魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 84

  • 2020.08.04 Tuesday
  • 20:40

JUGEMテーマ:小説/詩

 

 私はいっきに全身に汗をかいた。
 たぶんユエホワもそうだ。
 どうする!?
 ツィックル箒はかならずすばやくよけてくれるだろうけれど、でも万一、よけきれなかったら?
 なにしろ、まわり中アポピス類だらけだ。
 同時にあっちこっちから投げられたら――
 あれ?
 人間に化けたアポピス類の元子どもたちは、投げてこようとしなかった。
 全員、手に持つキャビッチをじっと見ている。
 左右の手を、かわりばんこに。
 なにをしているんだろう?
「なにをしている」私が思うのとおなじことを、マントのアポピス類がどなった。
「なげるって、なに?」元子どもの一人が言った。
「どうやればいいの」
「うーん」みんなで首をかしげる。
「ぜったい教えるなよ」ユエホワが低い声で私にいう。
「うん」もちろんそんなことするわけがない。
「おれたち、くちからぽーんってだしてたからさー」元子どもの一人が言う。「くちにいれたらいいんじゃないのー」
「おー」
「さすがー」
「あたまいいー」
 そして元子どもたち全員が、キャビッチを口に運びはじめた。
 けれど成長したキャビッチは、人間化した元子どもたちの口には大きすぎてはいらず、みんなかりかり、しゃくしゃく、と、キャビッチをかじりはじめるしかなかった。
「あれー」
「くちにはいらなーい」
「でもおいしいねー」
「うーん」
「おいしー」
 そして全員、へへへー、とうれしそうに笑った。
「よし、お前らそれ食ってろ」ユエホワがひょいっとアポピス類たちの頭上を飛び越していったので、私も箒でついていった。
「この、役立たずどもが」マントのアポピス類はかんかんに怒っている。
「だからー」ユエホワは言いながら、まだ空中にただよったまま残っている二メートルの巨大化キャビッチを両手で押し投げた。「鬼魔に頭使えってのが無理だっての」
 自分も鬼魔のくせに、と思ったけど今は言わずにおいて、私も箒の柄の先でキャビッチにツィッカマハドゥル(たぶん)をかけ投げた。
 けれどどちらも、ぎりぎりのところでよけられてしまったのだ。
 やっぱり、大きすぎるのはあまりよくないのかも知れない。
 使い勝手が悪いもんね。
 それよりは、手ごろな大きさで数多く分散させたほうがいいのかも。
 エアリイで、あまり小さくならないよう、できるだけ元の大きさのままキャビッチを分散させられれば。
 そう心の中で考えながら、私は「エアリイ、セプト、ザウル」とていねいに唱えた。
 ぼん、と音がして、こんどは元の大きさの三分の二ぐらいの大きさのものが十なん個かに分散した。
「うーん」私は思わず首をひねった。「やっぱり小さくなるなあ」
「じゅうぶんだろ」ユエホワがうなずきながら、私の心の中を読んだかのようなことを言う。「シルキワス行け」
 私はいちばん近くに浮かんでいる分散キャビッチをつかみ「シルキワス」と唱え投げた。
 キャビッチは、ふっと消えた。
 けれどその瞬間、私はなにか違和感をおぼえた。
 なんというのだろう――そう、自分が予測したのより、キャビッチの消えるタイミングが早かったような、気がした。
 その次の瞬間、私は背中のどまんなかに、ものすごい衝撃を感じた。
「うわあっ」思わず悲鳴をあげた。
 それは、私が投げたキャビッチだった。
「光使いか」ユエホワがさけぶ。
 シルキワスがなにか操作されて、相手のではなく私の背後から出現し、私を直撃したのだ。
 それにしても、痛い!
 息がすいこめない。
 私は顔中をぎゅうっとしかめて前かがみになった。
「ううう」のどの奥から、うめき声が勝手に出る。
 苦しい!
「だいじょうぶか」すぐ近くでユエホワの声がした。
 顔をしかめたまま見上げると、ムートゥー類は大きな金色の翼を広げて、私を囲んでいた。
 私は声も出せず、首をふるのが精いっぱいだった。
「キャビッチ食え」ユエホワは敵の方を振り向きながら言った。「しばらくこうしててやるから」
「うう」私は言われるままキャビッチをとりだし、葉っぱをちぎって大急ぎで口に運んだ。
 たちまち息が楽になり、私は大きく深呼吸した。
「俺らの気持ちが少しはわかっただろ」ユエホワは半べその私をちらりと見下ろして言った。「いっつもそれ、喰らってんだ」
「……」私は何も答えられず、もそもそとキャビッチの葉を食べつづけた。
 ユエホワの翼の中はあたたかく、キャビッチは甘い味で、なんだか今敵とたたかっている最中なのだというのがうそのようだった。
 私はふんわりと、ここちよい空間の中にいた。
「光使い……じゃないみたいだな」ユエホワがぶつぶつと言う。「盾か……あいつらの盾からなんか光が出てくるようだった……あれでシルキワスを阻害したのか」
「ユエホワ、きさまなぜ人間を守る?」アポピス類が叫ぶ。「人間の仲間になったのか」
「鬼魔を裏切るつもりか」別のアポピス類も叫ぶ。
「はあ?」ユエホワは私を囲んだまま振り向き、あきれたような声で答えた。「裏切る? 鬼魔を? お前ら、どのつら下げてそんなこと言ってんの?」
 そのとき、どん、とにぶい音がして、ユエホワの体が強く揺れた。
「あつうっ……くっ……」
 見上げると、かなり痛そうに歯をくいしばり顔をしかめている。
「だいじょうぶ?」私はキャビッチを食べながらきいた。
「いや死にそう」ユエホワはしぼりだすような声で即答した。
「キャビッチ食べる?」私はポケットの中からキャビッチを取り出しながらきいた。
「うん」ユエホワはうなずいてから「あーん」と口をあけた。
「は?」私は眉をひそめた。「自分で食べなよ」
「いや、あのね」ユエホワは目をほそめて言い返してきた。「今俺は、両手をつかってあなたを守ってるからね。なに、食べさせてもらうこともできないの」
「えー」私は眉をひそめたまま、取り出したキャビッチを持ち上げた。
「そんなでかいの口に入るかよ。そっちでいい」ユエホワは、それまで私がちぎっては食べていた方のキャビッチをあごで示した。
「えーっ、これあたしの食べかけじゃん」私はケンオカンをこめて拒否した。
「じかにかじってたわけじゃないから大丈夫だよ。ほら早く」緑髪は催促してもういちど口をあけた。
 私が眉をしかめたまま、残りのキャビッチをその口もとにもっていったとき、ユエホワは「リューイとかかけんなよ」と口早に注意した。
 私はだまってユエホワにキャビッチを食べさせ、そのあと「リューイ」わざと誦呪してやった。
「やめろよ」ユエホワは横を向いてもごもごと食べながら文句をたれた。
私は新しく出した方のキャビッチの葉をちぎりかけたが、手を止めた。それは、ヨンベが渡してくれたキャビッチだったのだ。
「うーっ、やっぱすげえなキャビッチ!」ユエホワは目をぎゅっとつむって感動の声をあげた。「すーっと痛みが消えた」
「うん」私はうなずいた。「あたしももう大丈夫」
「よし」ユエホワは翼をおさめて、すばやく私の持つヨンベのキャビッチに薬をかけ、くるりと敵たちの方に振り向いた。「これでもう一回やってみろ」
「わかった」うなずきながら、私はなんだかわくわくしていた。
 ヨンベのキャビッチに、ヨンベのおじさんの薬をかけて投げる。
 どんなふうになるんだろう?
 ただひとつ惜しいのは、これを二人の目の前で投げてあげられないということだ。
 こんなに離れた場所――なにしろ鬼魔界だ――で、二人のまったく知らないところでこれを投げるのは、すこしだけ申しわけない気がする。
 でも。
 ヨンベから渡されたキャビッチを、てのひらのまんなかに乗せる。
「シルキワス」私は呪文を唱えた――心を込めて、キャビッチに呼びかけた。「トールディク、ヒューラゥ、ヴェルモス」キャビッチが、それを持つ手が、そして体がどんどんあつくなる。
 キャビッチからの答えを受けた私の体が、聖なる光を放ちはじめているのがわかる。そしてキャビッチも、朝一番に輝くお日様のように、黄金色に輝きだした。
「ヴィツ、クァンデロムス」叫ぶ。

 

 私の手の上のキャビッチがその瞬間、音もなく消えた。

 

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魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 83

  • 2020.07.29 Wednesday
  • 21:14

JUGEMテーマ:小説/詩

 

「キャビッチ」ユエホワが私の方に手をのばしてさけぶ。
 私は大急ぎで渡す。
 それを受けとると同時に薬をかけつつ「ピトゥイ」とユエホワがさけび、
「エアリイ」私もさけんで投げる。
 私のキャビッチは子どものにぎりこぶしぐらいの大きさで何十個かに分散し、また姿をあらわしたアポピス類たちに、つぎつぎにぶつかっていった。
 けれどアポピス類の盾に当たって消えるものが大半で、ダメージにはつながらなかった。
 そうかと思うとまたアポピス類はついたり消えたりしはじめ、さらにきらきらした金色のアポピス類の子どもたちが小さなキャビッチを口から飛ばして私たちにちくちくと攻撃してくる。
「おい、光使い」ユエホワが大きな声で呼びかけた。「もういいかげん、そいつらの命令にしたがうのはやめろ」
「そうだよ」私もあとにつづく。「どうしてそんなやつらのいいなりになるの。やめようよ」
「お前らの仲間のほとんどはもう、菜園界に帰ってきてるぞ」ユエホワもさらにつづける。
 ちかちかとついたり消えたりしていたアポピス類たちの姿がふいに、半分見えて半分消えている状態でとまった。
 顔が半分消えているものもいれば、腕と足が一本ずつ消えているものもいれば、首から上と腰から下だけが見えてお腹のところが消えているものもいる。
「おい」
「なにをしている」
「はやく消せ」アポピス類たちはあせったようにどなった。

 

「ここの世界、光が弱いからやりにくいよ」

 

 小さな声が聞こえた。
 私とユエホワははっとしたけれど、声の主の姿は見えなかった――それはつまり、小さな妖精の声だということだ。
 光使いの。
「そうだよ、やりにくいよ」
「めんどくさいよ」
「もうつかれたよ」
「帰りたい」
「うん、帰りたい」
「もうやめようよ」つぎつぎに、小さな声が聞こえてきた。
「きさまら、さからうとどうなるかわかってるのか」
「痛い目にあいたいのか」アポピス類たちが怒ってさけぶ。
「させない」私はさけんで、キャビッチを投げた。
 どなることに気をとられていたアポピス類の一人の顔の見えている部分に命中し、そいつは悲鳴をあげることもできないままふっとんでいった――ふっとんでいきながら、そいつの見えていない部分がつぎつぎに姿をあらわしはじめたので、光使いが彼の体から離れたのだろうことがわかった。
「ああ、そうだ」ユエホワが大きくうなずく。「もう地母神界にも立派で邪悪な裁きの陣ってもんがつくられてる。そいつらがなにをしようとも、もう妖精たちを苦しめたりなんかできっこないんだ。だからもう、そいつらにしたがう必要はない」
「ほんと?」だれかが小さな声でいう。
「本当に?」
「わあい」
「じゃあやめよう」妖精たちはつぎつぎにアポピス類から離れ、ついにやつらの姿は完全な状態でまる見えになった。
「よし」ユエホワがそういったとき、私はすでにキャビッチを巨大化させていた。ユエホワがそれにすかさず薬をふりかける。
「エアリイ」さけぶ。
 ごごん、と大きな音がひびき、直径二メートルほどの巨大化キャビッチが五個あらわれた。
「うわあ」
「すごーい」
「でっかーい」妖精たちの小さな歓声が聞こえてくる。
「でかいのはいいけど」ユエホワが文句をいいながら巨大化キャビッチのひとつをおもいきりけとばす。「投げられんのかって話だよっ」
 そのキャビッチはアポピス類に向かって飛んでいったがすばやくよけられ、しかもユエホワの方もけった足をかかえこんで痛そうな顔をしていた。
「うー」私はなにも言い返せないまま、大急ぎでかんがえ、祖母がやった方法のまねをすることにした。「ツィックル!」さけびながら箒の柄のさきをキャビッチに向け、猛突進する。
「あっ、ばか」ユエホワがびっくりしてさけぶ。
 私も、猛突進しはじめた後で、そんなことしたら、がいんっとはじきとばされてこっちがダメージを受けるのではないか、ということに気づいた。
 けど、そうはならなかった。
 ツィックル箒はキャビッチに直接当たらず、なにかふわっとした見えないクッションがそこにあるかのようにやわらかく止まった。
 そのかわり、目の前の巨大化キャビッチがごうっ、と、猛烈ないきおいで飛んでいったのだ。
 それはわずかにスピンしながらアポピス類をねらい、そいつがあわててかざした盾にはげしくぶつかり、盾もろともそいつをふっ飛ばした。
「ツィッカマハドゥルか」ユエホワが声をかすらせて言う。「さすが」言ってから手に持つ瓶を見おろす。「シルクイザシ、すげえな」
「くそっ」あと三人となったアポピス類は、くやしそうにさけんだ。「まだか」
「ん?」私とユエホワはふと止まった。「まだか?」
「はやく成長しろ」またアポピス類がどなる。
「だれにいってんの?」私はユエホワにきき、
「さあ……あ」ユエホワは首をかしげたあと目をまるくした。「子どもか」
「えっ」私がアポピス類たちに目をもどすと、やつらはきらきらしたかたまりをまさにこちらへ向けて投げつけてくるところだった。
 そのかたまりの中にいるのは、小さな赤ちゃんのヘビではなかった。
 大人の胴体ぐらいの太さのヘビが、何匹かからまりあってかたまりになっていたのだ。
「うわっ」私がさけぶのと、箒がぎゅんっとよけてくれるのとが同時だった。
 ほっと息をつくひまもなく、箒がふたたびぎゅんっと移動する。
 と同時に、左のひじにごつんっとなにかがぶつかった。
「あいたっ」私は悲鳴をあげた。
 ひじを見ると、家の壁にぶつけてしまったときのように赤くすりむけていて、ひりひりと痛んだ。
 さらにキャビッチがぎゅんっと移動する。
 今度は右の耳のすぐ近くを、ぶんっと音を立ててなにかが猛スピードで飛び去っていった。耳がじん、とあつくなる。「うわ」思わず声をあげる。
 その後もツィックルは何度かよけつづけてくれて、そのたび私の体のすぐ近くをなにかが――いや、それはキャビッチだ――飛び過ぎていった。
「成長してる」ユエホワも必死で飛んでくるキャビッチをよけながら言う。「さっきの小さいヘビたちが」
「えっ」私はあらためて金色のかたまりを見た。「成長したの?」
「てめーらやっつけてやるー」かたまりの中から成長したヘビたちがさけぶ。その声はもうかん高くはなく、ユエホワや魔法大生たちと同じくらいの男の人の声に聞こえた。
「でも言うことは同じなんだな」ユエホワがつぶやく。
 そのとき、成長したアポピス類がかぱっと大きく口をひらき、その中から直径十センチほどのキャビッチがぽんっと飛び出してきた。
「うわ」私がおどろくのと同時に箒がよけてくれた。「キャビッチも成長してるの?」
「みたいだなってーっ」ユエホワが答えると同時に背中にキャビッチをくらってのけぞった。「くっそーシルキワスかよっ」
 もちろんアポピス類がシルキワスを使うはずもなく、ただ成長したヘビたちがあちこちからつぎつぎに、キャビッチを飛ばしてくるだけだ。
「もっとだ」マント姿のアポピス類がさけぶ。「もっと成長しろ」
「えーっ」私は眉をしかめた。「まだ大きくなるの?」
 けれどそうではないようだった。
 ヘビの子どもたち――もと子どもたち、か――は、大きくなるのではなく、なんと一匹また一匹と、人間の姿に変わっていったのだ。
 金色のまま。
 といっても、やっぱりちょっと黒みがかった金色だけど。
「よし」マント姿がさけぶ。「キャビッチを投げろ」
「えっ」おどろいて見ると、なんと人間化したもと子どもたちは全員、その両手に何個ものキャビッチを持っていたのだ。
「くっそ」ユエホワが深刻な顔であたりを見まわす。「八方塞がりかよ」
 私たちは、たくさんのキャビッチに囲まれていた。
 それも、自分が投げる側としてではなく、キャビッチをくらう“標的”として。
「まじで?」それは当然ながら、私にとってははじめてのことだった。

 

葵 むらさきの著書

 

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魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 82

  • 2020.07.23 Thursday
  • 07:52

JUGEMテーマ:小説/詩

 

「やっぱり二人がけだ」ユエホワがうなずく。「俺にもマハドゥがきいてる」
「いや、なんで?」私は思わずユエホワを見てさけんだ。「なんでユエホワがピトゥイを使えるの?」
「俺が性格のいい鬼魔だからだ」ユエホワはにこりともせず答えた。「あとついでにシルクイザシの効能と。くるぞ!」さけぶ。
はっと前を見ると同時に箒がぎゅんっと高く飛び上がり、私がいた位置になにかきらきら光る粒のかたまりのようなものが飛びこんできた。
「なにあれ」私は箒の上からそのきらきらしたところをのぞきこみ、その正体をみきわめようとした。
「ヘビの子どもだ」ユエホワが教えてくれた。「またくるぞ」さけぶ。
「えっ」私が前方にふり向くのと同時にまた箒がすばやくよけてくれ、私にヘビの子どもの団体がぶつかることはなかった。
「ユエホワ」姿をあらわしたアポピス類のひとりがさけぶ。「我々とともに来い。地母神界でお前の力を存分に発揮しろ」
 ユエホワを見ると、口をとざしてじっとアポピス類を見ていたが、やがて「ひとつきくが、なんで俺に命令するんだ?」ときいた。
 こんどはアポピス類がだまりこんだ。
「協力してくれ、って依頼してくるのが筋だろ。なんで俺をさらったり、上から頭ごなしに言いつけてくるんだよ。うまくやりたいならやり方を考えろよ」ユエホワはしずかな声で話していたが、赤い目はきびしくにらみつけていた。
「わかった」アポピス類がすなおにそう言ったので、私は少しおどろいた。「ではお前に――ユエホワ、君に依頼する。我々とともに地母神界へ来て欲しい。そしてともに地母神界を大きく強い世界に、鬼魔王と対等の位置に立てるまでに育て上げて欲しい。どうか頼む」
「そうそう、それだよ」ユエホワは二、三度小さくうなずき「で、俺の答えはこうだ。断る」
 しん、としずかになった。
 でも私は、うなずいていた。
 まあ、そうだろう。
 相手が命令しようとイライしようと、このムートゥー類はすなおに「わかった」とはぜったいに言わない。そういうやつだから。
「きさま」アポピス類がさけび、金色のヘビの子どものかたまりを投げつけた。
「君って呼べ」ユエホワは上に飛び上がってかわしたけどその直後に「うわっ」と悲鳴をあげて体をまるくした。
 なんの攻撃を受けたのかはわからなかったけど、私はその術をかけたのだろう鬼魔に向かってキャビッチを「シルキワス」とさけびつつ投げた。
 短縮形の誦呪だけど、充分消えてくれるはずだ。
 けれど。
 キャビッチはそのまま飛んでいき、アポピス類が片手に持つ盾にがいんっと当たって消えてしまった。
「えっ」私はびっくりしてかたまった。
「光使いか」となりでまるめた体をひらきつつユエホワが言う。「シルキワスが、光使いたちによって効かなくさせられたんだ」
「ええっ」私がさらにびっくりしてさけんだとき、背中と腰のあたりにとつぜん、ちくちくちくっとなにか小さな針がたくさんつき刺さるような痛みがはしった。「いたっ!」思わず悲鳴をあげる。
 箒が大急ぎでぎゅんっとその場から離れてくれたのでちくちく痛みはすぐになくなったけれど、顔をしかめて背中や腰をさすっても、とくになにもつきささってはいなかった。なんだ?
「うわっ」またユエホワがさけんで体をまるめた。「いててて」
「ユエホワ!」私は反射的にキャビッチをかまえたけど、何に向けて投げればいいのか? ユエホワに?
 一瞬そう思って迷ったが、よく見るとユエホワのまわりにさっきアポピス類から投げつけられたきらきらの粒のかたまりがただよっているのがわかった。
 ヘビの子どもたちだ。
「エアリイ」私はまた短縮形でさけび、なるべくユエホワに直撃しないあたりをねらって投げこんだ。
「あたたたた」それでもやっぱり、分裂したキャビッチのいくつかはユエホワにあたってしまったけど、きらきらのヘビの子どもたちはちりぢりに飛んでいった。
 まてよ。
 さっきの私の背中のちくちく痛みももしかして、このヘビの子どもたちのしわざだったのか?
 まさかヘビの子どもたちがこぞって私の背中にかみついたとか?
「いーっ」私はぞっと身ぶるいした。
「こいつだ」ユエホワがにぎりこんだ手を私の方にのばしてみせる。
「なに?」私は箒を近づけて、ユエホワの手ににぎられているものを見た。
 それは、ユエホワの手から頭の先っぽと尻尾の先っぽの一センチずつしかのぞいていなかったが、たしかに小さいヘビの形をしていて、しかも色が頭もしっぽも金色だった。
「金色のヘビだ」私はびっくりした。
 でもどこかで見たことがある、と思った。
「はなせー」ユエホワの手の中でその小さなヘビはわめいた。「てめーらやっつけてやるー」子どもなのでそれは小さくてかん高い声だった。
「うるせえつぶすぞ」ユエホワがすごむとヘビの子どもはだまりこんだ。「お前らなんでキャビッチなんか持ってるんだ」
「えっ、キャビッチ?」私は目をまるくした。
「てめーらかってにはたけつくったー」ヘビの子どもはかん高い声でさけんだ。
「地母神界のやつか」ユエホワが私を見ていう。「あの畑、めちゃくちゃにあらされてたよな」
「あっ」私は急に思い出した。
 フュロワ神がキャビッチを植える前、畑の土をつくっていたときに、地下にあったアポピス類の巣をまきこんでしまったといっていたのだ。
 そしてそのあと、土の下から、卵からかえったヘビの――つまりアポピス類の子どもたちが飛び出してきて、てんでに逃げて行ってしまったんだっけ。
「じゃあそのヘビ、あのときにげてったアポピス類の子どもなのかな」私はユエホワの手を指さした。「でもなんでキャビッチ持ってるの?」
「やっつけてやるー」ヘビの子どもはそういったかと思うと、いきなり口から小さなキャビッチをぽん、とはき出した。
ほんの1センチあるかないかぐらいの大きさのものだ。
 それはまっすぐ私に向かって飛んできたが、箒がひょいっとかわすと、私がいたあたりでふっと消えた。
「え、さっきのあのちくちく痛かったのって、これがぶつかってきてたの?」私はまたきいた。
「たぶんな」ユエホワがかわりに答える。
「うえー」私は思いきり顔をしかめた。「きたなーい」
「てめーらやっつけてやるー」
「お前そればっかりだな」ユエホワが手を見て言う。「誰にそんな言葉おそわったんだ?」
 アポピス類の子どもはなにもこたえなかった。それ以外のことばをしらないのかもしれない。
「って、あれ」ふいにユエホワが顔を前に向けた。「あいつら、どこ行った?」
「え」私も前を見た。
 ほんとだ、アポピス類の五人の姿が消えてしまった。
 と思ったら、なにもないところからまた突然きらきら光るかたまりが投げつけられてきたのだ。
「うわっ」私とユエホワはすんでのところでそれをかわした。
 が、ちくちくちくっとまた、こんどは右腕に痛みがはしった。「いたたた」私もユエホワも身をよじる。
「あいつら、また消えたのか」ユエホワが顔をしかめながらいう。「ポピー、キャビッチと薬と両方くれ」
「うん」私はユエホワにそれを急いでわたした。
「ピトゥイ」ユエホワも大急ぎで唱える。
 たちまち五人のアポピス類が現れ出る。
「くそっ」
「隠せ!」アポピス類たちがどなる。
 ちかちかちか、と彼らの姿が点滅するように、ところどころ消えたり見えたりしはじめる。
「早くしろ」アポピス類がまたどなる。

 

葵 むらさきの著書

 

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魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 81

  • 2020.07.15 Wednesday
  • 08:17

JUGEMテーマ:小説/詩

 

「あのう」飛びながら私はユエホワにたずねた。「イボイノシシ界ってもしかして、地母神界のこと?」
「たぶんな」ユエホワはまっすぐ前を見て飛びながら答えた。「あいつらがさらに新しい世界とか国とかをつくってるんでなければな」
 私はそれ以上なにもいわなかった。
「それにしても、あいつら陛下の目を盗んで好き勝手やってくれてるってことだな」ユエホワはにがにがしげに言った。「まさかとは思うが、あいつらに寝返る鬼魔が出ないうちにつぶしといた方がいいな」
「つぶす?」私はぎくっとした。「闘うってこと?」
 ユエホワはなにも答えなかった。
「ちょっとちょっと」私はくいさがった。「まさかまたあたしにやれっていうんじゃないでしょうね」
「いつ性悪鬼魔が現れるかわからないからね」ユエホワが声をうら返して私のまねをする。「このキャビッチがあればだいじょうぶ!」背中のリュックをたたくまねまでする。
「いー」私は思い切り眉をしかめた。

 

 少し飛んだところで川に出た。
 川、というのか……やはりそれも黒味がかっていて、ぜったいにその中に入りたくもないし、たぶん魚なんかも一匹たりともすんでいないと思われた。
 その上を横切って飛んでいるとき、また
「あっ、ユエホワ」
と声がかかった。
 下を見ると、なんと川の黒味がかった水面から、ワニ型鬼魔のキュリアノ類が顔をのぞかせていた。
「どうした、ボーロ」ユエホワが空中で立ち止まる。
「さっき、アポピス類が来たぞ」ボーロと呼ばれた鬼魔は大きな口をぱくぱくと動かして話した。「血欲しいかいとかなんとかきかれた」
「えっ」私は眉をひそめた。
「そうか。五人ぐらいいたか」ユエホワはまたふつうに受け答えした。
「いや、一人だけだった。血はいらないけど食い物が欲しいって答えたら、またくるっていってた」
「そうか。もしまたそいつが来たら、ユエホワが探してたって伝えてくれ」ユエホワはそう言い残してまた飛び始めた。
 私はもう、なんのことかとはきかずにいた。
「一人だけってことは、あいつら手分けして鬼魔たちを勧誘して回ってるんだろうな」ユエホワは飛びながらひとりごとのようにそう言っていた。「やっかいだな」
 私は、早く帰りたいなあ、と思いながら、箒の柄にぶらさげたバスケットからプィプリプクッキーを取り出してほおばった。

 

 しばらく行くと今度は林の中に入った。
「あっ、ユエホワ」また地上から声がかかる。
 見るとまた人型に化けているものだったが、何の鬼魔なのかはわからなかった。
「アポピス類が来たぞ」やっぱりその鬼魔もそう言った。「目ぼしい貝があるっていってた。貝は食べにくいから他のものがいいっていったら、ため息をついてまた来るっていってた」
 ユエホワは前とおなじようなことを言って、私たちは飛び去った。

 

 つぎは山の中に入った。
「あっ、ユエホワ」こんどはワシ型鬼魔ディーダ類で、高く黒味がかった針葉樹の枝の上から呼んできた。「アポピス類が来て、貧乏神会に来いっていわれたけど、貧乏な神さまのパーティなのかってきいたらなにも言わずに帰っていった」

 

「アポピス類のやつらも、だんだんわかってきたようだな」山から飛び去りながら、ユエホワがつぶやく。
「なにが?」私はきき返した。
「鬼魔にむずかしい話をしようなんて、どだい無理だってことがさ」
「ああ……」私はうなずいた。
「まあとにかく、さっさとつかまえてあのいまわしい裁きの陣とやらへたたきこんじまおう」
「でも、どこにいるのかな」私はまわりを見回した。「もうあきらめて帰っちゃったんじゃない?」
「――また来るっていってたっていうから、最初のトスティのところにもどって待ってみるか」
「えー」私はうんざりの顔をした。「もう帰ろうよ」
「もうちょっと我慢しろ」ユエホワはえらそうに言った。「ここではっきりさせとかないと、今後めんどうなことになる」
「めんどうって?」
「また俺をさらおうとするだろ」
「おばあちゃんのとこにいればいいじゃん」私はテイゲンした。
 ユエホワはものすごく長いため息をついたあと「いやだ」と答えた。
「なんで」私は口をとがらせた。
「お前、さっきの鬼魔城にずっと住めって言われたらできるか?」ユエホワがきき返してきた。
「いやだ」私はソクトウした。
「だろー」ユエホワはうんざりしたような声で言った。
「えーっ」私は目を見ひらいた。「おばあちゃんちが鬼魔のお城と同じだっていうの? 言ってやろーおばあちゃんに!」
「ばかお前」ユエホワは一瞬あせったけれど「――まあ、別にいいか。もうあそこに行くこともないし」と言いなおした。
「えっ、なんで?」私はつい目をまるくしてきき返した。
「必要ないしね」ユエホワは飛びながら肩をすくめる。「いちばん知りたかったクドゥールグ様との闘いの話も聞けたし、伝説の魔女のキャビッチスローもじかに見ることができたし、まあいろいろ参考にはなったよ」
「えー、もう来ないの?」
「なに」ユエホワは半眼で私を見た。「俺がいないとさびしいの」
「いや、全然」私はソクトウした。「でもおばあちゃんとパパがさびしがると思うよ」
「知るか」ユエホワはぷいっと前を向いた。「人間のおもちゃじゃねえぞ俺は」
「なにその言い方」私は怒った。「さんざん世話になっときながら。そういうの、恩知らずっていうんだよ」
「感謝はしてるよ。でも馴れ合いにはならねえ」ユエホワは指を立てて宣言した。「だからお前から、ありがとうございました、さようなら、って伝えとけ」
「なに命令してんの。自分で言いなよ」私はぷいっとそっぽを向いた。

 

「いたな、ユエホワ」

 

 呼ぶ声がまた聞こえた。
 私は反射的に下を見た。
 けれどそこは野原の上で、鬼魔はだれもいなかった。
「ん?」私は首をつき出してよく下を見た。「だれ?」
「止まれポピー」ユエホワが私を呼び止める。「やつらだ」
 それを聞くのと同時に私はリュックをたたいていた。
 キャビッチが手の上にころがり出た瞬間、私の口はかってに
「マハドゥーラファドゥークァスキルヌゥヤ」
とさけんでいた。
 なんでかってにそうさけんだのかはわからない。自分の中にそういう、決まりのような、動きのパターンのようなものができあがっていたのかも。ルーティンっていうんだっけ?
「ディガム」直後にアポピス類のさけぶ声がした。
 姿は見えない。
「あれ」ユエホワがぽかんとした声で言う。「俺、動けるけど」
「ほんと?」私はとなりの黒味がかり緑髪を見た。
「二人がけ?」ユエホワが赤い目をまるくして私を見る。
「ん?」私は首をつき出してきき返したけど、その直後に
「ゼアム」
とアポピス類のつづけてさけぶ声がしたので、はっと前を向いた。
 とくに何も起きない。
「わかりにくいな」ユエホワがつぶやいたので、なにがわかりにくいのかときこうとした時「ポピー、キャビッチにあの緑の薬かけて、俺にかしてくれ」と早口で私に言った。
「えっ」私はわけがわからないまま、とにかく言われたとおりにして小さなキャビッチをユエホワに渡した。
「ピトゥイ」ユエホワがさけぶなり、なんとキャビッチがしゅるんと消えた。
 私が息をのむのと、五人のアポピス類の姿が現れるのとが同時に起こった。

 

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魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 80

  • 2020.07.09 Thursday
  • 19:34

JUGEMテーマ:小説/詩

 

「え」私は一歩しりぞいた。「なにが?」
 となりで片ひざついているユエホワはなにも言わず、こうべをたれたままちらりと私を横目で見た。
「このたび貴様は我が鬼魔界精鋭のユエホワを危機から救い、あまつさえ鬼魔同士のいさかいを食い止めたとのこと」鬼魔の陛下はそう説明した。「人間にしてはよい行いであった。ほめてつかわす」
「――」私はなんと答えればいいのかわからず、陛下ととなりのユエホワをかわるがわる見た。
「はは、陛下」ユエホワがかわりに答える。「もったいなきお言葉、ポピーは感激のあまりことばにもならぬ様子にございます。あわせてこたび、アポピス類のおこがましくもつくりし地母神界にて、私ユエホワとこのポピーは力を合わせ、鬼魔界への反乱などいっさいおこさぬよう宣告し誓わせてまいりました。今後万が一にも鬼魔界をおびやかそうときゃつらたくらむような事ございましたらば、このキャビッチ使い名手ポピーが、命にかえても鬼魔界を守護するとのことでございますゆえ、陛下におかれましてはどうぞご安心召されるようお願い申し上げます」つづけてえらく早口でそう話す。
「――」私はとちゅうから話の内容がよくわからなくなり、頭がことばを受けつけなくなっていた。
「うむ。よきにはからえ」陛下はうなずいたけれど、たぶん私とおなじでわかってないんだろうと思う。
「ははっ」ユエホワはさいごにもういちどこうべをふかくたれた後立ち上がって「ではこれにて失礼致します」とおじぎをし、くるっとふり向いた。「行くぞ」小さい声で私に言う。
「あ」私はもういちどユエホワと陛下をかわるがわる見て「さ、さよなら」といちおうあいさつし、ユエホワの後ろを小走りについて行った。
「ポピーよ」けれどもう少しでその黒味がかった部屋から出るところで、なんと陛下が私を呼び止めたのだ。
「えっ」私は立ち止まってふり向いた。
「え」ユエホワもおどろいたように小さく声をあげ立ち止まった。「なんだ」
「かつて貴様がここ鬼魔界に作りおったキャビッチ畑はその後どのような様子じゃ」陛下はそうきいた。「野菜はよく育っておるのか」
「――」私は一瞬、陛下がなにを言っているのかまったくわからなかった。
「はは、陛下」かわりにまたユエホワが答えた。「おかげさまでキャビッチは順当に、豊かにみのりつづけております」
「えっ」私は緑髪を見た。「なんのこと?」
「しっ」ユエホワがすばやく私をだまらせる。
「うむ」陛下はうなずいた。「今後もよく世話をするがよい。いちどわしも味見をしてみたいものだて」ふほほほ、と陛下はおだやかな雷のように笑った。
「ありがたき幸せに存じます」ユエホワがおじぎをする。
 私もいちおう小さくおじぎをして、やっと外に出られた。

 

「ねえなんのこと? キャビッチ畑ってなに?」私は黒味がかった鬼魔王の城……というのか、王のすみかを出たとたん、くさい庭を歩きながらユエホワにたずねた。
「おぼえてねえのかよ」緑髪(これも鬼魔界で見るとやっぱり黒味がかった緑に見える)は歩きながらはあ、とため息をついた。「前にここに来たとき、ゼラズニアってやつと闘っただろ」
「ゼラズニア……ああ」それはたしか、クドゥールグの孫とかいっていたリューダダ類だ。思い出した。
「あのとき、闘いに勝ったら鬼魔界にキャビッチ畑を作らせてもらうって宣告したろ、お前」
「ええっ」私は眉をしかめた。そんなこと言ったっけ?
「つってもまあ、実際には俺がその場ででっちあげた話だったけどな」ユエホワは歩きながら苦笑した。「まさか陛下がおぼえてたとはな。油断ならねえな」
「え、じゃあ鬼魔界に、キャビッチ畑があるってこと?」私はきいた。
「あるわけねえだろそんなもん」ユエホワは目を細めた。「たとえあったとしても半日もたたずに荒れるかくさるかするよ」
「えーでも味見したいとか言ってたじゃん陛下」私は背後に遠ざかる鬼魔王のすみかをふり向いて言った。
「だいじょうぶ」ユエホワは自信たっぷりにうなずく。「三秒で忘れてるさ」
 思い出した。
 前にここに来たときも今みたいに、鬼魔王とかその一族とか……ゼラズニアもふくめて、なんだか気の毒だなあ、と思ったんだった。サンボウのこいつにこんな風にこばかにされて、軽くあつかわれて。
 なんか、そんなに悪いやつらじゃないのかも知れないな、と。
 まあでも、人間にたいしてすごく横暴で悪さするのは、いやだけども。
「もう、帰っていいんでしょ。菜園界に」私はユエホワに言った。
「いや」なんと黒味がかり緑髪はキョヒした。「いちおうざっとパトロールしていく」
「なんであたしがそんなことしなきゃいけないの」私は文句を言った。「ユエホワが一人ですればいいじゃん」
「お前、一人で帰れるか? 菜園界に」ユエホワは目を細めて私を横目で見た。
「う」私はつまった。
「道わかんねえだろ」ムートゥー類は勝ち誇る。「しかたねえから後で送ってやるよ。だからパトロールにつき合え」
「ひきょうもの」私は肩をいからせたが、ユエホワはなにくわぬ顔で暗くよどんだ空に飛び上がった。
 しかたないので私も箒でしぶしぶついて行った。
 まあパトロールってことだから、ただあっちこっち見物しながらだまって飛んでいくだけでいいんだろう。
 そう思い直すことにした。
 が、大まちがいだった。

 

「あっ、ユエホワ!」
 最初にその声が聞こえてきたのは、城からしばらく飛びはなれたところにある黒味がかった花畑にさしかかったときだった。
「ん」ユエホワは下におりてゆき、自分の名前を呼んだ鬼魔――人間の形に化けている――を見た。「トスティか。どうした」
 私がユエホワのとなりにおり立つと、その人型鬼魔は私を見て「あっ、ポピーさま!」とさけんだ。
「えっ」私はびっくりした。「だれ?」
「私ですよ、オルネット類のトスティです」ユエホワよりちょっと年上に見える人型鬼魔は自己紹介をしたけれど、私はまったく記憶になく、眉をひそめて首をかしげた。
「前、泡粒界でキャビッチ使って大勢召還した鬼魔の一人だよ」ユエホワが私に説明し、それから「お前ももう召還魔法解けてるんだから『さま』つけなくていいよ」とトスティという人に説明した。
「あっ、そうか」トスティは目をまるくした。
「えっ、そうなんだ」私も目をまるくした。
「で、なんかあったのか?」ユエホワはトスティにきいた。
「あっ、そうそう」トスティはあたりをきょろきょろ見回して「さっきここに、アポピス類のやつらが来たんだけど」と言った。
「えっ」
「まじか」私とユエホワは同時に声をあげた。「なんていってた?」
「イボイノシシ界に来いって」トスティは大まじめな顔で答えた。
 私とユエホワは一秒の間ものが言えなかった。
「イボイノシシ界?」私がきき返し、
「あーそう、何人いた?」ユエホワはふつうに受け答えた。
「えっ、イボイノシシ界ってなに?」私はユエホワにきいた。
「あとで教えるから」ユエホワは手のひらを私に向け、ひきつづき「あいつらの姿はちゃんと見えてたか? 声だけしか聞こえないとかはなかった?」とトスティにきいた。
「えーとたしか、五人ほどいたよ。姿はちゃんと見えてた」トスティは鬼魔界のどす黒い空を見上げながら答えた。「おれ、アルフにきいとくって答えたらまた来るっていってた」
 アルフという名前はおぼえている。ユエホワがさっきいった泡粒界で、最初に敵として闘ったハチ型鬼魔オルネット類の親分だ。その後、なぜか私の召還魔法で味方にすることができたんだけど。
「そうか」ユエホワは少し考え「もしそのアポピス類たちがまたここに来たら、ユエホワが探してたって伝えてくれ。イボイノシシ界に行くのはユエホワがだめだと言ってたって、きっぱり断るんだ。いいな」
「あ、うん」トスティはすなおにうなずいた。「でも、なんでだってきかれたら?」
「有能で役に立ちそうな鬼魔はユエホワが自分で選ぶからと言っといてくれ」サンボウ鬼魔はまじめに答えた。
「わかった」トスティもまじめにうなずき、その後私たちは飛び立った。

 

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魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 79

  • 2020.06.30 Tuesday
  • 11:41

JUGEMテーマ:小説/詩

 

 私は寝る前、ツィックル便でヨンベに、菜園界へもどってきたことの報告と、明日学校でね、というメッセージを送った。
するとすぐに返事がきて、そこには
「ポピー、お帰り! 無事でよかった! 明日も学校はお休みだから、また二日後に会おうね。ゆっくり休んでね。」
と書かれてあった。
 あ。そうか。
 明日は、今回地母神界へ行くことになった人たちのため、特別にもうけられた休みなんだ――忘れてた。
 私は肩をすくめながらすぐに
「忘れてた! また二日後にね。ありがとう!」
と送り直し、それからほっと息をついた。
 なんだか、じわじわとうれしくなってくる。
 そうか、明日はゆっくり寝ていてもいいんだ。
 わーい!
 私はめざまし時計のセットをよろこんで切った。
 そうして最後に、もういちど窓ごしに月をながめてからベッドに入り、ぐっすりと眠った。

 

 翌日はいい天気だった。朝はあっという間にくるんだよね。
 いちおう時計を見るとなんと、いつも学校に行く日より一時間以上も早くに目がさめていた。
 でも私はふたたび眠りおちたりせず、すぐにベッドから出た。
 お休みの日はふしぎと、早く起きられるんだよね。
 今からなにをしようかな、とわくわくしながら、着がえて下におりる。
 だれもいない。
 父は地下の書庫で、ふくろうのユエホワを写生しているか、疲れて眠りこけているかだろうと思う。
 けど母までが私より遅いなんてことは、もしかしたらはじめてかも知れない。
 いつも、お休みの日でも早起きして朝ごはんをつくってくれているもんね。
 なのでだれもいないキッチンで私は、つくりおきしてあったプィプリプクッキーと、かんたんにつくったレモネードをバスケットに入れ、大きな音をたてないようにしながら外へ出た。
 いい天気だから、朝の散歩をしようと思いついたのだ。
 右手にバスケット、左手にツィックル箒、そして背中には、リュックを背負って。
 庭に出て、うーんとのびをする。
 気持ちいいなあ!
 鳥が、ピイピイ、とかチュンチュン、とか鳴いている。
 ああ、菜園界の朝だ。
 そう思った。
 平和な世界の平和な朝だ!

 

「おっはよん」

 

 そのひとことを聞くまでは。
 声は、ミイノモイオレンジの木の上から聞こえた。
「ほら、朝めし」声の主の鬼魔はそういって、枝の上からオレンジ色の果物をなげおとしてきた。
 私はあわてて箒を小脇にかかえバスケットを腕にかけて、両手でそれを受け取り「パパは?」と鬼魔を見上げてきいた。
「寝てるよ」ユエホワは軽く肩をすくめた。「書庫で」
「ふうん」このムートゥー類はおそらく、あの“ことばにつくせないほど美しい”ふくろうの姿で、通気孔からどろぼうのようにはい出てきたんだろう――私は想像してふきだしそうになったけど、こらえた。
「どこいくの」ユエホワはそうきいたけれど、私はとくになにもきめていなかったので、
「別に」と答えた。「散歩」
「ふうん」こんどはユエホワがそういった。「リュックにバスケットに、大がかりな散歩だなまた」
「性悪鬼魔がすぐ出てくるからね」私はまっすぐ彼を見上げて答えた。「いつでも攻撃できるようにしとかないと」リュックをかるくたたく。中身はもちろん、キャビッチだ。
「あ、そうだ」鬼魔はするっと話を変えた。「行き先きまってないんならさ、いっしょにあそこ行こうぜ」
「どこ?」
「あのほら、あそこ」ユエホワはちらっと空をさす。「前に行ったとこ」
「ん?」私は首をかしげた。「チェリーヌ海岸?」
「いやいや」ユエホワはかるく手をふってヒテイしたあと、ばさっと木の枝から飛び上がった。「じゃあ俺について来いよ。行こうぜ」また空を指さす。
「ん?」私は首をかしげながら箒にまたがり、飛び上がった。
 ああ。
 ばかだった。

 

 ユエホワはときどき私をふりむいて見ながら、よく晴れた空をどこまでも飛んで行く。
 私は風が気持ちいいことに、微笑みまで浮かべて、なにもうたがわずその後をついていった。
 キューナン通りをぬけ、チェリーヌ海岸も過ぎ、森の上を飛びはじめた。
 どこに行くんだろう。
 一回行ったところ……前にユエホワがいちど、アポピス類につかまってしまいしばりつけられていた、あの森か?
 でもそんなところにいって、どうするんだろう?
 なにかめずらしい木とか、見たことない鬼魔の仲間とかを教えてでもくれるつもりなのかな?
 ああ。
 ばかな私はそんなことをのんきに思っていた。
 相手はユエホワだというのに。
 この、悪だくみとずる賢さにかけては鬼魔界ズイイチの悪徳ムートゥー類だというのに!
「よし」しばらく飛んだあとユエホワはそういって、こんどは上の方にむかって飛び上がりはじめた。「ここから上がってくぞ」
「ん?」私はのんきに後からついて上がっていった。
 空は本当に気持ちのいい色をしていて、箒の上で私はふうー、と大きく息をつき目をとじたのだった。

 

 そしてつぎに目をあけたとき、私は大きな門の前にいた。
 あたりはどす黒い景色に変わり、ずむむむむ、とか、ぎいいいい、とか、ごぶごぶごぶ、とかいやな音が聞こえてきて、そしてものすごく、くさかった。
「ん?」私はもはや、のんきに首をかしげてはいられなかった。
 そこがどこなのかがわかるまでに、十秒かかった。
「よし」その間にユエホワは、もはや私の方に目もくれず、門の前に片ひざをついてこうべをたれた。「陛下。私ユエホワが戻って参りました」
 ずももももも。
 三秒ほどその音がしたあと、
「ごくろう。ユエホワ」
という雷の音が鳴り響き、

 

 ごりごりごりごりごりごり

 

という耳がハカイされるかと思うほどのでっかい音をきしませて、私の前の門の扉がゆっくりと開いた。
「ここ」私は、ぶるぶるふるえつつ左右にひらいてゆく扉を目で追いながら言った。「鬼魔界?」
「さすが」ユエホワはひとことだけ言い「じゃ、行こ」と当たり前に歩き出した。
「いや」私もひとことだけ答えた。「帰る」
「まあまあまあ、あいさつだけだからさ」ユエホワはなぜかにこにこしながら私の機嫌をとろうとした。「今後のほら、地母神界との平和と友好のためにさ」
「――」私は目をきょろきょろさせて考えた。
 たしかに、それは必要なことなのかも知れない――
「さ、行こ」ユエホワが私の腕をつかみ、さっさと歩き出した。
「いやよ」私は引っぱられながらハンシャテキにキョヒした。「なんでせっかくの休みの朝に鬼魔界を散歩しなきゃいけないの」
「だからひとこと物いうだけだって」ユエホワは片目をぎゅっとつむってふり向いた。「このあと、アポピス類たちとひともんちゃくあるかもだけど、これこれこういうわけでしてー、みたいな。それがすんだらもう自由にどこでも行けるしなにやってもおとがめないしさ」
「――」私はユエホワの説明を頭の中で整理しなければならなかったため、その間にだいぶ奥まで金色の爪の手によって引っぱられていったことに気がつかなかった。「いや、べつにあたし、鬼魔じゃないから、鬼魔の王さまに物いわなくても自由にどこでも行けるし」
 やっとそう言い返すことができたとき、私はすでに鬼魔王の目の前に立っていた。
「陛下。ただいま戻りました」ユエホワがふたたび片ひざをついてこうべをたれる。
「貴様は、ポピーか」陛下が、突っ立ったままの私を見て言う。
「あ」私の頭のなかでいろいろなものごとがぐるぐると回転し、すぐに返事ができずにいた。
「このたびは、殊勝であった」陛下はそんな私に向かって、そうつづけた。

 

葵 むらさきの著書

 

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魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 78

  • 2020.06.23 Tuesday
  • 07:46

JUGEMテーマ:小説/詩

 

 ばさばさばさ

 

 とつぜん、鳥の翼のはばたく音が聞こえ、私たちはそちらを見た。
すると。
「まあ」最初に声をあげたのは、祖母だった。「なんて美しいの」
 私たちが見たのは、一羽の鳥――小柄な、ふくろうだった。
 けれどそれは今まで見たこともない、色合いをしていた。
 頭から尾にかけて、緑から黄色、そして金色とグラデーションのように変わってゆき、翼と嘴もベージュがかった金色、そして目が赤かった。
 そのふくろうは屋根の上に降り立ってすぐ、人の形に変わった。
 でもそれが誰なのか、ばさばさいう音を聞いた瞬間からわかっていた。
「ふうー、やっと出てこれた」ユエホワが大きく息をついて言う。
「まあ、ユエホワ」祖母はこの上もなくしあわせそうに微笑み首をふる。「本当に、なんて美しいのあなたは」
「へえー」母も興味のある顔で言った。「本当の姿があれなのね。たしかに、きれいだわ。でも人間に見つかったらきっと捕まっちゃうわね」
「うん」ユエホワは苦笑した。「今も親父さんにつかまってた」
「まあ」祖母と母もいっしょに苦笑した。「ごめんなさい」
 私は、とくになにも言わずにいた。
 まあたしかに、色合い的にいえばきれいっちゃきれいだけど。
 別に、感動したりほめちぎったりするほどのことでもないし。
「で、何の話してたの?」ムートゥー類は子どものようにきょろきょろと皆の顔を見わたしてきいた。「平和に話し合うべきとかってちょっと聞こえたけど」
「この地母神界がどうして生まれたのか、いきさつを聞いてたところなのよ」母が説明する。「うちの母がクドゥールグを倒したおかげで、鬼魔界にクーデターの動きが出はじめたとかって」うふふ、となぜかおもしろそうに笑う。
「ああ……」ユエホワは逆に、なぜか悪いことをしたのがばれたときのように肩をすくめ、気まずそうにごまかし笑いをした。「あとさき考えないやつが多いから」
「それでアポピス類はあなたをさらっていこうとしたのね、ユエホワ」祖母が眉をひそめて言う。「鬼魔王に対抗する勢力となるために」
「うん」ユエホワはため息をつき「たく、自分勝手なやつらだよなあ」ぶつぶつ文句を言った。
「でもユエホワだってさ」私は前に一度だけ(そして二度目はぜったいにない)行った鬼魔界で見た光景を頭の片すみで思い出しながらいった。「別に鬼魔界の王様を尊敬してるとか、心からしたがってるとかいうわけじゃないんでしょ?」
「なにいってんだよそんなことねえよ」ユエホワはルーロのように早口で私の言葉をヒテイした。「俺は陛下を尊敬してちゃんとまじめに仕えてるよ」
「えー」私は眉をしかめた。「うそばっかり」
「本当だって。クーデターなんてさらさら起こす気ないし」
「平和主義なのね」母が言う。
「保守主義なのか」ギュンテが言う。
「いや、日和見主義だろ」フュロワが言う。
 ふふふふ、と風のような音がした。
 私たち全員がその方を見ると、なんとラギリスが、とても楽しそうに笑っていたのだ。
 私たちは一瞬びっくりしたあまり言葉をうしなったけれど、ラギリスはまたふふふふ、と笑って、そのあと「…………」と言った。
「え?」私と母と祖母とユエホワが首を前につき出した。
「ユエホワには感謝してるって」フュロワが伝えてくれたあと「えっ、なんで?」とびっくりしてラギリスにきいた。
「俺がきくとこだろそこ」ユエホワが口をとがらせる。
「…………」ラギリスは説明した。フュロワが伝えてくれたところによると「目の赤くないアポピス類の子たちと仲良くしてくれているから」だそうだ。
「まあ、すばらしいわ」祖母はまたしても感動に首をふる。「ユエホワは誰とでも仲良くできるのね」
「いやあ、あはは」緑髪は照れたように笑う。
 そうだろうか。
 私の顔はたぶん、すごくうたがい深い表情をうかべていたと思う。
 ぜったい、なにか情報を引き出すとか、利用するとか、そういう目的でくりくりくっついているだけだと思う。
 でも私はだまっていた。
 そう。
 怒られるもん。
 ふんだ。
「…………」ラギリスはさらになにか言い、フュロワが伝えてくれたところによると「なのでこれからも、なにもアポピス類とともに地母神界で暮らしてくれとはいわないから、どうか地母神界と鬼魔界の間で平和と友好確立の手助けをしてほしい」のだそうだ。
「ああ……まあ」ユエホワは慎重に考えながら答えた。「俺は鬼魔界の者だから、鬼魔界の平和を保つってことで、そりゃまあ、手伝いはするよ」
 ふふふふ、とラギリスがまた声もなく笑い、そしてなんと、すい、と前に出てユエホワの金色の爪の手を両手でにぎった。
「すばらしいわ」祖母はまたそう言った。「私たちが、この平和条約締結の証人というわけね」
「ちょっと大げさじゃない?」母が笑う。
「俺らもたしかに聞きとどけたからな」ギュンテが目を細める。「裏切ったりしたらどうなるかは覚悟しとけよ」
「しねえよ人聞きの悪い」ユエホワは気まずそうな顔で言った。
「お」フュロワが足もとを見おろして言う。「裁きの祈祷も、終わったみたいだな。お疲れさんラギリス、コツはつかめたか」
 問いかけにラギリスはうなずき「…………」と答えた。
「そうそう、そんな感じ」フュロワもうなずいたけれど、どういったコツなのかはまったくわからなかった。まあ人間には聞いてもわからないことだろう。

 

 そうして私たち菜園界の人間は、帰ることになった。
 魔法大生の三人は、卒業までの間はアルバイトのような感じで地母神界の聖堂にときどきやってきては裁きの祈祷の練習をするらしい。
 妖精たちは、地母神界の中で暮らしていくものと、私たちといっしょに菜園界へ戻るものとに分かれていた。
 神さまは、菜園界と地母神界の間を行き来しやすくするために特別なトンネルのような道をつくって下さり、当分の間はそこを通るときには神さまが見守っていてくれるらしい。もういないと思うけど、万一悪さをしようとたくらむ者がその道を通ったらすぐにつかまって裁きの陣へ送られてしまうわけだ。
 それを聞いたとき私はわざと、ちらりとユエホワを見てやった。
 ユエホワはすぐに気づいたけどなにも言わずにそっぽを向いた。

 

     ◇◆◇

 

 菜園界はすっかり夜になっていた。
 世界壁を抜けて最初に感じたことは「ああ、にぎやかだなあ」というものだった。
 でも夜なんだから、考えてみればどちらかというと静かだと思うほうがふつうだと思うのだけれど……それだけ、今までいた地母神界がものすごく静かだったってことだ。
 夜の菜園界には、風の音のほか小さな虫の鳴く音や、木々の葉っぱがゆれる音、こすれる音、あとそこかしこの家の中から聞こえる話し声やなにかをかたづけている音、ドアのしまる音、お祈りの文句、歌――数えきれないぐらいいろんな音があふれている。
 ほっと、私は息をついた。
「安心するわね」母がそんな私を見て笑いながらいう。「早く家に帰りたいわ」
「うん」私も笑いながら答える。
「んじゃ、俺はこれで」ユエホワがかるく片手をあげて飛び立とうとした。
が。
「ユエホワ」なんと父が呼びとめながら、緑髪鬼魔の足に抱きついてとめたのだ。「君、お願いだからどうかぜひ、今夜うちに泊まっていってくれたまえ」
「ええっ」ユエホワは度肝を抜かれたように裏声でさけびおののいた。「なんでだよ」
「君のあの、言葉につくしがたいほど美しい本来の姿をぜひ、スケッチさせてほしいんだ。たのむよ」
「いや、俺今日は鬼魔界に戻りたいから」
「そこをなんとか。それに今日はもう遅いし、疲れているだろう。うちでひと晩ゆっくり休んで明日の朝早くにたつといい。ねえぜひそうしたまえ、ユエホワ」
「いー」ムートゥー類は困ったような顔をした。
「そうね、それに森から聖堂へつれていく途中で、何人かの反乱分子のアポピス類が逃げだしたようだから」母がまじめな顔で言う。「このまま行くのは、危ないかもしれないわ」
「え」ユエホワは驚いた顔をして母を見た。
「うん、そうだね。そうしたほうがいいよ、うん」その間に父はぐいっと彼を地上にひっぱりおろしていた。
「そうね、ぜひそうなさいな」祖母までがすすめる。
「――わかった、けど」ユエホワはうつむく。「スケッチっていっても俺、眠りこけちゃうと思うけど」
「もちろんそれでかまわないとも」父がうれしそうににっこりとする。「君はぐっすり眠っていてくれたまえ。ぼくはひと晩かけて、あらゆる角度から君を写生させてもらうから」
「――」ユエホワはことばもなかった。

 

葵 むらさきの著書

 

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魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 77

  • 2020.06.16 Tuesday
  • 08:51

JUGEMテーマ:小説/詩

 

 席についてあらためて裁きの陣の方を見てみると、陣の中には人間型のアポピス類たちが十人ほどかたまって立っていた。
森で、火起こし妖精の助けを受けながら私たちキャビッチスロワーと闘った者たちの一部だろう。
 ケイマンはひきつづきそのアポピス類たちに向かい、祈祷文句をとなえつづけていた――ときどき修正されたり、つっかかったりしながら。
 そしてときどき、陣の中のアポピス類たちがうめき声をあげたり、がっくりとうなだれたり、逆に天井の方にあおのいたりしていた。
「あれって、苦しいのかな」私はそっときいた。
「うん」父が、眉をひそめて答える。「心を改めたと認められるまでは、これがつづくんだよ」その表情は、まるで自分があの陣の中で裁きを受けている者のように、苦しそうにゆがめられていた。
 父は、本当に鬼魔が好きなんだなあ。
 あんな、人間と見ると襲いかかったり傷つけたり、家や畑やなにもかも、とにかくめちゃくちゃにあらし回ることしか思いつかない、いやな生き物たちなのに。
 私は少しだけ口をとがらせた。
 ていうか、森で私たちと闘ったのはもっとたくさんいたはずだけど……どこにいるのかな?
「ほかのアポピス類たちは?」私はまたそっときいた。「森でたたかったやつ」
「ああ」父は聖堂の壁の方をそっと指さした。「つかまえられて、見張られているよ。いちどきに全員は入れないから、十人かぐらいずつ、裁きを受けさせているんだ……でも中には、まんまと逃げだした者もいるみたいだな」また眉をひそめる。「キャビッチスロワーたちが箒で追ってはいるけれど」
「あと何回やるのかしら、これ」母もそっと言葉をはさんできたけれど、その顔はあきらかに退屈していた。「ずっと座ってるのも疲れるわ」
「そんなこと言うもんじゃありませんよ」祖母が娘である母をたしなめる。「神聖で大事な儀式なんだから」
「はーい」母はうつむいた。
 そのあと、ケイマンの唱えていた文句は終わり、アポピス類たちもやっと裁きの陣の外に出ることができた。全員くたびれはてた感じでがっくりと肩を落とし、とぼとぼと聖堂の外へ出ていった。
 そして次のアポピス類が、やはり十数人ほど聖堂の中につれてこられ、全員いやがっていたが菜園界のキャビッチ使いたちにつかまえられて裁きの陣の中に立たされた。
 こんどはサイリュウが、裁きの祈祷文句を唱えはじめた。
「汝らみなさんは」
「汝らは」
「さいでございますね、汝らさまはここ裁きの陣におかれましてでございまして」
「裁きの陣において」
「さいでございますね、裁きの陣でございますここにおきましてでございまして」
「これは長いわね」祖母がそっと言う。「見つからないように外へ行きましょう」
「えっ」私が祖母を見たときにはすでに祖母と母は姿勢を低くして椅子の列から外に出ようとしているところだった。
「ははは」父がそっと苦笑する。「いちばん後ろの席がいいというからたぶん、こうなるんだろうとは思っていたよ。ポピーもついていくかい?」
「えと、パパは?」私はいちおうきいた。
「ぼくは後学のために、最後まですべてを見届けたいと思うよ」父は真剣な顔で裁きの陣の方をまっすぐに見つめながらそっと答えた。
 私はというと、神さまごめんなさい、やっぱり外に出た。
 うーん、とぬけ出した三人で思いきりのびをする。
「申しわけないけれど、つき合いきれないわ」母が頭上に腕を思いきりのばしながら言う。
「まあ裁きの儀式が終わったら、あとはもう菜園界に帰るだけでしょうから、ゆっくり観光でもしていましょう」祖母はそう言って、さっさと箒にまたがった。「大工の人たちや、ほかの祭司さまたちはどこにいるのかしら」
「ポピー」そのときどこか遠くから、私を呼ぶ声が聞こえた。
「えっ」私がきょろきょろとまわりを見回すと、
「ここだよ」また声が聞こえた。「聖堂の上」
「えっ」私はまたおどろき、母や祖母もいっしょに、箒で聖堂の屋根の上へ向かい飛んでいった。
 するとそこにはなんと、フュロワとギュンテとラギリスとがのんびりすわってひなたぼっこをしていたのだ。
「まあ、神さまたち」母がおどろいて言う。「こんなところでなにをなさっているの?」
「裁きの儀式が行われているから、祈祷の文句に答えるやり方をこいつに教えてたんだ」フュロワがラギリスを親指でさして答えた。「祈祷する方もされる方も不慣れで時間かかっちまって……悪いことしたね」苦笑する。私たちがぬけ出してきたことを知っているのだろう。
「ごめんなさい」私は目をぎゅっととじて謝った。
「まあ失礼、おほほほ」祖母は笑い、
「あ、すいません」母は肩をすくめた。
「けれどここにいるのも日が照りつけて暑くはならないの?」祖母は空を見上げ、神さまたちを心配した。
「だいじょうぶ」ギュンテが自分の水がめを両手でふりながら笑う。「暑くなったら水浴びするさ」
「まあ、おほほほ」祖母はまた楽しそうに笑った。
「ねえ、神さま」母は箒から聖堂の屋根の上に降り立ち、質問した。「この世界――地母神界って、どうしてアポピス類たちにあてがわれたの?」
 フュロワとギュンテはラギリスを見た。
 ラギリスは母をまっすぐに見て、少し考えるように間をおいた後「…………」と答えた。
「え?」母は首を前につき出してきき返した。
 祖母と私はなにも言わずにいたが、おなじように首を前につき出した。
「鬼魔界の王と対等に交流できるようになりたいと考える者がいるからだって」フュロワが伝えてくれる。「アポピス類のほかにも、ここんとこそう考える若い鬼魔たちが増えているんだ」
「まあ」祖母が目をまるくする。「時代は変わったのねえ」
「そう」フュロワはにっこりしてうなずく。「変えたのはミセスガーベラ、あなたですよ」
「えっ」私と母は目をまんまるくして祖母を見た。
「あらまあ」祖母は口をおさえる。「そうだったの」
「ええ」フュロワもギュンテもラギリスも、ふかくうなずいた。「鬼魔界四天王クドゥールグ、あいつが人間のキャビッチスローによって倒されるなんて、それまで誰も想像したことさえなかった」
「神さまも?」母がきく。
「神たちも」フュロワとギュンテがうなずく。「そしてそのことは鬼魔界すべてに知れわたり、衝撃をあたえ、歴史上の大事件として後世に語りつがれた――やがて、鬼魔王や大臣たちに任せていては、いずれ鬼魔界が人間の手によって壊滅させられてしまうのではないかと考える者が現れたんだ」
「反政府分子ね」母がうなずく。「それが、アポピス類?」
「に、限ったことではないけれど、思想として体系化することにいちばん長けていたのはアポピス類だ。彼らは鬼魔王と対等の立場になりたいと願うようになり、堂々と王に対して意見を言うようになり、ついには水面下で反乱を企てる者まで現れた」
「まあ」祖母がため息をつく。「物騒ねえ」
「人間でも鬼魔でも、若いやつってのは気持ちがはやりやすいからな」ギュンテが苦笑する。「でもラギリスは、闘うんじゃなくて平和に話し合うべきだってことを、ずっと声を大にして主張してきたんだ」
「声を大にして?」私と母が同時に同じことをきき返した。
 それこそ、想像さえできなかった。

 

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魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 76

  • 2020.06.09 Tuesday
  • 16:04

JUGEMテーマ:小説/詩

 

 私たちはまず、森へ向かった。
 母たちに任せてきた“話し合い”がその後どうなっているのか、確かめるためだ。
「あんまり、気がすすまねえな」ユエホワが飛びながらそう言ったけれど、私もおなじ想いだった。
 話し合いは、無事に終わったんだろうか……たぶん、終わってないと、思う。
 へたをすると、またキャビッチ投げ対アポピス類の魔力攻勢がくりひろげられているのかも知れない。
 けれど、森の中はしずかだった。
 物がぶつかる音や、呪文を叫ぶ声や、悲鳴や怒鳴り声などは、まったく聞こえてこなかったのだ。
「静かね」祖母が飛びながら言う。
 本当に静かだ。この世界の森には、鳥も、小さな動物も、大きな動物も、いない。いるとすれば、アポピス類と妖精だけだ。
 なので何の鳴き声もしないし、かさかさと動きを感じさせる音もしない。
 風の音だけだ。
「あっ」けれどとつぜん、祖母のバッグの中からハピアンフェルが声をあげた。「粉送りたちがいるわ!」
「まあ、本当に?」祖母が飛びながらバッグを見おろす。「どこにいるの?」
「この先よ」ハピアンフェルは(たぶん)バッグの中から前の方を指さして教えた。「きっと森の木を枯らそうとしているんだと思うわ」
「まあ、大変」祖母は肩をすくめた。「急ぎましょう」
「アポピス類はいないのか」ユエホワが祖母の後ろを飛びながらきく。
「いないわ、ユエホワッソ」ハピアンフェルが緑髪の名前をまちがえて呼んだけれど、自分では気がついていないみたいだった。「どこへ行ったのかしら」
「ああ」空の上からギュンテの声が聞こえた。「アポピス類たちは、裁きの陣まで連れて行かれたみてえだ」
「えっ」私は上を見上げた。
「まあ」祖母もおどろいて見上げた。
「誰が連れてったんだ?」ユエホワも見上げてきいた。
「ラギリスだあ」ギュンテは、どこかほこらしげに胸をはって答えた。「やっとあいつにも、神としての自覚がめばえたんだな」
「へえー」私は感心した。「すごい」
 あの、ひそひそひそ、とささやくだけで何を言っているのかまったくわからない神さまが、あの乱暴なアポピス類たちをひとまとめに捕まえたんだろうか。
「ほんとかよ」ユエホワはどこかうたがっていた。「フュロワがやったんじゃねえの」
「ははは」ギュンテは笑った。「まあここは地母神界だ。ラギリスに花を持たせてやろうぜ」
「えっ」私はギュンテとユエホワを交互に見た。なんというか、大人の事情があるような感じがした。
 それはともかくとして、私たちはさらに前へ飛びつづけた。
「みんな」やがてハピアンフェルがまた呼びかけた。「私よ。ハピアよ。粉送りのみんな」
 私たちは全員止まった。
「ハピア」
「ハピアだ」
「お帰りなさい」
「どこに行っていたの」
「だいじょうぶなの」小さな声が答える。
 それは水流したちのときとはちがい、なんというのだろう……小さな、植物の種がぷちぷちぷち、とはじけるような、そしてやっぱり耳にくすぐったいような、ひびきだった。
 ハピアは、水流しの妖精たちに話したときと同じく、粉送りたちにいまやっていることをやめるよう説得した。
 そして粉送りたちはやはり、アポピス類は自分たちの話を聞かないから闘わなければならないと主張し、私たちが「すべてのアポピス類をやっつける」からだいじょうぶという話になり、粉送りたちはわかってくれた。
 でも、悪いアポピス類はもう、裁きの陣につれて行かれたんじゃなかったっけ?
 あとのこっているのは、あの、聖堂でいねむりしていた、なんというか、ぼけーとしたアポピス類たちだけだと思うんだけど……あの人たちも全員、やっつけないといけないのかな?
 私は首をひねりながら、とりあえず祖母たちといっしょに聖堂へもどることとなった。

 もどって最初に私たちが口にしたのは、
「うわあ」
「まあ」
「へえー」
という、とにかくおどろきの声ばかりだった。
 なぜかというと、聖堂が――なんとあのぼろぼろに壊されていた聖堂が、ちゃんと元どおりの姿にもどっていたからだ。
 すごい!
「すごーい」私は思ったままを口にしていた。「魔法みたい」
「あははははは」なぜかユエホワが空を向いて大笑いした。「それうけるー」
「なにがおかしいの」私は怒ったけど顔が赤くなるのがわかった。まあたしかに「魔法みたい」なんて、三歳か四歳ぐらいの子どもがいうせりふでは、あるけれど……
「だって魔法って、あはははは」ユエホワはお腹をかかえてまだ笑う。「あれか、キャビッチ投げつけて修復したのか」
「そんなこと言ってないし」私もますます顔が赤くなるのを感じながら言い返した。
「魔法みたいだろ」ふいにギュンテがそう言いながら、ユエホワの頭を小脇にかためた。「俺たちがすこーしだけ、手伝ったからな。キャビッチじゃなくて悪かったけども」そうして私にウインクする。
「あいたたたた離してっ」ムートゥー類が悲鳴をあげる。
「あはははは」こんどは私がお腹をかかえて笑い返してやった。
「まあ、楽しそうね」祖母もほほほほ、と笑う。
 私たちはともかくも、聖堂の中に入った。
「あなたたちは」誰かの声が聞こえる。
「汝らは」小さな声がつづく。
「汝らは」さいしょに聞いた声の人が言い直す。「ここ神の地において、心をとぎすませ、神に許しを請い、そして、えーと」
「三回まわって遠吠えしろ」
「穴を掘るのではございませんでしたでしょうか」
「あれっ」私は目をまるくした。
 どこかで聞いた声だなと思ってたら。
「なにやってんだ、あいつら」となりでユエホワがあきれたように言った。
 それはケイマン、サイリュウ、ルーロの魔法大生三人組だったのだ。
 彼らは、裁きの陣のそばに並び立ち、陣の中に向かって何かことばをかけつづけていた。
「遠吠えも穴掘りもしない」声をひそめながら三人にテイセイをしているのは、菜園界の祭司さま――ルドルフ祭司さまではない人だった。「正しき道をゆき正しき行いをまっとうすることを誓わなければならない」
「ぜんぜんちがうじゃないか。頼むよ」ケイマンが困ったような顔で言う。
「そもそも人に頼らないで自分でおぼえろよ」ルーロが不服そうに早口で言う。
「でございますですが、穴を掘るのがどこかに出て来てはおりませんでしたでしょうか、たしか」サイリュウがしきりに首をひねりながら言う。
「穴掘るのはあれだろ、ビューリイ類が建てものをぶっこわした時につかう文句だろ」ユエホワがいつのまにか三人の中にすべりこんで言葉をはさむ。「『汝穴を掘ることをみずから制せよ』かなんかで」
「さいでございましたですね、ええ」
「あれ」
「お前どこ行ってたんだ」三人は目をまるくした。
「それはこっちのせりふだよ。てかなんでお前らが祭司のまねごとしてんだよ」ユエホワが口をとがらせる。
「おれたち、ここで裁き役やることになったんだよ」ケイマンがてれくさそうに頭をかきながら説明した。
「お前らが? まじで?」ユエホワは声を大にしておどろいた。
「ええっ」私もおなじくおどろいた。
「まあ、すてきだわ」祖母は感動していた。「本当にそうなるなんて、すばらしいわ」
「さよう」祭司さまが小さく声をはさむ。「今まさに、その裁きの儀式をとりおこなっておるところじゃ。静粛に」
「あ」
「まあ、ごめんなさい」
 私たちは裁きの陣からはなれた。
 よく見ると私たちの後ろにならぶ椅子には、菜園界の人たちが皆静かにすわっていたのだ。
「母さん、ポピー、ここよ」後ろのほうで母が立ち上がり、手まねきする。
 私たちはいそいで移動した。
 ユエホワはついて来ず、椅子がならぶところからは少し離れて壁ぎわに立っていた。
「すごいな、ユエホワは」父がしきりに首をふりながらため息まじりに言う。「人間界の祭司が使う裁きの祈祷句まで知ってるなんて。さすがだ」
「本当ね」祖母がふかくうなずく。「彼はすばらしいわ」
「ほんとによく勉強してるのねえ」なんと母までが、緑髪を――あれほど嫌っていたやつを、ほめる。
「それだけいっぱい裁きの陣につれてかれた苦い思い出があるんじゃないの」と私は言いたかったけど、だまっていた。

 

葵 むらさきの著書

 

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魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 75

  • 2020.06.02 Tuesday
  • 11:19

JUGEMテーマ:小説/詩

 

 そうか。
 ギュンテは水がめの神さまだから、水が世界のどこにあるかは当たり前にわかるんだ。
 そうだよね、だからさっきみたいに水――というか雲を呼び寄せて雨を降らせることができるんだ。
 そんなことを思い、私はひとり、うなずきながら箒で飛んだ。
 ギュンテの乗る小さな雲を追って。
 私の少し前を祖母の箒が飛び、なぜか私の横をユエホワが飛ぶ。
「泡粒界に行ったとき話したこと、おぼえてるか」ふいにユエホワが飛びながら言う。
「泡粒界?」私はききかえした。「サルシャ姫のこと?」
「じゃなくて」緑髪は大急ぎでさえぎった。「あの世界が人間界の水を管理してるっていっただろ。この世界の水もそうなのかなってさ」
「ああ」私はまたうなずいた。「でもここは、人間界じゃないし」首をかしげる。「ちがうんじゃないの?」
「うーん」ユエホワは飛びながら腕組みした。「やっぱそうかなあ」
「ききにいってみたらいいじゃん」私は横目でムートゥー類を見ながらテイアンした。「泡粒界に。サルシャ姫ー、って」
ユエホワはだまっていた。
「会いたかったよーって」
「うるせえな」赤い目がにらみかえしてきた。「だまってろ」
 私はふきだすのをこらえて前を向き、祖母についていった。
 サルシャ姫というのは私より少し年上の泡粒界のお姫様で、ユエホワがカタオモイしていた相手だ。かわいそうな鬼魔だなあ。

 

 しばらく飛ぶと、きらきらきら、と遠くでなにか光るものが見えた。
 さらに飛ぶと、それは水で、私たちのゆくてに川があらわれたのだ。
「うわあ」私は思わず声をあげた。
 川のまわりは荒れた大地で、草も少なく、生きものの姿も見えない。
 そんな中でその川は、ふしぎなほどゆたかな水をたたえ、ゆったりと流れていた。
 幅は、さっきまでいた聖堂が三つぐらいはゆうに入るほどある。
 深さは、ぱっと見ただけではわからない……水は透明で、空の色を美しく映していた。
 水底の砂や石なんかが見えないということは、だいぶ深いんじゃないかと思う。
「ここにいるのか?」ユエホワが雲の上のギュンテを見上げてきく。「妖精が」
「うん」ギュンテが顔をのぞかせてうなずく。「水の中にいる。けどなかなか苦労してるみたいだな」
「苦労?」私はききかえした。
「ああ。こんだけたくさんの水を枯らすとなると、相当の力が必要になるだろうからな……力つきて沈んでしまうやつが次々に出てるようだ」
「えっ」思わず箒の上から川を見下ろす。「妖精たちが?」
「ああ」ギュンテはまたうなずいた。「なんでそこまでしてこんなことすんのかな」
「それだけ、意志がかたいということでしょうね」祖母も、箒の上から川を見下ろしながら言う。「アポピス類に立ち向かうという、反骨の意志が」
「ガーベランティ」祖母のバッグの中からハピアンフェルがふわりと姿をあらわした。「なんとかして、このことをやめさせたいわ……どうすればいいのかしら」
「そうね」祖母は微笑む。「まずは呼びかけましょう」
 そうして私たちは、ゆったりと流れゆく川に向かって、箒の上から呼びかけはじめた。
「おーい」
「妖精さーん」
「水流しのみんなー」
「出てきてちょうだーい」
「もうやめてー」
「水から出てこーい」
 けれどどれだけ呼びつづけても、川の流れも、水面のようすも水中のようすも、なにも変わりはなかった。
「ふう」祖母がため息をつき、
「だめだあ」私が音をあげ、
「ほんとにいるのか」ユエホワが疑い、
「いるわ。存在は感じるの」ハピアンフェルが主張する。
「わかった」ギュンテが雲の上から声をかけてきた。「じゃあ、あんまりしたくはなかったが、ひっぱり上げてみよう」
 そうしてギュンテは、水がめを抱えて雲からぴょんと飛び降りた。
 はっとおどろく私たちの目の前で水がめの神さまはふわりと空中にたたずみ、両手に水がめを、逆さにして持ち、体の前にさし出した。
 すると。
 きらきらきら、とかがやく川の水が、霧のようになり、水面からどんどん上に上がってきて、ギュンテの水がめの口の中にすいこまれはじめた。
「わあ」
「まあ」
「うわ」私たちはそれぞれ声をあげた。
「みんな」ハピアンフェルは仲間たちを呼んだ。
 よく見ると、霧をなしていたのは川の水ではなく、小さな水流しの妖精たちだったのだ。
「みんな、私よ。ハピアよ。水流しのみんな、だいじょうぶ?」ハピアンフェルは、ギュンテの水がめの中にどんどんすいこまれていく妖精たちに声をかけつづけた。「私ね、今菜園界の人たちといっしょにいるの。菜園界の人たちが今この世界に、地母神界に、神さまといっしょに来てくれているの。アポピス類たちとも話し会いをしてくれているのよ。だからもう、あなたたちが命をかけてまでたたかわなくてもいいの」
 水がめにすいこまれつづけている妖精たちからは、返事が聞こえてこなかった。
「返事できねえんじゃないのか」ユエホワがつぶやく。「あんなにすいこまれてちゃ」
「そか」ギュンテは言って、水がめをひょいっと上に向けた。
 霧はさあっとまわりに広がり、きらきらきら、とこんどは上から降ってきた。
「ハピア」
「ハピア」
「おかえり」
「ハピア」
 霧の中から、ほんとうに幻のような、かすかな声がちらちらちら、ときこえ、耳にくすぐったいような感じをおぼえた。
 水流しの妖精たちだ。
「妖精さん」私は無意識のうちに呼びかけていた。「こんにちは」
「ガーベラだ」
「ほんとだ」
「ガーベラだ」
「キャビッチ使いのガーベラだ」
 小さな妖精たちがそう言って、私の頭の上や肩の上にふわふわ、きらきら、と舞いおりてきた。
「こんにちは、ガーベラ」
「こんにちは」
「あなたはすごい人だわ」
「鬼魔の四天王の一人を倒したとうわさで聞いたよ」
「すごいよ、ガーベラ」
「えと、あの」私はきょろきょろとまわりを見回しながら、口ごもった。
「その子はガーベラじゃねえぞ」ギュンテが空中から妖精たちに声をかけてくれた。「ポピーだ」
「ガーベラは私ですよ、みなさん」祖母が自己紹介をしたあと「ほほほほ」と口をおさえて笑いだした。
「ははは」ユエホワも、ごく小さく笑っていた。
「ええっ」
「あなたが?」
「鬼魔とたたかったんですか?」
「あなたが? 本当に?」妖精たちはものすごく衝撃を受けていた。
「ええ。もう何十年も前にね」祖母はうなずいたが「あらでも、ついさっきも闘ったわね、鬼魔と」と、訂正した。
「そうだぞ、お前ら」ギュンテが腰に手を当てて小さな水流したちをたしなめる。「ガーベラさんはこう見えてもものすっげえ強ええんだぞ。失礼なこというな」
「こう見えても、ってのも失礼だろ」ユエホワがつぶやく。
「ほほほほ」祖母はあまり気にしているようすもなく笑っていた。
「みんな」ハピアンフェルがあらためて水流したちに呼びかける。「もう水を枯らすのはやめて。せっかくラギリス神さまが用意してくださったこの世界を、だいなしにしてはいけないわ。私たちはアポピス類と話し合って、闘うことなく平和に暮らしていくべきよ」
 その言葉に、私たちは全員うなずいた。
 だけど妖精たちもうなずいたのかどうかは、見えなかった。
「無理だよ」
「そうよ、無理だわ」
「アポピス類は私たちの話なんか聞いてくれない」
「私たちは奴隷のようにこき使われるだけ」
「闘うしか方法はないよ」
「そう、俺たちみんなが平和に生き残るためには」
「闘うしかないんだ」
「そんなことない」私は思わず反対していた。「神さまだって来てくれてるし、聖堂もつくったし、あと裁きの陣の使い方も教えてもらえるし」
「そう」祖母がつづけて言う。「あなたたちを苦しめる悪いアポピス類は、私たちキャビッチ使いが今からこらしめるわ。だから安心してちょうだい」
「えっ」
「本当に?」
「ガーベラさんがやっつけてくれるの?」妖精たちはざわめきはじめた。
「ええ、そうよ」ハピアンフェルがうけおう。「そしてポピーも。他の皆も」
「やっつけるっていうか、裁きの陣で」私は訂正しかけたけれど、
「ポピーも、すっげえ強ええんだぞお前ら。もうあっという間にアポピス類なんか全滅だあ」ギュンテが大声でつづけたのでかき消された。
「うわあ」
「すごい」
「たのもしいな」
「お願いします」
「アポピス類を」
「全部やっつけてください」妖精たちはいっせいに水の中から飛び出してきて、口々にさけんだ。小さな声がたくさん重なって、さわさわさわ、と川の水の流れるような音になった。
「まあ」ユエホワがぽつりとつぶやく。「裁きの陣につれてかれるよりは、キャビッチくらった方が苦しむ時間が短くていいけどな」
「そうなの?」私はきき返したけど、心の中では今からいったいどうなるのか、悪い予感がしてしかたなかった。

 

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