葵マガジン 2020年03月28日号

  • 2020.03.31 Tuesday
  • 18:20

JUGEMテーマ:小説/詩

 

◇◆◇◆聡明鬼◆◇◆◇


第93話 見たものと聞いたもの(全100話)

 

 邪悪なる爪が、束ねていた髪を解き掴み引きちぎろうとする。
 斬妖剣にてその手ごと斬り飛ばす。
 すぐに次の爪が踊りかかってくる。
 縦に二分する。
 次の爪、返す剣で切り裂いてゆきその先にある鬼の首ごと刎ねる。
 剣は次第に重くなる。
 鬼を斬ったところで血を吸うわけではないけれども、邪気とでも呼べる禍々しき妖の匂いがまとわりつき、重なってゆくのだ。
 リンケイの腕にも脚にも、背にも首にも、鬼どもの邪悪なる爪が次々に伸びて来、食い込んでくる。
 陽世にいた頃と大いに違うのは、ここ陰鎮鷲椶任瞭い――或いはこれほどまでに大勢の敵との闘い――においては、思う様高く跳び地を蹴り剣を振り切ることが叶わぬという、窮屈な闘い方を強いられるということだった。
 それはいわば、呼吸が思うように出来ぬことと同じであった。
 思う存分、大気を肺に吸い込むことが出来ぬ、そういった状態において生死を賭した機敏なる動きをせねばならぬという事だ。
 予測を遥かに上回る、これは過酷な闘いであった。
 それを想うリンケイはだがやはり、そのことを面白きこととして受け入れるのだ。
 ――なるほどな。
 心の裡で、頷く。
 陰鎮鷲椶帽圓たがる自分を「趣味の悪い」と言い捨てていた聡明鬼、リューシュンを思い出す。
 確かにこれを面白いと想うのは、趣味が悪いと謗られても仕方のなき事であろう。
 その、リューシュン。
 今はどこで、何をしているのか。
 否、どこで鬼どもと闘っているのか。
 ――それとも、テンニと対峙しているかな。
 リンケイはそう想う。
 リューシュンの方が先に、テンニと相見えているのかも知れない。
 それならば、是非とも自分も共にその場へ馳せ参じたいところだ。
 この尽きることなき鬼どもの爪を討ち払い、諸悪の根源たるテンニの打鬼棒をリューシュンと共に討ち砕きたい。
 ――龍馬の助けも頼めぬ所だからな。
 リンケイはまたそうも想う。
 そう、陽世にて敵と闘う時には、リョーマが背後から魔焔を吹き有象無象を焼き尽くしてくれていたのだ。
 今は、その助けがない。
 その時突然、一頭の龍馬の姿が浮んだ。
 はっ、と目を見開くが、刃の動きを止めることはできない。
 剣を振りながらリンケイは、一瞬脳裏を過っていったその姿を今一度思い起こそうとした。
 ――この、龍馬……
 どこで見たものか。
 それは、暗く光の届かぬ洞窟の、ぬめぬめと濡れた岩の壁の上に、浮き出るように存在していた――

 

「テンニ」

 

 突如聞えた甲高い叫び声に、再びはっと息を呑む。
 見上げる眸に上から覆い被さろうとしてくる鬼の巨体が迫る。
 それを刃の切っ先で迎え、貫かれながらもリンケイの黒髪に爪を立てる鬼の腹を力任せに蹴りつける。
 鬼の体は剣から抜けてどさりと倒れ、たちまち他の鬼どもに踏みつけられる。
「スルグーン」
 リンケイは続けて剣を振るいながら、聞えた叫び声に応えて叫んだ。
 ――そうだ、あの龍馬は――
 叫びながら、思い出す。
 あの龍馬は、この声の主スルグーンが、突然何かに憑かれたかのように無心に岩肌に刻み込んでいたものだった。
 それはスルグーンの友であり、そしてそれは恐らく――
「陰陽師」
 だがその想いを断ち切るかのように、スルグーンの鋭く尖った嘴が疾風のごとくに降りて来、リンケイに掴みかかろうとする邪悪な爪を刺して退けた。
「スルグーン」呼ぶ。「聡明鬼はどうした」
「あっちで闘ってるチイ」スルグーンは言うが、あっちとはどの方向なのかまでは示さない。「テンニはここにいるのかキイ」
「いない」リンケイは微かに首を振りつつ剣で鬼を貫く。「だが近くにはいるはずだ」
「この鬼どもが多すぎて見えないチイ」
「恐らく陽世で大量に人間の殺戮が行われたのだろうな」リンケイは肩と背に爪の傷を受け顔をしかめながらもその爪の元をたたき斬った。「そして今も、今後もだ」
「きりがないキイ」スルグーンは唸るように言い、再び上空高みへと飛び上がる。「テンニ。どこにいるチイ」

 

 びょう

 

 音に、リンケイは目を見開いた。
 見ずともそれは見えた。
 斬妖剣――テンニの持つ、刀だ。
 スルグーンを狙って、放たれたものだ。
 見上げたいと思うが、先ずは目の前の、そして背後の鬼どもを捌かねばならない。
「スルグーン」
 陰陽師はただ叫びながら剣を振るい続けるしかできずにいた。
 返事はないが、雷獣の断末魔の叫びも聞えてこない。
 きっとあいつにも察知できたものであろう――

 

「聡明鬼」

 

 スルグーンの叫びは、そう言った。
 リンケイは再び、大きく眼を見開く。
 途端、周囲から迫り来る鬼どもの手の動きがどんよりと重く、まるで刻が止まったかのように見えた。
 何が、あった。
 行かねば。
 リンケイは、鉛のごとく動きを封じられた己の体を衝き動かさんと強く念じた。
 それは法力によるものではなく、ただ単純な、原始的な、生き物の本能の底から来る衝動であった。
 リューシュン!
「うりぁああああああッ」リンケイは吼え、剣を己の周囲に横薙ぎに払った。
 鬼どもが、退く。
 地を、蹴る。
 横薙ぎに剣を払いながら、リンケイは地を蹴り鬼を蹴り、先へ――スルグーンの叫びの聞えた方向へ、走った。

 

 鬼はそこに、いた。

 

 その姿は、思わず顔をそむけたくなるほどに傷だらけとなっていた。
 特に眼を引くのは、衣服をつけぬ上体の肩から背にかけて、ひと裂きに大きく切り裂かれたものだった。
 遠目からそれを見届けた瞬間、リンケイは衝動的に腰の巾着を取ろうとした。
 そこにはいつも、応急の手当てに必要な薬草や器具が入っているのだ。
 だが今、ここ陰鎮鷲椶僕茲襪砲△燭辰討修譴燭舛詫枩い肪屬い討たのだった。
 これからの闘いにおいて、傷を負ったからといっていちいちそれを手当てなどしている暇はないと踏んだのだ。
 それは命尽きるまで闘い抜くという覚悟を、特に言葉にせぬまま決めてきたということだったろう。
 だから今、反射的に腰に手を伸ばしたところで巾着のひとつもそこには下がっていないのだ。
 いつもならば自分の所作につい苦笑を洩らすところだが、今のリンケイはぎり、と歯を食いしばるのみだった。
 ――リューシュン。
 思った時、うなじを鬼の爪に強く掴まれた。
「糞」リンケイは左脇から左手一本に持つ剣で背後の鬼を刺し貫いた。
 鬼は叫喚を挙げ、リンケイの衣を力任せに引きちぎりながら倒れた。
「リューシュンッ」
 陰陽師は叫んだ。

 

          ◇◆◇

 

 その音を、スルグーンもまた聞いた。

 

 びょう

 

 それが何の発する音で、何に向かって放たれた音なのか、瞬時に覚った。
 自分を刺し貫こうとする刃の音だ。
 ――テン――
 その名を胸の裡にすべて呼ぶことができなかった。
 その瞬間、大きな手が、真っ直ぐ自分に向かってきていたその刀を横から掴み取ったからだ。
 ――そ――
 碧の眸が一瞬、自分を見る。
 その衣をつけぬ上体の肩から背にかけて、鬼の爪に切り裂かれたものであろう深く大きな傷が見える。
「聡明鬼」スルグーンは叫んだ。
「来るぞ」聡明鬼は一言だけ答え、すぐに背を向け腰を低めて構えた。
 手には刀を握り締めたままだ。
 掌が切れはしないのだろうか、否深く切れていて当然だ――スルグーンはそれを気にしながらも相変わらず下から伸びてくる鬼どもの爪を避け翼ではたき嘴で退けることを止められずにいた。
 そしてこの剣、細身のこの刀が投げつけられたということは、テンニがすぐ近くにいるということであり、それはつまり、打鬼棒がどこかに在る――
 どこからか飛んで来るはずだということだった。
 スルグーンは全身を眼にしてその得物を見極めようとした。
 ――どこだ。
 聡明鬼も無論同じことをしているのだろう、だがこの鬼には決して触れさせはしない。
 自分が何としてでも打鬼棒の打撃から聡明鬼を護るのだ。
 何故ならばこの鬼は今自分を刃から護ってくれた者だからであり、それよりも前にこの鬼はかつて自分と共に上天にいた神だったからであり、否、それよりも先に――
 友達だからだ。
 龍馬の姿が雷獣の瞼の裏に浮ぶ。
 誰に何を問わずとも、その姿をいつどこで見たものだったかスルグーンには自明であった。
 それは己自身が岩肌に刻みつけ描いた姿だからだ。
 ――あの、龍馬。

 

 いいぞチイ

 もっとやれキイ
   チイ

 

 スルグーンの胸中に、得体の知れぬ、何か苦いものが走る。

 

   チイ

 

 ここで――この隙間で、自分はきっとその名を、龍馬の名を高らかに呼んでいたのだ。
 かつては何の不思議もなく、その名を息をするかのごとく口にしていたはずだ。
 それが何なのか、今は思い出せない。
 まったく、わからない。
「聡明、鬼……」
 この苦い想いとは、一体何なのだろうか。
 楽しい気持ちや悦びなどでは決してない。
 でき得ることならば、一切自分の身の傍に近寄って来ないでいて欲しい、もの。
 これは――
 哀しみだ。
 かつての友――否、今においても同じく友である龍馬、この聡明鬼の名を呼べぬ、その名を思い起こせぬことへの、これは深遠たる哀しみなのだ。
「聡、明」

 

「リューシュンッ」

 

 突如、陰陽師の声が高くその名を叫んだ。
 スルグーンは、猫の眼を大きく見開いた。

 

          ◇◆◇

 

 その音を、リューシュンもまた聞いた。

 

 びょう

 

 何を考える暇もなく、それを掴みに行った。
 狙われているのは友、スルグーンだ。
 それを掴まぬ道理は皆無だった。
 リューシュンは鬼の素手で、飛んできた刀を横から掴み取った。
「聡明鬼」
 鳥神ガルダが叫ぶ。
「来るぞ」龍神ナーガは一言だけ答え、腰を低めて構えた。
 掌は裂けている、だが今はそれに治療を施してもらっている暇などない。
 実際鬼の爪は今もなお留まることを知らず伸びて来て更なる切り裂き傷を負わせようとするし、何より今は――
 打鬼棒が飛んで来ることを第一に考えなければならないのだ。
 そう、テンニがこのすぐ近くにいるはずだった。
 リューシュンは蓬髪を掴もうとする鬼の手を逆に蓬髪の束でくるみ込み、針金のような力でそのままひん曲げて折った。
 手に掴んだ刀は手放さない。
 その刃を指でぐにゃりと曲げ、その柄から伸びる鎖を手早く巻き取っていく。
 その先端に、最も恐るべき得物がくくりつけられているはずだった。
 そしてその先端が聡明鬼の手元に届いた。
 だが予想に反し、そこに打鬼棒はなかったのだ。
「これは――」聡明鬼は一瞬、自分が何かとんでもない間違いをしでかしてしまった事を悟った。

 

「リューシュンッ」

 

 その声が聞えたのは、その時だ。
 はっと息を呑み、振り向く。
「リン」呼び返そうとした。
 その碧の眸に、本来ならばとっくに抑えつけていたはずの打鬼棒が映った。
 テンニの姿がその向こうにあった。
 もはや黒焦げではなく、生きていた頃そのままの姿のテンニだ。
 片目も片手も、失っていたものはすべて元通りになっていた。
 その顔は、眼を細め歯を見せて笑っていた。
 すべては奴の計略通りに運んだということなのだろう。

 

 ごつ

 

 リューシュンは、打鬼棒が自分の額を打つ音を聞いた。

 

◇◆◇◆次号へ◆◇◆◇
 

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魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 66

  • 2020.03.31 Tuesday
  • 17:37

JUGEMテーマ:小説/詩

 

 世界壁は、ガラスのように透明で、虹のようにカラフルで、綿のようにやわらかく、石のようにかたく、氷のようにつめたくて、お日さまのようにあたたかい。
こんなことを言ってもたぶん想像がつかないとは思うけれど、まったくそのとおりで、何といって説明してもそれは本当でもありうそにもなる。
ようするに、なんと言えば正しい説明になるのか、よくわからないものだ。
かんたんに通りぬけられるようでもあり、永久に通りぬけられないようにも感じられる。
紙のようにうすいようでもあり、どこまでいっても終わらないほどぶ厚いようでもある。
正体が、まったくつかめない。というのが、いちばん正しい表現だろう。
私自身は、そんな世界壁を通り抜けることは今回がはじめてではなかった。
何度か、くぐり抜けた経験がある――といっても自分ひとりだったわけではなく、神さまといっしょだったり、ユエホワといっしょだったりしたので、おそらく彼らの力によってそれができたのだろう。
私以外の人びとは――父や母、祖母、そして祭司さまもふくめ――皆、今回がはじめてのようすで(まあそれが当たり前というか普通なのだけれど)、神の力によってひらかれた世界壁のすき間を通り抜けるとき、全員がため息をもらし、感動の声をあげ、きょろきょろとあたりを見回して、その不思議な風景を目にやきつけていた。
私は――何度もいうけどはじめてのことではなかったので、そこまでめずらしがったりおもしろがったり感動したりすることはなかった。
でも「何回か通ったことがある」と自慢することもはばかられたので、ひとまずおとなしく、皆について通り抜けるだけだった。
それでも世界壁はやはり不思議で、この先にどんな世界が待ち受けているのかも予想できず、少しこわく、不安もあり、どきどきするのはたしかだった。

 

 そして私たちは、そこに着いた。
地母神界だ。
アポピス類たちが得たというその世界は、とても広く、がらんどうで、遠くにいくつかの低い山が見えるほかには、海も、湖も、川も――それどころか小川や水たまりほどの池すらも、見当たらなかった。
そして、だれもいない。
「なに、ここ」私は思ったままそう言ったが、だれも答えもしなければ、笑いもしなかった。
たぶん皆いっせいに思っていたんだろう。「なに、ここ」と。
「アポピス類はどこにいるんだ?」だれかが言った。
「空気がずいぶん乾燥してるな」別のだれかも言った。
「寒いな」
「陽はさしてるのか」
「空は青い……いや、赤い……いや、黄色いのか」
「昼なのか夜なのか、わからないな」
「俺たちはここからどうすればいいんだろう」
皆はしだいにがやがやと言葉を口にしはじめた。
私は、ゆっくりと歩いてみた。一歩、二歩、三歩。
足元の砂はとてもさらさらしていて、踏みしめるたびに足が何センチか沈み込む。さく、さく、と心地よい音がする。
「動物も植物もいないわね」私のうしろで母がそう言った。
「うん。だれかも言っていたけど、アポピス類たちはどこにいるんだろう……地下にもぐっているのかな?」父も答えてそう言った。
「あっ」私はあることを思い出し、目を見ひらいて口をおさえた。
「ん?」
「どうしたの?」父と母がすぐに問いかける。
「――そういえば」私が思い出したのは、ここに来る前、聖堂の裁きの陣でフュロワ神が言っていたことばだった。でも。「――」私はそれをすぐに、口に出せなかった。
「どうしたの?」もう一度、今度は祖母が問う。
私は祖母の肩にかけられてている小さなバッグを見つめた。その口から、ほんのりとした小さな白い光が、姿をあらわしている。
ハピアンフェルだ。
ハピアンフェルのいるところで、こんなことを言ってしまってもいいんだろうか。彼女をひどく傷つけてしまうことになるのではないか……?
「だれかが何かを話していたの?」祖母がきく。「ユエホワ?」
「ううん」私はつい正直に首をふってしまった。「えと、……フュロワ神さま」
「まあ」
「おお」
「えっ」
「なんだって」父や母だけでなく、まわりにいる大人たちが次々に私をふり向き声をあげた。
「まあ。すばらしいわ、神さまとお話するなんて」祖母は首をふって感動していた。「神はなんとおっしゃっていたの?」
「――う」私は声をつまらせて下を向いた。どうしよう。
「妖精が、この世界の泉を枯らしたり果物を腐らせたりしてるって話だ」とつぜん私たちの頭の上から声が聞こえてきた。
「おお」
「まあ」
「なんだ」
「あっ」
「うわっ」皆はいっせいに上を見上げ、そして驚いた。「鬼魔だ!」
ざっ、とキャビッチスロワーたちがいっせいにキャビッチを肩に構える。
「待って」
「彼は敵ではないわ」
「投げないで皆」母と祖母と父が同時に叫ぶ。
なので、空中に浮かんでいた緑髪のムートゥー類は、誰からも攻撃を受けずにすんだ。
「ユエホワ」祖母が問いかける。「それは本当なの? 妖精がこの世界の泉を枯らしたと?」
「フュロワ神がそう言ってた」ユエホワは祖母をまっすぐに見て答えた。「嘘ではないと思う」
「ポピーも、それを聞いていたというの?」母が私に問う。「フュロワ神から?」
「――うん」私は正直、先にユエホワが話してくれてよかった、と思っていた……われながらずるいとは思うけど、本当のところ言いにくいことを言わずにすんでほっとしていた。「妖精たちが、アポピス類に攻撃をしかけているって」
「ハピアンフェル」祖母は肩から提げているバッグに向かって声をかけた。「あなたはそのことを、知っていた?」
小さな妖精は、ふわり、とバッグの口から飛び上がった。それから少しの間、人びとの頭より少し高いところまで上り、周囲の景色をぐるりとながめているようすだった。
「なんだ?」
「だれかいるの?」
「わからない」人びとがざわめきはじめる。
「しっ」祖母が唇に指をあてる。「一人の妖精がいるわ。彼女の話をききたいので、皆少しの間だまっていてちょうだい」
しん、としずかになる。
「ひどい」ハピアンフェルは消え入りそうな声で、それをふるわせながら話した。「こんなにまでやるなんで、思わなかったわ」
「まあ」祖母は小さな妖精を見上げながら答えた。「ではあなたも知らないことだったのね」
「話には聞いたことがあるわ」ハピアンフェルはぼう然としたように空中に浮かんだままで話した。「アポピス類たちのために、たくさんの光使いたちが命を落とした。だから闘って、自由を手に入れよう、アポピス類の支配から抜け出そう、という、若い水流しや火おこし、粉送りたちが徒党を組んでいることは知っていた……だけれど私のような年寄りには声もかからなったし、彼らが実際にはどんな活動をしているのかも、くわしくはわからなかった――私が前にここにいたときはもっと、木々もお花も、湖も、たくさんあったのに」
「まあ」祖母は首をふった。「妖精たちが闘いをしかけたというのね」
「妖精たちが?」
「闘いを?」ハピアンフェルの声が届かないところにいた人びとも、祖母の声に眉をよせた。「アポピス類に?」
「そう、つまり今この世界では、ヘビ型鬼魔からの束縛に逆らうべく小さな妖精たちが蜂起しているという憂うべき事態が起きているんだ」父が両腕を横に大きく広げ、大きな声で皆に説明しはじめた。「聞いたことがある者もいるだろう、その昔菜園界にすんでいた妖精たちは、アポピス類にさらわれ、捕われて奴隷のようにこき使われていた。それに対抗する勢力がいま、妖精の中に誕生している。束縛からの解放はたしかに望むべきことだが、それにより生き物たち、たとえ鬼魔といえどもこの世に生を受けた者たちの生活が不当におびやかされるということは、決してあってはならないはずだ」
「あんたは鬼魔の味方なのか?」だれかが父に質問した。
ざっ、と何人かの人がキャビッチをふたたび構える。
「やめて」母がすかさず父の前に出る。「この人は私の夫よ。鬼魔の味方なんかじゃないわ」
「ぼくは鬼魔分類学者だ」父が母のうしろで叫ぶ。「鬼魔について誰よりもよく知っているつもりだ」
「そもそもあんたたち、その鬼魔のために聖堂作ったり裁きの陣作ったりしにここへ来たんだろ」ユエホワが上空から言葉をはさむ。「全員、鬼魔の味方も同然じゃないか」
「我々はちがう」
「ただ祭司さまのいいつけにしたがっただけだ」
「神の思し召しだからだ」
「鬼魔のためなんかじゃない」
「あいつらが悪さをするのを防ぐためだ」人びとは口々にハンロンした。

 

「あなた方は言い争いをやめなければなりません」

 

 とつじょ、ユエホワよりもさらに上空から声が聞こえた。
皆はいっせいに息をのんで見上げた。
あたたかく、明るい光り包まれて、フュロワ神が穏やかに語りかけながら、ゆっくりと下りて来ていた。

 

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魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 65

  • 2020.03.27 Friday
  • 10:08

JUGEMテーマ:小説/詩

 

 翌日、私は父と母といっしょに――父はけっきょく、母の箒のうしろに乗っていくことになった――聖堂へと向かった。

 大工と、聖職者と、キャビッチスロワーを百人ずつ――フュロワ神のいいつけどおりに、たくさんの人びとが集まってきていた。

 もちろん全員が聖堂の庭に入れるわけもなく、その周囲の道の上、つまりキューナン通りに、集められた人びとはあふれかえっていた。

 それにしても、すごいなあと思う。

 たった一日――いや、半日で、みんななにもうたがうことなく、神の思し召しのままに、こうやって集まってきて、そしてこれから世界壁を抜け、こことはちがう異世界へ向かう気持ちでいるのだ。

 しかもそれは、アポピス類――鬼魔の世界だというのに!

 みんなは、なにひとつ恐れても心配してもいないようすで、にこやかに言葉をかわしあい、笑いあいながら、祭司さまの――神さまのお言葉を、待っているのだ。

「ああ、いたわ」母が私の前を箒で飛びながら、下の方に向けて腕をのばし指さした。

 なにがいたんだろう、と思いつつ私は少し体をかたむけて、母の指さした方向を見た。

 そこには、とっても楽しそうににこにこと笑いながら私たちに向かって大きく手をふる、祖母の姿があった。

「えっ、おばあちゃん?」私は箒で飛びながらすっとんきょうな声をあげた。「おばあちゃんも行くの?」

「そうよ」母が私にふり向いて答える。「ひさしぶりね、みんなでお出かけするの」

「いや」私は首をふった。お出かけ、とは違うと、思う。

「うふふ、来たわね」私たちが地面に降り立つと、祖母はますます楽しそうに笑いながら声をかけてきた。「準備はいい?」

「もちろんよ」母はツィックル箒を頭上にかかげながら明るく答えた。「私もひさしぶりに思いっきり投げられるから、楽しみだわ」

「おばあちゃんも、祭司さまから呼び出されたの?」私は祖母にきいた。

「ええ、そうよ。私と、それから」祖母は肩からななめにかけていた小さなバッグの口をあけた。

「私も、来ちゃった」中からふわりと飛び出したのは――よくよく見ないとわからないほどほのかな光に包まれた、ハピアンフェルだった。

「あ」私は目をまるくした。

「まあ」母も目をまるくし、

「おお」父も目をまるくした。

「うふふ、しいー、ね」祖母とハピアンフェルはにこにこしながら口に指をあてた。「こんなにたくさんの人がいちどに大さわぎになると、あぶないからね」

「ああ、ええ、でも」母は声をふるわせた。「すごい……すごいわ。はじめて見たわ」声をひそめる。「妖精さん」

「本当は、畑の野菜やお花の世話があるから無理だって、いちどことわったんだけれどね」祖母は肩をすくめた。「どうしても、って……まあ昔なじみのルドルフからのたってのお願いとあらばきかないわけにもいかなくて」

「ガーベランティはやさしいのよね」ハピアンフェルがふわふわと小さく飛びながらつづける。「畑の野菜やお花は、私がお世話をすればいいのだろうけれど、一人で残っていても心配で気がかりでしょうがないだろうから、いっしょについて来ちゃったの」

「そうなんだ」私はうなずいた。「じゃあ、畑のお世話はだれがやるの?」

「ツィックルよ」祖母はなにも迷わずに答えた。

「ツィックル?」私はおどろいた。

「ええ。ツィッカマハドゥルで」

「すごい」父が声をふるわせる。

「ツィッカマハドゥルで?」私はくりかえした。

「そう。川のお水を吸い上げてほかの植物たちにも分配して、肥料や薬がいるときは森の中の生きものや薬草なんかを適当に使うようにってね」

「えっ」私はまたおどろいた。「生きものって、ツィックルが動物をつかまえるの?」

「いいえ、排泄物よ。あと虫の死骸とか」ほほほ、と祖母は笑う。

「へえー……」私は、ツィックルの木が枝をのばしてそのようなことをしているところを想像しようとしたが、それはとてもむずかしかった。

「でも世界壁の外、ていうか他の世界の中からでも、魔法行使は維持できるの?」母が空を指さしながらきく。

「うーん、わからないわ。今までやったことがないから」祖母は首をかしげる。「もしだめなら、また一から土の作りなおしね」

「ごめんなさい」ハピアンフェルが飛び上がってあやまる。「私が無理をいって」

「なにをいっているの、ハピアンフェル」祖母は肩をすくめる。「畑の持ち主の私がそう決めたのだから、あなたにはなんの責任もないわ。大丈夫、畑をだめにするなんてしょっちゅうやっているのよ、私」ほほほ、と笑う。

「なにいばって言ってるの、もう」母が苦笑する。

 私と父は、あまり大きな声では笑えずにいた。

 こういうのって、ジゲンがちがう、っていうんだよね。

 

「皆のもの、よくぞここへ集ってくれた」祭司さまが聖堂の屋根の近くから、箒にまたがって皆に声をかけた。「今から向かうは、きのう説明したとおり地母神界。鬼魔アポピス類たちが新しくつくりあげた別世界じゃ」

 皆はしずかに耳をかたむけた。

「鬼魔の世界といっても恐れるにはおよばぬ。なんとなれば、われわれにはこのたび、菜園界のフュロワ神と、地母神界のラギリス神の加護が約束されておる」

 おお、と人びとは声をあげた。

「われわれは何も恐れることなく、聖堂を建て、神の崇め方を伝え、悪行には制裁が下されるということを伝えてゆこう。皆のもの、地母神界にて存分に力を果たされよ」

 おおお、とひときわ大きな声があがり、聖堂のまわりに集まった人びとはそれぞれの箒を片手ににぎりしめ頭上にかかげた。

「では参ろう」祭司さまはすうっと上空高く飛び上がった。「神がわれわれをお導きくださる。それにしたがうのだ」

「行こう」

「行きます」

「よし」

「おお」

 人びとはつぎつぎに、箒にまたがり飛び上がった。

 上空をめざし、全員が飛びはじめる。

「ユエホワはどこにいるのかな」母の箒の後ろで、父がきょろきょろとまわりを見回した。

 緑髪も、アポピス類魔法大生たちも姿が見えなかった。

 私は飛び上がりながら、本当にだいじょうぶなのかな、と、先の見えない旅立ちにたいして少し心配していた。

 祖母は母の箒の前を、とくに急ぐわけでもなくゆるゆると飛んでいく。

 ときどき振り返って、母と話をしては、ほほほ、と笑ったりもする。

 まるで、ピクニックに行くみたいだよなあ……だいじょうぶなのかな?

 

葵 むらさきの著書

 

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葵マガジン 2020年03月21日号

  • 2020.03.27 Friday
  • 10:07

JUGEMテーマ:小説/詩

 

◇◆◇◆聡明鬼◆◇◆◇


第92話 最期(全100話)

 

 風の音を、予測していた。
 天心地胆を抜け陰陽界に入れば、いつものごとく風の音が聞えるのだろうと。
 だが此度、それは聞えなかった。
 否、聞えていたのかも知れないが、スルグーンの耳には届かなかったのだ。
 何故ならば、そこには鬼どもがひしめき合っていたからだ。
 鬼どもが、ぎゃあぎゃあと喚き声を挙げて我先に陽世へ抜けんと押し合いへし合いしていた。
 スルグーンは翼を広げ、鬼どもの頭の上にするりと飛び上がりそのまま陰陽界を飛び進んだ。
 鬼どもが捕まえようと手を伸ばして来る。
 だがスルグーンは鬼の手に捕らえられるほどのろまではなかった。
 嘲笑するかのように、鬼の手からほんの僅か離れた所を飛び過ぎて行く。
 先刻までは陽世で、フラの馬の背の上にてフラが焔を吐きマトウの邸に降り立とうとする鬼どもを焼き払うのを見ていた。
 そしてそれを見ながら、かつてどこかで同じ光景を――似たような光景を見たような気が、していた。

 

 いいぞチイ

 

 そんな風に、自分が叫んでいた光景だった。
 それは眩暈のごとくにスルグーンを衝き揺らし、ついに耐えられなくなってここ陰陽界に飛び込んで来たというのが、正直なところだった。
 しかし今は、そんな光景に惑わされている時ではない。
 雷獣は頸をぶるっと震わせ、ばさりとひとたび強く羽ばたいたかと思うと、鬼どもには眼もくれずに天心地胆を抜け、森羅殿目指し飛び急いだ。

 

          ◇◆◇

 

「聡明鬼」その姿を認めた瞬間、スルグーンは叫んでいた。
「スルグーン」はっとして見回しながら鬼は、スルグーンの姿そのものを認めるよりも前に叫び返して来た。
「ここだチイ」スルグーンは聡明鬼の頭上に浮び、聡明鬼に手を伸ばして来る鬼の目玉を狙って嘴から落下した。
 鋭い悲鳴が響き、目を突かれた鬼はもんどり打って他の鬼どもの足に踏まれ蹴りつけられた。
「リョーマたちは無事か」リューシュンもまた迫り来る鬼の頸をがっきと腕の中に抱えて締め上げながら訊いた。
「大丈夫だキイ」スルグーンは答えたかと思うと翼で鬼の頭をはたき倒した。
 その小さな翼のどこにそんな力があるのかと驚くほどに、鬼どもはスルグーンの一撃の下に次々と倒れ伏していく。
 リューシュンも、負けてはおれぬとばかりに吼え、掴み、投げ飛ばし、かわしては拳を繰り出した。
 鬼どもは互いに入り混じり、敵味方の区別もなく手当たり次第に取っ組み合っては互いに爪や牙で攻撃をしかける。
「テンニはどこにいるチイ」スルグーンが上から叫ぶ。
「わからん」リューシュンは叫び返す。「探してくれるか」
「お前は、大丈夫か」訊く。
「ああ」リューシュンは投げ飛ばしながら答え、そして上を見上げてにやりと笑った。「任せろ」

 

 本当の力を見せろチイ

 

 スルグーンの中に突然、声が響く。
「なんだ……チイ」思わず呟く。
「どうした?」リューシュンがすぐに気づき、鬼の爪を払い返しながら訊く。
「――」スルグーンは羽ばたくこともせず、鬼どもが騒ぐその頭上で浮んでいた。
「スルグーン?」リューシュンは気に留めながらも、襲い掛かってくる鬼どもを払いのけなければならなかった。
「――キイ」
「え?」
 スルグーンの呟きに、聡明鬼ははっとした。
 今、この雷獣が自分の名を呼んだのかと思ったのだ。
「本当の力を」だがスルグーンが言ったのはリューシュンの名ではなかった。「見せろ、チイ」
 雷獣はリューシュンの頭上から、なかば茫然としたようにその言葉を投げて寄越したのだった。
「本当の、力――?」

 

 ああ、任せろ

 

 リューシュンの中にもまたその時、ぐるり、と何かが捩じれるかのような感覚と共に、そんな声が響いたのだ。
 鬼の爪に肩を強く掴まれ、牙を食いしばってその腕をへし折る。
 そしてリューシュンは真っ直ぐに上を見上げ、叫んだ。
「ああ。任せろ、スルグーン」

 

          ◇◆◇

 

 櫓に入り込もうとする鬼どもはすべからく、護符により張り巡らされた結界の力にて弾き飛ばされていく。
 だが次々に鬼どもは降りて来、まさにこの世の果てまでもそれは尽きることなく続くかと思われるのだった。
 従者たちは恐らく邸――ほぼ瓦解してしまった建物の中で、あるいはその下で、命運尽きてしまったか、命からがら逃げ出したかというところだろう。
 だが逃げたところでどこに行けば安寧があるのか、もはやこの陽世に人間の居られる場所などなくなってしまったのかも知れない。
 うまく、やれなかった。
 そんな風に自分を省みるのは、これが初めてのことだった。
 今まで、そんな風に自分を評したことなどついぞなかったのだ。
 自分はいつも、どんな事であろうともどんな場面であろうとも、いつもうまくやって来ていた。
 それだからこそ、リンケイという人間の在り方が、どうにも許容できなかったのだ。
 マトウから見てリンケイは、決してうまくなどやっていなかった。
 それなのに彼自身はそれを気に病むこと微塵もなく、いつも楽しそうに微笑んでいた。
 何がそんなに楽しいのかと訊けば、やれ面白い精霊が居ただの、妙な現象に出くわしただの、人が忌み嫌い恐れおののくような事ばかりを面白き事として口にする。
 それは間違っているのだと指摘すれば、飄としてそうかも知れぬな、と応える。
 マトウは、気に入らなかったのだ。
 自分とはまったく違う性質でありながら、リンケイは――そうリンケイは、なんだかだと言って結局はうまく、やって来ていたのだ。
 恐らく、そうなのだろう。
 自分の助言になど全く耳を貸さず、常に気ままに振舞い、人と寄り合うこともせず、妖怪の類ばかりに興味を持ちながら、リンケイはなんだかだと言って、陰陽の道を見事に究め抜いて来たのだ。
 自分は、人とのつながりを重く見て、それを大切にして来た。
 陰陽の道とて、人の役に立つことと思うからこそ辛き修行にも耐え力をつけて来たのだ。
 リンケイと自分とは、まさに対極の位置にある思想のもと、やって来た。
 そしてずっと、勝っているのは自分の側だとマトウは疑いもしなかった。
 リンケイなどという者は際物に過ぎず、法力こそ強けれども決して清く正しき陰陽師などではない、そう片付けて来た。
 然して、今のこの状況下においては、それこそがまったくの間違いだったのだろうとしか思うことができないのだった。
 リンケイはこの世界を――陽世のみならず陰府までをも救わんがため、生きたまま己に呪いをかけ地獄の閻羅王の元へ旅立った。
 そんなことをすればもう二度と、陽世へ戻って来られぬということも厭わず。
 ――まあ、あいつには今生で別れを惜しむべき相手など居らなんだのであろうがな。
 そんなとこをふと思い、マトウはくく、と喉で笑った。
 自分には、そのような事がまず出来ない。
 自分には、陽世に居なければ、居続けなければならぬ理由が星の数ほどもあるのだ。
 だが、人間たちを救うことが今本当に出来るのは、あれほど人間を嫌っていたリンケイその人こそではないか。
 自分ではないのだ。
 ――つまりは……
 マトウは、眼を閉じた。

 

 ばりばりばり

 

 雷が大気を切り裂くような音が、頭上に聞えた。
 結界が、遂に力尽き果てたのだ。
 眼を開ける。
 巨大な、禍々しき爪を伸ばした鬼の手が映った。
 ――つまりは、そういうことだ。
 鬼の手はマトウの喉首をがっきりと掴み、そのまま上に持ち上げた。
「ぐ」マトウは苦しみに顔を歪め、鬼の手を自らの両手で引き離そうとした、だがどうしてその力に抗しきれよう。「うう、ぐぅ」ただ顔を真っ赤にして足をじたばたと掻くしかないのだった。
 鬼はにやりと笑い、ものも言わずに苦しむマトウのさまを愉しげに見ている。
 その爪がマトウの首の肌に食い込み、血を滴らせる。
 誰も、助けに来はしない。
 誰も、助けに来ようなどとはしない。
 ――つまりは、そういうことなのだ。
 今、救うべき人間たちはマトウの存在になど芥子粒ほどの価値も見出してはいないことだろう。
 何故ならば、この無数に降り立って来る鬼どもを、たちまちの内に葬り去る力が、自分にはないからだ。
 何の役にも立たぬ陰陽師、救ってくれぬ陰陽師を救ってやろうなど誰も思わない。
 ――私は、うまくなどやれはしなかった。
 眦から、一筋の涙が流れて頬を濡らした。

 

「マトウ様!」

 

 叫ぶ声が聞え、マトウはもう一度はっと眼を開けた。
 黒龍馬の姿がそこにあった。
「マトウ様!!」
 その上から叫んでいるのは、リシであった。
「リ……シ」マトウは声もなくその名を呼んだ。
「マトウ様、ただ今参ります!」
 リシはトハキの背の上から叫んだ。
「トハキ、マトウ様を――」
 だが従者の龍馬に急行を命じようとしたその眼に、信じられぬものが映ったのだ。
 マトウが――鬼に首を締め上げられ瀕死のさまに成り果てている主が、遠くから駆けつけようとするリシに向かって震える手を差し上げ、制したのだ。
「マトウ、様」リシは困惑の想いでただその手を見つめるばかりだった。
 そしてマトウは、唇を少し開け、微笑んだ。
 リシはそれを見て、更なる衝撃に胸を撃たれた。
 笑って、いる。
 主は今――生命の危機にさらされているこの今の瞬間に、笑っている。
 一体、何故――まさか。
 ――陰鎮鷲椶悄宗
 その刹那胸に浮んだ自らの想いまでをも、リシは信じ難い想いで見た。
 陰鎮鷲椶悄宗醜圓海Δ函△いΔ里。

 

 ごきり

 

 そのような音が、鳴った。
 リシには、そのような音が耳に聞えた。
 マトウの手が、だらりと下に垂れ下がる。
 鬼の巨大な手の中で、マトウは最期の姿をそこに晒していた。
「――」
 リシはただそれを見つめるのみで、言葉も無かった。
 空中に浮ぶトハキの背の上で、リシは為す術もなく無言のままマトウの最期の姿をただ見ていた。

 

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魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 64

  • 2020.03.17 Tuesday
  • 10:01

JUGEMテーマ:小説/詩

 

 フュロワはにこにこしながら三人のアポピス類を地上に下ろしてあげたけれど、三人はおたがいにしがみつき合ってなかなかはなれずにいた。

「お前ら、この人が神さまだって知ってたか?」ユエホワがラギリス神を(本当に失礼なことに)指さしながらきくと、三人は無言で首を横にふった。

「えっ、知らないの?」私は目をまるくした。「なんで?」

「だって俺たち、ずっと人間界にいたから」ケイマンがぼそぼそと答える。「なにも知らないんだ……アポピス類のことも、地母神界のことも」

「ふうん」うなずいて答えたのはフュロワだった。「お前ら……目が赤くないから、か?」

 三人はだまっておたがいの顔を見合わせた。

「さいでございます」サイリュウが答える。「私どもはこの目のせいでつまはじきにされてまいりましてございましたので」

「アポピス類が鬼魔界からいなくなったのも知らなかったんだから笑えるよなまじで」ルーロが早口でつぶやいたが、もう彼の声が小声だとは思わなかった。

「…………」ラギリス神が(こっちは本当の小声で)なにか言った。

「ん?」フュロワがラギリスの口もとに耳を近づける。「あそう」それから私たちの方にむけて言う。「目の赤いアポピス類でも知らない者もいるっていってるぞ」

「本当に?」ケイマンが目をまるくする。

「…………」ラギリスがまたなにか言い、フュロワが耳を近づけた。

「ぜんぜんきこえねえな」ルーロがそういったので、私は思わず彼の顔をまじまじと見てしまった。

「この前道を歩いてたら」フュロワが説明した。「前から来た若いやつにどうしてかにらまれて、道をゆずったっていってる」

「えっ」全員が目をまるくした。

「あとその時持っていた食べ物と酒もよこせといわれて取り上げられたって」

「――」全員が息をのんだ。

「自分は神だからだまっていう通りにしたけど、そいつも神だと知っていたらそんなひどいことはたぶんしなかったんじゃないかと思うって……いやお前、それはちゃんと、裁きを受けさせろよ」フュロワは説明のとちゅうでふり向きラギリスに言った。

「…………」ラギリスがなにかを答えた。

「裁きの陣がないって?」フュロワがきき返す。

「おお」祭司さまが首をふりながら言った。「なんということじゃ。アポピス類たちは神をあがめ敬う方法を知らぬのか。なげかわしいことじゃ」

「あんた行ってやれよ」ユエホワがルドルフ祭司さまを見ていった。「裁きの陣作ってやってさ」

「ふざけないで」私は緑髪にむかって怒った。「鬼魔の世界になんか行けるわけないでしょ」

「聖堂も建てねばならぬな」ルドルフ祭司さまはなにかを考えはじめておいでのようだった。

「そうかあ」フュロワ神はまたあらためて腕組みをし、少しのあいだ空を見あげていた。

 みんなは神のおことばを待った。

「よし」フュロワはうなずいて腕をほどき、両手を胸の高さで上に向け、私たちの方へさし出した。「汝ら神の子よ、これから私がいうことを聞いて、そのとおりに行いなさい。まず人をたくきさん集めるように。大工と、聖職者と、キャビッチスロワーをそれぞれ百人ずつ。それらをこの聖堂の庭とそのまわりに集わせ、そこから空へ向け、箒で飛び上がらせるように。そうすれば私が世界壁を特別なやりかたで開き、その者たちを地母神界へといざなおう。地母神界に到着したならば、大工は聖堂を建て、聖職者はアポピス類たちに神をあがめ祭る方法を伝え、キャビッチスロワーたちは」

 しん、としずかになった。

 みんなは神の次のおことばを待った。

「悪さするやつをとっつかまえて裁きの準備ができるまでしばっとくように」

「おお」ルドルフ祭司さまだけが返事をした。「神よ。あなたの偉大なるお考えに敬服し、感謝いたします」

「ええー」私はそっと、自分にできうるかぎりの小声でおどろきをあらわした。

 

          ◇◆◇

 

「お帰り、ポピー」家に帰ると、母は顔いっぱいの笑顔で――だけどなぜか、どこか悲しそうな顔で、私を抱きしめた。「おばあちゃんから聞いたわ。大変だったのねえ」

「あ、ううん、だいじょうぶ」私は安心させるように笑った。

「無事でよかった」父も真剣な顔でそう言い、母とかわって私を抱きしめた。「よくがんばったね」

「ん、おばあちゃんがやっつけてくれたから。アポピス類を」私は笑顔で答えた。

「そう、アポピス類だよね」父はがばっと私の肩をつかんで引きはなしたかと思うと、さらに真剣な顔で話した。「地母神界へ、行かなきゃいけないんだ」

「あらでも」母がつづけた。「あなたには声はかからなかったでしょ。私は聖堂の方から呼び出されたけれど」

「いやでも」父はにこりともせず真剣な顔のままで母に向かい言った。「こんな事態になったのなら、鬼魔分類学者であるぼくが手をこまねいている場合ではないよ。ぜひとも一緒に行かせてもらわなきゃ」

「でもあなた、行ってどうするの?」母もうなずかない。「大工でもないし、聖職者でもないし、キャビッチスロワーでも、そもそも箒にも乗れないし」

「それは」父は当然のように言葉を返そうとしたようすだったが、それはつまった。「――ニイ類、とか」

「無理でしょ」「無理だよ」母と私が同時に言った。「他の人たちがびっくりしてパニックになると思う」

「しかしこれは歴史に残る大事件だ」父は手を振り回した。「ぼくが記録に残さなければ、いったい誰がやるというんだ。ユエホワに頼もう。彼にラクナドン類を呼んでもらって、今度こそその背中に乗って旅立つんだ、ぼくも」

「今度こそ?」母が眉をひそめてきき返した。

「あいや、その、今こそ、だ。今こそ」父は、前に鬼魔界へ母にだまって旅立とうとしたことをうっかりばらしてしまいかけたのだが、必死でごまかした。「そうだそういえば、ユエホワは今どこにいるんだい?」大急ぎで私にきく。

「聖堂だよ」私は正直に答えた。「魔法大生のアポピス類の人たちといっしょに」

「そうか」父はぱっと笑顔になった。「心強いな。鬼魔と祭司さまとが心をひとつにして世界を越え協力し合うとは。これは本当に歴史に残る偉大なできごとだ」

 はあ、と母はため息をついた。「わかったわ。私ができるだけあなたといっしょにいるようにするわ。とにかく今日はもう寝ましょう。明日のお昼には聖堂に行くから、家の中のことも片づけておかないといけないし。忙しくなりそうだわ」

「だいじょうぶ」私は微笑んだ。「あたしがちゃんと家のことやっとくから。気をつけてね」

 父と母がそろって私を見た。

 私も微笑みながら二人を見返した。

「あら」母が眉を上げた。「あなたも行くのよ、ポピー」

「え」私はかたまった。

「うん」父もうなずいた。「祭司さまからはそのように聞いているよ」

「え」私は一歩あとずさった。「なんで」

 父と母は顔を見合わせた。「神の思し召しだから、って仰ってたけど」

「え」私はさらに一歩後ずさった。

 フュロワの優しく微笑む顔が浮かんだ。

 なぜ、世界のすべては私を鬼魔の世界へつれていこうとするんだろう。

 それを考えながら私はベッドに入り、なかなか寝つけずにいた。

 

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評価:
(2019-05-11)
コメント:ある日ポピーと彼女のライバル(?)である鬼魔(キーマ)のユエホワの前に、とつぜん白い光とともに一人のお姫さまが現れた。その人の名は、サルシャ姫──泡粒界という世界の王女だったのだ。サルシャ姫のいた世界は今、侵略者に乗っ取られ、大地も海も人々も瀕死の状態にあった。もしこのまま泡粒界がなくなったら、とんでもないことになる──ポピーは、泡粒界を救うべく立ち上がる決意をした。

葵マガジン 2020年03月14日号

  • 2020.03.17 Tuesday
  • 09:58

JUGEMテーマ:小説/詩

 

◇◆◇◆聡明鬼◆◇◆◇
第91話 欺瞞(全100話)

 焔を吐く。
 左右に、そして上下に頸を振り、魔焔を渦のごとくに撒き散らす。
 鬼どもの壮絶な悲鳴が焔の向こう側から轟いてくる。
 消し炭と化したその者どもは瞬時に粉となり、焔の熱が生んだ風に散らされていずこへともなく散ってゆく。
 背の上に落ちてくるものは揺さぶって振り落とし、尾に掴まろうとするものはそのまま締め上げて龍の頸の硬い鱗にぶつけ落とす。
 龍馬たちはそれぞれに、空の天心地胆から降って来る無数の鬼どもを討ち払いつづけた。
 だがケイキョの怖れていた通り、鬼どもは何百、何千、もしかすると何億という数に上るかと思わせるほどに無数にいた。
 このまま永久に、この鬼どもを討ち払い続けねばならないのではないか、そんなことまでを想わせる数だった。
 ――きりがないな。
 リョーマは、そう思いながら焔を吐く。
 ふと横を見ると、離れたところでフラ、そして黒龍馬のトハキが同様に焔や尻尾で鬼どもを黒焦げにし蹴散らしているのが見えるが、この二頭も恐らく、きりがないと思っていることだろう。
 やはり、陰鎮鷲椶砲い襯謄鵐砲鰄佑靴討靴泙錣佑弌⊇わらないのだろう――
 リョーマの中に、懐かしい微笑みが浮ぶ。
 ――リンケイ様――
 自分が、陰鎮鷲椶惺圓韻燭覆蕁
 突如として沸き起こる嵐のように、そんな想いが胸に迫る。
 思わず眼を強く閉じる。
 たちまちリョーマの体に鬼どもがへばりつき、爪を立て牙を剥く。
 リョーマはぶるっと大きく身震いし、尾を強くはたいてそれらを叩き落とし、それから眼を開けた。
 ――こいつら鬼どもでさえ、陰陽界を通って来られるのに……なんでおれは、それができないんだろう。
 そう思ってから、リョーマは少しだけ、可笑しくなった。
 リンケイも、今のリョーマと同じことをよく言っていたからだ。
 ――でもリンケイ様は今はもう、陰陽道を通って陰鎮鷲椶帽圓韻襪鵑……陽世には戻れないけど……
 焔を吐く。
 ――龍馬も、呪いをかけてもらえば陰鎮鷲椶帽圓韻襪里な。
 顔の上にへばりついてきた鬼を髭で巻き取り、がぶりと喰らいつく。
 ――聡明鬼は、なんで陰鎮鷲椶帽圓韻襪鵑世蹐……鬼だからだろうけど、でも元は龍馬だったのに、なんで……
 馬の体を強く震わせ、しがみついていた鬼どもを容赦なく振り落とす。
 ――おれも、鬼になれたら行けるのかなあ。

 

「リョーマさん」

 

 鼬の呼び声に、はっと身を正す。
「ケイキョさま」リョーマは呼び返したが、鼬は念を送ってきたようで、周囲にその姿は見当たらなかった。
「リョーマさん、おいらとスルグーンさんは今から、陰鎮鷲椶帽圓辰突茲笋后恣譴惑阿任修里茲Δ帽陲欧拭
「陰鎮鷲椶悄」リョーマは驚いて、鬼どもを焼くことも振り落とすことも忘れ龍の眼を大きく見開いた。「駄目だ!」叫ぶ。
「けど、陰鎮鷲椶妊謄鵐砲鰄佑気覆じ造蝓△海竜瓦匹發鰐妓造砲笋辰突茲笋垢茵スルグーンさんと、おいらも芥子粒ほどの力を何かの役に立ててもらってきやす」
「駄目だ!」再び叫ぶ。「スルグーンは何とかするだろうけど、ケイキョはここに居ろ。おれのいる、陽世に」
「リョーマさん」ケイキョは少し声を詰まらせた。「また、戻って来やすよ」
「おれはお前の従者だ」リョーマの中からはもはや、ケイキョに対して敬語を使うという意識がすっかり消し飛んでいた。「陰鎮鷲椶帽圓辰舛泙辰燭蕁護れなくなっちまうだろ」
「リョーマさん」ケイキョはますます声を詰まらせた。「おいらは、大丈夫でやすよ」
「大丈夫なもんか」リョーマは言いながら、マトウの邸を目指し滑り降りはじめた。「行くな」
「おいらは精霊だ、テンニの打鬼棒を恐れずに対峙できやす」
「あの刀で一度やられたじゃないか」
「それは……そうでやすが、けど今はそんなこと言ってる時じゃ」
「駄目だ、行くな」リョーマの眼には、自分の周囲に群がる鬼どもすら映っていなかった。「陰鎮鷲椶帽圓のは、リンケイ様だけでいい」
「――」鼬は、言葉を失くしたようだった。
「行かないで」リョーマはただそれだけを繰り返す。「行ったら駄目だ」
「ケイキョ」
 スルグーンの念が割り込んでくる。
「お前は残ってろチイ。おれだけが行って来るキイ」
「スルグーンさん」
「でも、フラは」リョーマがすぐにそれを訊く。「フラを独りにするのか」
「独りじゃないチイ」スルグーンははっきりと答えた。「リョーマ、お前がいるキイ」
「――」今度はリョーマが言葉を失う。
「それに俺は、絶対に生きて戻って来るチイ」スルグーンは叫ぶように言う。「あいつが、聡明鬼がいるからキイ。よろしく頼むチイ」
 スルグーンの念は、その直後にふっつりと消えた。
 天心地胆を抜け出たのだ。

 

          ◇◆◇

 

 天から降って来る鬼、無数に増え続ける鬼どもに対し、邸に集った降妖師たちの突き出す護符、吹き付ける朱砂がそれを撥ねつけていた。
 だが攻めと護りにおける数の差は如何ともし難く、隙間をすり抜けて人間たちの居る所へ鬼どもが侵入して来るまでにそれほど時間はかからなかった。
 リシら陰陽師たちも法術を駆使し、黒真珠や銀剣に法力を注ぎ対峙したが、果てしなく続く闘い、祓っても祓っても湧き出てくる鬼どもに、力においても気においても消耗が激しかった。
 何体めの鬼をねじ伏せた後だっただろう。
 突如轟音が響き、邸全体が大きく揺らいだ。
 リシははっと身を強張らせ、だがすぐにマトウの姿を捜して走り出した。
「マトウ様」叫ぶ。
 天井からぱらぱらと瓦礫が落ち、壁には亀裂が次々と走り行く。
 腕で頭部をかばいつつ、リシは灯火の消えた暗い廊下を走った。
 混乱し逃げ惑う人間たちとすれ違いぶつかり合い、押し退け、取りすがって来る手を振りほどく。
「鬼どもが」
「鬼どもが邸を壊した」
「どうすればいいんだ」
「助けて」
「どこへ行けばいい」
 人間たちはもはや、自分が助かることしか考えていない。
 リシはたちまち幾人もの手に捕まり、身動きも取り難くなったのだ。
「マトウ様」叫ぶ。「お前たち、マトウ様の元へ私を通せ」
「マトウ様はいない」
「一人で逃げたんだ」
「我々を見捨てて自分だけ逃げた」
「あんな卑怯な女のことなど知らぬ」
「何だと」リシは自分に群がる人間たちを睨みつけ、腕を強く振った。
「玉帝の御加護はどうなったんだ」
「我々をお護り下さるはずじゃなかったのか」
「嘘つきだ」
「卑怯者だ」
「――」リシは怒髪天を衝き、自分に取りすがる腕に噛み付いた。
 次いで腰から払塵を抜き取り、残りの者どもをぴしりぴしりと次々に打っていった。
「うわあっ」
「痛い」
「何をする!」
 人間たちは顔をしかめ体を曲げ、リシから離れた。
 リシはそのまま走り出し、マトウの居たはずの室の扉を引き開けようとした。
 だが邸はぐらぐらと何度も揺れ、扉も歪んでしまったようで、それは引っかかりびくともしなかった。
「マトウ様!」リシは叫んで扉を強く叩いた。「私です、リシです。ご無事ですか」
 返答はない。
「マトウさ――」

 

 ごごごご

 

 不気味な地響きが鳴り、視界が小刻みに震え、次には立っていられぬほどの揺れが襲った。
 リシはどこに掴まる事も出来ず、床上に座り込み腕で頭をかばい見上げた。

 

 ごうん

 

 ひと際大きな破壊の音が轟いたかと思うと、ついに邸は傾いてしまった。
「うわああああ」リシは廊下を、座り込んだまま滑り落ちていった。
 平らな床の上には手をかけ体を支えるものとてない。
 ――ここまでか。
 強く眼を閉じ、自分が無残に潰れ命尽きることを覚悟した。
 ――聡明鬼――
 黒い蓬髪と、碧の眸、笑っている顔を想い、歯を食いしばる。

 

 がしゃん

 

 その時破壊の甲高い音が耳を劈き、次の瞬間には柔らかくしなやかで長い尾がリシの体に巻きつき、ぐいと引っ張り上げたのだ。
 その感触を、リシは知っていた。
 眼を開ける。
 今リシは高く持ち上げられ、大きく傾いた邸を遥か下に見下ろしていた。
 そしてふわりと、よく知った感触の馬の背の上に乗せられた。
「トハキ」従者の名を呼ぶ。
「お怪我はありませんか」黒龍馬が素早く尻尾でリシの体全体を撫でる。
「ああ、大丈夫だ」リシは大きく安堵の息をついた。「ありがとう」
 トハキは主の危機に駆けつけ、倒壊しかけている邸の窓と壁を焔で焼き壊し、リシを尾にて巻き取り引っ張り出したのだ。
「ありがとう」リシは馬の背の上に倒れこみ、もう一度礼を言った。
 だがすぐに身を起こす。
「マトウ様を捜してくれ、トハキ」叫ぶ。「鬼どもに掴まってはいないか」
「かしこまりました」トハキは再び邸に向け降下して行った。

 

          ◇◆◇

 

 天から降ってくる鬼どもの数は、心成しか若干減ってきたようにも見えた。
 だが本当にそれは心成し、気のせいかも知れない。
 マトウは上目遣いに空を見、奥歯を噛み締めた。
 鬼どもと、話し合いで事を解決するなど、端から簡単に出来ることではないと解っていた。
 或いは、それを口にしながら自分の中では、端から無理な事だと諦めていたのかも知れない。
 ふ、と少しだけ笑う。
 こんな欺瞞の輩につき従ってくるなど、人間というものは実に愚かで浅はかな奴等だ。
 こんな欺瞞の輩の言葉を、宝のごとく有難がりその通りに生きようとする――その挙句がこの有様だ。
 今マトウは護符により堅固に護り固められた高い櫓の上に佇んでいた。
 従者らは邸の警護に戻らせ、ただ独り、櫓の上にて振り落ちてくる鬼どもを眺め渡していた。
 邸にも護符の護りは張り巡らせてあるので、当初鬼どもは弾かれ、撥ね飛ばされて地面に転げ落ち、邸の中へはおろかその壁や天井に触れることもかなわずにいた。
 だが鬼の数は黒き星屑かと思わせるほどにも増え、ついに護符の護りに隙間が生まれ、そうした途端邸には鬼どもがわらわらと入り込んでしまったのだ。
 阿鼻叫喚の叫び声が次々に、邸のあちこちで響き渡った。
 人々は爪に裂かれ牙に毟られして、たちまち邸内は地獄の様と成り果てたのだ。
 そして邸はついに、無数の鬼どもの手により叩き壊され、剥がされ、押し倒されようとしはじめた。
「リンケイ」
 マトウは、その名を呼んだ。
「お前は今、陰鎮鷲椶撚燭鬚靴討い襪里澄うまくやっているのか」
 空に向け、問う。
「うまくやるとはつまり、閻羅王につき従い、此度の戦をけしかけた悪鬼と闘い捻じ伏せておるのかという事だ」
 眼を閉じる。
「私は、できなかった――うまく、やれなかった」

 

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評価:
(2019-05-22)
コメント:我々はリーグ戦のコマとして使う「強き者」を求め、とある渦巻銀河の辺境へとやって来たのだが──表題作ほか9編収録のショート作品集。

魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 63

  • 2020.03.10 Tuesday
  • 21:39

JUGEMテーマ:小説/詩

 

「えっ」私は目をまん丸く見ひらいた。「地母神界にも神さまがいるの?」

「うん。いるよ」フュロワはなにも迷わずまっすぐにうなずいた。「といっても“神”と呼ばれるようになったのはつい最近のことだけどね」

「どういうことだ?」ユエホワが眉をひそめてきいた。「それまでは神じゃなかったってことか?」

「そう」フュロワはまたうなずいた。「鬼魔だったよ」

「ええーっ」私は山火事を発見したときのように大声でさけんだ。

「鬼魔って……アポピス類か?」ユエホワがかすれた声できく。

「うん」フュロワはまたまたうなずいた。「我々の許しを得て、神の仲間になり世界を与えられたんだよ」

「ええーっ」私はさっきよりは小さくなったけど変わらずおどろきマンサイの声で再度さけんだ。

「なんで許すんだよ」ユエホワは両手を肩の上に持ち上げたあと、ぶんっと下に強くふり下ろした。「なんで神にすんだよ鬼魔を」

「なにかご不満でも?」フュロワはわざといじわるする時のような表情で首をかしげた。「我々が神を選ぶ際に、お前の許可を取らなきゃいけない掟はないけど」

「うむ。まことにフュロワ神おおせの通りじゃ」ルドルフ祭司さまがこっくりと深くうなずく。「鬼魔が神々に認められるということは、まれにではあるが昔から話に聞くことじゃ」

「あ……そういえば」私も思い出した。以前学校の先生に、鬼魔が神さまになることもありうると教えてもらったのだ。「じゃあ、地母神界っていうのは本当にアポピス類たちだけの世界なの?」

「今はね」フュロワは私にやさしく微笑みかけた。「この先もしかしたら、他の生き物――あるいは鬼魔たちが、すみつくことになるかも知れないけど」

「でも、ほんとうにどうして、そのアポピス類を神さまにしたんですか?」私は質問してしまってから心の中ではっと思った。私もユエホワのときみたいに、冷たく答えられるのでは――

「それはね」だけどフュロワは、とてもやさしく微笑みつづけて私に答えてくれたのだ。「そのアポビス類……つまりこのラギリスが、鬼魔同士の争いをやめさせたい、平和な世界を築きたいと、一心に強く願い努力している姿を、我々が見ていたからさ」

「鬼魔同士の争い?」

「平和な世界?」

「おお」

 私とユエホワと祭司さまは同時にそれぞれに思うことをさけんだ。

「そう」フュロワはにっこりと笑ってうなずき、もういちどうしろをふり向いて

「くわしくは、彼本人から聞くといい。ラギリス、話してやって」と、長い黒髪の背の高い男の人――元アポピス類の地母神界ラギリス神を、私たちの方へ押し出した。

「――」ラギリス神は、たしかに赤い目を持ち、アポピス類とおなじ顔だちをしていた。だけどその表情はとてもおだやかで、まつ毛が長く、肌も白くてなめらかで、とてもきれいな人だった。

 私は一瞬、女の人――いや、女神さまなのかな? と思ってしまった。でもフュロワはたしかに「彼」といってたしなあ……

 そのラギリスの、つややかな唇がひらく。

「…………」

 聞こえなかった。

 私とユエホワと祭司さまは、思わず首を前につき出した。

「…………」

 やっぱり聞こえなかった。いや、

「…………つ、…………す」

 何個かの文字だけは、聞こえた。

 でも、何を言っているのかまるでわからなかった。

「…………と」

 ラギリス神の口もとをみると、その唇はたしかに上下に動いているので、おそらく、たぶん、この神さまは今まさに語っているのだろうと思われた。

「聞こえないだろ?」フュロワがにこにこしながら言う。

「聞こえねえよ」私とルドルフ祭司さまがはっきりいえないでいることを、ユエホワはずけずけとのたまった。

「はははは」けれどフュロワ神は楽しそうに笑う。「俺たちも最初はそういったんだけどな、どうしてもこいつ、これ以上大きな声が出せないらしいから、まあこんなもんだと思ってやって」

「いや」ユエホワは手を横にふった。「地母神界の状況はどうなってるのかって話だよ」

「地母神界はな」フュロワは腕組みをして、ふう、と息をついた。「大変な状況だよ」

「だから、どう」

「妖精たちがさ」フュロワはまた息をついた。「暴れ回ってる」

「えっ」

「なに」

「おお」

 私とユエホワと祭司さまは同時におどろきの声をあげた。

「そう」フュロワ神は、まじめな顔になって話をつづけた。

「…………」その横でラギリスもまだ話しつづけていたが、ますますそれは聞こえなくなった。

「アポピス類は小さな妖精たちを集めて、地母神界に連れて行ったんだが」フュロワの声だけが私たちに届いた。「その妖精たちの中でこのところ、アポピス類に対して不満をもち、闘いをしかけようとしている者たちがいるようなんだ」

「えっ」

「妖精たちが?」

「おお」

「そう、妖精たちにも人間とおなじように、優しい性格の者もいれば好戦的な者もいるから、すべての妖精たちが悪さをしているわけではないんだが……嵐を巻き起こしたり氷を降らせたり、果実を腐らせたり泉の水を枯らしたりして、アポピス類たちの生活をおびやかす連中がぞくぞくと増えてきているんだよ」

「妖精たちが?」

「なんてことだ」

「おお」

 私たちはただおどろくほかなかった。

 いまのいままで私たちは、妖精たちというのはアポピス類に「飼われて」いる、つまりしいたげられている状態で、いっこくもはやく助けてあげなければならないものだと思っていたのだ。そう、だからそのために今ここにこうして、神さまのお力をおかりするために来たのだ。

 それなのに。

「どうして」私はぼう然とそう言うしかできなかった。「どうすればいいの」

「さっき、お前がアポピス類にさらわれそうだと言っていたよな、ユエホワ」フュロワは緑髪を見て言った。「もしかしたらあいつら、妖精に対する対抗策をお前に考えてほしくて連れて行こうとしてるのかも知れないな」

「…………て、…………く」フュロワの横でラギリスが、うなずきながら何かを言った。何個かの文字が聞こえたので、たぶん少し声を高めたんだろうと思う。

「ハピアンフェルは」私はつぶやいた。「そのことを、知っていたの、かな……」頭がどくんどくんと音をたてているようだった。

「――」ユエホワは、なにも言わなかった。

「あのう」そのとき、小さな声が上の方から聞こえてきた。

 全員が見あげると、三人のアポピス類の魔法大生たちが空中にうかんだままの状態で情なさそうな顔をして私たちを見おろしていた。

「そろそろ、下におろしてもらってもいいですか」ケイマンが震える声でそう言った。

 

葵 むらさきの著書

 

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評価:
(2019-05-07)
コメント:ポピーは魔法学校に通う少女。その世界では、キャビッチという野菜を使って魔術を行う。ある日ポピーと親友ヨンベは、ちょっとした悪戯を思いついたが、そのせいでヨンベが恐るべき鬼魔(キーマ)にさらわれてしまった! 悲しんでいる暇はない、自分が助けに行かなくちゃ! かっこいい神様たち、そしてずる賢い鬼魔ユエホワと共に、ポピーの冒険が始まった――

魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 62

  • 2020.03.10 Tuesday
  • 21:34

JUGEMテーマ:小説/詩

 

「俺ここで待ってるから」ユエホワは肩をすくめて言った。「神たちにこっちに来るよう言ってくれよ」

「なにいってんの」私はまた頭にきて緑髪鬼魔をびしっと指さした。「なんで神さまがあんたのために歩かなきゃならないの」

「歩けとはいってない、ひょーって飛んでくりゃいいだろが」ふくろう型はまた肩をすくめた。「神なんだから」

「そういうことじゃなくて」私は首をふった。

「ポピー」祭司さまがおだやかに私を呼んだ。

「はい」私は返事をして祭司さまを見た。

「まずはそのキャビッチをしまいなさい」祭司さまは私の手の上にある黄緑色のキャビッチを指さしておおせになった。

 あれっ。

 いつのまに私はキャビッチを持ってたんだろう?

「――はい」私は狐につままれたような気分に包まれながら、言われた通りキャビッチをリュックへもどした。

「さてそしてユエホワ」祭司さまは性悪ムートゥー類を見ておことばをつづけた。「お前はおそらく、裁きの陣へ近づくとなにか痛い目にあうということを恐れているのだろうな」

「――さあ」緑髪はすっとぼけたようにそっぽを向いた。

「そう恐れることはない」祭司さまは深くうなずいた。「お前はなにも恐れる必要はない」なぜかくり返す。「神がお前を待っておる」

「そうだよ。行こうぜユエホワ」ケイマンがうながす。

「さいでございますよ、せっかくおこしいただいているのですからまいりましょうぜひ」サイリュウもうながす。

「すげえよな神たちに直接会ってものがいえるんだぜ。こんなチャンスめったにねえぞ早く行こうぜ」ルーロも興奮していつもの早口が二倍ぐらい早くなってうながす。

「じゃあ、お前らのうしろについていくよ」ユエホワは観念したどろぼうのように上目づかいでそう告げた。「先に行ってくれ」

「よし。ぜったいついて来いよ」ケイマンが笑顔になって歩き出す。

「さいでございますよ。ぜったい」サイリュウも歩き出す。

「逃げるなよ。ぜったい」ルーロも早足で歩き出す。

「ほほほ」祭司さまはゆったりとお笑いになりながら歩き出す。

 私は、ユエホワが本当についてくるかどうかふり向いてたしかめながら歩き出した。

 ユエホワも、むすっとした顔でしぶしぶ歩き出した。

 そうして私たちは、裁きの陣のところまで来た。

 裁きの陣は部屋の中ではなく、中庭につくられている。

 中庭の中央に、大人の人の頭ぐらいの大きさの石がぐるりと円形――直径が四、五メートルぐらいある――に置かれてあり、その円の中に、白い粉で魔法陣が描かれてあるのだ。

 その陣の中にいたのは、私にとってとてもなつかしい人――いや、神さまだった。

 フュロワだ。

 私たちの住む菜園界の、神。

 菜園界の、どこか遠くにある森の中に、ひそやかに住んでいる、神。

 そう、ユエホワにはじめて出会った時――それは私にとってはいまわしい思い出だけども、この神さまにもはじめて会ったのだ。

 私の父よりは少し若く見えるけれど、ユエホワなんかよりはずっと大人で、優しく落ちついた感じの人――いや、神さまだ。

 その神はいま、ルドルフ祭司さまがいった通り裁きの陣の中に立っていた。

 やさしく、ほほえみながら。

 そしてその唇がゆっくりと開き、フュロワ神は言った――「お前ら、なにたくらんでやがるんだ。ちょっと粛清してやるからこっち来い」手まねきする。

 先頭に立っていた三人のアポピス類たちは、絶句して立ちすくんだ。

 それは私もおなじだった。

 あれ?

 こんなだっけ?

 神さま……フュロワ神……って……

「ほらな」うしろで小さく、ユエホワがつぶやく。

「聞こえないのか。早く来いって」フュロワがそういうと、先頭に立っていた三人のアポピス類たちの体がふわりと空中にうかんだ。

「うわっ」

「あれえ」

「おおっなんだこれ」三人はびっくりした声でさけんだ。

 それは私もおなじだった。

「あれ」フュロワ神はつづけていった。「ポピーじゃないか」

「あ」私はうかび上がった三人からフュロワへ視線をおろした。「こ、こんにちは」

「やあ、ひさしぶりだね」フュロワは目をほそめてにっこりと笑った。「元気にしてるかい?」

「は、はい」私は大きくうなずいた。

「あれ、こいつらってポピーの知り合いなのかな?」フュロワは自分が浮かび上がらせた三人のアポピス類を下から見上げながら私にきいた。「友だち?」

「あ、ええとあの、私の学校に魔法を教えに来てくれた人たちで」私は上を見上げたり三人を指でさしたりしていっしょうけんめいに答えた。

「へえ、こいつらがそんな殊勝なことをするのか」フュロワは楽しそうに笑い、それからさらに「あれっ」といって目をまるくした。

「ども」私のうしろにいたユエホワが、ルーロよりもはるかに小さな声でつぶやくようにあいさつした。

「ユエホワー」フュロワの目が、きらりと光った。「やっぱりおまえか」

「なんだよやっぱりって」ユエホワは口をとがらせて文句をいった。

「聖堂の裁きの陣に鬼魔がこぞって押しかけてくるなんて、おかしいと思ったんだよ」言いながらフュロワはまた手まねきした。「どうせまたお前がなんかくだらんいたずらを思いついて、何も知らない若い鬼魔をだましてつれてきたんだろ。こっち来いおまえも粛清してやるから」

「おお」ルドルフ祭司さまがためいきまじりに言った。「なんという洞察力か。さすが神のお力は偉大なるものじゃ」

「ふざけんなよ」ユエホワは怒った声で言った。「くだらんいたずらでも、だましてつれてきたんでもねえ。俺はな」そこではた、と私を見る。「おいポピー、お前からいってやってくれよ、このおっさんたちに」

「おい」フュロワは目をほそめた。「神にむかっておっさんとはなにごとだ」

「おお」ルドルフ祭司さまは手に持つ杖を持ち上げて額に当てた。「なんという大それた罪深きことを」

「そうだポピー、君のすばらしいキャビッチスローをまた見せてほしいな」フュロワはまた私にむかってにっこりとほほえみかけた。「ちょっとこの不届き千万な性悪鬼魔に向けて、投げてみてもらえるかな」

「あ」私はいそいでリュックをたたきキャビッチを取り出した。

「やめろって!」ユエホワが大声でさけぶ。「おい、何のためにこんなろくでもねえ裁きの陣とかまで来たんだよ! ちゃんとわかるように説明してやってくれって! 地母神界のことを!」

「ん?」そこでフュロワははた、とユエホワを見た。「地母神界?」

「ああ、そうだよ」ユエホワは大急ぎでうなずいた。「俺、そこのやつらにさらわれそうになって、今もねらわれてんだ」

「そこのやつらって」フュロワは目をまるくした。「アポピス類?」

「ああ」ユエホワはまたうなずいた。「同じ赤き目を持つ者とかなんとかわけのわかんねえこといいやがってあいつら」

「へえ」フュロワはうなずき、それから後ろをふりむいて「そうなの?」ときいた。

「え」

「なに」

「おお」私とユエホワと祭司さまはおどろいた。

 裁きの陣の上にはそれまでフュロワだけが立っているように見えていたが、彼がふりむいて声をかけたとたん、彼の背後に別の人影――いや、神の影が、音もなくふわりとあらわれたのだ。

 それは、私も見たことのない、真っ黒な長い髪を持つ、背の高い男の人――いや、神だった。

「こいつは、ラギリス」フュロワはもういちど私たちの方を見て、たった今姿をあらわした神さまの紹介をした。「その地母神界の、神だよ」

 

葵 むらさきの著書

 

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評価:
(2019-05-11)
コメント:ある日ポピーと彼女のライバル(?)である鬼魔(キーマ)のユエホワの前に、とつぜん白い光とともに一人のお姫さまが現れた。その人の名は、サルシャ姫──泡粒界という世界の王女だったのだ。サルシャ姫のいた世界は今、侵略者に乗っ取られ、大地も海も人々も瀕死の状態にあった。もしこのまま泡粒界がなくなったら、とんでもないことになる──ポピーは、泡粒界を救うべく立ち上がる決意をした。

魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 61

  • 2020.03.10 Tuesday
  • 21:27

JUGEMテーマ:小説/詩

 

 アポピス類の三人は、人間と見た目は変わらないから、昼日中でも堂々と歩いて通りキューナン通りを抜け、聖堂の門をめざした。

 問題はユエホワで、いくら姿形は人間と同じでも、緑色の髪と赤い目、金色の爪で、ひと目で鬼魔だとわかってしまう。

 なのでこんな明るい日中には通りを歩けない。

「だからってなんであたしとならんで飛ぶの?」私は眉をひそめ箒にまたがりながらきいた。

「おばあさまのいいつけだろ」ユエホワは私の横を自力で飛びながら答えた。「俺をよくよく守るようにって。だから俺がお前とならんでんじゃない、これはお前が俺の横にならんでくっついてきてる状況だ」

「はあ?」私は箒で跳びながら顔をおもいきりしかめた。「鬼魔語? ぜんぜん意味わかんないけど」

「お、見えてきた」ユエホワはすいっと私の前にとび出した。「聖堂だ。さあてと、呪いのじいさんはいるかな」そんなことをいいながら、するするするっと高度をさげてゆき、尖塔の上に止まる。

 つづいて屋根の上にたどりつき聖堂のようすを見おろすと、今ちょうどケイマンたちが門のところで聖堂のお姉さんたちに話をしている最中だった。

 声はきこえないけど「すいません魔法大学の者です、呪いについてお話をうかがいたいのですが」とかって言っているのにちがいない。

「うし、行くぞ」となりでユエホワがそう言ったかと思うと、壁づたいにするするするっと、直立姿勢のまま下へ飛びおりはじめた。

「うわ、ちょっと」私もあわてて箒にまたがったままおりてゆき、お姉さんたちが気づかないうちに聖堂入り口からしのびこむことができた。

 とはいっても、たぶん聖堂のお姉さんたちは町の人たちとちがって、ユエホワを見ても、また魔法大生がじつは鬼魔だってことがわかったとしても、あんまりおどろいたりさけんだりしないと思う。

 なにしろここは聖堂で、神様にちゃんと守られているし、ルドルフ祭司さまもいるし。

 悪意のある鬼魔など、近づくことすらできないはずだから。

 そこに入ってゆけるのは、攻撃する意志のない、無害な鬼魔だという証拠だ。

「ユエホワ、ずっとここにいればいいじゃん?」私は箒を片手に持ち、聖堂の廊下をすすみながらムートゥー類に提案した。「ここならアポピス類にさらわれることもないだろうし」

「やなこった」ユエホワは即答した。「ルドルフじいさんと日がな一日いっしょになんていられるかよ。息がつまる」

「でも人間界の勉強がいっぱいできるんじゃないの? しずかで本読むにもいいし」

「いや」ユエホワは歩きながら首をふった。「ぜったいそんなヒマなんかねえ」

「なんで? おそうじとかやらされるから?」

「いや」また首をふる。「ここにいたらさ、気軽に神々が遊びにくるだろ。あいつらヒマだから」

「えっ」私はびっくりした。「神さまがくるの? ここに? この聖堂に?」歩きながら声を高める。

「そりゃそうだよ」ユエホワは口をとがらせる。「そのための聖堂だろ」

「えっ、そうなんだ」私はますますびっくりした。「なんで知ってんの? 神さまによく会うの?」

「たまにな……ゆだんしてると、たまーにつかまっちまう」

「へえー……会って話とかするの?」私は、はじめてユエホワに会ったときのことを思い出しながらきいた。なんだかなつかしい光景がうかんできた。

「俺はしたくねえけど、向こうが勝手にな……あ」話のとちゅうでユエホワは立ち止まった。

「ん?」私も立ち止まる。

 ルドルフ祭司さまのいる祈りの陣の部屋までは、あと少し歩かないといけない。

 どうしたんだろう?

「あいつらに、頼んでみる方法もあるな」ユエホワは宙を見ながらつぶやいた。

「あいつら?」私はきき返した。「って……まさか、神さまのこと?」

「そう」ユエホワは私を見た。「あいつらは世界壁を越えて存在してるだろ。地母神界の情報も持ってるだろうし、古いつき合いの俺が狙われてると知ったら、きっと助けに応じてくれる」

「えーっ」私は眉をひそめた。「まさか」

「なにいってんだよ」ユエホワは肩をいからせた。「俺のこと馬鹿にしてんじゃねえぞ」

「ほほう」とつぜん、ルドルフ祭司さまの声が話に入ってきた。「お前は神たちと深い親交を持つ者のようじゃのう」

「祭司さま」

「――」

 私とユエホワは、いつのまにか祈りの陣の部屋から出て私たちに近づいてきていたルドルフ祭司さまを見た。本当に音もなく、風のようにふわっと近づいてきていた。

「世界壁の外へ行こうとしているのかの」祭司さまは、いつものことながらすべてお見通しのようだった。「そのために神々の力添えを頼もうと、そういうことかの」

「――まあ、だいたいそんなところだ」ユエホワは、なんだかむすっと不満そうな顔で答えた。「あとついでにじいさん、あんたにも手伝ってほしいんだけど」

「ちょっと」私はがまんできずにユエホワをびしっと指さした。「さっきから、ほんと失礼よ、あんたたち。祭司さまのことを呪いの祭司とか、神さまたちのことをあいつらとか、今だってついでにとか、失礼にもほどがあると思う」

「ほほほ、ポピーよ」祭司さまは肩をゆすって笑った。「それだけ悪態をついておきながら、この聖堂はなぜかこの者を迎え入れておる。安心するがよい、この者に真実の悪意はないということじゃ」

「――はい」私はうつむいて答えたけれど、もう少しでこの聖堂の中でキャビッチを取り出してユエホワにぶち当てるところだった。

 そんなことをしなくてすんで、本当によかったと思う――なにしろしかられるから。

「さすれば、神たちの来訪を待つこととしよう。こちらへ来るがよい」祭司さまはそういって、祈りの陣の部屋とは別の方向へ、廊下を歩き出した。

 私もすぐにその後について歩き出した。

「――」だけどユエホワは無言で、その場に突っ立ったまま動こうとしない。

「どうしたの」私はふりむき声をかけた。「早くおいでよ」

「――こっちって」ユエホワは、ものすごくいやそうな顔でいやそうな声で言った。「裁きの陣のある方向じゃん」

「さよう」祭司さまは元気よく答えた。「神たちが、裁きの陣にて待っておる」

 

葵 むらさきの著書

 

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評価:
(2019-05-07)
コメント:ポピーは魔法学校に通う少女。その世界では、キャビッチという野菜を使って魔術を行う。ある日ポピーと親友ヨンベは、ちょっとした悪戯を思いついたが、そのせいでヨンベが恐るべき鬼魔(キーマ)にさらわれてしまった! 悲しんでいる暇はない、自分が助けに行かなくちゃ! かっこいい神様たち、そしてずる賢い鬼魔ユエホワと共に、ポピーの冒険が始まった――

葵マガジン 2020年03月07日号

  • 2020.03.10 Tuesday
  • 21:21

JUGEMテーマ:小説/詩

 

◇◆◇◆聡明鬼◆◇◆◇


第90話 地獄絵図(全100話)

 

 リューシュンは、鬼どもを次から次へと掴んでは天心地胆の向こうへ放り込んだ。
 だが鬼の数は知れず、こちらも次から次へと踊り出て来る。
 さらに他の天心地胆からも、わらわらと出て来ては陰陽界を駆け巡り駆け去ってゆくのだ。
 ――くそ、独りでは埒が開かん。
 リューシュンは歯噛みしたが、どうすることも叶わなかった。
 せめてここに、コントクやジライ、ケイキョやスルグーン、そしてリンケイが居てくれたならば。
 そんなことを思う間にも、鬼どもはリューシュンの手をかいくぐり、またその手に噛み付き、振り解き、逃げ去ろうともがく。
 リューシュンは痛みと怒りに任せて、拳を握りがつんごつんと鬼どもを殴りつけた。
 気絶する鬼や泣き叫ぶ鬼、その場にしゃがみ込んでしまう情けない鬼たちもいたが、多くはリューシュンに止める術もなく、陽世へと潜り抜け出てしまうのだった。
 ――やはり陰鎮鷲椶帽圓辰董▲謄鵐砲鰄佑靴討靴泙錣佑个匹Δ砲發覆蕕覆い。
 そう判断し、リューシュンは矢庭に鬼どもから手を離し、天心地胆に最初の目的通り身を潜り込ませた。

 

          ◇◆◇

 

「さあ、これでいつ鬼どもが攻め込んで来ても恐れることはない」
 人々はそんな事を言い、互いに頷き合って心を強め合った。
 マトウの言葉通り皆は集い、邸の周りを鋼や巌にて強固にかため守り、門を造り、簡単にはよじ登れぬほどの立派な櫓を組み上げた。
「地上の天心地胆から来る鬼どもに対しては、あれでいいんでやしょうが」ケイキョが、そわそわと心配そうに歩き回りながら言う。「奴ら、空から降って来たりはしねえでやしょうかねえ」
「その時は、おれたちの出番さ」リョーマが、仔犬の鼻をくんくんと鳴らしながら安心させる。
「そうだな」黒犬のフラも、頷く。「俺たちが、空の天心地胆から来る鬼どもを焼き尽くしてはたき落とす」
「そうで、やすね」ケイキョは尚も不安を拭えぬ様子で、遥か上空に存在する天心地胆――地上からはなかなか眼に留めることができぬそれを、見上げた。
 龍馬二頭で――トハキが力を貸してくれたとしても三頭で、こと足りるのだろうか。
 恐らく決して足りはしないのだろう。
 陽世に棲むすべての龍馬たちを集めることができるのであれば心強いであろうが、鬼どもが襲い来る場所はなにもこのマトウの邸のみと限ったことではない。
 陽世中で、この世のいたるところ、あらゆるところで、鬼どもと人間たちとの闘いが始まろうとしているのだ――
 ケイキョは今更ながら、ぶるっと鼬の身を震わせるのだった。

 

          ◇◆◇

 

 リューシュンは、走った。
 森羅殿を目指して、ひたすらに走った。
 走ろうとした。
 だが道を真っ直ぐに開けてはもらえなかった。
 陰鎮鷲椶任蓮陰陽界の比ではない数の鬼どもが叫びながら狂ったように走り回り、逃げ回っていたのだ。
 阿鼻叫喚というものを間近で眼にする事態だった。
「リンケイ」叫ぶ。
 だがその声がおよそ届くだろうとは思っていなかった。
 それでも呼んだ。
「リンケイ。コントク。ジライ」
 鬼どもがわあわあ、ぎゃあぎゃあと喚き散らし、リューシュンの呼びかけを消す。

 

「閻羅王」

 

 ついにリューシュンはその名を叫んだ。
 鬼どもが、声を失い眼を見開いて、声の主を振り向く。
「閻羅王、聞こえるか」リューシュンは続けて叫んだ。「俺だ。聡明鬼だ。テンニと闘いに来た」
 鬼どもが、近くにいるのであろう閻羅王をきょろきょろと探す。
 だがその姿は見えない。
 そもそもリューシュンは、閻羅王に呼びかけているつもりなどなかった。
「閻羅王」の名を借りて、鬼どもに対し言葉を浴びせかけていたのだ。
「だがこうも大勢の鬼どもが騒ぎたて走り回っていちゃ、闘いの邪魔になって仕方がない。こいつらは鬼のくせに、ここ陰鎮鷲椶箸△鵑随緲絏Δ鮓捨てて、陽世に逃げ込もうとしているんだな。そんな不義理の奴ら、この俺がテンニを討ち取った暁に、あんたは再びここ陰鎮鷲椶坊泙入れるつもりでいるのか」
 それまで単純に、自分が逃げおおせることのみを思っていた鬼たちが、そこで初めて「その後」のことに思いを馳せた。
 確かに今自分だけが逃げて、テンニと打鬼棒がいなくなったその後、また何事もなかったかのように戻って来られるだろうか。
 閻羅王が、それを許すだろうか。
 鬼どもはそれぞれ、強く首を振った。
 その時こそ、自分たちは最期を迎えるのだろう。
 十八層地獄に叩き落されて。
「た、倒そう」鬼の一足が、言った。
 全員の鬼が、振り向く。
「そ、そうだ」別の鬼が、答える。
「そうだ」
「あのテンニとかいう奴を」
「俺たちも、やっつけよう」
「俺に任せろ」リューシュンはすかさず言葉を継ぐ。「お前たちは俺の後ろからついて来ればいい。力を貸してくれ。打鬼棒のことは任せろ」
 言いながら思うのは、斬妖剣をぎらりと光らせて構えるリンケイの姿だ。
 リューシュンとて、打鬼棒で打たれてはその後がない。
 無闇に近づくことはできないのだ。
 だが、人間であるリンケイならば、それが叶う。

 

「騙されるな」

 

 だがその時、遥か彼方から別の鬼どものがなり立てる声が届いた。
「そいつは聡明鬼、閻羅王様に楯突いていた者だぞ。閻羅王さまの友達のような面をしてその名を呼んではいるが、信用してなるものか」
「そうだそうだ」
「閻羅王様に楯突く鬼ではなく、我等こそが閻羅王様とここ陰鎮鷲椶鮗蕕衄瓦のだ」
「そこにいるような嘘つきの鬼こそ、倒してしまえ」
「何」リューシュンは牙を噛み締めた。
 まさか今ここで、自分への反駁を露にしてくる鬼どもがいるとは、さすがの聡明鬼にも予測がつかなかったのだ。
 だが今そのような理由で、鬼同士が争っている時ではない。
「待て」リューシュンは、自分を睨みつけ迫り来ようとする鬼どもに慌てて手を挙げた。「俺が信用できないならそれはそれでいい、だが今は俺でなく、テンニを斃してくれ。俺とのことはその後にしてくれ」
「逃げるのか」
「卑怯な奴だ」
 差し止められた鬼どもが文句を言い立てる。
「何だと」ついリューシュンもむかっ腹を立てる。「卑怯とは何だ」
「卑怯は卑怯だ」
「貴様打鬼棒が怖いから、今更のように閻羅王様に与しようと企んでおるのだろう」
「女々しい奴よ」
「女鬼の腐ったような鬼だ」
 鬼どもは次から次へと言いたい放題を言い募る。
「貴様らッ」リューシュンは牙をぎりぎりと鳴らし、次にはだっと駆け出して鬼どもに掴みかからんとした。

 

「閻羅王なにする者ぞ」

 

 その時、更に別の方向から別の鬼のがなり立てる声が轟いてきた。
 リューシュンをはじめすべての鬼は、またはっとしてそちらの方を見た。
「これからの陰鎮鷲棔△い笋輝界に限らず陽世も、統べるのはテンニ様その方に他ならぬ」
「テンニ様、だと?」リューシュンは耳を疑った。
「そうだ、テンニ様だ」新たに現れた鬼どもは揃って頷いた。「あのお方こそがこの先、閻羅王に代って世を統べる方なのだ」
「お前ら――」リューシュンと、そこにそれまでいた鬼どもすべては、言葉を見失った。
「逆らう者は誰だ」
「テンニ様に楯突く者、今ここで儂らが喰い殺してくれる」
「名乗るがよいわ」
「どいつだ」
「ふざけるな」リューシュンは更なる怒りを声に籠めた。「テンニにつくとは、お前ら正気か。どういうつもりだ」
「ふざけてなどいるものか」鬼どもはしかしひるまない。「儂らの仲間は今次々と、陽世に出て行って人間どもを支配に治めておるところだ」
「な」リューシュンは愕然とした。「テンニの、従者が」
「そうともさ」
「ふははは」
「今頃陽世のばかな人間どもが、鬼と話し合って事を収めようなどとばかな考えを起こして逆に頭から喰い千切られておるところよ」
「はははは」
「ぎゃははは」
 鬼どもは牙を剥いて狂ったように笑い合う。
「黙れ」リューシュンは怒鳴りつけた。「見て来たようなことをほざくな。貴様らこそどうしようもないばか鬼どもだ」
「見て来たことだ」鬼どもは鼻を鳴らした。「テンニ様がな」
「何だと」リューシュンは腹の中にどす黒い影がたちまち広がるのを留められなかった。「テンニが――そう、言ったのか」
「当たり前だ」
「だからテンニ様はこの世もあの世も手にできるのだ」
「なにもかもお見通しなんだからな」
「ばか鬼はお前の方だ」
「ききき」
「はははは」
「貴様らはただ打鬼棒が恐いだけじゃないか」リューシュンは理性を打ち捨てたかのように牙を剥き凶暴じみた様相になり怒鳴った。「何がテンニ様だ、もはや貴様らには憐憫の情すら持てぬわ」走り、一番近くにいる鬼の顔面に正面から爪を突き立て、引き裂く。
「貴様聡明鬼、よくも」
「やってしまえ」
「ぶち殺せ」
「打鬼棒の男につく奴らこそ殺してしまえ」
「やってやれ」
 いま陰鎮鷲椶蓮血となって流れこそしないが鬼どもが互いに切り裂き合い噛み千切り合い、まさに地獄絵図と化したのだ。

 

          ◇◆◇

 

 森羅殿には最初、助けを求める鬼どもが集まり来、次に破壊せんと目論む鬼どもが群がり来た。
 リンケイ、コントク、ジライの三足は、助けを求める鬼どもは森羅殿内の鬼差や小鬼たちに任せ、破壊しに来る鬼ども――その違いは遠目にあってもその様相、表情で一目瞭然だった――には容赦なく刃を突き立てた。
牛頭と馬頭はいつものように閻羅王の傍で、最後の砦の守りに就いていたようだったが、敵として襲い来る鬼の数が尋常でないことを知るやただちにリンケイ達に交ざり闘い始めた。
 走り来る鬼どもを斬り、突き、押し倒し、蹴り上げ踏みつけ、完膚なきまでに叩きのめす。
 しまいには鬼差や鬼卒、小鬼までもが武器を取り闘いに加わった。
 力に劣る者は哀れにも敵鬼の牙や爪の犠牲になるばかりであったが、それでも恐れるものはいなかったのだ。
 ここ森羅殿もまた、壮絶なる地獄絵図の様を呈していた。

 

          ◇◆◇

 

 星屑にも見まがうほどの数だった。
 だがそれは星ではなかった。
 すべからく、鬼だったのだ。
 それらが堕ちてくるその数は、とても人間たちの予想できるものではなかった。
 それも道理で、生きている人間たちには地獄の鬼が一体何匹いるのか、わからないのだ。
 かつて鬼だったものが投胎して人間になったという人間もいるだろう。
 しかし人間として生まれ出、人間として育って行けば、もはや鬼であった頃の事などまったく思い出すことはないのだ。
 今、空からわらわらと降って来る鬼どもは、かつて鬼であった者にとっては初見の鬼にすぎなかった。
「来るか」
 マトウが空を見て一言、言った。
「はい、鬼どもが来ます」リシは慄然と叫んだ。
「いや」マトウは首を振った。「来るというのは、地獄絵図の世界がだ」

 

◇◆◇◆次号へ◆◇◆◇
 

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評価:
(2019-04-30)
コメント:会議室では、火星の開発方法、各国の分担などについて活発な論議が交わされていた。だが一人の男、日本人科学者だけは、口を閉ざしていた。見かねた仲間が声をかけると、彼はやっと重い口を開き――とんでもないことを語り始めたのだった。表題作ほか「うで」「お父さん昇天記」収録。ショートSFコメディ集。
Amazonランキング: 362994位

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