」舞子は用心深く訊いた。
マルエルは軽く肩をすくめた。「我々さ」
「すてき」優美が感動した。「舞子、あんたの染色体には天使の素が入ってんのね」
「――」舞子は黙って首を振った。ふざけた話だ。「それってきっと、何かの間違いよ」
「あれ」マルエルは口に指を当てた。「間違いかな? でも、もう時間がないんだ。この際君でいいから、よろしく頼むよ」
「――どういう」
「それじゃあ」天使はしゅッ、と擦過音を残して消えた。
「頼み方よその言い草!」舞子は怒声を発したが、もうそれを聞く者はいなかった。
「ふむ」優美は、自分のすみかである急須を振り向いてうなずいた。「あの天使、くわしい状況のデータを残していったわ。少し解析してくるから、待っててちょうだい」しゅッ、と彼女もまた消えた。
舞子はベッドにひとり残され、そこで初めて人間らしい日曜の朝を迎えた。

 

          ◇◆◇

 

 朝食は、昨日の煮物の残りだった。
にもかかわらず、父親はなにも文句を云わずにいた。
それが、よっぽどその味を気に入ったからか、娘の作ったものだからか、あるいは昨日それを食べたという記憶が欠如しているからなのか、舞子には判断がつきかねた。
「舞子あんた今日、なんか予定あるの?」母親が訊く。
「べつ」にー、と答えかけて、舞子は止まった。
「何、なんかあるの?」母親はせっかちに答えを促す。
ああ、もしかしたら天使の頼みで魔法使いと一緒に何かの犯罪を食い止めにいかないといけなくなるかも知れないけど、なんで?
どこかよその時空では、普通にそう答えている自分が存在しているのかも知れなかった。
しかし今生の舞子にとてもそれを云う勇気はわかず「試験勉強」とむっつり答えるのみだった。母親は、そう、じゃあ買い物は父さんと行くことにするわ等と云い、舞子は内心ほっとした。人込みの中に出るのは、どうも疲れるので嫌なのだ。

 

          ◇◆◇

 

 食後のコーヒーを入れたマグカップを片手に部屋に戻ると、白衣を着た大石がすでに現れ出ていた。
「解析、すんだの?」舞子はマグカップを机の上に置き、椅子に座った。「なるべく手短にわかりやすく云ってね」
「平仮名と、カタカナでね」大石はふいっと横を向いて長い溜息を吐いた。
舞子がその胸倉をつかもうとする寸前、彼女の目の前に彼は立体映像を現出させた。
それは、どこか病院の事務室かと思わせる、部屋の中の光景だった。
白っぽい壁と天井。事務机が壁際に並んでいる。スチール製のロッカーや棚。シンプルな丸型の壁時計。三台のパソコン。なにより印象に残るのは、いたるところに書類が散乱しているという点だった。
「ここ、どこ?」舞子は訊いた。
「築山仙造という人物の自宅です」
「つきやませんぞう? 誰? それ」
「タイムワープを実行しようと企む物理学博士――つまり“犯人”です」
「へえー」舞子は感心して映像をまじまじと眺めた。「でも、それがわかってんならさっさとあの天使の人に、捕まえてもらえばいいじゃん?」
「彼らは今の段階では動けません。なぜなら彼らが“動く”ということは」大石はくいっと首を傾けて、築山家の映像を頭で指した。「この科学者築山仙造の存在を、事実上抹殺してしまうことになるからです」
「まっさつ――こ、殺しちゃうの!?」舞子はぞっとして叫んだ。
「物理的に殺すわけではありません。論理的には、彼の脳内の記憶を一部抹消すればいい――時流遡行に関する理論を組み立てた部分をね」大石は自分の頭を指でつつきながら説明した。「しかし、彼のその理論は、それだけで独立して成り立っているわけではない。彼のそもそもの研究領域である素粒子物理学に関するデータに根付いているのです。そしてこのデータそのものは大変重要であるとされている――彼個人にとってだけでなく、今や全世界規模において」
「へえ……有名な人なの?」
「ノーベル賞候補にも挙がったことのある人です」
「ええっ」舞子は目を丸くした。

 

◇◆◇◆次号へ◆◇◆◇

 

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