魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 46

  • 2019.11.13 Wednesday
  • 13:36

JUGEMテーマ:小説/詩

 

 次の日の朝、学校に行かなくてよくなった私は、祖母のキャビッチ畑でキャビッチを五個ほど選び、森の中へ入っていった。

 きのうビューリイ類鬼魔に出くわした、タルパオの大木が見えるところまで行く。

 その木に向け、まずは肩慣らしでストレートを投げる。

 どん、と重い音がして、タルパオの幹の、ねらったとおりのところが緑色に変わる。

 この、木に当たるときの音が、むかしにくらべると(というと私の母は「あなたのむかしって、ついこないだのことでしょ」といってけらけら笑う)、だいぶ低く、重たい感じになってきたことが、私にとってのひそかな自慢だ。

 むかしは――私からみて――もっと、ぱしっ、とか、ぱん、とか、軽い感じの、あまり痛くなさそうな音だったのだ。

 私の投げるキャビッチは、かなり重くなってきている。

 これは単に、キャビッチの質の良さとか、投げるキャビッチのスピードが速くなったからだけではない。

 私自身の魔力が成長したのと、投げ方がスムーズになってきたのと、キャビッチへの力の伝え方がうまくいくようになったからだ。

 ……と、リクツではそういうことなのだけれど、私はひそかに、ただ毎日学校や森の中や海岸なんかで練習するだけでは、いまあるほどには重く、強くなっていなかっただろうと思う。

 ではなぜそうなったか。

 いうまでもなく――いったら怒られるからいわないんだけど――あっちこっちで、いろんなたくさんの鬼魔と闘ったからだ。

 それは偶然そうしなければならなくなってしまったせいでもある。

 または、ある一匹のムートゥー類鬼魔の、気まぐれ的な思いつきにつき合わされたせいでもある。

 その一匹のムートゥー類鬼魔はゆうべ、みんなが寝しずまったあと、金色の翼をひろげ窓からこっそりどこかへ飛んでいった。

 きっと友だちのアポピス類鬼魔を呼びにいったんだろう。

 まあ、そいつがいない方がのびのびと安心して練習にうちこめるので、しばらく帰ってこなくてもいいけど。

 そんなわけで、これまでのおさらいだ。

 リューイ。エアリイ。シルキワス。

「あ、そうだ」私はとつじょ、あることを思いついた。というか、思い出した。

 同時がけ。あれを練習してみよう。

「リューイ、モーウィ、ヒュージイ、エアリイ、セプト、ザウル」リューイの呪文とエアリイの呪文をつづけて誦呪する。

 なにも、起きない。

「あれ」私は、頭上にもちあげた祖母のキャビッチを見上げ、もういちど「リューイ、モーウィ、ヒュージイ、エアリイ、セプト、ザウル」ととなえた。

 けれどやっぱり、しーんとして何ごとも起きない。

 キャビッチは巨大化もしなければ分裂もせず、ちょこんと私の手の中に存在しつづけている。

「あれー」私はふしぎでしかたなかった。

 確かにいちど、この魔法が使えたはずなのに。あの、見えないアポピス類がわが家にやってきた時。

「リューイモーウィヒュージイエアリイセプトザウル」できるだけ早口でとなえる。

 が、やっぱりキャビッチはうんともすんともいわない。

「ええっ、どういうこと?」私は森の中でひとり、あせりにあせって叫んだ。

 どうしてできないんだろう。

 いや、逆にどうしてあの時はできたんだろう。

 あの時といまとで、どこが、なにがちがうんだろう。となえ方? 持ち方? 姿勢? キャビッチの質――はありえないか、なにしろこれは、伝説の魔女ガーベラのキャビッチだもの。

 やっぱり、現実に鬼魔が目の前にいて、自分を守るために本気で闘う必要がある場面でないと、力が出せないのかな。

 それとも――あんまりこんなこと思っちゃいけないかもだけど――この、伝説の魔女のキャビッチに“ばかにされている”のかも。

 なんであたしがあんたなんかの命令にしたがわなきゃいけないのよ、みたいな感じで。

 それはもちろん、祖母自身がそんなことを思っているというわけでは決してない。

 キャビッチという魔法の野菜は、本当に、ひとつひとつ性質が――というか性格がちがっていて、人間とおなじで、やさしいのもいれば冷たいのもいれば、がんこなのもいる。

 前にもいったけどその性格はあるていど、育てた人の性格をうけつぐので、まあその意味では、祖母の中にあるプライドの高さというものが、このキャビッチにも受けつがれているのはまちがいない。だからこそ、私のような子どもの誦呪になど、したがえないというのかも知れない。

 ああ、むずかしい。めんどくさい。

 でもそうもいってられない。

 今このことを祖母に相談したとして、返ってくる答えはわかっている。

「百回やってできなければ、何か方法を考えましょう」だ。

 ふう、と私は肩で息をついた。

 そしてもういちど、キャビッチを持ち上げる。

「リューイ」叫ぶ。

 ぐん、とキャビッチが五十センチほどに巨大化する。

「エアリイ」つづけて叫ぶ。

 ぐら、と、巨大化したキャビッチがゆれる。けど、分裂しない。

「セプト、ザウル」完誦する。

 ぐら、ぐら、と何回かゆれたあと、ぼん、と音がして、巨大化キャビッチは二つに分かれ、空中にふわふわと浮かんだ。

「うーん」私はやっぱり首をかしげた。

 分裂はしたけど、リューイを完誦していないから大きさもたりないし――私にしては――、なんとなく力も弱そうだ。たぶん、この二個のキャビッチを投げたとしても、ぱしっ、とか、ぱん、ぐらいの効果しか出ないだろう。

 むずかしいなあ。

「へえー、すごいなあ」背後で声がした。

 ふりむくと、アポピス類のケイマン、サイリュウ、ルーロ、そしてムートゥー類のユエホワがぞろぞろと近づいてきていた。

「あ、おはよう、ございます」私はぺこりとあいさつした。

 鬼魔に敬語というのも妙な気がしたけど、いちおうこの人たち、人間の魔法大学の学生さん、つまり学校的には私の先輩にあたる人たちだからな、と自分に言い聞かせる。

「うむおはよう」けれどなぜか、真っ先に片手を上げてえらそうに返事したのは学生でもなんでもないムートゥー類だった。「がんばっとるかね。ご苦労」

「君すごいね」ケイマンが、むすっとする私に笑顔で話しかける。「リューイとエアリイの同時がけなんて、はじめて見たよ」

「すばらしいですね」サイリュウもなんどもうなずく。「さすがはポピーさんでございます」

「それガーベラのキャビッチ?」ルーロが、朝から子守唄のような声でささやく。

「あ、うん、えと」私は、だれから返事をすればいいのかとまどいながらうなずいた。「おばあちゃんのキャビッチで……まだ練習中。です」

「じゃあぜひ、君のスローを見せてほしいな」ケイマンが、わくわくしたような声でうながす。

「ええ、ぜひ、その先をお続けになってくださいませ」サイリュウも、私の持つキャビッチに手をさしだしながらうながす。

「ただし俺たちに向けて投げるのはかんべんだぜ」ルーロがこっそりとつけたしてひひひ、と朝から幽霊のように笑う。

「あ、はい」私は空中のキャビッチに手をそえ、タルパオの木の方へ向き直った。

 すう、と息を吸い込み、ふう、とはき出す。

 もういちど吸い込みながら、両手のキャビッチを同時に肩のうしろに引きさげ、次の瞬間左足を踏みこみつつ両手を同時に前にふりおろす。

 二個の巨大化キャビッチはならんで飛び、右側のものはすこし沈んでから浮きあがり、左側のものは逆に少し浮かびあがってから沈むかたちで、同時にタルパオの幹の、上下にわかれた位置にばしん、とぶつかった。

 タルパオの梢が、さわ、と揺れた。

 やっぱり、ちょっとパワー的に弱い。

「おおー」けれど三人のアポピス類は同時に感動してくれた。「すごい」

「ふむ」一人のムートゥー類だけが、えらそうに腕組みする。「まあまあだな」

「どうも」私はにこりともせず小さく答えた。

 

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評価:
(2019-05-07)
コメント:ポピーは魔法学校に通う少女。その世界では、キャビッチという野菜を使って魔術を行う。ある日ポピーと親友ヨンベは、ちょっとした悪戯を思いついたが、そのせいでヨンベが恐るべき鬼魔(キーマ)にさらわれてしまった! 悲しんでいる暇はない、自分が助けに行かなくちゃ! かっこいい神様たち、そしてずる賢い鬼魔ユエホワと共に、ポピーの冒険が始まった――

葵マガジン 2019年11月09日号

  • 2019.11.13 Wednesday
  • 13:25

JUGEMテーマ:小説/詩

 

◇◆◇◆聡明鬼◆◇◆◇


第73話 黒龍馬(全100話)

 

 フラは、長い時をかけて飛んだ。
 飛び続けた。
 海を超え、山肌を翔け昇り、谷を滑り降り、自分と同じ姿を持つ霊獣を探して、飛んだ。
 自分の背に乗る主人キオウは、何も言葉を発しなかった。
 だが決してのんびりと、あちこち巡る空の景色を楽しんでなどいないことは解っていた。
 それどころか、ただ龍馬の背に乗るだけで他に為す術もない己の立場に歯噛みする想いでいるのに違いない。
 フラもまた、歯噛みする想いであった。
 何故、自分は龍馬をなかなか見つけられずにいるのか。
 そこにいないものを見つけるなど不可能だ、という理屈よりも、今すぐに主人を満足させ何としてもその不安な想いから救い出したい、その気持ちの方が大きく重く、圧し掛かってきていた。
 なのでフラもまた無言のまま、ただ飛んだ。
 飛び続けた。
 やがて砂漠の上に出た。
 木も草もなく、人も獣もいない、ただのっぺりと広大で果てしのない、砂の大地。
 今は真昼を大分回ったところで、陽光は弱まっているが、大気は熱かった。
 それでもフラは文句の一つもこぼさず飛び続けた。
「初めてだな」不意にキオウが背の上で呟いた。「こんな景色を見るのは」
「はい」フラは答え、龍の眼を細めた。
 少し、嬉しく思った。
 主人に、まだ見たことのない景色を、自分の飛翔の力で見せてやれたことが、嬉しかった。
 無論空を飛ぶことのできぬスンキには、為し得ぬことだ。
 だがフラは、それよりも龍馬を見つけることの方が先だと自分を戒めた。

 

 しばらく飛び続けた時、ついにそれを見つけた。
 黒い龍馬が、小さな泉のほとりに寝そべっていたのだ。
「キオウさま」フラは速度を上げ、叫ぶように主人に告げた。「いました。龍馬が、あそこに」
「いたか」模糊鬼は馬の背から身を乗り出すようにして確かめた。「ああ、確かに龍馬だな。あいつ独りか」
「独り……のように、見えます」フラは飛びながら、その黒い龍馬の周囲を探した、だが主人と思しき人間あるいは精霊の姿は見えなかった。
「そうか……」キオウは少し考えた。「龍馬を従える者にこそ、知識を借りたかったんだが……とにかく、行こう」フラを促す。
「はい」フラはやはりそう答え、泉のほとりに降り立った。
 黒い龍馬はその首をもたげ、空から降りて来る来訪者に眼を向けていたが、立ち上がったり威嚇の所作を見せたりはして来なかった。
 悪意のある来訪ではないことを感知しているのだろう。
 だがそうだからといって、素直に協力してくれるかどうかは判らなかった。
 キオウは次第に大きくなる黒龍馬の姿を見つめながら、どのように話を切り出せばよいかを考えた。

 

          ◇◆◇

 

 −−どこへ、行くべきか。
 リューシュンもまた、めまぐるしく考えを奔らせていた。
 キオウを、追うのか。
 それともリンケイを、追うのか。
「フラが……消えやした」ケイキョが、痛みに耐えるかのような声を絞り出す。
「消えた?」リューシュンは驚いて訊き返した。
「へい、かなり遠くへ飛んで行ったんでやしょう。或いはこちらに気を送るのを止めたか」
「あいつ、何処へ行ったんだチイ?」スルグーンが問う。「何か探しに行ったのかキイ?」
「−−分らん」リューシュンは首を振るしかできなかった。「探しに……けど、何を?」彼自身も問う。
「スンキをテンニに攫われてそれを追うとしたら、陰鎮鷲椶惺圓はずでやすが」ケイキョが尻尾をくるりと回す。「しかしそれなら、しばらくの間消える、てな事あ、言うはずありやせん」
「テンニに、脅されてるんだな」聡明鬼はそう考えた。「スンキを人質にして−−あの体を治せ、とでも言われたか」
「しかし、なんでキオウさんに?」ケイキョが首を傾げる。「医者でもなんでもないのに」
「−−」リューシュンは、リョーマを見た。「魔焔、だったか」
「それだチイ」スルグーンが頷く。「龍馬の吐く焔で焼かれた体を治す方法は、普通の医者には分らないんだキイ」
「けど、キオウさんには分るってんですかい?」
「龍馬を従える者だからな……そうか、キオウはそれを要求されて、その方法を探しに行ったわけか」
「それじゃ」ケイキョはもう一度尻尾をくるりと巻いた。「どうしやすか」
「−−」リューシュンはぐるりと周囲の景色を見渡した。
 どこにも、いない。
 リンケイも、玉帝も、自分に答えを与えてくれる存在は今、どこにも。
「体が治るまで、テンニは森羅殿へは行かないはずだ」リューシュンは低く考えを述べた。「むしろ陽世にこそ身を潜めるかも知れん。それならば、俺たちはここ陽世でテンニの目論見を阻むまでだ。あいつの体を治させることなく、スンキを取り戻す」
「テンニを探す、と」ケイキョが確かめる。
「ああ。陰鎮鷲椶帽圓辰燭△い弔蓮⊆分の力でなんとかするだろう−−それにコントクやジライも、あっちにいるはずだからな」
 あいつ、とは無論、陰陽師リンケイのことだ。
 鼬と雷獣、そして龍馬は揃って頷いた。
「今のテンニは打鬼棒と、斬妖剣の両方を持ってる」リューシュンは皆の顔を順繰りに見た。「お前達は斬妖剣で切られれば傷ついたり、下手をすると死ぬ。俺は打鬼棒で打たれれば血となって流れて消えてしまう。それでも、奴を追うしかない。それでいいか」
「へい」
「それでいいチイ」
 鼬と雷獣は答え、龍馬は龍の首を縦に振った。
「よし」リューシュンも頷く。「お前達の法力に頼む。探し出した後奴を捩じ伏せるのは、この俺に任せろ」

 

          ◇◆◇

 

 砂の上に降り立ち、その黒い龍馬の近くへ、両手を拡げた恰好でゆっくりと近づく。
 敵意のないこと、攻撃するつもりのないことを示すためだ。
 だが、なんと言葉をかければよいかがまだ見つかっていなかった。
 キオウは無言のまま、ただゆっくりと歩を進めた。
「あなたは、鬼ですね」
 突然、龍馬の方から話しかけてきた。
 思わず立ち止まる。
「鬼でありながら、龍馬を従えている」黒龍馬は静かに言った。
 背後から、フラが黒龍馬の挙動に全霊でもって警戒する気配が凄まじい熱を帯びて伝わってくる。
 もしもこの黒龍馬がキオウに僅かでも牙を剥いたならば、フラはたちまちその喉首に噛み付き千切り飛ばすだろう。
「そう、俺は」キオウは眼の前の黒龍馬よりもむしろ自分の従者であるフラに恐れに似たものを感じながら答えた。「模糊鬼キオウだ。後ろの龍馬は、フラ」
「私に、何か用ですか」黒龍馬は訊ねた。
「おい」フラが、焔こそ吐かなかったがキオウの眸を細めさせるほどの熱を帯びた声を挙げた。「ご主人さまはちゃんと名乗ったぞ。お前も名を言え」
「フラ」キオウは振り向き諫めた。「いいんだ」
「私の名はトハキ」黒い龍馬は静かに答えた。「この泉を、護っています」
「泉を?」キオウはトハキと名乗る龍馬を見た。「独りでか」
「いいえ」トハキは龍の首を振った。「私にも主人がいます。主人は今、砂の上で力尽きて倒れた者を救済しに行っています」
「救済−−」キオウはまた眼を細めた。「お前を使わず、独りで?」
「はい」トハキは眼を閉じた。「主人はそうする時、いつも一人で行きます」
「救済、というのは、つまり−−助ける、ということか」キオウは言葉を選びながら訊ねた。「死にそうになっている人間を生き返らせてやると、そういうことか」
「いいえ」トハキは眼を開けた。「死にゆく者の心を、安らかにしてあげるのです」
「なんで」不思議そうな声を挙げたのは、フラだった。「お前が行って、この泉の水でも飲ませてやれば、生き返るんじゃないのか」
「それをすれば、この泉の水はたちまち人間たちに貪り尽くされからからに干上がってしまうでしょう。主人は人間たちをこの泉に近づけさせないよう、自分から出向いて行きそこで人間たちの命を安らかに終えさせるのです」
「−−そうか」キオウは小さく、そう言うしかなかった。「ところで俺は、あんたに−−できればあんたの主人にも、訊きたいことがあるんだ」
「何でしょう」トハキはゆっくりと瞬きをし、飽くまでも静かな声で訊ねた。「模糊鬼キオウ」
「−−トハキ」キオウは名を呼ばれたことに対し、名を呼び返して応えた。「あんたも、魔焔を吐くと思うが−−その焔に焼かれた体を、すぐに元に戻す方法を知っていたら、ぜひ教えて欲しい」
「−−」トハキは少しの間黙ってキオウを見た。
 キオウは眼を逸らすことなく待った。
「元に戻す、ということはできません」トハキは言った。「龍馬の焔に焼かれた者は、たちどころに死んでしまうからです」
「普通はそうなんだが」キオウは首を横に振った。「実は死ななかった者がいる。そいつも鬼で、黒焦げのまま今も動いている」
「鬼だからです」トハキはやはり静かに答えた。「すでに死んでいるではないですか」
「−−そう、なんだが」キオウは言葉を継ぐことができなくなった。
「鬼であれば、転生して人間に生まれ変わることできれいな体を手に入れられるでしょう」トハキは、どこか探るような眼でキオウに言った。
「ああ……だが鬼は、すぐに転生できるものじゃない」キオウは眉を寄せた。「俺もそれを思い、時間が経てば戻ると教えたんだが、あいつはすぐに治せと言った。そうしないと俺の」さらに眉を寄せる。「妻と、子が……消されてしまう」
「妻と子、それは人間なのですか」
「いや、鬼だ」
「そうですか」トハキは少し考えた。「人間ならば、私の主人が救済をしてあげられるのですが」
「お前」フラが怒鳴った。「キオウさまの話をちゃんと聞いてるのか。救済だか何だか知らないが、そんなものを頼んでるんじゃないぞ。焼け焦げた鬼の体を元に戻す方法を聞いてるんだ」
「フラ」キオウは、まるで自分が焔に焼かれたかのような表情をして諫めた。「俺が話をする」
「けど」フラは尚も言い募る。「こいつ、なんだか知らないけど、頭に来る」
「フラ」キオウはもう一度呼んだ。
 諫めはするが、確かにキオウの内心にも、さっさとここを立ち去り、別の龍馬を探した方が得策かも知れないという想いが生まれつつあった。
 どこか不思議な、興味をそそる雰囲気を持ってはいるが、喫緊の役には立ちそうもない相手だ。
「模糊鬼キオウ」不意にトハキが呼んだ。「あなたと、そのフラという龍馬は、かつて人間を焼き殺しましたね」
「−−」はっと息を呑み、キオウはトハキに振り向いた。「−−なぜ、それを」
「それも無作為に、多くの人々を」
「−−」
「そのようなことをしておきながら、自分の妻と子を助けるために、魔焔で焼けた鬼の体を治す方法を教えろとは、なんと虫の良い話でしょう」
「−−」
「あの人間たちも、今すぐに焼けた体を元に戻して欲しいと思っていたことでしょう。彼らは転生して、望み通りきれいな体に生まれ変わったのでしょうか」
「−−」キオウはがくりと膝を地についた。
 何故、この龍馬はそれを知っているのか。
 霊獣の持つ霊的な力により、相手の過去の所業を読み取ることができるのか。
 過去の、所業−−だが決して消え去ることも、そして決して許されることもなき、悪鬼の業。
 自分は妻と子を得、もはや閻羅王に抗する気持ちもなく、このままひそやかにそして穏やかに、心安らかに暮らしていくのだと思っていた、だがその背後には、自分のせいで命を絶たれたあの大勢の人間たちの悲鳴と怨恨が、今も、渦を巻き轟き続けているのだ。
 忘れたつもりでも、それは永遠に忘れられるものではない。
 そしていつかきっと、スンキにもそれが知られてしまうに違いない。
 その時彼女は、果たしてどのように−−
 キオウはうな垂れ、ぎゅっと眼を閉じた。
「おい」フラが、殺気のこもった声を挙げた。「トハキといったな。お前、俺と勝負しろ」
 トハキは何も言わず、ひざまずくキオウの体越しにフラを見た。
「俺が勝ったら、黒焦げの鬼の体を治す方法をご主人に教えろ。いいな」フラはそう言うなり、大気を切り裂くかのように上空高く跳び上がった。
 キオウは眼でそれを追い、そして音を聞いた。
 トハキと名乗った黒龍馬がはじめて立ち上がり、それから巨大な馬の蹄を蹴って同じく跳び上がる、音を。

 

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評価:
(2019-04-29)
コメント:心は生れた時に目覚め力は成長とともに増幅し技は修業によって磨かれる──このディメンションに生れた者は、ただ闘いを覚える為育って行く。そこで出会った少女シャナと少年サイ。二人に待ち受ける運命とは──

魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 45

  • 2019.11.06 Wednesday
  • 13:10

JUGEMテーマ:小説/詩

 

「え」私はそのひと言しかいえなかった。

「まあ、笑顔もすてきだわ」祖母がほめそやす。

「え」私は祖母に対してもやっぱりそのひと言しかいえなかった。

「会えてうれしいわ、ユエホワソイティ」ハピアンフェルもよろこびをつたえる。

「うふふ」ユエホワは笑い声をあげたがすぐに「やめろ」と笑顔のままいって「うふふ」とまた笑った。

「うわ」私はおどろいたけれどすぐに理解した。ようするにユエホワは今、こちょこちょとくすぐられているような状態なのだろう。

「ぶっとばすぞふふふ」笑いながらいうので、ぜんぜんこわくもないしキンチョウカンもない。

「へえー」私はうなずきながら、テラスの上をじりじりとあとずさる緑髪鬼魔を見た。「ユエホワソイティ」呼ぶ。

「うふふお前までなにいってんだははは」どうみてもうれしがっているようにしか見えない。「はやく解けよふふふ」

「まあとにかく、大急ぎで食事にしましょうね」祖母は手まねきをしながら家に入った。「ポピーは今日うちに泊まっていらっしゃい」

「はあい」私はなんだか気分がわくわくするのを感じた。

 なんというのか、新しい遊びを発見したときみたいだ。まあ、ユエホワには悪いけど。というか、ユエホワソイティには。

「ああ、俺もふっ飛ばされてえ」後ろでユエホワが、泣きそうな声でつぶやく。「あのビューリイ類みてえに」

「おばあちゃんが、ユエホワはそうしないようにって家にいいつけてるんだって」私は教えてやった。「あ、じゃなくて、ユエホワソイティは」

「なんだよそれへへへ」ユエホワはまた笑顔になった。

「ユエホワソイティ、私はあなたに心からあやまらなければならないわ」ハピアンフェルが、祖母の手から飛びうつったツィックルの葉の中でふわ、ふわと上下に飛びながらそう告げた。

 ユエホワが何も言葉を返さないのでついそちらを見ると、彼はやっぱり幸せそうにほほ笑んでいた。

 キッチンでは、祖母に命令された調理器具たちがいっしょうけんめいディナーをこしらえてくれる音が鳴りつづけている。

「いくらアポピス類たちに逆らえなかったとはいえ、あなたをさらってしばりつけるだなんて……ひどいことをしてしまった。本当に、ごめんなさい」ハピアンフェルのはかなげな声が、つらい思いをこめて語りつづけた。

 それでもユエホワは何も答えず、もういちど見たときには幸せそうなほほ笑みも消えて真顔になっていた。

 なので私は「ユエホワソイティ」ともういちど呼んだ。

 するとたちまち緑髪鬼魔は、うれしそうなほほ笑みをふたたび浮かべた。「やめろよ」ささやくようにいう。

 すごいなあ! 私はただそう思った。すごい呪いだ。

「ああ、ユエホワソイティ」ハピアンフェルはさけぶようにいった。「どうしてあなたはそんなに、笑ってくれるの? 気にしなくていいよっていってくれるの? なんてやさしい人なんでしょう」

「あ」私はそのときはじめて、ハピアンフェルにすべてを話していなかったことに気づいた。「あの、これはその」

「ああ、そんなやさしいユエホワソイティに、なんというひどいことをしたのかしら。本当に、私はどうしたらいいのかしら」

 ムートゥー類はあいかわらず何もいわなかったけれど、あいかわらずほほ笑みつづけていた。

「さあさあ、おまたせ」キッチンから祖母がよびかける。「ディナーにしましょう。みんな、集まって」

 

「えっ、呪い?」ハピアンフェルは、ミイノモイオレンジの果汁をジュレにしたものを少しずつかじりながら、おどろきの声をあげた。

「ええ」祖母はスーブを口にはこびながらうなずいた。「けれどポピーメリアが、四日以内にピトゥイをおぼえて解くことになっているわ」

「え」私はミイノモイの果肉入りのサラダを食べていたが、おもわず手をとめた。

 私のとなりでプィプリプ入り生地のミートピザをかじっていたユエホワが、なにもいわずうなずいた。

「けれどそうね、そうなるとかなり集中して訓練をしないといけないから……明日から四日間は、学校を休みましょう」祖母はさらにうなずきながら考えをのべた。

「え」私はふたたびサラダを食べはじめていたが、またおもわず手をとめた。

「そうだ」ユエホワがなにかを思いついたように、祖母を見た。「ひとつ、お願いがあるんですけど」

「まあ」祖母の表情が、ぱっと明るくなる。「もちろん、なんでも遠慮なくいってちょうだい。なにかしら?」まるで呪いをかけられたように、うれしそうに笑う。

「俺の友だち……さっき話した、大学でピトゥイを学んでるやつらがこの家に来ることを許してもらえると、なにか役に立てると思う」ユエホワは説明した。

「まあ、もちろんかまわないわ。ぜひ来てもらってちょうだい」祖母は目をくりくりさせて手を組みうなずいた。

「ええと、先にいっとくけど」ユエホワは、お皿の中のハピアンフェルを見てつづけた。「そいつらは、アポピス類なんだ」

「えっ」ツィックルの葉の中でハピアンフェルは飛び上がった。「アポピス類? どうして?」

「そいつらは種族の中で孤立してつまはじきにされてる」ユエホワは急いでつけ足した。「だから人間にたいしてぜんぜん敵愾心も持ってないし、危害をおよぼしたりもしない。もちろん、妖精にも」

 私はすこし意外に思いながらムートゥー類を見ていた。あんなにきらっていたのに、ハピアンフェルをいっしょうけんめい安心させようとしている……

「なにたくらんでるの?」思わずそう質問した。

「えっ」ユエホワは赤い目を見ひらいて肩をびくっとふるわせた。「な、なにいってんだよたくらんでなんかいねえよ」ちらりと私を見るがすぐに目をそらす。

「あの三人のだれかに、呪いを解いてもらおうと思ってるんじゃないでしょうね」私はずばりといった。「だめだよ。あたしが解くまで待っとかないと」

「――」ユエホワは、悪いことをしたのがばれたときのように気まずそうな顔をした。「いや、なんか早くおぼえられる方法とか、知ってるかもしれないだろ。大学でなんか調べてくれるかもだし」

 私はじいっと緑髪鬼魔をにらみつづけた。

「たしかに、それは期待できるわね」祖母はまたうなずく。「その子たちの名前はなんていうの?」

「ケイマン、サイリュウ、それからルーロ」ユエホワが答える。

 私の頭のなかに、今日の朝校庭にならび立ち自己紹介をした三人の魔法大生の姿が思い出された。

 でもそういえばあの三人のピトゥイは、はたして発効するんだろうか?

 私はふとそんなことを思い、首をかしげた。

 そういわれてみるとたしかに、あの三人にピトゥイを発動してもらって、今このユエホワにかかっている諾(だく)の呪いというものが解けるのかどうか、見てみたい気もする。

「そうねそれじゃ、明日マーガレットにツィックル便を……今夜のうちの方がいいかしら」祖母はそんなことをつぶやき、

「まあ、アポピス類の人たちと……そうだったの」ハピアンフェルはそんなことをつぶやき、

「じゃあ明日、ケイマンたちに……今夜のうちの方がいいかな」ユエホワはそんなことをつぶやき、

「うわあ、このピザ、ハーブがきいててすっごくおいしい」私はそんなことをつぶやきながらディナーはすすんでいき、やがて終わった。

 

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評価:
(2019-05-11)
コメント:ある日ポピーと彼女のライバル(?)である鬼魔(キーマ)のユエホワの前に、とつぜん白い光とともに一人のお姫さまが現れた。その人の名は、サルシャ姫──泡粒界という世界の王女だったのだ。サルシャ姫のいた世界は今、侵略者に乗っ取られ、大地も海も人々も瀕死の状態にあった。もしこのまま泡粒界がなくなったら、とんでもないことになる──ポピーは、泡粒界を救うべく立ち上がる決意をした。

葵マガジン 2019年11月02日号

  • 2019.11.03 Sunday
  • 19:41

JUGEMテーマ:小説/詩

 

◇◆◇◆聡明鬼◆◇◆◇
第72話 守護鬼(全100話)

 

 何が生き残るのだろう−−
 陰鎮鷲椶鯤發ながら、そんなことを想う。
 一体、誰が、何がこの先で、生き残るのか。
 鬼か、人か。
 それとも、神か。
 だが答えの出ぬまま、コントクは森羅殿に辿り着いたのだった。
 閻羅王の座に真っ直ぐに向かう。
 閻羅王の左右にはいつものように牛頭馬頭が侍っている。
 そして−−
「ジライ!」
 兄は叫んだ。
 弟がすぐに振り向く。
「兄さん!」
 かつては人間、そして今や兄と同じ鬼と化した弟が、その鬼の牙を見せて笑う。
「大丈夫か」コントクは走り寄り、弟の肩や背に手を当てた。「痛みや苦しみは、ないか」
「ああ。大丈夫だ」弟は、人間として生きていた頃とまったく変わりなく、力を込めて頷く。「兄さんも、怪我などしていないか」
「するもんか」コントクも、やっと笑った。「お前の事が心配で、体より心の方がくたくたになっているぐらいだ」
「今閻羅王さまに、武器を与えてくれるよう頼んでいたところだ」ジライは自分の背後、座にどっかりと腰を下ろし灼熱の色の眸を向けている閻羅王を手で示した。
「武器を?」コントクは驚いた。
 自分も鬼ではあるが、閻羅王にそのような頼みをするなどついぞ思いついたこともなかった。
 弟は元降妖師、それだけに鬼も閻羅王も恐れることのない性分を、自分が鬼となった後も持ち続けているようだ。
「その武器は」閻羅王はゆるりと自分の顎に手を置いて訊ねた。「この儂の為に使うと、そのつもりで居るということか」
「無論です」ジライは振り向きざま答えた。「このままあのテンニという男を放っておけば、あ奴は未来永劫いつまでもどこまででも、閻羅王さまの命をつけ狙ってきます。一刻も早く成敗せねばなりません」
 コントクは、弟の後ろ姿をまじまじと見つめた。
「閻羅王さま」と呼んではいるが、弟が本当に望んでいることは恐らく−−陽世の存続と平和、それのみだ。
 その為に、閻羅王を守るというのだ。
 −−弟は、鬼が生き延びることを望んでいるだろうか?
 突如、またしてもその想いがコントクの心に浮かんだのだった。
 テンニを斃した暁には、投胎して再び人間となりたい、ただその為だけに今武器を、と閻羅王に頼んでいるのだろうか。
 コントクは、眉を寄せた。
 弟を、鬼のままでいさせたいなどと自分は望むのか?
 それは、違う。
 首を振る。
 弟が、ジライが本気でそれを望むのであれば、彼が人間になろうと鬼でいようと、どちらでも良い。
 頷く。
「コントクよ」
 閻羅王の不意の呼びかけに、はっと眼を見開く。
「は、はい」威儀を正す。
「さっきから首を縦に振ったり横に振ったりしておるが、どうしたのじゃ」閻羅王が訊く。
「あ、い、いえ」コントクは慌てた。「テンニと相対した際に首を少し、痛めてしまったようで……」もごもごとごまかす。
「なんだって」ジライが驚いて振り向く。「兄さん、さっきは怪我などしていないと言っていたのに、やっぱりしていたのか」
「あ、いや」
「貴様よもや、鼬の化けたコントクなのではなかろうな」閻羅王が眉を吊り上げ改めて訊く。
「−−」鬼の兄弟は、言葉を失った。

 

 かかかか

 

 閻羅王が大笑する。
 牛頭馬頭はきょときょとと眼をさ迷わせ、コントクとジライは、気まずそうな笑いを互いに見交わすのみだった。
「さて」閻羅王は笑いを止め、ジライとコントクを真っ直ぐに見据えた。「うぬら鬼の、兄弟と呼び交わす者どもよ。では儂の手から、地獄の武器を取るがよい」横を向く。「牛頭」
「は」呼ばれた従者は叫ぶように答えた。
「三叉を」
「は」牛頭はただちに走り去り、すぐにまた戻って来た。
 それらは閻羅王の言葉通り、閻羅王の手からコントクとジライに渡されたのだ。
「この三叉は」閻羅王は二足に渡しながら言った。「鬼を溶かすことも、消すことも出来ぬ。それでもあ奴、あの元降妖師の打鬼棒に、これで立ち向かえるか」
 鬼の兄弟はそれぞれの手でその武器を受け取りながら、強く頷いた。「無論」

 

          ◇◆◇

 

 天心地胆には潜らずにいた。
 山を駆け下り、途中からは龍馬の背に飛び乗った。
 フラは、自分に従ってくれた。
 すなわち聡明鬼たちの元から走り去る前に、既に主人の行く道に先んじて待っていてくれたのだ。
 駈けて来たキオウの姿を認めるや、黒犬から龍馬へ姿を変え、主人が馬の背に駆け上るや周囲の木々をへし折らんばかりに低空を飛びはじめた。
「どこへ、行きますか」フラは訊いた。
「−−」キオウは少しの間考えているようだった。
 フラは、答えが出るまで高みに昇ることを抑えていた。
 今上空に姿を見せれば、すぐにリョーマが追いかけてくるだろう。
 方向が定まるまでは、ひたすらにリョーマ、そして聡明鬼から遠ざかることだけを考えた。
「フラ」やがて、模糊鬼が声をかけた。「お前の仲間を、探してくれないか」
「−−仲間?」フラは驚きを隠せずに訊き返した。「おれの、仲間、ですか?」
「ああ。つまり龍馬を、だ。無論リョーマ以外のな」
「−−」どうして、と問いたいところを、フラは飲み込んだ。「かしこまりました」ただそう答え、龍の首をぐいと上に向けて高みへと昇りはじめた。
 キオウはフラの背を撫でた。「ありがとう」
 フラが主人からその言葉を聞くのは、これが初めてだった。
 主人が、内心ではいつも自分に対しそう思ってくれていることは、勿論充分に承知していた。
 だが言葉としてそれを聞いたことは、これまでなかったのだ。
 キオウの心の在り方というものが、まさにスンキという存在を得て変化したのだろう。
 フラは、そんな風に感じた。
 そして同時に、スンキという存在がどれだけキオウにとって大きく重要なものであるのかも。
 少しばかり、複雑な想いもあった。
 自分は一度、陽世に置き去りにされた。
 主人は、すぐにまた会いに来ると約束してはくれたが、いつも共にいられることはもう決してないのだ。
 自分はもはや、主人にとって何よりも大切な存在ではなくなったのだ−−
 フラは龍の首をぐっと下げ、それを持ち上げ、そうやって体を強くうねらせて速度を高めた。
 今はそんなことを想っている時ではない。
 今主人は、自分の背の上に乗っているのだ。
 そして自分に仲間を探してくれと頼んだのだ。
 仲間を探せ、と命令したのではなく。
 フラは龍の眼をかッと開いた。
 従者である自分に「ありがとう」と言ってくれる主人に、今こそ全霊を尽くし応えなければ龍馬の価値など芥子ほどもありはしない。
 龍馬を探すのだ。
 自分と同じ、龍の首に馬の体を持つ巨大な霊獣を、一刻も早く。

 

          ◇◆◇

 

「貴様、人間か」不意に、おぞましき声が背後からかかる。
 肩越しに首だけ振り向けば、いかにも陽世を恨み人間というものを根絶やしにしてしまおうと企む、絵に描いたような悪鬼の姿があった。
「いかにも」リンケイは首だけを向けたまま応えた。「俺は人間だ。生きたまま、ここへ来た」
「人間」鬼は口をかッと開いて牙を剥き出し叫んだ。「喰ろうてやる」
「打鬼棒を探している」リンケイは静かに言った。「見たことはあるか」
「打鬼−−」鬼は、息を止めた。
 周囲にいた他の鬼どもも、揃ってリンケイを見て体を凍りつかせた。「打鬼棒?」
「そうだ、打鬼棒だ」リンケイもぐるりを見回して応える。「見た者はいるか」
「貴様、あの男の仲間なのか」
「あの、黒焦げになった男の」
「貴様も俺達を血に変えてしまうのか」
「そんなこと、させるか」
「やってしまえ」
「喰ろうてしまえ」
 鬼どもは、次から次へわらわらと集まり、口々に叫んだ。
 −−すごい数の鬼だ……ああ、ここは地獄だったな。
 リンケイはそう想い、それから余りにも呑気な自分にふと苦笑した。
「こいつ、笑ったぞ」
「何が可笑しい」
「喰らえ」
「喰ろうてしまえ」
「これほどの鬼と闘うのは、初めてのことだな」リンケイは斬妖剣を抜いた。「だが簡単に喰らえると思うなよ」
 まずは正面から来た鬼にその速度よりも速く近づき下から斬り上げ、直後右足をどんと踏んで上に跳び体を回して右手からの鬼の首を撥ねる。
 着地すると同時に左手に剣を降りそこの鬼の体を二つに分け、返す剣で上から降ってきた鬼を刺し、すぐに下に振り抜きざま背後から来ていた鬼を右斜め下より斬り上げる。
 リンケイは右と左に交互に剣を振り、合間に上へ跳び下へしゃがみして、迫り来る鬼どもを無駄な動きの一つなく斬り捨てていった。
 尽きることを知らぬかと思うほどの鬼が、次から次へと攻め立ててくる。
 リンケイはそれらを斬り捨て、また斬り捨てしながらも、心はただ一つの方向、すなわち森羅殿を目指してそちらへと移動していた。
 そうする中でも鬼のひね曲がった爪が頬を擦り、髪を掻き、脛をかすめはする。
 僅かながらではあるが、陰陽師の肌のあちこちは傷つき血を滲ませた。
 しかし心に絶望の影などが落ちることはついぞなかった。
 何故なら、リンケイには分っていたからだ。

 

「陰陽師殿!」

 

 懐かしき声、自分を呼ぶ叫び声が、目指す森羅殿の方向から聞えた。
 上に跳び、降りざまそこにいた鬼を縦に両断しながら、リンケイはにやりと笑みを浮べた。
「コントク殿、ジライ殿、久しく」
 その背後に、まさにその名を持つ二足が、それぞれの手に三叉を持ち姿を見せたのだった。
「うぬら鬼ども」ジライが、自身鬼となった今でもまるで降妖師としての誇りを全身に漲らせているかのごとき迫力を声に込め叫ぶ。「我らは閻羅王さまよりこの武器三叉を賜り、森羅殿の警固を任された。我らに断りなくここで諍いを起こすこと、断じて許さん。従わぬならばたちまちこの三叉の餌食となるか十八層地獄への門戸を開け放たれるかどちらかとなろう。その覚悟はあるのか」
 鬼どもは言葉と顔色を失い、ばらばらと散じて行った。
「陰陽師殿、無事か−−傷を負っているな」コントクが傍に駆け寄り、素早くリンケイの全身を検分する。
「なに、こんなのは傷の内に入りませぬ」リンケイはにこりと笑う。「お二足も、ご無事で何より」
「うむ」ジライが頷く。「腹を真二つに斬られはしたが、何が起こったのかよくわからぬまま、これこうして鬼となっていた次第だ」三叉を持ったまま両腕を広げ、自分を示す。
「ははは」リンケイは破顔した。「聡明鬼に、俺の中に入れとは言われませんでしたか」
「うん、言われた」ジライはまた頷く。
「うん、私も聡明鬼がそう言うのを聞いていた」コントクも、自分の鬼の耳に手をかざして頷いた。
「だが断った」ジライはにやりと笑った。「上天へ逝ってしまえば、もう皆とこうして話すことができなくなるだろうからな」
「そうですか」リンケイは元降妖師である鬼−−だがその中身はテンニと違い遥かに上天側に近いものだ−−を見て微笑んだ。「私でも、恐らく同じことをしただろうと思います」
「−−いや、待て」コントクはそこで初めて眼を丸くし、驚愕の顔を作った。「そもそも陰陽師殿、貴殿がここにいるということは、貴殿はつまりその、死んだということですかな」
「いえ、死んではいません」リンケイは眸を伏せ首を振った。「生きたまま、自分に呪いをかけここに来ました」
「な」
「なん、と」
 鬼の兄弟は揃って眼を剥き愕然とした。
「それはひとえに、テンニを葬る為」リンケイは眼を鋭く光らせた。「まさしく閻羅王に、力を貸す者として馳せ参じました」
「おお」
「それでは」
 鬼の兄弟は顔を見合わせ、そしてまた陰陽師を見て感嘆の声を挙げた。
「我らと同じ目的ですな」
「そうですか」リンケイもいささか眼を丸くした。「では、閻羅王に力を貸す者というのは、何もひとりの者だけではなかったという事ですね」
「うむ」
「まさしく」
「あなた方ご兄弟と、不肖この私、そして」リンケイは、背後を振り向いた。「あいつ、聡明鬼も」
「そうだ」
「うむ、確かに」
「まだいますよ」リンケイはどこか楽しそうに、鬼の兄弟に眼を戻す。「スルグーンもそうなるし、ケイキョも」
「ああ」
「模糊鬼キオウも、そうなるかも知れぬな」鬼の兄弟たちも楽しげな顔になる。
「ええ。ただキオウについては、かつて閻羅王を斃すという計略を持っていたものですから、閻羅王が信頼を置くものかどうかにいささか危惧を覚えぬでもありませんがね」
「そうか」
「そうだな……それに聡明鬼も、あれだけ閻羅王に楯突いてきた鬼だからな。閻羅王が信頼するものかどうか、これまた危ぶまれる」
「ああ、それにケイキョも」リンケイは思い出したように人差し指を立てた。「一度、閻羅王から生死簿を盗んでいますからな。閻羅王の前に姿を見せることすら危ぶまれる」
「−−」
「−−」
 ここに来て鬼の兄弟たちははた、と声をなくした。
 リンケイは人差し指を立てたまま、しばし二足と無言で顔を見合わせた。
「ああ」それから口に拳を当て、陰陽師は咳払いをした。「そうですな。そもそも私がそれを命じた張本人でした……さて、閻羅王にこのまま会いに行く心積りではいましたが、果たして」
 鬼の兄弟は顔を見合わせたが、どちらもすぐに物を言うことができずにいた。
「我らが」そしてコントクが慌てて言葉を継いだ。「お護りいたしましょう」
「うむ」ジライも頷く。「我らは既に閻羅王に謁見し護衛を任された身。我らの口添えがあれば必ずや」
「そうですか」リンケイはまた笑顔を見せた。「きっとお二足ならば閻羅王の信望も厚いことでしょう。では参りましょう」
 三足はそうして、並び森羅殿に向かい始めた。
 だがコントクとジライは互いにちらちらと眼を見交わし合い、互いに思うことを確かめ合った。
 この陰陽師であれば恐らく、唯独り閻羅王の前に出たとしても、結果として信望を得ることを遂げたに違いない、と。
 何故ならば彼は鬼と成りここへ来たものではなく、陰陽師−−策士としてそのまま、やって来た者だからだ。

 

◇◆◇◆次号へ◆◇◆◇

 

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評価:
(2019-05-01)
コメント:「私」はその朝巨大なカエルに遭遇し、路上は命を賭した「だるまさんがころんだ」の戦場と化した──表題作ほか「さくらマーケット」「センチメンタル付属物」収録。女性主人公の、少しだけ不思議な日常世界を描いた短編集。

魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 44

  • 2019.11.01 Friday
  • 11:42

JUGEMテーマ:小説/詩

 

「じゃあ、前に俺がかけられた纏(てん)の呪の、体が動かなくなるっていうのは」ユエホワが思い出しながらたずねる。「俺が、自分で……?」

「さよう」祭司さまはうなずいた。「お前はあのあと、ポピーに危害を加えようとしたのかね?」

「う」ユエホワは声をつまらせた。ちらり、と祖母の方を見る。たぶん、しまったよけいなことをいっちまった、とか思っていたんだろう。「いや、してない。なあ、してないよな」つぎに私の方をすがるように見ていった。

「さあ。おぼえてない」私は首をかしげて答えた。

「な、なにいってんだよしてないよ」ユエホワはますますあせった。

「そうだっけ」じっさい私は、あのあとからいろいろバタバタ冒険の旅に出たり鬼魔と闘ったりしたのでよくおぼえていないのだった。

「まあいずれにしろ、もしあの呪いがかかった状態で危害を加えようとしたならば、その時はお前自身が自分に向かって制止をかけ、体の動きをみずから止めていたというわけじゃ」祭司さまは説明をつづけた。

「ふむふむ、そういうことなのね」祖母は何度かうなずき、話を理解したようだった。

「なので今回も、ユエホワ」祭司さまはムートゥー類に告げた。「何かの条件により、お前がある行動を自ら起こすというかたちでの呪いを、かけよう」

「――」ユエホワはごくり、とのどを鳴らした。「ど、んな?」小さな声できく。

「うむ」祭司さまはすわっていた椅子から立ち上がった。「まずは祈りの陣までともにゆこう」

 私たちは祭司さまを先頭に部屋から出て、祈祷室へ向かった。

 床に大きく描かれた魔法陣のまんなかにユエホワが立ち、向かい合ってルドルフ祭司さまが立ち、私と祖母は陣の外へ、二人を横からみまもる位置に立った。

「ふうむ」祭司さまはしばらくユエホワの頭のてっぺんから足のつま先までを観察していたが、やがて「名前……」とつぶやいた。

「名前?」私と祖母が声をそろえてきき返したが、ユエホワははっとした顔で祭司さまを見ただけだった。

「お前の名前を呼ぶ者の声が聞こえる」祭司さまはゆっくりとおっしゃった。「そして、お前は……その名前を聞くたび、不快な気分を味わっておる」

「大当たり」ユエホワはぎゅっと目をとじて答えた。「なんでもわかるんだな」

「なんの名前?」私はきいた。「だれが呼ぶの?」

 けれどユエホワは、むすっと口をとざしてこたえなかった。

「さすればユエホワ」祭司さまは話を先にすすめた。「その名前を呼ばれるとき、お前が苦痛ではなく、快楽をおぼえるよう、諾(だく)の呪をかけるとしよう」手に持つ杖を頭上にかかげる。

「え」ユエホワは祭司さまの方へ手をのばした。「ちょっ、まっ」

 白い光が祭司さまの杖の先から飛び出し、ぐるぐるとうずまきながらユエホワをつつみこんだ。

「えーっ」真っ白な光の中で、ムートゥー類鬼魔のさけび声だけがひびいた。

 やがて光は少しずつ下にさがってゆき、緑髪が見え、つづいて赤い目、ふきげんそうにひきむすばれた口、なにかいいたげに組まれた腕、仁王立ちしている脚、が、つぎつぎに姿をあらわした。

「うむ」祭司さまは杖をおろし、大きくうなずいた。「これでお前に呪いがかかった。あとはポピーがピトゥイを覚え、これを解くのを待つのみじゃ」

「はい」私はうなずき、それから「ユエホワ」と呼んだ。

 ユエホワはむっつりとだまったまま立っていた。

「あれ」私は首をかしげた。「ユエホワ?」もういちど呼ぶ。

「なんだよ」ユエホワはちらりと横目で私を見た。

「あれ」私はまたいった。「祭司さま、これって快楽をおぼえてるってことなんですか?」ユエホワを指さしてきく。

「いいや」なんと祭司さまは首を横にふった。「おそらくそうではない」

「あれ」私はまたまたいった。「呪いは?」

「ユエホワに快楽をもたらすのは『ユエホワ』という名前ではないようだ」祭司さまはなぞの言葉を口にした。「それはおそらく」

「おそらく?」私と祖母は身をのり出してたずねた。

「ふむ」祭司さまはもういちど、ユエホワを頭のてっぺんから脚のつま先まで観察した。「『とってもすてきな、ながい名前』じゃ」

「えっ」私は目を大きく見ひらいた。

「ちっ」ユエホワはいまいましそうに舌打ちしてそっぽを向いた。

「まあ、そうなのね」祖母はなんどもうなずいた。「それじゃあ、ハピアンフェルに会う必要があるわね」

「う」ユエホワはぎゅっと目をつむった。

 

          ◇◆◇

 

「そういえば、ハピアンフェルはどこかお出かけしてるの? さっきいなかったけど」私は帰り道を箒で飛びながら、前を飛ぶ祖母の背中にきいた。

「彼女はいま、私の花壇のお花たちに会いにいってくれているの」祖母はふり向いて答えた。「病気になっていないか、無事に実をつけられそうか、発芽できているか、きいて回ってくれてるのよ」

「へえ」私は飛びながら感動した。「粉送りって、すごいなあ」

 となりでユエホワがむっつりとだまったまま自力飛行している。

「ねえ、ユエホワ」私は話しかけた。「すごいよね、妖精って」

 緑髪鬼魔は無言のままちらりと私を横目で見た。「三日」ちいさな声でいう。

「ん?」私はきょとんとした。「なにが?」

「三日で、おぼえろよ」ムートゥー類は邪悪な声ですごんだ。「ピトゥイを。ぜったいに」

「はあ?」私は眉をしかめた。「なにいってんの。だれがやると思ってんの? そんな都合よくおぼえられるわけないじゃん」

「じゃあ四日」ユエホワは、声はひそめていたけれどますます怒りくるった目ですごんだ。「それでおぼえられなかったら、痛い目にあわせるぞ」

「へえ、そう」私はたじろいだりしなかった。「やれるもんなら、やってみなさいよ」

「ねえ、たのむよ」ユエホワはがらっと態度をかえ、泣きそうな顔になった。「まさかこんな、あほらしい呪いをかけられるなんて思ってなかったよ。たのむよ」

「あのカードに書いてあった『とってもすてきな、ながい』のつづきって『名前』だったんだね」私はすっかり夜の色になった空の方を向いて、思い出しながらいった。

 ユエホワがアポピス類にさらわれたとき、うちに届いたツィックル便に書かれていたなぞの言葉だ。

「えーと、なんだったっけ。ユエホワなんとか」ハピアンフェルが何度かユエホワに向かって呼んでいた長い名前を思い出そうとして、私はとなりを見た。

 するとユエホワは、キャビッチをぶつけたわけでもないのに痛そうに顔をしかめていた。「たのむよ」死にそうな声でいう。

「なんでそんなにいやなの?」私はかえってふしぎに思い、そうたずねた。

「気持ち悪いだろそんな変な名前」ユエホワは逆にびっくりしたように答えた。「なんでってこっちが聞きたいよ。なんでわざわざそんな名前つけんだよ」

 

          ◇◆◇

 

「おかえりなさーい」小さな、だけどとっても元気よく明るい声が、私たちをむかえてくれた。

「ただいま」祖母がいう。「おそくなってごめんなさいね、ハピアンフェル。それからありがとう、お花たちの様子を見てくれて」箒から下りてテラスの隅に立てかけながらつづける。

「どういたしまして、ガーベランティ。みんな元気でなにも問題なかったわ。とってもよく手入れされていて、よろこんでた」

「まあ、ありがとう。よかったわ」祖母はほほ笑みながら両手をくっつけて胸の前にさしだした。

 どこかにいたハピアンフェルがふわり、と光りながらその手の中にとびこんできた。

「今日は二人、来てくれているのよ。ポピーメリアと、あなたが会いたがっていた彼も」祖母がにこにこしながら、そっとささやく。

「彼?」ハピアンフェルは祖母の手のひらの中からのびあがって外をのぞきこんだ。「あっ」そしておどろく。

「こんばんは、ハピアンフェル」私はちいさくおじぎをした。

「こんばんは、ポピーメリア」妖精はにっこりとほほ笑んだ――ような声で答えた。そして「ユエホワソイティ!」とつづけた。

 私のうしろで、ため息をつくような音がした。

 ふりむくと、暗闇の中でムートゥー類鬼魔が、これ以上なく幸せそうに、ほほ笑んでいた。

 

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評価:
(2019-05-07)
コメント:ポピーは魔法学校に通う少女。その世界では、キャビッチという野菜を使って魔術を行う。ある日ポピーと親友ヨンベは、ちょっとした悪戯を思いついたが、そのせいでヨンベが恐るべき鬼魔(キーマ)にさらわれてしまった! 悲しんでいる暇はない、自分が助けに行かなくちゃ! かっこいい神様たち、そしてずる賢い鬼魔ユエホワと共に、ポピーの冒険が始まった――

夢は色つき

  • 2019.10.24 Thursday
  • 10:09

 ああやはり自分の見る夢は色つきの夢なのだなと思った。

 

 高い塀を乗り越える訓練をしていた。

 そういう部隊というかグループに所属していた。

 私は熱心なメンバーのようで、まだ誰も来ていない早朝から訓練場に来て練習したりフィードバックを受けたり自己採点してみたりあれやこれやしていた。

 やがて他のメンバーもやって来て、すでに私の済ませた訓練内容を参考にしながらそれぞれ練習しはじめ、その後現場へ各メンバーが割り振られて出動(というのか)した。

 私に割り当てられた現場は、病院だった。入院棟。

 だがそこで問題が発生した。

 かねてより病院内に出没すると聞いていたゾンビ達が、姿を現したのだ。数は……無数に。

 そいつらは、廊下の向こうから私たちの立っている場所まで、非常にゆっくりとしたペースで、歩み寄って来るのだ。

 メンバー全員はパニックとなり、逃げ散った。

 ゾンビ達も逃げていったメンバーの後を追って、屋内階段や非常階段の方へ、変わらぬスローペースで向かった。

 気がつくと、私はそのフロアの廊下にぽつねんと一人たたずんでいる状況だった。

 私はむしろ、チャンスだと思った。

 今のうちにミッションをさくさくと遂行してしまおう。

 そして一つの部屋のドアを開けようとした、その時。

 私の左手側、廊下のはるか向こうより、ゾンビ数体が、縦一列に並んで私のいる方へ歩いてくるのが見えた。

 右手側からも。同じく数体縦列で。

 窓しかない!

 私は瞬時に判断し、廊下の窓から外へ出た。ここが何階なのかは不明だ。少なくとも一階ではない。

 私は幅の狭い窓枠に手をかけ、足を載せる場所を探した。

 そこで目が醒めた。

 

 なによりも印象に残っているのが、迫り来るゾンビたちの着ている服の色がみな押しなべてベビーピンクだったことだ。

 老若男女問わず。全員分。

 そう。

 

 ああやはり自分の見る夢は色つきの夢なのだなと思ったことだ。

 

 入院患者だった人たちなのかな、あのゾンビら。

 でも全員押しなべてベビーピンクって、それはどういう掟法則なのだろうか。強制ベビピンだったのか。

 ていうか。

 あのゾンビらのペースがスローで、よかった……『アイ・アム・レジェンド』みたく身体能力高いゾンビじゃなくて……

 

葵 むらさきの著書

 

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評価:
(2019-04-18)
コメント:麻由はそのイベントに参加することを決めた。ダイエット・バトル。絶対に優勝して、皆を見返してやる――そんな彼女の前に、謎の女が姿を現すようになった。恐ろしい顔――だがそれは、確かにどこかで見たことのある顔だった。表題作ほか「過食症」「レイア」収録。摂食障害をテーマにした三部作。
Amazonランキング: 364394位

魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 43

  • 2019.10.23 Wednesday
  • 08:46

JUGEMテーマ:小説/詩

 

「そのアポピス類の子たちは、ピトゥイが使えるの?」祖母は首をかしげながらきいた。

 ユエホワは、お茶を飲んでいる私の方を見た。

「えーと、発動はしてたよ」私は天井を見あげながら答えた。「キャビッチは、消えてた」

「そう」祖母はあごに指をつけ、考えた。「けれど、実際に呪いが解けたかどうかは」

「うん、わかんない」私は首をたてにふって横にふった。「誰も呪いとかかけてないし」

「ピトゥイは、発動一年発効十年といわれているのよ」祖母はうなずきながらいった。「キャビッチが消えてもその真の力を発揮できるとはかぎらないの」

「うわ」ユエホワは目をまるくした。

「まじで?」私も目をまるくした。

「あなたも、そんなにかかったんですか?」ユエホワは祖母に質問した。

「私は、さいわいなことに三日で発動して三か月で発効したわ」祖母はうなずきながら答えた。

 私もユエホワも、うなずくことしかできずにいた。コトバモナク、というやつだった。

「でも今回はそんな悠長なことはいってられないということよね。ポピー」祖母は私に、真剣な顔を向けた。

「はい」私はおもわず背すじをしゃきんとさせた。

「あなたは三週間以内に発効までいくことをめざしなさい」

「は」私はおもわず返事をしそうになったけどとちゅうで止めたので、なんだか祖母のいいつけをばかにしたような声になってしまい、内心ものすごく汗をかいた。「え?」なので、よく聞こえませんでした、という感じにきき返した。

「よし」どういうわけかユエホワの方が乗り気になっていた。「じゃあ今回は俺も協力する。頼むぞ」真剣な赤い目を私に向ける。

「協力って」私はこんどはほんとうに半分ばかにした声できき返した。「まさかユエホワが誰かに呪いをかけてそれを解けとかいうんじゃないでしょうね」

「鬼魔は呪いなんかかけられねえよ」ユエホワは口をとがらせた。「そんなことができるのは、人間だけ」

「えっ、まじで?」私はほんとうにびっくりしてきき返した。「ほんと? おばあちゃん」

「まあ、私も知らなかったわ」祖母も目をまるくしていた。「だけど……そうね、考えてみれば私もこれまでいちども、呪いを行使する鬼魔に出くわしたことはないわ」

「まあ、出くわしたとしても呪いをかける前に倒されてただろうけど」ユエホワがそういった後で、はっとしたように赤い目を見ひらいて自分の口をおさえていた。たぶん、思わずいっちゃったんだろう。まあ私もドウイだけど。

「あらやだ、おほほほほ」祖母はというと、ぜんぜん怒ったようすもなく大笑いしていた。

「じゃあ、おばあちゃんが誰かに(私はここでユエホワを見た)呪いをかけるの?(ユエホワは目を細めた)」

「うーん、残念ながら私も、そういったことは学んでいないわ。それができるのは、聖職者修行を終えた者だけ――あ」祖母はなにかに気づいたように顔を上げた。

「あ」同時にユエホワも、なにかに気づいたように顔をあげた。

「ん?」私はとくになにも気づかず、きいた。

「ルドルフ」祖母とユエホワが声をそろえ「さん」ユエホワだけが小さくつけたした。

 

          ◇◆◇

 

 そうか。

 そういえばユエホワはいちど、ルドルフ祭司さまに「纏(てん)の呪」というものをかけられたことがあった。私がはじめてユエホワに出くわしたときのことだ。

 それはユエホワが私に危害をくわえようとするとその体が動かなくなる、というものだった。

 私はあのときそれを、私を守るためのおまじないなのだと思っていたんだけれど……つまりはそれこそが「呪い」だったというわけだ。

 ちなみにその纏の呪はその後、ルドルフ祭司さまご自身の手によって解かれた――つまりあのときルドルフ祭司さまは、ピトゥイを行使した、ということだったのかな?

 そんなことを思いつつ、私は箒に乗って祖母の箒のあとからついて飛んでいた。私のとなりには緑髪鬼魔がならび自力で飛んでいた。

「呪いかあ……」飛びながらユエホワは、どこか複雑そうな顔をしてつぶやいた。「こんどはどんなのかけられるんだろうなあ、あのじいさんに」

「うーん」私も箒で飛びながら考えてみた。「髪も目も、真っ黒になる呪いとかは?」ユエホワの、風にたなびく緑色の髪を見ながらいう。

「えー」予想どおりユエホワは、いやそうな顔をした。「やだよそんな、不吉な色」

「不吉って」私は苦笑した。「じゃあ、うーん、顔がリューダダ類の顔に変わるっていうのは?」リューダダ類はイヌ型鬼魔なんだけれど、ものすごく凶暴そうな顔をしていて、性格も短気で怒りっぽい。

「まあ、それはあんまりだわポピー」祖母が前を飛ぶ箒の上からふり向いて首をふった。「こんなに美しいユエホワの顔をリューダダ類に変えるだなんて、恐ろしすぎるわ」

「そうかな」私は、風の音にかくれるぐらいの小声でそうつぶやいた。

「あはは」ユエホワは自力飛行しながら肩をすくめ、またいい子ぶり笑いをした。

「じゃあ、せっかくだからアポピス類に変えてもらうとか」私も箒で飛びながら肩をすくめ、てきとうなことをいった。

 少しの間、なにも返事は聞こえてこなかった。

「――そうだな」やがてユエホワがいい、

「いいわね、それ」と祖母もいった。

「えっ」私はおどろいてきき返した。

「そしたら、少しの間だけでもあいつらのコミュニティの中に潜入していろいろかぎまわりやすいし」ユエホワが賛成し、

「さらなる情報を得やすくなるわね」祖母も賛成した。

「えーっ」私はひとり、顔をしかめた。

 

          ◇◆◇

 

「なるほど」ルドルフ祭司さまは、私たちの話を最後まで静かに聞いてくださったあとふかくうなずいた。「それならば、ユエホワ」緑髪鬼魔の方に向いていう。「お前を、人間に変えよう」

「えっ」ユエホワは後ずさりし、

「まあ」祖母は両手で頬をおさえ、

「人間に?」私は目をまるくして祭司さまとユエホワをかわりばんこに見まわした。

「と、言葉でいうのは簡単じゃ」ルドルフ祭司さまはそうつづけて、ほっほっほっ、と楽しそうに笑った。「だが呪いの力そのものは、ほんの小さなものでの」

「え」ユエホワはまた前にもどり、

「あら」祖母は頬から両手を離し、

「小さなもの?」私は目をまるくしたまま祭司さまを見た。

「そう」祭司さまはうなずいた。「呪いそのもので、生き物の姿かたちや体のつくりまでを変化させてしまうことはできぬ。それを実際に行うとするならば、そう、例えば髪の色ならば染め替える、体のかたちならば飲み食いをしばらく断つことで痩せ細る、または大食いをして太らせる、そういった手立てしかない」

「じゃあ、顔をリューダダ類にするのは?」私は質問した。

「医者に頼んで手術をしてもらうしかなかろうな」祭司さまは答えて、またほっほっほっ、と笑った。「または魔力による、変身」

「まあ、たしかに」ユエホワがぼそぼそという。「アポピス類にも人間にも、俺が自分で変身できるしな」

「あ、そうか」私は思い出した。ユエホワは、誰かの体に触れるとその人の姿かたちにそっくり変身することができるのだ。

「まあ、素敵な力を持っているのね」祖母がふたたび両手で頬をおさえる。

「そう。そして呪いの力とは、そのような行為、行動をその者自身に行わせるよう仕向けるものじゃ。自身にて飲み食いを断とうとさせる、手術を受けようとさせる、あるいは変身しようとさせる」

 

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評価:
(2019-05-11)
コメント:ある日ポピーと彼女のライバル(?)である鬼魔(キーマ)のユエホワの前に、とつぜん白い光とともに一人のお姫さまが現れた。その人の名は、サルシャ姫──泡粒界という世界の王女だったのだ。サルシャ姫のいた世界は今、侵略者に乗っ取られ、大地も海も人々も瀕死の状態にあった。もしこのまま泡粒界がなくなったら、とんでもないことになる──ポピーは、泡粒界を救うべく立ち上がる決意をした。

葵マガジン 2019年10月19日号

  • 2019.10.19 Saturday
  • 19:22

JUGEMテーマ:小説/詩

 

◇◆◇◆聡明鬼◆◇◆◇


第70話 風の中(全100話)

 

 ざああああ

 

 それはまるで波のごとく、強くなり、弱くなり、だが完全に途切れることはなく、リンケイ−−この初見の闖入者をためつすがめつしながら、すぐ傍をかすめてゆく。
 −−なるほどこれが、音に聞えた陰陽界の“風”というものか。
 陰陽師は摺り足に近い歩みを静かに進めていた。
 耳を、頬を撫でるのは大気の揺らめきではない。
 怨念の、憎悪の、そして助けを乞う悲哀の声でもある。
 −−こんな所に俺はあれほど来たがっていたのだから、趣味が悪いと言われるのも無理はないな。
 独り、歩を進めながらにやりと笑う。
 怖れはない。
 不安も、緊張も抱いてはいない。
 右手に握っていた斬妖剣を、歩きながら腰に挿し直す。
 聡明鬼の−−リューシュンの手から受け取った、剣だ。
 足は、素足のままだ。
 傷めるかも知れないが、別に構わぬだろうと思う。
 何しろ今から、足どころではなく恐らくは全身、この身のすべてに、傷を負うことになるのだろうからだ。
 ここ陰陽界から陰鎮鷲椶愴瓦噂个振任砲蓮△發呂簗欺でいられるつもりでなど端からいない。
 そしてもはや、逃げ場所などないのだ。
 生きたまま陰鎮鷲椶慷茲襦檗殕枩い悗癲⊂綸靴悗發發呂箙圓術はない。
 やがてリンケイは、地面からそそり立つように存在する黒き淵を見つけた。
 自分の目で見つけるのは、これが最初だった。
 近づくとそれは、淵を細かく震わせながら佇む影のようだった。
 或いは震える淵に囲まれている黒き闇のようでもあり、墨汁のようでもある。
 確かに言えることは、その向こうに平和で穏やかな−−そう、上天のように心安らぐ場所など、皆無であるに違いないということだ。
 それがつまりは、天心地胆だ。
 陰陽師は、そこへ足を踏み入れ、そして全身入った。

 

          ◇◆◇

 

 ふう、とため息を洩らす。
「どうした」夫が少し笑いながら、訊く。
「ええ」スンキも少し笑う。「随分、静かな日が続くなと思って」
「−−そうだな」キオウは答え、梢の向こうの夜空を見上げる。
 新月の今宵は、星屑がひしめき合い賑やかな様相を見せている。
 特に、そこから何かが降って来るという予感を持つわけではない。
 だが、考えてみればいつそのような事が起きたとしても意外ではない、そういう状況のはずだ。
 打鬼棒を手許に取り戻したテンニが、何処かに身を潜めている−−それは陰鎮鷲椶任△襪里も知れないし、ここ陽世の何処か山の中であるのかも知れない。
 キオウとスンキは、キオウが山賊の頭として棲んでいた天幕に身を寄せていた。
 フラもいる。
 山の空気は冷たく、スンキの身重の体には厳しい環境なのかも知れないと、模糊鬼は考えもしたが、妻はそれでも良いと言った。
 陰鎮鷲椶砲い襪茲蠅蓮△海了海涼罎諒がまだ安心できると言うのだ。
 それは、キオウと、そしてその妻スンキのことも守ってくれるだろう龍馬フラが、近くにいてくれるからだ。
 フラは黒犬の姿となって、石の上に坐るキオウの足許に蹲っていた。
 だが不意に、フラはぴくり、と耳をそばだて、閉じていた目の片方だけを開けた。
「どうした、フラ」キオウは、今度は真顔で問うた。「何か来るのか」
「えっ」キオウの隣に坐るスンキも驚いて犬を見下ろす。

 

 −−啼いてる。

 

 フラは、念によりキオウにそう教えた。
「啼いて……誰が?」キオウは訊いた。
 −−リョーマ。
「リョーマが? 何故……」キオウは眸を揺らした。「陰陽師は?」
 −−行った、みたいです。
「−−陰鎮鷲椶悄」
 −−はい。
「そうか……聡明鬼は」
 −−わかりません。あいつは何も……
「……そうか」
「陰陽師さまが、陰曹地府へ行ったということなの?」スンキが、そっと訊く。「聡明鬼さまと?」
「いや、独りで行ったようだ」キオウは考えを述べた。「だが聡明鬼もすぐに追って行くだろう」
「リョーマは、独りになってしまったのね」スンキは眉を曇らせた。
「大丈夫だ、ケイキョがいるからな」キオウは頷いた。「しかしずっと仕えていた主を失ったことに変わりはない。フラ、リョーマにもここへ身を寄せるように伝えてくれないか」
 −−ここに、来たがるでしょうか、あいつ。
 フラはちらり、と主を目だけで見上げた。
「来たがるさ。お前もいるしな」キオウは微笑む。

 

  ざざざ

 

  激しく葉擦れの音が起こったのはその時だった。

 

          ◇◆◇

 

「ん」
 天心地胆を抜け陰鎮鷲椶悗判个織螢鵐吋い最初に目にしたのは、思いもかけぬ再会の相手だった。
「スルグーン」呼ぶ。
「よう、チイ」雷獣はふわりと宙に浮いている。
 初めて洞窟で出遭った時のようにだ。
「ここに来ていたのか」リンケイはにこりと微笑んだ。「一人か」
「ああ、キイ」スルグーンは浮かびながら頷いた。
「体の方はもうすっかり好いようだな」リンケイは施療者の眼差しでスルグーンを見た。
「ああ……あの時は、あれだチイ」
「何だ?」リンケイは眉を上げた。
「その、だからまだ言ってなかったと思ってキイ」スルグーンは浮かびながら顔を横にそむけた。
「何をだ」リンケイは訊く、が、いつものように大体は察しがついていながら空恍けているのだ。
「だからチイ、あれをだキイ」スルグーンは顔を戻さず嘴を小さく上下させてぶつぶつ答える。
「歯切れが悪いな。お前らしくもない」リンケイは腕組みをしてため息をついた。
「だから」スルグーンはむすっとした顔をやっと正面に向けた。「礼を言ってなかったっていうんだチイ」
「ああ」リンケイは目を丸くしてみせた。「そういえばそうだな。礼を言ってもらっていなかった」
「お前、礼を言えっていうのかキイ」
「いや、別に俺はどっちでもいいが」リンケイは肩をひょいとすくめた。「気になるんなら言ってくれてもいいぞ」
「ちきしょう」スルグーンは嘴をさらに尖らせるかのように喰ってかかった。「あの時は助かったチイ、ありがとうキイ」叫ぶ。
「−−」リンケイはしばらく黙ってスルグーンを見ていたが、とうとう吹き出して大笑いし始めた。
「お前」スルグーンはやたら羽ばたいた。「何が可笑しいチイ」
「まさか陰鎮鷲椶僕茲討海鵑覆乏擇靴さなが味わえるとは思わなかったな」リンケイは眦を指で拭いながら言った。「お前はこれからどうするんだ、スルグーン」
「おれは」雷獣は言い淀んだ。「そのチイ、あいつと一緒に、戦で闘おうと思うキイ」
「戦、か」リンケイは真顔になりスルグーンをまじまじと見つめた。「聡明鬼と、か」
「−−」スルグーンは浮かんだまま俯いた。
「どうした?」
「お前、あいつの名を知っているのかチイ」スルグーンは顔を振り上げた。「聡明鬼の、本当の名をキイ」
「−−」リンケイは少し考えた。「ああ」頷く。
 知ったばかりのところだ。
「その、教えてくれないかチイ」スルグーンはまた俯いた。「おれは、どうしても」猫の目をぎゅっと瞑る。「思い出せないチイ」
「−−」リンケイは雷獣を見た。
 玉帝さまは、どうお望みだろうか−−
 ふと、陰陽師の胸中にはそんな想いが生まれる。
 消してしまった記憶、そのほんの一部分である聡明鬼の名−−リューシュンの名を、この叛逆者スルグーンに戻すことを、玉帝はお望みになるだろうか、お許しになるのだろうか。
「あいつの名は、俺の口からは教えられん」リンケイは静かに答えた。「だが恐らく、遠からずあいつ自身の口から教えてもらえるだろうよ。何故ならお前はあいつの」にこりと微笑む。「友達だからな」
 スルグーンが猫の目でじっとリンケイを見た。

 

          ◇◆◇

 

 キオウとスンキは、はっと音のした方へ振り向き、キオウはスンキを背に隠しスンキは夫の背に手を置きその肩越しに様子をうかがった。
 フラも犬の姿のまま牙を剥き喉を唸らせ、茂みの向こうを睨みつける。
 だが音の後、姿を見せる者はいなかった。
 しばらく三足は身じろぎもせず音の聞えたところに注意を向けていたが、やがてフラが、地面に鼻をつけながらそろりと足を踏み出した。
「テンニか」キオウが低く問う。
 −−テンニ、ではないみたいです。
 フラは答え、それから顔を上げたかと思うと走り出し茂みの中に飛び込んだ。
 ほどなく黒犬は、茂みの中で見つけたものを主人に報せた。
「なんだって」キオウは眉をしかめ戦慄の声を上げた。
「どうしたの」スンキが半ば悲鳴のような声で訊く。
「−−山賊の一人の」キオウは妻に背を向けたまま答えた。「首、だけがあったらしい」
「え−−」スンキは口を抑え言葉を失った。

 

  くくくく

 

  遠くから、風の音と紛うほど小さく、その邪悪な笑い声が聞えてきた。
「テンニ」キオウは怒鳴った。「貴様か」
「キオウ」
 邪な声は模糊鬼を呼んだ。
 姿は見えない。
「お前と同じ事をしたまでだ」
「−−」キオウは牙をぎり、と噛んだ。
 スンキは息を潜め、ただ夫の背に隠れている。
「お前は土地爺の首を落として行った。人間の町に」
「やめろ」キオウはまた怒鳴った。「何の為にこんな事をする」
「儂も見せしめに山賊どもの首を落として行ってやろう」
「閻羅王を斃すことをやめたからか」キオウは姿の見えぬ敵に向かって訊いた。「俺を裏切り者と呼ぶか」
「お前にはどうせ出来ぬ事だったろうよ」テンニはそう言って風に乗せ高笑いを放った。「裏切るも何もないわ」
「−−」キオウは屈辱の言葉を浴びせられ怒りに身を震わせた。
「さて、それはともかくだ」突如声が近くで聞え、鬼の夫婦は坐っていた岩から飛び上がって地に降り立った。
 茂みからフラが飛び出し、激しく吼えながら声の主に飛び掛る。
 だがテンニはひらりと跳んでかわし、枝の上に焦げた足を音もなく乗せて立った。
「何が望みだ」キオウは見上げて鋭く訊いた。「その黒焦げの体を俺に治せとでもいうのか」
「察しがいい」テンニはにやりと笑った。「頭脳だけは相変わらず良いな」
「悪いがお門違いだ」キオウは睨みつけたまま言った。「俺は医者でも法力使いでもない。ただの鬼だ」
「だが龍馬を操っている」テンニも睨み返した。「龍馬の吐く焔についてもお前なら下手な法力使いより余程知っているだろう」
「−−」キオウは黙り込んだ。
「儂は龍馬二匹の焔に全身巻かれてもこの通り動くことができておる」テンニは両腕を体の左右に広げ自分の体を見下ろした。「人間のままだったならばこのような事はなかったのだろうな」
「−−」
「とはいえ他の鬼どもも、龍馬に焼かれれば消炭となって消えておった。だが儂は他の鬼どもとは違う。鬼となった今このように無事で−−まあ、片手は失ったが、動けておる。ならばこの焦げた体を元通りに戻すことも、ひょっとして無理なことではないのかも知れぬと思ったのだ」
「−−」キオウは答えない。
「何が必要なんだ、模糊鬼」テンニは木の上からひたりと睨み下ろしながら訊いた。「儂の体を元に戻すためには」
「−−」
「答えぬと、山賊どもの首がまたそこいらに転がるぞ」不敵な笑みを唇の端に広げる。
「よせ」そこでキオウは怒声に乗せ言葉を発する。「時間だ。時間が経てばいずれお前の体は元に戻る」
「−−」今度はテンニの方が黙る。
「ただ待つだけだ。それしかない」
「−−他には」
「ない」
 テンニは焦げた顔を横に向け、ふ、と息を吐き、次の瞬間木の上から消えた。

 

 ざざ

 

 元降妖師が消えた後で、枝葉が揺れた。
「やめろ」キオウは思わず茂みの方へ走った。「あいつらを殺すな。他の方法を俺が考える」
「ほう」背後で声が答える。
 はっとして振り向いたキオウの眼に、テンニとその腕を首に巻きつけられ捕えられたスンキの姿が飛び込んだ。
「スンキ」視界がぐらり、と揺らめく。「やめ」
 テンニは、手首のない方の腕でスンキの首を捕えていた。
 もう片方の手は、頭上高く差し上げられている。
 キオウの震える眼は、そこに握り締められたものをはっきりと見据えた。
 それが何か、知っていた。
 −−そこまで、真似をするというのか−−
 奇妙なことに一瞬、模糊鬼の頭の中にはそんな想いが走ったのだ。
 それは、彼キオウが模糊鬼となり生まれることを導いた、ものだった。
 七寸釘だ。
 テンニは特に何も言わずじっとキオウを見据えたまま、狙い違わずその釘を、キオウの子を宿すスンキの腹に深く刺した。

 

◇◆◇◆次号へ◆◇◆◇

 

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評価:
(2019-04-10)
コメント:生態観察のため連れ去られた地球人たちに与えられた「食べ物」は、機能性重視の味気ないものだった。彼らは立ち上がった。「まっとうな」食物を求めて――やがてその欲求は、惑星の運命を文字通り、大きく揺さぶった――

葵マガジン 2019年10月12日号

  • 2019.10.15 Tuesday
  • 13:01

JUGEMテーマ:小説/詩

 

◇◆◇◆聡明鬼◆◇◆◇


第69話 儀式(全100話)

 

 森羅殿に向かったのではなかった。
 テンニは、陰鎮鷲椶諒匐に身を潜め考え続けていた。
 龍馬の魔焔に焼き焦がされた鬼の体を、回復させる方策が必要だった。
 陰陽師、乃至降妖師の力を借りるしか、なさそうだと思った。
 それを思うと、つい苦笑いが出る。
 自分にとって最大の敵となった者達と、同じ職業の者達を頼らねばならぬという現状にだ。
 だが、だからといって迷ってなどはいられない。
 陽世で陰陽師や降妖師として仕事をしていた鬼どもを見つけ、そいつ等から方策だけを聞き出し、陽世に戻り治癒に当る。
 そういう策に従うべく、テンニは腰を上げた。
 陰鎮鷲椶琉鼎ぢ腟い涼罅黒焦げになったままの両腕−−片方は手首までしかない、それは鼬によって、喰い千切られたのだ−−を拡げ、伸ばしてみる。
 灰色の空を仰ぎ見た時、テンニはふとある事に思い至った。
 −−ふむ。
 その思いつきに、独り笑いを浮かべる。
 −−陰陽師、降妖師ではなく。
 腕を下ろし、焼け焦げた手で顎をつまむ。
 −−鬼に頼む、という手もあるか。
 くくく、と喉の奥で笑う。
 −−龍馬にやられたものについては、さぞ龍馬を飼う者がよく知っておろうよ。
 元降妖師の鬼は、歩き出した。
 −−今度は儂がお前を雇う番だな。キオウ。

 

          ◇◆◇

 

 森羅殿に、着いた。
 ジライは、ごくりと喉を鳴らし、殿内に一歩、足を踏み入れた。
 森羅殿の周囲、また内部の壁や天井のあちこちには、いまだテンニの打鬼棒により血と化して流れた鬼どものその跡が、ところどころうっすらと残っている。
 陽世においても兄コントクと共に同様の惨状を目の当たりにしたジライは、眉をひそめた。
 ここでこんなことが行われたがゆえに、鬼どもが恐れ人間たちの世界へと大勢逃げ出して来、そうしてあのような暴虐を働いたのだ。
 許すまじ、という想いが改めて湧き起こる。
 殿内にいる鬼差や小鬼に、閻羅王のいる場所を尋ね、歩く。
 やがてそこに、ジライは独り、着いた。
 閻羅王は玉座に、やはり独りで坐っていた。
 今はもう、傍に仕えるスルグーンはいない。
 とはいえジライにとって、閻羅王を見るのはこれが初めてだった。
 スルグーンという鬼差がいたことなども無論、知らない。
 だが同じ部屋の中にいた、牛頭馬頭のことは知っていた。
 かつて兄コントク、聡明鬼、そして陰陽師と共に、だまくらかしてやったことがあるからだ。
 鼬ケイキョを兄に化けさせ、ここへ連れて来させた。
 −−まさか、あれをほじくり返して十八層地獄へ堕とされるということはなかろうな。
 苦笑いしたくもあり、冷や汗を拭いたくもありしながら、ジライは黙って閻羅王の前へ進んで行った。
「ジライ、か」
 地獄の王は、生死簿に目を落として訊ねた。
「はい」ジライは神妙に頭を下げた。「ジライです」
「−−」閻羅王はしばらく黙って生死簿に書かれてあることを読んでいた。
 ジライも黙って、待った。
「そうか」やがて地獄の王は目を上げ、ジライを見た。「テンニに、やられたか」
「はい」
「なんと」
「テンニに」
 牛頭馬頭が驚く。
 どうやら、牛頭馬頭を騙したことについては深く問わずにおいてくれるらしい−−
 ジライは内心、ほっと胸を撫で下ろした。
「テンニは恐らく、ここへまたやって来るだろう」閻羅王は予測を述べた。「怖いと思うか」
「まさか」ジライは首を振った。「私も恐らく奴がまたここに来るだろうと思ったからこそ、ここへ来たのです」
「−−つまり」閻羅王は訊いた。
「私に、地獄の武器をお与え下さい」ジライは答えた。「あ奴を、二度と悪行の働けぬよう叩きのめしてやります」

 

          ◇◆◇

 

「髪が、伸びたようだな」庭先でリンケイは顎に手をやり、聡明鬼を検分するかのように眺めた。
「そんなには経ってないだろう」リューシュンは苦笑した。
「まあ、上がれ」リンケイも笑いながら背を向け、先に縁側へ上がった。「ひとまず茶を淹れさせよう」
 新月の空には小さな星々がひしめき合い、賑やかな様相を見せている。
 リューシュンが陰陽師の屋敷に着いた頃には、陰陽師に鬼退治を呼びかける人々の姿もすっかり消え失せていた。
 というよりも、日が経つにつれ陰陽師に鬼退治を頼む人の数さえも次第に減ってきていた。
 それは、あの日以来鬼どもは陽世に姿を見せなくなったからであり、それはテンニが陰鎮鷲椶忙僂鮓せなくなっていたからであった。
 一見すると平穏な日々だが、本当のところはこれがどういう状況であるのか、誰にもはかり知れぬものであるはずだ。
 だが、とりあえず自分の身に危険が及ぶことがないとなると、人はすぐに気持ちを緩め、のんびりと気楽な生活に戻ってしまうものなのだ。
 陰陽師に説明を聞かずとも、リューシュンにも今はそれがよくわかっていた。
 だから敢えて「人が少なくなったな」とは言わずにいた。
 式神の少年が茶を淹れ、運んで来る。
 虫の鳴く音が疎らに聞える庭の片隅、潅木の根元の辺りに、仔犬の坐る影が見える。
 その後ろには、低く身を伸ばした鼬がいる。
 リョーマと、ケイキョだ。
 二匹は今宵、追いかけっこをするでもなくただ大人しく坐り、伏せていた。
 ケイキョが聡明鬼について庭に入って来たことを、リンケイは特に咎め立てたりしなかった。
 寧ろ、リョーマを気遣いやって来てくれたケイキョに、感謝を示すかのように頷いたのだ。
 そして二匹の精霊たちは、潅木の茂みの根元で向かい合い、何か話しているのか、どちらも黙り込んでいるのか、とにかく静かだった。
「三年、か」
 湯呑を持ったまま、ふとリンケイが空を見上げ言った。
「ん」茶をすすりながらリューシュンは陰陽師を見た。「何が──ああ」
 三年、とは、リューシュンがここ陽世において土地爺となってからの月日のことだ。
「お前」リンケイは呼んでから、茶をすすった。「この三年の間、女を抱いた事があったか」
「あ?」リューシュンは眉を寄せた。手に持つ湯呑の中の茶が波立つ。「−−ない」口をすぼめて答える。
「そうか」陰陽師は、ふうと息を吹いた。「俺の勝ちだな」
「何がだ」リューシュンは更に眉を寄せた。
「俺は抱いたからだ」
「どうせ精霊の類だろう」リューシュンは陰陽師を湯呑を持たぬ方の手で指差した。
「精霊ではない」陰陽師はまた茶をすする。
「じゃあ式神か」
「──」
「なんだ、図星か」リューシュンはにやりと牙を見せた。
「呆れただけだ」リンケイは湯呑を盆の上に置いた。「じゃあ、そろそろ」
「いや、図星だろう」リューシュンは陰陽師の言葉を遮った。「お前が抱いたのは式神だ。それは女を抱いた事にはならん。お前が自分で」
「もういい。始めるぞ」リンケイも聡明鬼を遮り立ち上がった。「こっちへ来い」
 リューシュンは口をすぼめて立ち上がり、陰陽師について室内に入った。
「これへ」リンケイは、床の一点を指で指し降ろしながら告げた。「坐ってくれ」
「ここ、か」リューシュンは確かめながら、言われた場所へ膝を折り坐った。
 坐ると目の前に、陰陽師が常日頃腰に挿している斬妖剣が置かれてあった。
「うん」陰陽師は答えながら、縁と室を隔てる障子をそっと引き、閉めた。
 閉める間際、もう一度リンケイは、潅木の根元に坐るその小さな影を眸に映した。
 リョーマは、何も言わずにいた。
 何も言わず、ただ坐って、主の−−リンケイの障子を引く姿を、見ていた。
 ケイキョも、何も言わずにいた。
 何も言わず、長い尻尾をゆるり、とリョーマに巻きつけた。
 −−おいらが、ここにいやすよ。
 そのことを、リョーマに知っておいてもらいたかったからだ。
「今から、俺に呪いをかける」リンケイは言いながら聡明鬼の前に、聡明鬼に背を向け坐った。
「うん」リューシュンは表情を引き締め、頷いた。
「まず、俺が呪を唱える。そして後ろに手を伸ばす。お前はそこから」リンケイは首だけで振り向いた。「坐ったままでいい、俺にその斬妖剣を渡してくれ」剣を指差す。「俺は背を向けたまま、それをお前から後ろ手に受け取る」
「うん」
「それだけでいい」
「え」リューシュンは少し驚いた。「それだけか」
「うん」今度は陰陽師が頷く。「それだけだ」
「−−そうか」聡明鬼は眸を少し揺らしたが「わかった」そう言って頷いた。
「何か、訊きたいことはあるか」陰陽師は言う。
「訊きたいことか」リューシュンは少し考え「お前、嫁を娶ることは考えたことなかったのか」と訊いた。
「−−」リンケイは少しの間無言で聡明鬼を見、それから顔を少し逸らし「ないこともないが」と答えた。
「なんでもらわなかったんだ」
「面倒だからだ」
「面倒?」リューシュンは眉を寄せた。
「嫁というのは、生きている人間だからな」リンケイは肩をすくめた。「俺には荷が重過ぎる」
「まあ、お前らしいといえばそうだがな」
「お前こそ、嫁をもらわないのか」リンケイの方が訊く。「キオウのように」
「俺は」リューシュンは声をくぐもらせた。「鬼になってからはまだ三年しか経っていないし、そういうのはよく分らん」
「そういうの、とは」
「つまり、男と女がどうこういうようなことがだ」
「なるほど」リンケイは顔を前に向け、頷いた。「お前はまだ、子供だったんだな」
「−−知らん」リューシュンはますます声をくぐもらせた。
「他にはないか」リンケイは前を向いたまま問うた。「訊いておきたいことが」
「−−」リューシュンは陰陽師の、黒く艶を放つ髪を見た。「戻って来れるのか」呟くように訊く。
「−−」リンケイは少し置いてから「いや」と答えた。
「−−」リューシュンは目を落とした。
 斬妖剣が、そこにある。
「そうか」リューシュンは、言った。
「始めるぞ」
「うん」
 リューシュンは、待った。
 まず陰陽師が、呪を唱える−−
「そうだ」だがリンケイは顔を上げ、また上体だけ振り向いた。
「何だ」リューシュンは片眉をしかめた。
「リンケイ」陰陽師は言った。「俺の名だ」
「−−」リューシュンは目を丸くした。
 リンケイはそれきり微笑んでいる。
「あ、リ、リューシュン」聡明鬼は慌てて返した。「俺の名は、リューシュン」
「リューシュン」リンケイはただ一度呼び、「ではな」と再び背を向ける。
「リンケイ」リューシュンはその背に向かって呼んだ。
「オボチススヂマヂチウルヂ」リンケイは答える代わりに呪を唱え、後ろに手を伸ばした。
「リンケイ」リューシュンはもう一度、声にならぬままその名を唇にしながら、斬妖剣を片手に握って差し出した。
「リューシュン」斬妖剣を受け取りながら応えるリンケイの声もまた声にならなかったが、その囁きは聡明鬼の耳に確かに届いた。
 風が起こった。

 

 ざあああ

 

 その音を、リューシュンは知っていた。
 よく聞く風の音だ。
 そう−−
 陰陽界に吹く、大気の動きではない風の音だ。
 穢れの地府の扉が、リンケイを呑み込むため口を開いたのだ。
 リューシュンが瞬きをする暇もなく、陰陽師の姿は消えていた。

 

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(2019-04-02)
コメント:幼稚園ママは忙しい。家事に用事、子供の世話、PTAの役員会議、そして鳴りやむことを知らない電話……表題作ほか「吸血鬼・明」「地階の異界でオフ会を」収録。

魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 42

  • 2019.10.15 Tuesday
  • 07:42

JUGEMテーマ:小説/詩

 

「え」私はただひと言いっただけで、あとは全身氷のようにかたまった。

 いまこの鬼魔、なんていった?

 ユエホワは数歩先にすすんでから立ち止まり、ふり向いた。「なに」

「――」私は目をまん丸くしたまま、ユエホワをただ見ていた。

「気づかなかっただろ」ユエホワは、まるで自分が人間になりすましてまんまと学校へセンニュウしたかのように、たいそう自慢げに笑った。「目も赤くないし」

「あっ、そうそう」私はいまさらながらはっと気づいて言葉を発した。「あの人たち、目赤くなかったよ。アポピス類じゃないんじゃないの?」

「言ったろ、ごく少数、目の赤くないやつもいるって」ユエホワは腕組みした。「そういうやつらはどうしても、疎外されちまうんだよ。くだらねえけど」

「ソガイって?」私は質問した。

「つまり正当なアポピス類とはみとめてもらえないってこと。なんか邪悪な血が混じってるんだろうって決めつけられるんだ」

「邪悪な血って」私は眉をひそめた。「もともと鬼魔のくせになにいってんの」

「ひでえな」ユエホワは声を裏がえして私に文句をいった。

「ていうか、知り合いなの? そのアポピス類の人たちと」

「まあな。人脈ってやつだ」ユエホワはまたしてもたいそう自慢げに答えた。

「あそう」私は軽くいった。

「てか、まあガキの頃からの友だちってやつだけどな」ユエホワは頭のうしろに手を組んだ。

「へえー」私は少し興味をもった。「いっしょに遊んでたの?」

「まあね」ユエホワはうなずく。「全員、俺が赤い目をしてるからうらやましがって、なんかくっついてきてた」

「そうか、あれ」私はあることに気づいた。「そういえばユエホワってさ、ムートゥー類、だよね」

「それがなにか?」ユエホワは目を細めてきき返した。

「ムートゥー類ってみんな目が赤いの?」

「――いいや」ユエホワは少し遠くを見るような目をして考えながら答えた。

「もしかしてユエホワってさ、純粋なムートゥー類なんじゃなくて、アポピス類が混じってるんじゃないの?」

「――」ユエホワはだまって歩き出した。

「ほんとうはさ、ふくろうとヘビのハーフなんじゃないの?」私も歩き出しながらまたきいた。

「かもな」ユエホワは歩きながら軽くいった。

「えっまじで?」いい出した私のほうがおどろいた。

「よく知らねえけど」ユエホワは歩きながら肩をすくめた。「俺の両親、百年前に死んじまったから」

「は? 百年?」私は歩きながらすっとんきょうな声をはりあげた。「ユエホワっていま何歳なの?」

「十九歳だけど」

「は?」私はさらにすっとんきょうな声をはりあげた。「なんで? 両親百年前に死んでるのになんで十九歳なの」

「鬼魔界ではそうなんだよ」ユエホワはめんどくさそうに眉をしかめた。

「意味わかんない」私も眉をしかめた。「ほんと鬼魔って意味わかんない。全員やっつけてやる」

「お前の理屈の方が意味わかんねえわ」

 そしてそのとき、祖母の住む丸太の家が私たちの目の前に姿をあらわした。

「まだあいつ、いんのかな」ユエホワは足を止めてちいさくつぶやいた。

「ハピアンフェル? いると思うよ。こんにちは――」私は大声で呼びかけた。

「ばっ」ユエホワはたいそうあわてて、大急ぎで屋根の上に飛び上がった。「俺が来てるってこと、話すなよっ」ひそひそ声で怒ったようにいう。

「べつにいいじゃん」私は口をとがらせて屋根の方をにらんだ。

「あらいらっしゃい、ポピー」祖母が出てきてにこにこと私にあいさつをし、それから屋根に向かって「ユエホワも、いらっしゃい」とあいさつした。

 少しのあいだ返事はなかったけど、緑髪鬼魔はおそるおそるのように顔をのぞかせて「ども」と小さくあいさつした。

「さあさあ、そろそろ外は冷えこんでくるわ。中であたたかいお茶と焼きたてのクッキーをいただきましょう」祖母は屋根に向かって手まねきをした。

 ユエホワは、少しのあいだ肩をすくめるようにして返事にこまっていたけれど、カンネンしたようで、すとん、と下におりてきた。

「おばあちゃんのいうことはきくのね」私はわざといじわるをいってやった。

「ピトゥイが見たいんだよ」ユエホワは口をとがらせてむっつりと答えた。

「そういえばさっき、ビューリイ類がここまで飛んできていたけれど、あれはポピーがやったものなの?」テラスから上がりながら祖母が肩ごしにふり向いてきいた。

「え、あ、うん」私も上がりながらうなずいた。「あの鬼魔、どうなった?」

「ああ、うちの屋根に落ちてきそうになったけれど、家がはじき飛ばしたから、さらにどこか遠くへ飛ばされていったわ」

「うわ」ユエホワがごく小さく声をあげて肩をそびやかした。「運の悪いやつ」

 

「おばあちゃん、今日アポピス類が学校に来たよ」私はダイニングテーブルにつきながら報告した。

「まあ、なんですって」祖母は目をまるくした。「それでどうなったの?」

「あたしたちにピトゥイを教えに来たんだけど、だれもマスターできなかった」私はありのままを話した。

「ピトゥイを? まあ、アポピス類が?」祖母は大きなお皿にならべたクッキーをテーブルの上におきながらまだ目をまるくしていた。「いったいどういうこと?」

「ユエホワの友だちなんだって」私はさっそく何種類かあるクッキーのどれを最初にとるかケンブンしながら説明をつづけた。

「まあ」祖母は何回おどろいたのかかぞえきれないぐらいまたおどろいて、緑髪鬼魔を見た。「いったい、どうなっているの?」

「アポピス類の体にくっついて姿を見えなくさせている光使いの妖精たちを、ピトゥイではらいのけたらいいと思って」ユエホワは、なぜかいたずらをしてあやまる時のような気弱げな顔と声で祖母に説明した。

「ああ、なるほど」祖母は手をぽん、とうちならし、大きく何度もうなずいた。「すばらしいわ! ユエホワ、あなたはなんて頭が良いんでしょう」

「でも、もしかしたら光使いたちには危害を加えることになるかもしれないけど」ユエホワはますます「ごめんなさいもうしません」といまにも泣いてあやまりだしそうな顔と声になってつづけた。

「それはだいじょうぶだと思うわ」祖母はふかくうなずいた。「ピトゥイはただ、体にまとわりついているものを浮き上がらせて引きはなすだけだから。妖精みたいに小さなものは、すぐに風に乗って安全な場所へ飛んでいけるはずよ。それよりも、アポピス類が人間の魔法であるピトゥイを行使できるものかしら?」

「そいつらは、実は人間になりすまして今、この世界の魔法大学に通っているんだ」ユエホワは、祖母の話に少し安心したようすで、ほほ笑んだ。「人間と同じ教室でいろいろ学んでる」

「まあ」祖母の方はふたたび目をまるくした。「そんな鬼魔がいるなんて、はじめて知ったわ。でもどうして人間の大学に?」

「鬼魔界の大学には入れなかった……いや、入ったけど追い出されたんだ」

「まあ、どうして?」

「そいつら、目が赤くないから」

「目が?」祖母は口をおさえた。「けれど、それだけの理由で?」

「そう」ユエホワは目をふせてうなずいた。「そこは実質、アポピス類の幹部がとりしきってるようなところだから」

「まあ」祖母は眉をひそめながらお茶をカップに注いだ。

 私はそのとき、すでに六枚目のクッキーをほおばっているところだった。

 

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(2019-05-07)
コメント:ポピーは魔法学校に通う少女。その世界では、キャビッチという野菜を使って魔術を行う。ある日ポピーと親友ヨンベは、ちょっとした悪戯を思いついたが、そのせいでヨンベが恐るべき鬼魔(キーマ)にさらわれてしまった! 悲しんでいる暇はない、自分が助けに行かなくちゃ! かっこいい神様たち、そしてずる賢い鬼魔ユエホワと共に、ポピーの冒険が始まった――

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