魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 38

  • 2019.09.17 Tuesday
  • 07:50

JUGEMテーマ:小説/詩

 

「そういえばハピアも、この『同じ赤き目を持つ者として』とアポピス類が君のことを話していたと言っていたよ」父は自分の書いたメモを見下ろしながら言った。「君に、ぜひとも仲間になってもらいたいと言っていた、と」

「は」ユエホワはみじかくため息をついた。「勝手なことを」

「国をつくって、どうするつもりかしら」母は父とユエホワにきいた。「まさか、鬼魔界に戦をしかけるなんてことしないわよね?」

「うーん、さすがにそこまではしないと思うけど」父は腕組みをして天井を見た。「いや、でも……いちがいにはいえないかなあ。なにしろアポピス類は、妖精たちを使って姿を消すという、なかなか手ごわい技を手にいれたからねえ」

「あれって、妖精たちを使っているの?」母が問いかける。

「うん」父がうなずく。「これもハピアから聞いたんだけど、妖精たちの光をあやつる力を利用しているらしい」

「まあ」母は目をまん丸くした。

「その、姿を消す力については」ユエホワは言った。「ピトゥイで対抗できるんじゃないかって思う」

「ピトゥイで?」母と私は同時に、びっくりした声でききかえした。

「なるほど」父は大きくうなずいた。「洗濯魔法か」

「洗濯魔法?」私は父にきいた。いわれてみれば、ピトゥイという魔法――それは、祖母が父の泥んこだらけの服を(そして私の服も)、さっぱりときれいにした魔法だ……よく覚えてるなあ、ユエホワ。一回見ただけなのに。

「そう」緑髪もうなずいた。「アポピス類の体にくっついてる光使いの妖精たちを、ピトゥイで取り去るんだ」

「でも」母は眉をひそめる。「それは、妖精たちを傷つけたり、命の危険にさらしたりしないの?」

「わからない」ユエホワは首を振った。「けど妖精たちがくっついたままでアポピス類を攻撃したとしても、妖精にも同じように危害を加えることにはなる」

「うん」父はユエホワの話にまたうなずく。「妖精に向かってエアリイを投げるよりは、危害が少ないと思うよ」

 ばし、と母がいきなり父の腕をたたいたので、私とユエホワは目をまるくした。

「ははは、あそうだ、ぼくユエホワの寝床を用意してる途中だった」父は苦笑しながら席を立った。「ちょっとサイズは小さめだけれど、組み立て式の簡易ベッドがあってね、急なお客さん用の。あれが役に立ってうれしいよ。じゃあぼくは地下に行くよ」そう言いながら地下への階段を下りていった。

 パタン、と書庫のドアのしまる音がするのと同時に、

「ユエホワ」と母が呼んだ。

「え」ユエホワは、名前をよばれたことにおどろいたような顔をして母を見た。

 私も、おどろいた。同時に、いっきにキンチョウした。なに、なにがはじまるの?

「私はあなたに、謝らなければならないわ」母は静かに話しはじめた。「あなたのことを、よく知りもしないで――知ろうともしないで、ただあなたのことを嫌って、避けていた。祭司さまや私の母、そしてマーシュがあなたのことをとても高く評価するその理由がわからないと、思い込んでいた。だけど今日、それがわかった気がするわ。あなたはとても賢くて、礼儀というものを知っていて、人間がどんな振る舞いや言葉を好んでいるかをよく学んでいる。並大抵の努力ではかなわなかったことだと思うわ」

 ユエホワは言葉もなく、母をじっと見つめていた。

 私ももちろんなにもいうことはできず、見守るだけだったけれど――母はほんとうに、ユエホワの味方というのか、友だちというのか、そんな風に心の持ちかたを変えるつもりなんだろうか、と考えていた。

「だけどひとつだけ、教えてちょうだい」母はつづけてそう言い、とても真剣な目でユエホワをまっすぐ見た。「去年――ポピーがベベロナの家ではじめてあなたに出くわしたとき、どうしてこの子を絞め殺そうとしたの」

「――」ユエホワは、少しの間氷漬けになったように動かなかった。「――ガーベラ……さんの、孫だって聞いたから」糸のように細っちい声で、答える。

「――私の母の事を、知っていたのね」

「ああ」鬼魔はまぶたを伏せうなずいた。「このまま逃がしたら、いつか鬼魔界を脅かす存在になるかも知れないと思って」

「ええ、そうね」母は静かな声で言い、こくりとうなずいた。「それはあなたの言う通りよ。ポピーはいつか、母や私をもしのぐ、最強のキャビッチ使いになる。そして」私を見て、またユエホワに目を戻す。「あなたたち鬼魔を、一匹残らず殲滅するわ」

「――」ユエホワはまた少しの間、氷漬けのように固まった。

 母もユエホワをまっすぐに見つめたまま、真剣な顔でだまっていた。

 私はなにひとつ言葉をはさむことができずにいた。

「――助けてくれたことや、こうしてかくまってくれることには、感謝してる」やがてユエホワが、少しかすれ気味の声で言った。「けど俺も鬼魔だ。鬼魔界の存在は、全力で守る」

 母はだまったまま、ユエホワを見つめつづけていた。

「これだけは、ゆずれねえ」ユエホワもあごを引き、真剣な顔で母を見つめ返した。

「ポピーは、強いわよ」母が言う。

「うん」ユエホワはうなずく。「知ってる――さっきも、アポピス類がここに来たのを追い払ったっていうし」

「――え?」母の顔が、ショウゲキの表情になった。「なんですって?」私を見る。「ポピー?」

「あ、うん」私はなぜかそわそわと身じろぎした。「なんでか知らないけど急にここに来て、ユエホワはどこだって言ってて、それであの」肩をすくめる。「ママの、キャビッチで」

「でも」母は首をふりながら、椅子から立ち上がった。「そいつら、姿が見えないんでしょ? どうやって――まさかピトゥイとか、使えないわよね」

「あ、えとエアリイで」私はどうしたらいいかわからないまま、母が小走りに近づいて来てぎゅっと抱きしめられるのに身をまかせた。「位置つきとめて、そのあとリューイとエアリイの同時がけで」

「ええっ」母はがばっと私の肩をつかんで引きはなした。「同時がけ? いつの間にそんな技をおぼえたの? おばあちゃんが教えてくれたの?」

「あ、いや、適当に」私はがくがくと揺さぶられるため深く考えることもできずありのままに話した。

「適当? 適当に同時がけができたっていうの? なんなのそれ?」母はさけぶように言った。

「でも当たらなかった」私は頭がくらくらしながら最後にそう伝えた。

「なんてこと――ああ、ポピー、よかった、無事で!」母はもういちど、ありったけの力をこめて私を抱きしめた。

 私は苦しさに顔をしかめながら、ユエホワが

「じゃあ俺、親父さん手伝ってきまーす」

といってさっさと地下へ下りていくのを見送った。

 ――あんたが、よけいなこと教えるから!

 心の中で、そう毒づきながら。

 

           ◇◆◇

 

 翌朝、起きて下におりると、やっぱりユエホワがいた。

 そしてやっぱり私たち家族といっしょにユエホワも朝ごはんを食べ、その後私が家を出るときには父と母のうしろの方で、ユエホワが手をふりながら見送っていた。

 ――今日学校が終わって、家に帰ったら、やっぱりユエホワがいるわけなのかな。

 私は箒で飛びながら、そんなことを思った。

 ――え、ずっとはいないよね?

 飛びながら、首をふる。

 ――いつまでいるのかな……アポピス類をやっつけるまで?

 こんどは飛びながら上を見上げて考える。

 ――やっつけるのは、つまり、アポピス類がつくったっていう国を、メツボウさせるってことなのかな。

 こんどは飛びながら、肩をすくめる。

 ――いや、そこまでするっていったら、かなり大変なことになるよね。

 こんどは首をかしげる。

 ――それこそママがいってた、戦ってやつになっちゃうじゃん。どうするの?

 こんどは飛びながら、はあー、とため息をつく。

「ポピー、なにかお芝居のお稽古してるの?」

 突然うしろからヨンベの声が聞こえ、私は箒ごと飛び上がった。

 

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評価:
(2019-05-11)
コメント:ある日ポピーと彼女のライバル(?)である鬼魔(キーマ)のユエホワの前に、とつぜん白い光とともに一人のお姫さまが現れた。その人の名は、サルシャ姫──泡粒界という世界の王女だったのだ。サルシャ姫のいた世界は今、侵略者に乗っ取られ、大地も海も人々も瀕死の状態にあった。もしこのまま泡粒界がなくなったら、とんでもないことになる──ポピーは、泡粒界を救うべく立ち上がる決意をした。

葵マガジン 2019年09月14日号

  • 2019.09.15 Sunday
  • 22:16

JUGEMテーマ:小説/詩

 

◇◆◇◆聡明鬼◆◇◆◇


第65話 閻羅王に力を貸す者(全100話)

 

「ジラ──」
 リューシュンは、言葉を失った。
 上から、それを見ていた。
 両腕を拡げながら龍馬の背に乗った元降妖師は、その瞬間ジライの体を真二つに斬ったのだ。
 それは常人の目に留まり得る動きではなかった。
 馬の背に降り立つ寸前、その足の爪先で、自分を呆然と見上げるジライの、微かに力緩んだ手から斬妖剣を引っ掛け蹴り上げ、着くと同時にその刃を横に薙ぎ払ったのだ。
 リューシュンがリョーマの背に降り立った時には、テンニはまんまと姿を消し、ただジライの、腰から下だけの骸がそこに座っているだけだった。
 斬り落とされた上体の方は、後方に吹き飛んだのだ。
「ジライ!!」
 リューシュンはしかし、逃げたテンニを追う事をしなかった、どころかそんな事を思いもしなかった。
「ジライ!!」
 聡明鬼はただ、信じられぬ姿となり果てた仲間の名を、声の限りに叫んだ。
「ジライ──」
 かすれた声に、はっと振り向く。
 コントクが、リューシュンのすぐ後ろに降り立っていた。
「リョーマ、止まってくれ」次にリューシュンのした事は、龍馬に停止を依頼することだった。「ジライの鬼魂を、呼ぶ」
 若き龍馬はまったく疑うこともなく、すぐに空中でとぐろを巻くようにして飛ぶのを止めた。
 ──ジライ!!
 直ちにリューシュンは、いつも鬼魂に呼びかけるやり方と同じようにして、仲間の名を叫んだ。
 ──こっちに、来い。俺の中に、入って来い!!
 匂いは、ない。
 だがリューシュンは、信じていた。
 信じて、疑わなかった。
 ジライは、きっと近くにいる。
 近くに──自分のところに、来てくれる。
 ──ジライ。
 上天へ──
 仲間を、共に闘ってきた友を、地獄へなど送り込むことには微塵も思い至らなかった、
 上天へ、玉帝のもとへ。
 ただその想いしかなかった。
 それは、兄に自分の友を見せたかったからかも知れない。
 否、そうでなくともよい。
 ジライを、上天へ。
 ただ、ジライを上天へ上げてやりたかった。

 

 ──聡明鬼。

 

 言霊が、届いた。
「ジライ!!」
 顔が、喜びに輝くのを自分でも感じる。
 思い切り、空気を吸い込む。
 だが匂いは、まだ届いてこなかった。
「ジライ、早く俺の中に入れ」
 呼びかける。
 ──聡明鬼。俺は、上天へは行かん。
「え」
 リューシュンは、ぽかんと目を丸くした。
 ──もちろん、そうさ。俺はこのまま鬼となり、兄さんと共にあいつを、テンニを倒す。
 ジライの言霊は、どこか笑っているような、何か楽しげでさえあるような、雰囲気だった。
「で──でも、けどお前」リューシュンは、戸惑った。「鬼になるって」
 ──お前とも同じ、鬼になるんだ。
 ジライの言霊はいよいよ、くすくすと笑っているかのような、幸せそうな雰囲気になる。
「でもお前、まずは閻羅王のところに行って──」
 リューシュンは、ますます困惑した。
「下手をすると、十八層地獄へ落とされるぞ」
 ──大丈夫さ。俺はそんなに、悪行を働いたこともない。こう見えても、まっとうな降妖師として仕事をしていたんだぞ、テンニとは違って。
「そ、それは無論知っているが」リューシュンはきょろきょろと辺りを見回す、だがジライの鬼魂の匂いはどこからも漂って来ないのだ。
 ──心配するな。
 ジライの鬼魂が、ふっ、と笑う。
 ──悪鬼になど、ならんよ。俺も散々手こずらされたからな。あんな奴らの仲間になど、なるものか。
「そ、それも無論わかっている、けど」リューシュンは、きょろきょろと辺りを見回すことしかできずにいた。「何処にいるんだ、ジライ!!」
「ジライと、話しているのか」コントクが背後から、呆然と訊く。「ジライの、鬼魂と」
「あ──」リューシュンは振り向いた。「ああ。ジライは、上天へは行かないと言っている。鬼となって、あんたと一緒に闘うんだと」
「そうか」言ってからコントクは、顔全体で笑った。「なら、いい。ジライに、陰曹地府で会おうと伝えてくれ」
「え──」リューシュンの方が、こんどは呆然となった。「いいのか」
「当たり前だろう。俺と同じ、鬼となってくれるというのならば、大歓迎だ」コントクは力強く頷く。「俺たちも、早く陰鎮鷲椶惺圓海Α
 ──待っているよ、兄さん。
 ジライの言霊も頷いているのを、リューシュンは感じ取った。
 そうして鬼魂は、消えた。
 鬼差が迎えに来たのか、それともジライ自身が天心地胆を潜り抜けて行ったものか、リューシュンには判らなかった。

 

          ◇◆◇

 

「ジライが」リンケイは呟き、眸を閉じた。
 リョーマからの報せだ。
 まずはコントクを想い、それから聡明鬼を想う。
 それぞれにどのような心情に達するのだろうかと。
 そしてすぐにそれらは見えてくる。
 そうなると、次に自分がどう動くべきであるかが見えてくる。
 その思惟の流れに、今まで特に気にも留めていなかった或る想いがふと、絡み付いてきた。
 気にも留めなかった──というよりは、敢えて取り構わずにいたのかも知れない。
 または、見えぬ振り、をしていたのかも──
 ──閻羅王に、力を貸す者──
「聡明鬼」呟く。「ここに、戻って来い」
 念が通じる相手ではない。
 名すら互いに名乗っていないのだから、何も通じるものがあろうはずはない。
 あるのはただ、共に幾足かの鬼どもを懲らしたという経験のみだ。
 それはたまたま、その時同じ空間に、または近い空間に居合わせ、そしてたまたまその悪鬼どもを懲らす必要を感じていたからに他ならない。
 もし自分が、或いは向こうがそこに居らず、居たとしてもその必要を感じずにいたならば、決して共に闘うことなどなかっただろう。
 確かに、そう思う。
 だが今リンケイは、聡明鬼に、会って話したいと思っていた。
 会って、話さなければならぬと感じていた。
 それはつまり、
 ──閻羅王に、力を貸す者。
 それが誰なのか、判った気がするからだ。

 

◇◆◇◆次号へ◆◇◆◇

 

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評価:
(2019-05-18)
コメント:ショア惑星王国の王室に、一人の姫が誕生した。その瞬間、王室内に暗雲が立ち込めた。何故なら生まれた赤ん坊の髪が、紫の色をしていたからだ。呪われた遺伝子を持つ者として赤子の父親であるハルに死罪が言い渡される。ハルを運ぶ航宙船の前に、宇宙海賊の船が立ちはだかる。長編スペースオペラ、第一話。

本当にそうでしょうか。って言いたくなる車関係の話

  • 2019.09.10 Tuesday
  • 07:45

 道路を走っている夢を、よく見る。

 走行手段は、色々だ。

 自動車であったり、自転車であったり、一度は雑巾がけしながらだったりした。昔の「一休さん」のオープニングアニメみたく四つん這いで雑巾突きながらトットットットッと、公道を、

 

 雑巾がけて。君。

 

 いや。

 ほんとなんです。いや夢ですけど。普通の、地方の町の、ガードレールついてる坂道のワインディングロードの片側一車線の道路をですね、昔の「一休(略)トットッと、雑巾がけしながら走ってるんです。私が。周囲はもちろん自動車たちが普通に走ってて。

 

 まあ気を取りなおしてですね。

 改めて、昨夜見た夢の話。

 今回は片側二車線または三車線の公道を自動車で走行していた。

 時刻は朝の10時少し前。

 運転しながら私はつい、フワ〜……と、あくびをした。

 その拍子に、体が浮いて、車窓から外にフワ〜と、飛び出したのだ。

 

 わーやばい! 無人のまま走ってるよ車!

 

 私はただ焦り、自分の車に追いつこうと必死で地に足をつけようともがくのだが、体はフワフワと心許なく浮かぶだけでまったく思い通りにコントロールできない。

 ゼーハーいいながらなんとか道路脇の商業施設かなんかの駐車場に降り立つことができたが、我が車は無人のままどこまで走って行ったのか皆目わからない。

 だがうろたえている暇はない。

 降り立った駐車場になぜか仕事上のパートナーであるところの、冷酷無表情男(架空の人物)が立っていて

「もうすぐ10時だから、それまでに何とかしないと大パニックになる」

と冷酷無表情に忠告してくるのだった。

 私は、それはまずい! もうそんな時間か! とさらに焦りまくり、我が車を追わんと歩道上を全力疾走しはじめた――がその時、その広い歩道の上に私の車がすうっと入って来て、私の目の前に停車したのだ。

「あれっ」

 私は驚き、車から降りて来た人物を見てさらに驚いた。

 私の母だ。

「兄ちゃん(私の兄、実在の人物)の車に乗っていたらアンタの車が走ってくのを見つけたから、移動して運んで来た」

と説明するではないか。

「ウワー、ありがとー!」私は感謝した。

 よかったよかった、これで町中大パニックの危機は回避できた! 車も無事戻ってきた!

 

 と、そこで目が醒めた。

 

 最初に思ったのは、

 

「母さんはどうやって乗り移ったんだろう」

 

という事だった。通常走行中の兄ちゃんの車から、無人走行中の私の車まで。

 まあいまさらそことかどうでもよい話といえばそれまでだが。

 

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評価:
(2019-05-22)
コメント:我々はリーグ戦のコマとして使う「強き者」を求め、とある渦巻銀河の辺境へとやって来たのだが──表題作ほか9編収録のショート作品集。

魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 37

  • 2019.09.10 Tuesday
  • 06:55

JUGEMテーマ:小説/詩

 

「あ、起きた? ちょっと手伝って」キッチンに入ると母がちらりと、私と私の後から続くユエホワの方を見て言った。「お皿とグラスと、そのほかいろいろ並べてくれる?」

「はーい」私は食器棚の上の段に腕を伸ばし、大皿を取ろうとした。すると、頭の上からぬっとふたつの手が現れて、私が取ろうとしていた大皿を持ち上げていった。

 金色の爪、つまりユエホワの手だ。

「え」私は思わず頭をのけぞらせて、その手と大皿のゆくえを追った。

 ユエホワはとりすました顔で、大皿をテーブルのまんなかにことりと置いた。

 私はちょっとぼう然として、そのさまをながめてしまったのだった。

「小皿は?」するとユエホワが片手を出してきてそう言う。

「あ」私ははっと我に返り、鬼魔にうながされるまま取り分け用の小皿を下の棚から持ち上げた。「え、と、四、枚……?」誰にともなくつぶやくようにきく。

「サンキュー」ユエホワはやっぱりとりすました顔で私の手から小皿をさらってゆき、テーブルの上にことことと置きはじめた。

 私はフォークやナイフやスプーンやをみんなの席にくばりながら――これもやっぱり四人分――この、ある意味特別な晩餐に、少し心臓がどきどきしていた。

 まあ、祖母の家でもユエホワといっしょに食事はしたけれど、それがわが家でとなると、これはもう、どきどきするのも無理はないと思う。

 母は――今どんな気持ちで、ユエホワもいっしょに食べるメニューを作っているんだろう? そんなことを心配していると、

「はーいありがと」と言いながら母はふり向き、ユエホワの並べた大皿の上にスパイスの香りの効いたメイン料理を鍋からひといきに移しかえた。「スープ用のお皿をこっちへ持って来て」

 私がふり向くよりもはやく、ユエホワの方が棚へ近づいてゆき「これ?」とききながらスープ皿を四枚持ち上げてはこび出した。

「ええ、そう。ありがと」母は、いつも私に言うのと同じような調子で、お礼を言う。

 私は、目の前の光景が、ほんとうに現実なのかどうか、どうやったら確かめられるだろうか、というようなことを、ぐるぐると頭の中で回らせていた。

「ああ、いい匂いだなあ」父が言いながら入って来た。「さあ、みんなで食事をいただこう」

 そうして、世にもふしぎで奇妙でキンチョウする食事が――私だけかもしれないけど――はじまった。

「ユエホワ、人間界の食事はどうだい?」父がたずねる。

「うん」ユエホワはふつうのお客様のようにうなずき「おいしい」と言ってちらりと母を見た。

「お口に合ってよかったわ」母もユエホワを見て、まるでふつうのお客様に言うように言葉を返し、さらに「鬼魔界ではいつもどんなものを食べてるの?」と、自分から話をふった。

「えーと」ユエホワはちらりと視線を横に向け、また母を見て「あんまり、食事中に話さない方がいいかも」と答えた。

「あはははは」すると母が笑い出し、私は目をまるくした。

「はははは」父も苦笑するように笑って「お気づかいに感謝するよ」と言った。

 なんだろう。

 これって、ふつうの、父や母の友だちがうちに来た時とおなじような感じの、食事じゃないか?

 私一人がとくに笑いもせず、だまって食べつづけていた。

 

「アポピス類のことを調べてきたんだけど」食後のお茶をいただきながら、ユエホワがそのことを話しだした。

「うん」

「ええ」父も母も身を乗りだして真剣な顔になった。

「あいつら……ここ何年か、王宮への税をまったくおさめていないらしいんだ」

「税を?」父が目をまるくし、

「まあ、鬼魔にもそういうのがあるのね」母は肩をそびやかした。

「けれどそんなことをしたら、当然王宮の方からなにかおとがめが来るはずだよね?」父は首をかしげた。

「それが、アポピス類はいま種特有の病気がはやっていて、それへの対策とか保障費用とかに大金が必要だからって理由で、ずっと免除されつづけているんだ」

「へえ、種特有の」父がうなずき、

「病気? まあ大変」母が眉をしかめた。

「そう」ユエホワはなにか考えこむように口もとにこぶしを当ててななめ下を見た。「そういわれてみれば、アポピス類の姿はこの数年、鬼魔界でもめったに見ることはなかったし、アポピス類がどうこうしたとかいう話も聞かなかった」

「ほう」父もなにか考えこむように腕組みしてななめ上を見た。「つまりその病気のために、外を出歩くことをひかえていたのかな」

「うーん」ユエホワは眉をひそめた。「だけどおかしいんだ……アポピス類の中でそんな病気がはやってることを、ほかの鬼魔たちは誰も知らなかった」

「え」父はぽかんとし、

「どういうこと?」母は首をかしげた。

「実をいうと俺も、この税の話を聞くまで――そんな大病がはやってるなんてこと、まったく知らなかった」

「ええっ」父がキョウガクした。「鬼魔界随一の情報通の君が知らないなんてこと、あるのかい」

「よっぽど厳重にかくされていたのか、それとも」ユエホワは声をおとした。「じつはそんな病気なんて、うそっぱちのでっち上げなのか」

「ぷっ」私は思わずふき出した。

「え」父がおどろいて私を見、

「なに?」母はすこしほほえんで私を見、

「なんだよ」ユエホワは口をとがらせて私を見た。

「いや、なんでもない」私は両手をふったけれど、笑いをこらえなければならなかった。うそっぱちのでっちあげって、自分もおなじことしてるくせに。

「で、ほかにもいろいろ聞きまわってみたところ」ユエホワは少しのあいだ私を横目でにらみながら話をつづけた。「やっぱりアポピス類はいま、鬼魔界の中にはいなくなってる可能性が高いようなんだ」

「いったいどこに?」父がきく。

「ほかの鬼魔たちに病気をうつさないようにほかの世界へ移動したわけではないということなのね?」母はたしかめる。

「俺が思うに」ユエホワは赤い目を真剣なまなざしにして話した。「あいつら……アポピス類のやつら、自分たちだけの国をつくろうとしてるんじゃないかと」

「国を?」父が声をたかめる。

「でもいったいどうして?」母が首を振る。

「んー」ユエホワはまた下を向いて、なにか思い出していた。「二十年ほど前、アポピス類の先代のリーダーと陛下が諍いをおこしたっていうのは、たしかにあった……それが直接の原因かどうかはわからないけど」

「ああ」父は納得したように何度もうなずいた。「イズバニア運河閉鎖事件だね」

「そう」ユエホワがぱっと顔をあげ、父とふたりうなずき合う。

「なにそれ?」母が問いかけたが「まあ今はいいわ。それで?」と取り消した。

 さすが。私は母のためにうなずいた。それ話し出すとぜったい、夜明けまでつづくからな……ユエホワはともかくうちの父は。

「それで今回、俺をさらおうとしたのはおそらく、まあ鬼魔界の動きについていろいろ情報をもってる俺を参謀的な立場として引き入れようとしてたんじゃないかと思う。赤い目がどうこうっていってたけど」と、そこでユエホワはまた私を見た。

「うん」私はうなずいた。「ハピアンフェルがそういってた」

「アポピス類ってのはヘビ型鬼魔で、ほとんどすべての個体が、赤い目をしてるんだ」ユエホワは自分の目を片手でおおいながら話した。「まあ突然変異でちがう色の個体もごく少数存在はするけど……やつらは『同じ赤き目を持つ者として』っていうフレーズを好んで使って、仲間同士の団結力を高めようとする傾向がある」

「ほうほう」父は生徒が好きな科目の授業を受けている時のように(たとえば私にとってのキャビッチ投げ)、目をきらきらさせた。「同じ赤き目を持つ者として」くりかえしながら、いつの間に持っていたのか手もとのノートにさらさらと書きとめる。「なるほど」

 

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評価:
(2019-05-07)
コメント:ポピーは魔法学校に通う少女。その世界では、キャビッチという野菜を使って魔術を行う。ある日ポピーと親友ヨンベは、ちょっとした悪戯を思いついたが、そのせいでヨンベが恐るべき鬼魔(キーマ)にさらわれてしまった! 悲しんでいる暇はない、自分が助けに行かなくちゃ! かっこいい神様たち、そしてずる賢い鬼魔ユエホワと共に、ポピーの冒険が始まった――

葵マガジン 2019年09月07日号

  • 2019.09.07 Saturday
  • 23:19

JUGEMテーマ:小説/詩

 

◇◆◇◆聡明鬼◆◇◆◇
第64話 墜落(全100話)

「戻って、来る?」リューシュンは訊き返した。
「ああ」リンケイは空を見上げたまま答えた。
「陽世に、か」
「ああ」リューシュンを見る。「空にある、天心地胆からな」
「どうして」
「無論、打鬼棒を取り戻す為さ」
「あ──」
「ということは」再び空を見上げ、二指を唇に当てる。
 ──ジライを狙って来るぞ。
 ──ジライを?
 リョーマが念にて訊き返してくる。
 ──打鬼棒を持ってるから?
 ──そうだ。しっかりと守りなさい。
「陰陽師」
 リューシュンが呼ぶ。
「何だ」
「俺が打鬼棒に打たれたら、どうなると思う」
「どうなる、って」リンケイは瞬きした。「血となって、流れるのだろう」
「本当に、そうかな」
「何故」
「スルグーンは……消えた」
「そう言っていたな」リンケイは頷いた。
「けどあいつは、まだ生きている」
「──ああ」つまり、雷獣のスルグーンの方だ。
「俺は、どうなんだろうな」リューシュンは、俯いていた顔を陰陽師の方へ向けた。
「──」リンケイは少しの間、返答できずにいた。
「まあいい。行って来る」
 リューシュンは背を向け、リンケイが手を挙げると同時、そして声を掛けるよりも速く、ふ、と姿を消した。
「間違っても、試したりなどするなよ」
 リンケイは、聡明鬼の消えた地点に向かって呟いた。

 

          ◇◆◇

 

「待て」
 陰陽界に出た途端、コントクの叫びを聞いたのだ。
 リューシュンはすぐに、その声のする方向にテンニのいることを察し走った。

 

 ざあああ

 

 風の音も今はリューシュンの心に届かず足も止めなかった。
 ただ夢中で走った。
 そして暗い灰色の陰陽界の中で聡明鬼は、黒焦げになり果てながらいまだ眸には憎悪に満ちた光を湛えている元降妖師に、正面から出会った。
 互いに走り寄ろうとしたのも束の間、テンニはいきなり横へと進路を変えリューシュンからもコントクからも遠ざかりはじめた。
「待て」
 今度はリューシュンとコントクの叫ぶ声が重なった。
「聡明鬼」
「ああ」
 二足の土地爺は目を見交わし軽く頷き合いしてすぐにテンニを追った。
 その二足の鬼たちから離れたところを鼬もまた走っていた。
 だが鬼たちの後ろを追っているのではない。
 鬼たちに並び、だが距離は離れたところを走っていたのだ。
 鼬はテンニが、打鬼棒を取り戻しにまた陽世へ飛び出るだろうと読んでいた。
 そしてそのために使う天心地胆は、空に浮かぶものであるはずだとも思っていた。
 テンニは空中からリョーマの背の上に乗り、その上にいるジライの手から斬妖剣と、その鎖に巻かれている打鬼棒とを取り上げるつもりだ。
 そう読んでいたからケイキョは、コントクとは違う道、つまり空へとつながる天心地胆のある所を選んで先回りを仕掛けてきたのだ。
 だがテンニは今まで、ケイキョのにらんだ天心地胆のどれにも近寄ろうとしなかった。
 鼬が来ていることに気づいているようにも見えない。
 とすると、意図してそれらの天心地胆を使わずにいるのだ。
 他に何か、考えがあるのだろうか──
 その時テンニが、走りながらほんの一瞬肩越しに後ろを振り返った。
「?」
 ケイキョは鼬の額に皺を寄せ不審に思った。
 だが元降妖師はすぐまた前に向き直った。
 そして向き直りざま、口元ににやり、と笑みを浮かべたのだ。
「──」
 鼬もまた走りながら自分の肩越しに後ろを振り向いてみた。
 灰色の大地と空しか、背後に見えるものはない。
 ずっと走って来たから、すべてが後ろに遠ざかっていった。
 すべて──
「森羅、殿──」
 思わず呟く。
 そして鼬は、ハッと前を向いた。
「森羅殿から、一番遠い所──」
 鼬は悟ったのだ。
 テンニは振り向き、森羅殿から十分に遠ざかったことを確認して満足を覚え、ために口元でニヤリと笑ったのだ。
 森羅殿から一番遠い所に来たテンニは今、森羅殿から一番遠い位置にある天心地胆をただ目指して走っているのだ。
 それはつまるところ、上天に一番近い所にある天心地胆なのであった。
「聡明鬼さん、コントクさん」鼬は声の限り叫んだ。「早く、陽世へ。ジライさんの所へ、リョーマさんの所へ」
「ケイキョ?」走りながらリューシュンは声のする方へ顔を向けた。
「あいつも、来たのか」コントクも同じようにする。
「陽世へ、と言ってるな」走りながらリューシュンは眉をしかめる。「何事だ?」
「わからん、しかし」コントクはぎり、と牙を噛み締めた。「あ奴がすぐそこにいるというのに、ここで逃すことはできん」前方の元降妖師の焦げた背を睨み付ける。
「うん……」リューシュンにもコントクの気持ちは自分の気持ちとして同意できた、だがケイキョ、陰陽師がリョーマの次代の主と認めたあの鼬が、必死の声で訴えてくるというのは、ただ事ではないはずだ。
 天心地胆から、今すぐに飛び出すべきなのか。
「それに」コントクは走りながら尚も言った。「ジライ達の所へというが、それはまさにテンニが今から行こうとしている所だろう。ならばこのまま奴を追えばケイキョの言う通り我々もジライやリョーマのいる所へ出るはずだ」
「あ」リューシュンは走りながら天を見た。
 確かにそうだ。
 このまま走ってゆけば、自分たちもジライとリョーマのいる所へ出るはずだ。
 しかし、ならば何故ケイキョは敢えてわざわざあんな事を必死で叫んだのか?
 必死で──
 ──遅かった。
 ケイキョははっきりとそう思った。
 テンニの狙いに気づくのが、あまりにも遅すぎた。
 鼬に今できるのは、ただ必死で走り、少しでも早く元降妖師に追いつくことだけだった。
 だが──
 ──遅かった!
 鼬がぎり、と歯を食いしばると同時に、テンニはその天心地胆に飛び込んだ。
 上天に、一番近いところにある天心地胆であった。

 

          ◇◆◇

 

 風が冷たくなった。
 山が近づいたのもあるが、寧ろ雨が近づいたからだろう。
 湿った空気が鼻先に当たる。
 リョーマはそういった感覚を受けながらも、辺りを隈なく見渡し続けることを怠らなかった。
 天心地胆。
 自分にも、それは見える。
 黒い淵のようなものだ。
 大気の中に突然ぽっかりと、罠のように存在している。
 見えるが、それを抜けることはできない。
 ケイキョのように、聡明鬼のようにそこを抜け出ることは、どうしてか自分には出来ないのだ。
 ケイキョは精霊王だから出来るのか──
 そんな風にも思う。
 フラもまた、天心地胆が見えるがそれを抜けることができないからだ。
 しかし注意深く見てきたところ、他の精霊達、いわゆる雑霊の中にも、天心地胆を抜けて陰陽界に出て行く者がいくらかはいるようだ。
 選ばれた者だけが、抜けられるのか──
 しかしそうだとすれば、何をもって、何を根拠として天心地胆の抜けられる、抜けられぬが定まるものなのか。
 そんなことを今考えても仕方がないというのは重々わかっているのだが、要するに自分は口惜しいのだと、リョーマはそれもわかっていた。
 自分が、天心地胆を抜けられたなら!
 ケイキョの後に、ついて行けたなら!
 無論それは、鼬に出来て龍馬である自分にできない事を口惜しがっているのでは決してない。
 ケイキョ、自分の“次の”主と決めた相手を、近くで護りたいという願いが叶わぬことへの口惜しさだ。
 自分の力のなさを痛感してしまうのだ。
 リンケイが聞けば、それが物事の理であるから仕方がないのだと、自分に説くだろう。
 けれどそれではなかなか納得がいかないのだ。
 なぜそんな理があるのか。
 なぜ自分は天心地胆を潜り抜けられないのか。
 若き龍馬はいらいらとしていた。
 いらいらとしながら、迫り来る天心地胆からは身をくねらせ遠ざかりつつ、飛び続けた。

 

          ◇◆◇

 

 テンニが飛び出してからひと呼吸もする間があっただろうか、それほど短い時の後に、リューシュンも、そしてコントクも同じ天心地胆から陽世へと飛び出した。
 何も、なかった。
「──え?」
 聡明鬼は、自分が間違えて違う世界に出て来てしまったのかと思った。
 そこには山も海もなく、人も鬼もいず、光すらもなかったのだ。
 何もない、闇の世界だった。
 と思ったのは、ただ一瞬の間だけだった。
 光は、すぐに目に届いた。
 蒼い光だ。
 リューシュンはぱちぱちと瞬きし、そしてすぐに、自分が地に足を着いておらず、まっすぐにものすごい速さで落下してゆきつつある事を知った。
「うわあ!?」
 叫ぶ。
 だがその声すらも、あっという間に上方へ置き去りとなり自分の耳にすら届かない。
「どこだ、ここは!?」

 

 上天にいちばん近い所です。

 

 はっ、と目を見開く。
 足元から轟音を立てて空気がぶつかって来る。

 

 弟よ。

 

 落ちながら、上を見上げる。
 玉帝?
 だがその姿は見えない。
 声として、それが聞こえたのかも判らない。
 それはもしかすると──

 

 さようなら、我が弟よ。

 

「兄さん」
 呟くと、眸から涙が溢れ、それもあっという間に上方へ振り払われていった。
 そうだ。
 そうか。
 俺はかつて、これと同じように、上天から落ちたのだ。
 スルグーンと共に──
「見えたぞ」
 コントクが頭上で叫ぶ。
 またしてもリューシュンはハッと目を見開き、今度は落ちてゆく先、足下を見た。
 奇妙に湾曲した形で緑と茶の色をした大地、真っ青な海、それらが遥か遠く見えた。
 そして目を凝らしよくよく見る先に、長く伸びる龍と馬の合わさった体が身をくねらせながら飛ぶのが見えた。
「リョーマか」
 そう認めた、だがなんと遠いのだろう。
 リューシュンは目をすがめた。
 ──テンニは?
 焼け焦げた降妖師の姿を探す、だがそれはなかなか見つけられずにいた。
 遥か下に見えるリョーマ、その背に乗っているであろうジライ、テンニの狙いは確かにその二足のはずだが、今風にぶつかられ続けている鬼の目には、その忌まわしき姿が入って来ないのだった。
 ──なんだってあいつは、こんな……
 そう思うがその答えはすぐにわかった。
 ただ落下するだけしか出来ぬ今の状況であれば、リューシュンもコントクも、決してテンニに追いつくことができない。
 己の脚で走るのであれば、時間さえあれば追いつくことも可能だったはずだが、今この時、いかな聡明鬼であっても、ただ落ちてゆくに身を任せることしか成し得ぬのだ。
 ──それでケイキョは。
 テンニの狙いを見定めた鼬は、すぐにリョーマとジライのいる所、こんな上空でなくもっと地に近い所へ移って、テンニよりも先に二足の許へ辿り着けと、そう言いたかったのだ。
 ──くそっ!!
 悔しさに牙を剥く鬼の目に龍馬の体はぐんぐんと近づき、そして突然その黒い点が、龍馬と鬼の目の間に現れた。
 元降妖師の姿が、そこでやっと認められたのだ。
「テンニ」
 声を限りに叫ぶ。
 答えるかのようにテンニは焦げた顔を上に向け、そしてにい、と笑った。
 それから降妖師は両腕を左右に大きく広げて、若き龍馬の背の上に真っ直ぐ降りて行ったのだ。
 最後にリューシュンは、こちらを見上げ、テンニと自分とその兄の姿を同時に見つけ、
「兄さん」
と叫んだジライの声を聞いた。

 

          ◇◆◇

 

 ──リョーマさん!
 唐突に、ケイキョの叫ぶ声がした。
 はっ、とリョーマは龍の首を左右に振った、だがその声の主の姿は見えなかった。
 ──上でやす!
 その思念の声が届くと同時に、
「ぐふッ」
 自分の馬の背の上でジライのくぐもった声がするのと、どすんと重いものが突然飛び乗って来た感触とが同時にあった。
 はっ、と再び息を呑み振り向く龍の目に、体半分を斬り取られたジライの腰から下のみが映った。

 

◇◆◇◆次号へ◆◇◆◇

 

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評価:
(2019-04-10)
コメント:生態観察のため連れ去られた地球人たちに与えられた「食べ物」は、機能性重視の味気ないものだった。彼らは立ち上がった。「まっとうな」食物を求めて――やがてその欲求は、惑星の運命を文字通り、大きく揺さぶった――

魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 36

  • 2019.09.03 Tuesday
  • 00:00

JUGEMテーマ:小説/詩

 

「ツィックル」瞬時に私がさけんだのは、そのことばだった。

 さけびながら窓枠に足をのせ、外へ飛び出す。

 はっ、と、息をのむ声がした。

 だれの姿も見えないけれどたぶん、その見えない人(かどうかわからないけど)が、息をのんだのだろう。

 でも私はこれっぽっちも不安になったり怖くなったりしていなかった。

 なぜなら、私のツィックル箒がちゃんと“目ざめ”て、私が窓から落ちるその下にまですばやく飛んできてくれて、私をじょうずに受け止めてくれるとわかっていたからだ。

 そしてもちろん、その通りになった。

「キャビッチ」私はつぎにそうさけんだ。

 箒はぐるっとカーブして、母が世話をしているうちのキャビッチ畑の方へ飛んだ。

 速度を落とすことなく飛びながら、私は腕を下に向けのばして畑の土の上からキャビッチを四個ほどひろい上げた。

「上へ」さけぶ。

 箒はぐんっと上昇する。

 止まっちゃだめだ、と私は思っていた。

 森でユエホワと父に、魔法が使えなくなったり体が動かなくなったりする魔力がかけられた時のことが、頭の中にあったからだ。

 あの魔力にねらいをつけられないよう、あちこち飛び回っていた方がいい。

 けれど見えない相手に、どうやって攻撃する?

 やはり、母がいったようにエアリイを使うか?

 いやその前にやっぱり、必死で会得したあれを、発動しておくべきだ。

「マハドゥーラファドゥークァスキルヌゥヤ」私は家のまわりをくるくると飛びまわりながら、手に持つキャビッチに向け呪文を唱えた。

 しゅるん、とキャビッチが消える。

 よし。

 次はエアリイだ。

 だけど相手はどこにいるんだろう?

 とりあえず、投げてみるか?

 だけど今手の中には三個しかキャビッチがない。

 むだ使いするわけには、いかない。

 じゃあ。

 私は、自分の部屋の窓の前で箒を止めた。

 さあ。

 どこにいる?

 なんか、かけてきてみろ。

 私は止まったまま、右や左に目を向けた。

「あっ、いた」屋根の上からとつぜんそんな声が聞こえてきた。

「え」私は上を見上げた。

「くそ、すばしっこいちび助だ」つづけて別の声も上から聞こえてきた。「ちょろちょろ飛び回りやがって」

 姿はあいかわらず見えない。

 けど、私は見えない相手たちに向かって(つまり、屋根に向かって)どなった。

「ちび助ってなによ、失礼ね」

「ユエホワはどこだ」最初に聞いたのと同じ声が、私の正面から聞こえた。

「えっ」私はあわてて顔を正面にもどしたけれど、やっぱりなにも見えない。

 まずいな。

 敵が移動したのも、ぜんぜんわからない。

 これじゃ、キャビッチの“投げ技”では、たちうちできない。

 こういう時には鬼魔を召喚する“融合”とかが(たぶん)いいんだろうけど……私の融合陣はクローゼットの奥にしまってあるのだ、いつも投げることしか頭にないから。いまさら後悔しても遅いけど。

「効かないぞ」また声が聞こえた。「跳ね返される」

「なに」別の声が驚く。「報告通りだ」

「なぜこいつにだけ魔力が効かない」

 私の目の前で、見えない敵たちがあせりながら話し合う。

 マハドゥだ。

 やっぱり最初に唱えておいて、よかった。

 よし。

「エアリイ、セプト、ザウル」私は唱えた。

 ぱん、とキャビッチが小さな球に分かれる。と同時に、投げた。

 ぼこぼこぼこっといくつかの球が敵に当たる音がして、しかも当たった場所でキャビッチは消滅した。おかげで見えない敵が今どこにいるのかだいたいわかったのだ。

 私はすぐに次のキャビッチを持ち上げた。「エアリイ」叫ぶ。

 そのとき、私の頭の中に『同時がけ』という言葉が雷のようにひらめいた。

 マハドゥとリューイを同時がけできれば申し分ないわね。

 祖母が言った言葉だ。

 でもどうやるのか知らない。

 けど私は、とりあえず試そうと一瞬できめた。

「セプトザウリューイモーウィヒュージイ」できるだけ早口で唱える。

 ばん。

 大きな、なにかが爆発か破裂かするような音がして、その衝撃で私は箒に乗ったまま地面の方へはねとばされた。

「きゃあーっ」叫ぶ。が、ツィックル箒がすばやくくるりと上向きに体勢をなおしてくれる。「うわっ」私はもういちど、叫んだ。

 キャビッチがでっかくなって、しかもいっぱい、窓の外にうかんでいたのだ。

 投げなければ。

 でも。

 どうやって!?

「逃げろ」

「くそっ」

 敵どもの声はあっという間に遠く離れていった。

「ま、待てーっ」私は叫んで、とりあえずいちばん近くに浮かんでいる巨大化キャビッチ――たしかにユエホワの言ったとおり、直系一メートルぐらいにはなっている――を両手で押し出すように、肩に力を入れて投げつけた。

 それは当たらず、どこまでも飛んでゆき、はるか彼方でしゅるん、と消えた。

 敵にぶつからないから魔法のエネルギーがすべて飛行につかわれたのだ。

 私はつぎつぎに、浮かんでいる巨大化キャビッチたちを同じヨウリョウで投げたけれど、ぜんぶ同じようにはるか彼方まで飛ぶだけで消えてしまった。

 ぜんぶで、十一個あった。

 すべてを投げ終えたあと、私はぜいぜいと肩で息をしていた。

 でも敵にはぜんぜんダメージを与えられなかった。

 これって、超効率悪くないか?

 ぜいぜいと肩で息をしながら、汗をたらしながら、私は眉をしかめそう思った。

 

          ◇◆◇

 

「ポピー」私を呼ぶ声がした。「起きなさい」

 誰だろう……ママ? いや……なんか違う。

「起きなさーい」

 パパ? ……うーん。

「お、き、な、さいって」

 おばあちゃん? でもない……

「おい起きろ。朝だぞ」

 あ?

 私は目をあけた。

 長い緑色の髪が見えた。

「うえ?」びっくりしながらがばっと起きる。

 いつの間に鬼魔界に来てたんだっけ?

 最初にそんなとんちんかんなことを思ってしまったのは、辺りが薄暗くなっていたからだろう。そこは私の部屋で、窓の外は日が暮れていて、どういうわけかユエホワがそばに立っていた。

「朝じゃないじゃん」私は鬼魔に向かって言った。

「だって俺はうそっぱちしか言えませんから」ユエホワは両腕で顔と胸を守りながら返事した。「お前起こしてこいってお前の母ちゃんに言われたんだよ」

「ママに?」私の頭の中には大きないもむしがいて、のったりのったりと、私の脳みその上をとてもゆっくりはいずっていた。「なんで?」

「さらわれてきたんだよ俺」ユエホワは腕組みして眉をひそめた。「お前の母ちゃんと、父ちゃんに。今日はここで寝るしかねえ」

 私は五秒ぐらいじっとユエホワを見て、「ここに? あたしの部屋に?」ときいた。

「地下にきまってんだろ」ユエホワはうんざりした顔で肩をすくめた。「それともお前が地下で寝て、そのベッド俺に貸してくれるか?」

「いやよ」私ははっきりと目ざめてキョヒした。「えっ、おばあちゃんちに行かなかったの? ママとパパ、ユエホワのこと見つけられたの? あっそうだ、さっき見えないやつらがここに来たんだよ。ユエホワはどこだっていってたからきっとまたさらおうとしたんだと思う」目ざめたとたんいもむしは小鳥に変わり、言葉がつぎからつぎへと口から出た。

「待て待て待て」ユエホワが私の顔の前に手のひらをひろげる。「ちょっと待て。ここに来た? やつらが? それ本当か?」

「うん」私はうなずいた。

「で、お前」ユエホワはそう言って、サイドテーブルに目をやった。そこには、母の畑から取ってきたまま使わずに残ったキャビッチが一個、置いてある。「追い払ったのか」

「んー」私は、そう言っていいのかどうかちょっと迷ったが「うん」とうなずいた。

「まじか」ユエホワが真剣な顔で私を見る。「すげえな」

「でもやっつけられなかった」私は口をとがらせた。「姿が見えなくて」

「あー」ユエホワは少し上を見た。「それな、ちょっと俺に考えがあるから、下で話すよ。飯行こうぜ」頭を斜め下に向けて言う。

 

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評価:
(2019-05-11)
コメント:ある日ポピーと彼女のライバル(?)である鬼魔(キーマ)のユエホワの前に、とつぜん白い光とともに一人のお姫さまが現れた。その人の名は、サルシャ姫──泡粒界という世界の王女だったのだ。サルシャ姫のいた世界は今、侵略者に乗っ取られ、大地も海も人々も瀕死の状態にあった。もしこのまま泡粒界がなくなったら、とんでもないことになる──ポピーは、泡粒界を救うべく立ち上がる決意をした。

葵マガジン 2019年08月31日号

  • 2019.09.02 Monday
  • 08:46

JUGEMテーマ:小説/詩

 

◇◆◇◆聡明鬼◆◇◆◇


第63話 後悔(全100話)

 

「貴様」テンニは唇をわななかせ叫んだ。「その棒を返せ」
 ケイキョは返事もせずに再び身を翻し、一目散に走り出した。
「待て」テンニはそれを追うべく一歩踏み出した。
 だがその体を巨大な馬の尻尾がするりと巻き取り、締め上げた。
「ぐふッ」テンニは息もできず空中高く持ち上げられたのだ。
「リョーマ」ジライがその尻尾の主、龍馬の名を呼ぶ。
「よく焼けてるな」リョーマは尻尾に巻いた獲物を眺めて言った。「けどもう一度、念には念をだ」
 するりと尻尾を解き、テンニの体を上空に投げ上げる。
 続けてごう、と蒼き焔を龍の口から吐く。
 その時ケイキョは、咥えている黒焦げの手がぴくりと動き、見えぬ力に引っ張られそうになるのを感じた。
 ──リョーマさん!
 叫ぶことが出来ぬため、念として龍馬に強く送る。
 ──よけて!
 吐いた焔が、目の前で真っ二つに割れた。
 見開くリョーマの眸に、黒焦げのテンニが残った片手で刀を持つ姿が映った。
 刀で、魔焔を斬ったのだ。
 ──斬妖剣か。
 リョーマの脳裡に、リンケイの得物のことが浮かぶ。
 あれと同じ類のものなのだろう。
 そういえば山でケイキョを刺したのも、この刀だった、或いはこれと同じ類の刀だった。
 そう思いつつ、ケイキョの強き念に弾かれるように、リョーマは馬の体を斜めに開いたのだ。
 真っ直ぐに突き出されたテンニの刀が、龍の髭をかすめ空を突く。
 ──この打鬼棒からつながってる刀を捕まえたんでやすね。
 ケイキョの念がそう説明する。
 この打鬼棒−−つまり今ケイキョが黒焦げの手首ごと咥えている棒のことだ。
 リョーマは尻尾でテンニの刀をはたき上げた、と思ったが敵もその攻撃を読んでいたらしく素早くかわし、地に着くなり蹴って後方に飛び退く。

 

 ぎん

 

 鎖が、空中で真っ直ぐに張られた。
 一方の端には降妖師テンニ、そしてもう一方にはその手首を咥えるケイキョがいる。

 

 ごう

 

 リョーマはテンニに向けて再び焔を吐く、がテンニはケイキョとの間に鎖を張ったまま飛んでかわす。
 幾度か焔で追ううち、テンニは出し抜けにケイキョのいる方へと飛んだ。
 はっと鼬は手首を咥えたまま身構えた。
 降妖師は飛びながら頭上に刀を振り上げた。
「ケイキョ」リョーマは「さま」をつけるのも忘れ叫んだ。
 今焔を吐けば、それはケイキョまでを呑み込んでしまう。
 茶色の細長い体は、まるで迫り来る刀の周囲に巻きつくかと思う動きでその刃をかわし、同時に首をぶん、と振った。
 テンニの手首が鎖越しに握ったままの打鬼棒で、テンニを打とうとしたのだ。
「くっ」テンニもまた紙一重で体をかわし、さっと飛び退いた。
「惜しい」リョーマはまた叫んだ、がすぐに焔で降妖師を追う。
 またしてもテンニは鎖を張ったまま円周上を飛び逃げ始めた。
 だがその動きがついに止められることとなった。
 それはコントクとジライの兄弟が、ケイキョとテンニの間に渡された鎖を二足がかりで捕まえたからだ。
 テンニはたたらを踏み、瓦礫の上で踏みとどまった、だが三足もの力には到底太刀打ちできず、砂煙を上げてずるずると引き摺られた。
 打鬼棒は鼬の口にある、そのため土地爺コントクも今は恐れる必要などない。
 先刻の不甲斐なき様をさらしてしまった事への詫びも込め、またそんな姿をさらさせたテンニへの憎しみも強く、コントクは黒焦げの元降妖師の体を捻じ切らんと、鎖より手を離しテンニに飛び掛った。
 その時テンニはあっさりと刀から手を離して遥か後方に飛び退いた。
 力を合わせ引っ張っていたケイキョとジライは、仰のいてしまった。
「待て」コントクは怒声を浴びせ、テンニを追って走った。
 ──天心地胆から抜け出る気だな。
 走りながら、そう予測する。
 そうならば、追って自分も陰陽界に飛び出る。
 土地爺の眼は片時も、逃げ去る降妖師の姿を逃さなかった。
 そして実際、テンニはふっと姿を消し、続いてすぐにコントクも同じ地点から姿を消したのだった。
「兄さん──」ジライは遥か遠くに眼を細めてそれを認め、ただ呟くことしかできずにいた。
 だが彼は自分が何をするべきか、すぐに考え始めていたのだ。
 ──聡明鬼に……陰陽師に、知らせなければ。
「ジライさん」
 呼ぶ声に振り向くと、目の前に鼬がおり足許に鎖の巻かれた打鬼棒が置かれていた。
「あっしも追って行きやす」ケイキョは黒い眸でジライを見上げ言った。「こいつを持って、聡明鬼さんと陰陽師さんの所へ行ってくだせえ」
「お前も──」ジライは驚きに目を見張った。
「リョーマさん」次にケイキョは空を見上げ呼んだ。「ジライさんを、山へ乗せて行ってくだせえ」
「わかった」龍馬はすぐに尻尾を地に下ろした。「陰鎮鷲椶惺圓のか」
「コントクさんの力になろうなんて大それたことは言えやせんが」鼬はぶるっと体を振るった。「この中で天心地胆を抜けられるのはあっしだけだ。聡明鬼さん達にこのことを、急いで知らせてくだせえ」
「無茶をするなよ」
「精霊王が死ぬわけないけど、死ぬなよ」
 ジライとリョーマは大真面目に言葉をかける。
「へい」鼬は肩をすくめ、走り出した。

 

          ◇◆◇

 

 山は、静かだった。
 山賊たちがすべて出払っているからだ。
 焚き火もなければ、あちこちに張られた天幕にも人の気配はなかった。
 その中で、リューシュンは大理石の上に横たわり空を見上げていた。
 空には全体に雲がかかり、もうしばらくすると雨空に変わりそうな色をしている。
 石の上には天幕から持ち出された敷布がかけられ、頭の下にも枕が置かれていた。
 大気が冷えてきているので天幕の中で休めと陰陽師は言ったが、僅かの変化にも気づくことができるよう、大気の音を聞いていたかった。
 それでリューシュンは外、キオウが山賊たちを集め談議していた広場の大理石の上に横たわっているのだ。
「降りそうだな」陰陽師が近づいて来た。「まだここにいるか」
「うん」リューシュンは空を見たまま答えた。「リョーマとケイキョはまだ戻らないか」
「ああ」リンケイも空を見上げ答えた。「コントクとジライもまだだ。知らせもまだない」
「──無事とは思うが」
「無事さ」リンケイは聡明鬼を見た。
「スルグーンは」
「回復に向かっている」リンケイは腕組みをした。「お前、自分以外の者の心配ばかりしているな」
「当たり前だ」リューシュンは眼を閉じた。「自分がどうなのかってのは、自分で分かるだろう」
「どうだかな」リンケイは眼を細めた。「普段元気な奴ほど、得てして自分が見えていないからな」
「──」
 会話が途切れ、しばらく木々の音だけが聞えた。
 リンケイは別の大理石の上に腰を掛けた。
「その通りだ」やがて眼を閉じたまま、リューシュンが言った。「俺は、自分が見えていなかった」
 リンケイは言葉を返さず、聡明鬼をただ見た。
「俺は、間違っていた」リューシュンは続けた。「肝心なところで、一番してはいけないことをしてしまった」
「──」リンケイは、まだ言葉を返さずにいた。
「いや、違う」リューシュンは眼を閉じたまま眉をしかめた。「逆だ。肝心なところで、一番しなきゃいけないことをしなかった」
 リンケイの唇が開いたが、リューシュンの言葉はまだ続いた。
「俺は、テンニを取り込まなきゃいけなかったんだ」
「それは」
「俺はわかっていなかった」リューシュンは眼の上に腕を乗せた。「玉帝に頼まれていたのは、ああいう奴をこそ俺の中に取り込んで、陰鎮鷲椶惺圓ないようにしろって事だったんだ。閻羅王に力を貸すことができないように」
「あいつは閻羅王に力を貸してなどいないだろう。それどころか閻羅王の首を狙っている」
「だが結果として陽界に打撃を与えることになった──俺があいつを取り込んでいれば、こんなことにはならなかった」
「どちらにしろ、お前が間違っていたのではない」リンケイは首を振った。「それは、俺が思いついたことだ。玉帝さまの傍にあんな奴を送りたくはないだろうとお前に提言したのは俺だ」
「けど俺は」リューシュンは牙を食い縛り、自分を責め続けた。「ちゃんと考える事ができなかった」
「──」
「自分の想いに捕われすぎてたからだ」
「──」
「そのせいで俺は、兄さんとの約束を守れなかった……多分」眼を強く閉じる。「上天から追い出された時と、同じように」
「──」リンケイはまた唇を開いた。「思い出したのか」小さく訊く。
 玉帝の金色の髪が山の風になびいていた様が蘇る。
「いや」鬼もまた小さく答える。「思い出してはいない……思い出したなら俺はきっと、狂う」
「──」

 

 それはできません

 

 かつて自分が聡明鬼の記憶を戻して欲しいと頼んだ時、玉帝ははっきりとそう言った。
 それは弟を許さないからではなく、弟の心を守るためだったのだ。
 そして自分も、この山であの景色──青龍塔の焼け落ちる景色を見せられた時、もう聡明鬼にそれを思い出させたくないと願った。
 ──ご主人さま。
 リョーマの思念の声が届き、リンケイははっと顔を上げた。
 ──今ジライを連れて山に向かっています。
 ──ジライを……コントクは?
 リンケイは思念の声を返した。
 ──コントクは、テンニを追って陰陽界に出て行きました。
 ──テンニを追って……打鬼棒を持っているのではないのか?
 ──ケイキョが取り上げて、ジライに渡しました。ケイキョも陰陽界へ行きました。
 ──ケイキョも?
 ──はい。天心地胆を抜けられるのは自分だけだから、急いでご主人さまと聡明鬼に伝えろと言って。
「どうした」
 聡明鬼の声にそちらを見ると、腕の下から片目をのぞかせていた。「リョーマか」続けて訊く。
「ああ」リンケイは頷く。「コントクとケイキョが、テンニを追って陰陽界へ出て行ったらしい」
「なんだって」リューシュンは腕を顔から下ろし、上体を起こした。
「打鬼棒はジライが持っているという」
「とはいえ」リューシュンは首を振る。「あの男は油断ならないぞ。一筋縄でどうにかなる相手じゃない」
「そうだな」リンケイは視線を巡らす。
「俺も行く」
「待て」
 リューシュンが地に立とうとするのとリンケイが手を挙げるのとが同時だった。
「止めるとは思ったが、俺は行くぞ」リューシュンは構わず立ち上がる。
「だがあいつがこのまま陰鎮鷲椶惺圓とは限らんだろう」リンケイも立ち上がる。
「どういうことだ?」リューシュンは眉を寄せる。
「天心地胆というのは」リンケイは上を指差した。「空にも存在するのか」
「空?」リューシュンは上を見上げた。「ああ。空にもある」
「戻って来る気かも知れん」リンケイは空を見る眼をまた細めた。

 

          ◇◆◇

 

 ケイキョは陰陽界の暗い地道を、流れるがごとく走った。
 コントクの背が、遥か彼方に小さく見える。
 それを追う。
 その向こうに、テンニの背が更に小さく見える。
 ──陰鎮鷲椶……森羅殿に、このまま行くとは思えない。
 鼬はそう考えていた。
 今の丸腰の状態でおめおめ森羅殿に赴けば、ただ十八層地獄へ即座に墜とされに行くも同じだ。
 その前に奴はきっとどこか、他の天心地胆のどれかから、再び陽界へと抜け出るに違いない。
 それはきっと、打鬼棒がその近くに在ると見られる天心地胆だ。
 打鬼棒を再び手にしてから、奴は陰鎮鷲椶慳瓩襪里飽磴い覆ぁ
 ならばその前に──陽界へと抜け出られる前に、ここ陰陽界であ奴をなんとかせねばならない。
 打鬼棒も斬妖剣も持たぬ今、自分とコントクとで何とかせねば。
 無論ここに、聡明鬼やリョーマ、ジライに陰陽師までもがいてくれたなら、それは容易い話だろう。
 だが聡明鬼はいない、リョーマもジライも陰陽師も天心地胆を抜けることができない、それであれば、つべこべ文句を言っている暇などない。
 自分とコントク、この二足でなんとかせねばならないのだ。
 考える内にも、鼬はぐんぐんと二足の鬼たちに近づいていった。
 だが同時に、ここ陰陽界からでは陽界を飛ぶリョーマに思念を送ることが出来ぬことを残念に思っていた。
 ──用心するように、伝えておけばよかった。
 そうは思えど、今更つべこべ文句を言っている暇などない。
 鼬はひたすら、前の二足との距離を詰めるだけだった。

 

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魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 35

  • 2019.08.29 Thursday
  • 00:00

JUGEMテーマ:小説/詩

 

 部屋で本を読んでいると、ふいにツィックル便が上から降ってきた。

 手に取ると、それは祖母からのものだった。

「ポピー、ユエホワに会った?」

「あ、うん、会ったよ」私はツィックルカードに向かって返事をし、投げ上げた。

 ほとんど直後に、また祖母から返ってきた。

「どうしてうちに来ないのかしら?」

「あー」私は正直に伝えるべきかどうか少し迷ったけど、やっぱり伝えることにした。「ハピアンフェルに会いたくないって、言ってた」

「あらまあ」祖母はそう返事してきたあと「アポピス類については、何か言っていた?」ときいてきた。

「なにも、言ってなかった」私は、今日の朝からついさっきまで、ユエホワとなにを話したのだったか思い出して、けっきょくそう答えるしかなかった。

 そうだよね。

 そもそもユエホワは、大事なアポピス類のことを話しもせずあんなばかばかしい大でたらめしか話さないなんて、どういうつもりなんだろう。まあきっと、なんの情報も得られてないってことなんだろうな。

「そう」祖母はそう言った後「なにか、ユエホワがいつもと様子がちがうと感じることはなかった?」

「うーん」私は眉をしかめて天井を見上げた。

 いつもと……だいたい同じだったと思うけどなあ。なにしろあんな、大でたらめを……でも、またあいつにキャビッチをぶつけたことがわかったら、祖母にまた怒られてしまうだろうし……うーん。

「そういえば、なにか考え事していたよ」私は、チェリーヌ海岸であの緑髪を見つけたときの光景を思い出しながらそう伝えた。

「まあ」祖母はそう言ってから「あなたには、とくに何も伝えてはこなかったのね?」と確認した。

「うん」私はカードにうなずいて「あ、あと、きのう助けてくれてありがとうって、あたしにお礼言ってた」と続けた。

 そうだ、よく考えたらこれ、いちばん「いつもとちがう」ユエホワの行動だよね。思い出したらなんだか、背中がむずむずするような気がしてきた。

「すばらしいわ」祖母はいつものせりふを送ってきた。「だけど、彼一人にしていたら、またアポピス類にねらわれるかも知れないわ。ここに来てくれるよう、あなたから言ってもらえると助かるわ、ポピー」

「えーっやだ」私は正直に、キョヒした。「もう家に帰ってきたもん」

「しょうがないわね」祖母の送ってきたツィックルカードは、その文字をしめしながら、ふう、とためいきをついた。魔力が強いと、そんなふうにカードに“表情”までのせて伝えることができるのだ。「マーシュに頼むわ」

「パパ一人でだいじょうぶ?」私はつい、そんな問いかけを返してしまったのだけれど、それがたいへんな事態をまねくことになってしまった。

「そうね」祖母はそう言ってから「フリージアにもついて行ってもらうわ」とつづけたのだ。

「ママに?」私は目をまんまるく見ひらいた。「でもママは」

「だいじょうぶよ。それではね」祖母からの通信は、それで終わった。

「えーっ」私がさいごに祖母に送ったツィックル便は、そのただひと言だけだった。

 本を手にしたまま、私は目をきょろきょろさせて考え、それからぱたんと本を閉じて部屋を出て下に降りていった。

「どういうこと?」母がだれかに問いかけていた。「なんで私が?」

 ああ、もう祖母からメッセージが届いているんだな、と思ううちにも、母は

「いやよ」「ぜったいいや」「なんであんなくそったれ鬼魔をわざわざ探さなきゃいけないの」「くそったれだわあんなやつ」と、次々に悪態を口にしつづけた。もちろんそれぞれの悪態に対してそのつど祖母から返事が届いているわけだから、ほんとうにこの二人のツィックル便のやりとりは流れ星よりもすばやい。

「え」「マーシュが?」「もう」「なんであんなやつのこと気に入ってるの」「どこが?」「理解できない」そこまでまくしたてた後、母はふいに、言葉をつぐんだ。

 私はそっと、近づいてみた。

 けれど、母の目の前にうかぶツィックルカードに書かれてある文字は、読み取ることができなかった。

「わかった」ついに母は、低い声でショウダクした。「今回だけは、協力するわ。町の平和のために」そして、それまで座っていたダイニングチェアから立ち上がった。「あ、ポピー」それから私に気づく。「ママちょっと、用事で出かけてくるわ。夜までには戻るから」

「あの」私は少し迷いつつも、きいた。「ユエホワを、さがしに行くの?」

「――」母は、きゅっと唇をかんだ。「アポピス類が、妖精をあやつって悪さをしているのよね」確かめるように、私に言う。

「あ、うん」私はうなずいた。

「そいつらを倒す方法を、あの性悪鬼魔が何か知っているってことなのね」また母は確かめるように私に言う。

「あ、うん」私はもういちどうなずいた。

「わかった」母は何度かうなずいた。「今回だけ、協力するわ」祖母に言ったのとおなじことを、私にも言う。「町の平和のために」

「うん」私はただうなずいた。だけど、どうしてか心臓がどきどきしていた。

 母を見送ったあとも、私の中で不思議な感覚はつづいていた。

 あの母が、ユエホワをさがして、見つけて、話をして、祖母の家に連れて行く――

 それは、なんというか、誰も考えつかないような、あり得ないできごとだ。

 ほんとうに、そんなことがこれから行われるんだろうか?

 なにも、問題なく?

 なにも、事件になったりせず?

 なにも――そう、たとえば人間対鬼魔の戦争のようなことが起きたりせず?

 アポピス類がどうとかいう前に、母とユエホワが出会って話をして、あまつさえいっしょに空を飛ぶなんてこと、だいじょうぶなんだろうか?

 私はいつの間にか、自分の肩を抱きしめていた。

 だいじょうぶなんだろうか?

 

 考えていてもしかたがないので、私は自分の部屋に戻った。

 読みかけの妖精の本をひらいてつづきを読みはじめてから少したったころ、こつこつ、と、窓をたたく音がした。

「あれ」私は立ち上がった。「まさか、ユエホワ?」

 でも、ほんとうを言えば、少し前から――母が出かけてから、予感めいたものはあった。

 今朝もそうだったけれど、ユエホワは、ほかの人間たちからは行方がわからないようにさせていても、なぜか私のところにはちょこちょこ姿を見せる。

 なのでもしかしたら今回も、父や母には探しあてられず、そのかわりこっそり私のいるこの家にやって来るんじゃないか――そんなふうに、なんとはなしに、予想していたのだ。

 私は窓を開けた。外はもう、夕方の色になっている。

 私はてっきりそこに緑髪が浮かんでいて「よっす」と片手を上げるのだろうと思っていた。

 けれど、それはちがっていた。

 窓の外には、だれの姿もなかったのだ。

「え?」私はきょとんとして、左右を見わたした。「ユエホワ?」

 返事はなく、そのかわり「この娘か」そんなつぶやき声が、どこからか聞こえた。

 聞いたことのない声だった。

 

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コメント:ある日ポピーと彼女のライバル(?)である鬼魔(キーマ)のユエホワの前に、とつぜん白い光とともに一人のお姫さまが現れた。その人の名は、サルシャ姫──泡粒界という世界の王女だったのだ。サルシャ姫のいた世界は今、侵略者に乗っ取られ、大地も海も人々も瀕死の状態にあった。もしこのまま泡粒界がなくなったら、とんでもないことになる──ポピーは、泡粒界を救うべく立ち上がる決意をした。

葵マガジン 2019年08月24日号

  • 2019.08.26 Monday
  • 15:53

JUGEMテーマ:小説/詩

 

◇◆◇◆聡明鬼◆◇◆◇

 第62話 降妖師対降妖師(全100話)

 

「これは」コントクは立ち竦んだ。
「やはりな」ジライも立ち止まり、その往来の凄惨な光景に眼をすがめた。
 彼ら兄弟は今、血塗られた町に辿りついていた。
 すなわち建物に、道に、そこら中に血の跡がついている町だ。
「テンニが、ここへ来たのだ」コントクは弟とともに予測したことを口にした。
「ああ。打鬼棒を持って」ジライも兄の言葉に頷いた。
「降妖師、あの悪鬼は何処に」コントクは辺りを見回した。
「テンニ」ジライは声を限りに叫んだ。「どこにいる。出て来い」
 だが返事はなかった。
 土地爺と降妖師の兄弟は、しばらくきょろきょろと首を巡らせていたが、既にテンニは他へ姿をくらましたのだと察し、互いに顔を見合わせ首を振った。
 町中にはもはや鬼の姿はなく、ただ茫然と力なくへたり込み泣き叫ぶことすら忘れてしまったかのような人間たちがそこここに見えるだけだった。
 鬼どもはすべて血となって流れたか、天心地胆から陰鎮鷲椶悗汎┐果瓩辰燭したのだろう。
「兄さん、どうする」ジライが振り向き言った。「聡明鬼や陰陽師と合流して策を練るか」
「──ああ」コントクは肩を落とし気味にして答えた。
 本心を言えば、あの恐るべき打鬼棒と直に対峙せずにすんでほっとしている所もある。
 自分は弟とは違い、鬼の身だ。
 打鬼棒は、やはり怖い。
 だがそれは、口が裂けても言えぬ感情であった。

 

「兄さん」

 

 弟が叫ぶ。
 はっとして顔を挙げたのと同時に、コントクは羽交い絞めにされていた。
「うぁ」
 次に視界に入ってきたのは、打鬼棒の先端だった。
 それは自分の鼻先に真っ直ぐに向けられ、鎖でぐるぐる巻きにされており、その鎖の上から真っ黒に焼け焦げた手がそれを握っていた。
「テンニ」弟がまた叫ぶ。「兄さんを離せ」
「俺の体を治せ」黒焦げの手の主は、コントクの耳の傍でコントクの弟にそう言った。「でないとこいつを打つ」
「きさま」ジライは歯噛みした。
「ジライ」コントクは、恐怖に喉首を締め上げられたような声でありながらもきっぱりと言った。「こ奴の言うことになど耳を傾けるな」
「ほう」テンニが言い、打鬼棒をぐいっとコントクの鼻先間近に引き寄せる。
 ひ、とコントクの喉が鳴る。
「やめろ」ジライが悲鳴に近い声で叫ぶ。「お前を治そう。だから兄さんを離せ」
「ジ、ラ」コントクは弟を制止しようとするが言葉が出てこない。
 体も凍りついたように動かせない。
 もしぴくりとでも動いたなら、そしてテンニの手の位置がほんの少しでもずれたなら、次の瞬間自分は血となるのだ。
 動いてはいけない−−
 そう思えば思うほど体は震え、何故か前のめりになり打鬼棒の先端へと自ら触りに行ってしまいそうになるのだ。
 自分に制止をかけようとする思いが自分の意識を奪い、昏倒しそうになる。
 ──あいつなら……聡明鬼なら、どうするのだろうか。
 不意に、そんな想いが頭をよぎる。
 無論聡明鬼であれば、今このような状況でも果敢に降妖師の手を振り解き、恐れもなく打鬼棒に立ち向かって、そしてあいつならば、勝つのだろう。
 だがそれは、聡明鬼だからこそだ。
 自分はあいつほどに強くない──
 コントクの頭はますます錯綜した想いにかき乱され、立っているのも困難なほどに眩暈と吐き気が襲った。
 ──ああ、もう打たれて消えた方が、楽なのではないか──
 ついに土地爺の胸にはそんな想いまでもが浮かび上がってきたのだ。
「少し待て」ジライが懐から朱砂を取り出す。「これに術を施し、お前の火傷を癒してやる」腰に下げた巾着から別の包みを取り出し、中の黒い粉を朱砂に混ぜる。
 テンニは焼け焦げた顔で眼だけを白く不気味に光らせながら、その様子を瞬きもせず見つめた。
 ──ジライ、やめろ──
 ──いや、ジライ、早くしてくれ──
 コントクの中で、相反する二つの叫びが挙がったが、そのどちらも土地爺の口から外に出ることはできずにいた。
「それは本当に、儂を治すためのものなのだろうな?」テンニが低く訊ねる。
 ぴたり、とジライの手が止まる。「無論だ」手元を見たままで、弟は答えた。
「まさか、逆に儂を封じるためのもの、例えば定身砂の類なのではなかろうな?」テンニはまた訊く。
「違う」ジライは顔を上げ、叫ぶように言った。「そんなものではない」
「ではまず試せ」テンニはすかさず言った。「この土地爺に、その砂をかけてみよ」
「──」ジライは固まった。
 くくく、とテンニの喉が笑いに震える。「ばか正直な男よ」
 ジライはそのまま何も返すことができず、焦燥の顔でテンニを睨み返すのみだった。
「まあいい、貴様ら揃って亡き者にした後で、貴様の法具を漁れば何か役に立つものが見つかるだろうて」テンニはそう言い、ついに打鬼棒を頭上に振り上げた。
「やめろ」ジライが声を限りに叫ぶ。「テンニ、お前を治す、だから」
 耳を傾けもせず、テンニは手に持つ棒を振り下ろした。
「うわあああ」ジライが声を裏返して悲鳴を挙げる。
 ──ああ、俺はここまでなんだな。
 コントクは眼を閉じ、そう思った。
 そしてそれが、自分の思う最後の想いなのだと思った。
 最後に聞くのは、弟の悲鳴だった。
 悪いことをした。
 もっと、弟を悦ばせることをしてから消えたかった。
 悲鳴などではなく、弟の笑顔を見て、笑う声を聞いて、そして消えたかった──

 

「ぐあああ」

 

 悲鳴がまた聞えた。
 それは弟のものではなかった。 
 眼を開ける。
 そこにあった打鬼棒は見えなくなっていた。
 眼を見開く。
 茶色の長い尻尾が空中を撫でるように横切っていった。
 それから音もなく地に降り立ったそれは、しなやかに身を捻りくるりと振り向いた。
 ケイキョが、打鬼棒をテンニの手首から先ごと、牙の下に咥えて立っていた。

 

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魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 34

  • 2019.08.20 Tuesday
  • 08:39

JUGEMテーマ:小説/詩

 

「すみません、じゃあ失礼します」私はその後、きちんとお辞儀をして出口に向かった。

 先生や保護者委員会の大人の人たちは、微笑みながら会釈を返してくれたけれど、私は入ってきたときのように微笑みを返したりはしなかった。

 そのかわり、ドアのところでふり向き、マーガレット校長先生をまっすぐに見て、言った。「先生、学校のキャビッチ畑からキャビッチを一個、持って帰らせていただけますか」

「え?」マーガレット校長先生は眉を持ち上げたが「ああ、ええ、どうぞ」とうなずき、それからすぐに「ああだけどそれを、何に使うのかしら? まさかとは思うけど、その」と言ってまわりの先生たちや大人の人たちをきょろきょろと見回す。

「練習です」私ははっきりと答えた。「マハドゥかエアリイか、ほかのキャビッチ技の」

「ああ、そうね」マーガレット校長先生は何度もうなずき「でも、どこで?」と、いまやすっかり真顔になってまたきいた。

「たぶん」私は少し考えた。「森の中か、海岸で」

「ああ、そう」校長先生だけでなく、そこにいた大人全員がなぜかほっと安心したように肩を落とした。「そういうことならば、もちろん好きなだけ持ってお行きなさい」ふたたび、にっこりと微笑みをフッカツする。

「ありがとうございます。失礼します」私はもういちど、きちんとお辞儀をして職員室を出て、畑に向かい、自分の手のサイズにぴったりのキャビッチを選んでポケットに入れた。

 それから箒にまたがり、上空へと飛び上がる。

 どこへ行くべきか。

 海岸なのか、それとも森の中なのか。

 それは、箒がその感性で決めてくれるだろう。

 私が唱えるべきはただひとことだけだ。

「ユエホワ」私はそう言葉をかけた。

 箒はたちまち向きをさだめ、元気よく“そこ”へ飛びはじめた。

 

 後から考えると自分でもふしぎなほどに、私は怒りにまかせて泣いたりわめいたり、金切り声をあげながら髪をかきむしったり、いっさいしなかった。

 だけどそれは、何の感情も持っていなかった、ということでは、決してない。

 ただそのときの私には、これから自分が、なにを目的としてなにに対してどう行動するか、その道すじがはっきりと、気持ちのいいくらいクリアに見えていたのだ。

 箒が降下しはじめたのは、“一回目”のときと同じ場所、ピンクの砂浜がひろがるチェリーヌ海岸だった。

 ユエホワは、そこにいた。

 これも“一回目”と同じで、彼は波打ち際にたたずんで、腕を組んでなにか考えごとをしていた。

 私はその十メートルほど後ろがわに降り立った。

「お帰り」ユエホワはふりむいて声をかけてきた。「よく学んできたかね」口もとをひろげて笑う。

「二回目なんだけど」私は「ただいま」のかわりにそう言った。

「何が」

「あなたが」私はぴしっと緑髪鬼魔を指さした。「あたしに大うそのうそっぱちを教えて、それをみんなの前で話させて、あたしがみんなに大笑いされるの、今日で二回目なんだけど」

「――」ユエホワがふいに、口をおさえて体を半分に折るかのように前かがみになったので、私は一瞬はっとした。

 また、妖精?

 ていうか、アポピス類?

「あーっはっはっはっはっ」けれど次の瞬間、ユエホワがこんどは空を見上げて体をそらしながら大きな声で笑い出したので、私はまたはっとして半歩しりぞいた。「あーおかしい最高」私がなにも言えないでいる中、悪徳鬼魔は涙を拭きながら肩をふるわせて――さっきの職員室にいた大人たちと同じように――笑いつづけた。「てか別に、みんなの前で話せとか俺言ってねえし」さらに笑う。

 私は無意識のうちに、そして当然のこととして、学校の畑からもらってきたキャビッチを手の上にとり出した。

「お、くるかリューイ」ユエホワは体の前にすっと腕を立てて目を細めた。「いつまでも俺におなじ魔法が通用すると思うなよ」

「リューイなんか使わない」私も目を細めた。「あんたなんかふつうのストレートでじゅうぶん倒せるし」

「へえ」ユエホワは少しむっとしたような顔になった。「大そうな自信家だな」

「あやまるならゆるしてあげるかもだけど」私はユウヨをあたえてやった。「うそついたこと」

「あっれ」ユエホワはぷいっと横を向いた。「俺これまでも何回か忠告したことあると思うけど」

「なにを」

「人間のくせに鬼魔の言うこと本気で信じてどうすんだ? って」

「――」

「もう忘れちゃったのかな」悪徳ムートゥー類はまた私を見てにやりと笑った。「まあお子様には特別に、もっかい言ってやろうか。人間のくせに鬼魔の言うこと本気で信じて、どうすん」

 私はキャビッチを投げた。

「だっ」ユエホワは瞬時に両方の前腕を顔の前にもってきて、その腕にキャビッチが猛スピードでぶつかった。「いだーっ」前腕を立てたままユエホワは悲鳴をあげた。

 私はごめんともだいじょうぶかともいっさい言ってやらなかった。

「今の、あんま手加減してくれてなかった」両腕をかわるがわるさすりながら、ユエホワは涙目で文句を言った。

「したけど」私は告げた。「手加減してなかったらもうあなたはこの世に生きてないからね」悪徳鬼魔を指さして言いすてながら、私は箒にまたがって飛び上がった。

「くっそ……スピードもかなり上がってきてるよな……なんとか回避……」ユエホワはまだ腕をさすりながら、ぶつぶつ言っていた。

 

 まっすぐ家に向かって飛びながら、私は、マーガレット校長先生や他の先生たち、さっき好きなだけ私のことを笑っていた大人たちに、今と同じようにキャビッチを投げたとしたら、どんなことになるんだろうか、なんてことを、むっつりとしながら想像してみていた。

 学校を追い出されて、子どもだから仕事もさせてもらえなくて、へたをすると罰として鬼魔界へ閉じ込められたりとかして。

 いや、頼めばクロルリンクとかでお店番のアルバイトとかさせてもらえないかな? いっしょうけんめいがんばります、とかって頼み込めば。

 ああ、だけど学校に行けなくなったら、もう、ヨンベとも、いっしょに勉強したりとか、遊んだりとか、おしゃべりしたりとか、できなくなるのかな……そこまで考えると、鼻の奥がくしゅっといたくなって、涙が出そうになった。

 いや、ならないならない。そんなことには。

 だって、先生や他の大人たちにキャビッチなんて、ぜったい投げたりしないから。

 そうだよ。

 あたしがキャビッチを投げるのは、鬼魔、あの悪いやつらにだけだ。

 さあ、気を取りなおして、家に帰って、おやつを食べて、あの妖精の本でも読もう。もちろん子ども向けの薄い方のやつを。

 ちょうど家に着いたとき、ヨンベからツィックル便が届いたのだった。

「ポピー、先生の話どうだった? だいじょうぶ?」

 私はたちまち、笑顔を取りもどすことができた。ほんとうに、持つべきものはやさしい親友だ。

「だいじょうぶだよ。怖い敵にあったとき、どんな気持ちでたたかえばいいのかってきかれただけ」

「えーっ、なにそれ、むずかしい」

「うん(私はこれを書くときカードに向かってうなずいた)。『よくわかりません』って答えた(ちょっと事実とちがうけれど)」

「わかんないよねえ。必死だよね」

「そうそう」

「でもよかった。また明日ね」

「うん、また明日ね。ありがとう」

「ううん」

 そんなやりとりをしながらついでのように母に「ただいま」を言って、二階の自分の部屋に上がったのだけど、ドアをぱたんとしめるのと同時に、私は気づいた。

 あ、そうか。

 大切な人に『無事だよ』って伝えなきゃいけないんだ。

 怖い敵に出くわしたとしても。

 ちゃんと、無事に戻って、心配させないようににっこり笑って『ただいま』って言って。『だいじょうぶだよ』ってうなずいて。

 それを必ずしないといけないって、必ずするんだって、そういう気持ちで闘えば、いいんだよ。

 私はひとり、部屋の中でなんどもうなずいた。

 ああ、そう話せば笑われずにすんだのに!

 あの、性格最悪ムートゥー類のせいで!

 もうにどと、口きいてやらないから!

 私はほっぺたを最大級に膨らませてそう心にきめたのだった。

 

葵 むらさきの著書

 

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コメント:ポピーは魔法学校に通う少女。その世界では、キャビッチという野菜を使って魔術を行う。ある日ポピーと親友ヨンベは、ちょっとした悪戯を思いついたが、そのせいでヨンベが恐るべき鬼魔(キーマ)にさらわれてしまった! 悲しんでいる暇はない、自分が助けに行かなくちゃ! かっこいい神様たち、そしてずる賢い鬼魔ユエホワと共に、ポピーの冒険が始まった――

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