葵マガジン 2019年12月07日号

  • 2019.12.07 Saturday
  • 18:37

JUGEMテーマ:小説/詩

 

◇◆◇◆聡明鬼◆◇◆◇


第77話 嫌悪(全100話)

 

「キオウ、どうしたんだ」聡明鬼は模糊鬼に訊いた。「お前は一体、何を探してるんだ」
「――聡明鬼……」キオウは呟くように呼び、うな垂れた。「俺は」
「スンキが、どうかしたのか」リューシュンは続けて訊く。
「――」模糊鬼は、答えられなかった。
 自分の不甲斐なさのせいで、スンキを一度ならず二度までもテンニの手に攫わせてしまったのだ。
 何一つ、言い訳をすることなどかなわない。
「テンニに、何を要求された――火傷を治す方法か」
「ああ」キオウは眼を上げて聡明鬼を見た。「すまない……お前に隠し通すことなど、端からできるわけがなかったな」
「当たり前だ」聡明鬼は口を尖らせて言い、それから左手に立つリシを振り向いた。
 女は、黒く長い髪を砂漠の風に吹かれるままなびかせ、物も言わず佇んでいた。
 立ち竦んでいた、という方が正しいかも知れない。
 その眼は、ひたと聡明鬼の貌に向けられていた。
「お前は、誰なんだ」聡明鬼は、訊いた。
「――」女は答えず、ただひたと鬼に眼を向けていた。
「おい」リューシュンはもう一度、声をかけた。
 女ははっとしたように眼を見開き「あ」と声を出した、だがすぐに言葉にはならないようだった。
「キオウに、何を話していた」リューシュンは模糊鬼の方へ少しだけ顔を向けまた訊いた。
「――」リシは尚も戸惑ったような眼をリューシュンに向け「お前も、鬼、なのか」と訊き返した。
「ああ」リューシュンは頷いた。「俺も、鬼だ」
「鬼」リシは小さく繰り返した。「なのに、どうしてそのような色の眸をしている」
 今度は模糊鬼がはっとして眼を見開いた。
 聡明鬼の眸――碧に輝く眸を見る。
「知るか」だが聡明鬼は気にも留めぬように短く答えた。「生まれた時からこの色だ。それでお前は何者なんだ」逆にもう一度問う。
「――」リシは、いきなり鼻面を弾かれたように口をあんぐりと開け眼をぱちくりさせた。
 てっきり目の前の鬼が自分の問いに対し神妙に答えるものと思い込んでいたのだ。
「きさ、ま」ただそれだけしか言葉にならなかった。
「答えないならこいつは連れて帰る」リューシュンは言い残してすい、と女に背を向けた。「行くぞ。キオウ」
「――ああ」模糊鬼に異論はなかった。
 答えが“ムイ”であるとわかった以上、この女に頭を下げてついていく必要はないと判じたのだ。
 ムイならば、きっと探せるだろう。
 フラの嗅覚は今でもムイの香りを憶えているだろうし、陰陽師についていたリョーマもその薬草についての知見は多少なりともあるに違いない。
 そして何より、聡明鬼がいれば。
「待て」立ち去ろうとする一行の背に向けてリシが声を高めた。「マトウ様に会って行け」
 リューシュンは立ち止まり、黙ったまま振り向いた。
「聡明鬼、行こう」キオウが言う。「もうあの女に用はない」
「マトウって、誰なんだ?」リューシュンは、キオウに訊ねた。
「恐らく、あの女の信奉する指導者のようなものなんだろう」キオウは推測を述べた。「何かの教義を説く者か、或いは陰陽師なのかもな」
「陰陽師?」リューシュンは眉根を寄せた。
「ああ。あの女も、ムイや薬草についての知識があるようだ」
「おい」リューシュンはまたしてもリシに振り向いた。「お前は、陰陽師なのか」
「――」リシは気圧されたように半歩退き「今は違う」と答えた。
「今は違う? って、どういうことだ」
「今はまだ、マトウ様の許で修行をする身だ。マトウ様こそが、この世界における最高位の陰陽師だ」
「マトウが?」繰り返しながら、リンケイはそいつを知っているのだろうか、とリューシュンは想っていた。
 陰鎮鷲椶惺圓再会したならば、是非訊ねてみよう――
「呼び捨てにするな」リシは声を荒げた。「本来鬼風情がそのお姿を拝むことなど到底かなわぬお方だが、此度特別のはからいをしてやろうと言うのだ。伏して感謝するがよい」
「別に、頼んではいないぞ」リューシュンは眼を細めてうんざりしたように言った。「まあ、どんな奴なのか一度見てやってもいいが……だが今はそんな暇がない、また今度だ」リューシュンはさっさと背を向け、リョーマの方へ歩き出した。
「ま、待て」リシは必死になり、手を差し伸べた。「その眸の色、マトウ様の法珠と同じ色をしている。何か陰陽の理にお前は関わりがあるものなのではないのか」
「陰陽師に知り合いはいるがな」そう答えた時リューシュンはすでにリョーマの背に乗っていた。「陰陽の理とかには関わりどころか何も知らん。行くぞ」皆に声をかけ、リョーマとフラはそれぞれの背に連れて来た者たちを乗せふわりと浮き上がりかけた。
「待て」リシは声を限りに叫んだ。「ムイをやる。マトウ様に会ってくれ、そうしたら好きなだけムイをくれてやる」
「ムイを?」リューシュンはきょとんとした。「なんだってまた」
「それが、テンニの体を元に戻す力になるらしい」キオウが説明する。「テンニはムイ中毒をいまだに引きずっているからこそ、全身黒焦げになって尚動けているんだろうと」
「なんだって」リューシュンは片眉をしかめた。「情けない奴だな」
 キオウもつい苦笑を洩らした。「度し難いとは、あいつのことを言うんだろうな」
「けど、マトウのところへ行けばムイを探す手間が省けるってことか」リューシュンは腕組みをして考えた。「ほんの挨拶程度なら、そんなに時間も食わないだろう。行くか」
「大丈夫なのか」キオウは躊躇した。
「まあ、大丈夫だろう」リューシュンは肩をすくめ、リョーマの背から下を覗き込んだ。「わかった。マトウのところへ案内してくれ」
「――」リシは、鬼があっさりと承諾したにも関わらず、まだ戸惑ったような眼で黒龍馬トハキを見た。
「フラに乗れ」キオウが告げる。「お前の尻は腐るかも知れないが、それがマトウに会う条件だ」
「く……」リシは歯噛みして模糊鬼を睨み上げたが、すぐにその隣の空中に浮かんでいる聡明鬼に眼を移し、さっと顔を俯けて「わかった」と小さく答えた。
「あの女」キオウが、今度はリューシュン達にだけ聞えるほどの小声で告げた。「お前に惚れたんじゃないのか。聡明鬼」
「ええ?」ケイキョが素っ頓狂な声を挙げた。
「はははは」スルグーンはさも愉快そうに笑った。
「何だ、それ」リューシュンはリンケイに対して言っていたのと同じ表情、同じ声音でキオウに向かって言った。

 

          ◇◆◇

 

 玉帝の御姿は、今なお瞼の裏に焼きついて離れない。
 なんと美しい出で立ちだったことだろう――黄金の髪、碧色の眸、白の衣を纏うしなやかな身体。
 マトウは幾度、瞼を閉じその姿の残像を追ったことだろうか。
 否むしろ、幾度そうしていない時があっただろうか。
 マトウは一度だけ、玉帝との邂逅を果たしていたのだ。
 それは思いもかけぬ、突然のものだった。
 玉帝はマトウに、閻羅王に力を貸す者を探して欲しいと依頼した。
 一足のものが、今それを探している、と。
 その者には仲間がいて手助けをしてくれているが、強き法力を持つ高名な陰陽師であるマトウにも是非その力になってやって欲しい、と。
 マトウは無論、全身全霊をもってその望みに答えることを誓ったのだった。
 そしてそれからマトウは、玉帝の姿を常に想い、胸を熱くし、その眸と同じ色を持つ碧玉を従者に探させ、いつも手許に置き、手に取り、吐息を震わせながらその色の中にまた玉帝の姿を追うのだった。
 玉帝はあれ以来、一度も姿を見せてくださらない。
 マトウは、閻羅王に力を貸す者を探すには、人間たちを浄め閻羅王の許へ行かぬようにさせるのが良いと思いついた。
 すなわち自分の許に人間どもを来させ、その者たちを浄めて上天へと送る。
 そうして尚、陰鎮鷲椶惺圓定めの者がいるとすれば、その者こそが閻羅王に侍り仕える者、閻羅王に力を貸す者となるに違いない、と。
 折しも人間たちの間では、鬼による統治に異を唱えるということが広まっていた。
 それと相俟って、マトウの「人間を陰鎮鷲椶惺圓せない」という、思想――それが“導き”となり“教義”となるまで、さして時間はかからなかった――は益々もって人間たちの「鬼排除」「人間による支配、管理」を望む態度を昂ぶらせていったのだ。
 マトウ自身は、周りの人間たちがどのように望もうと、それに対しては余り関心がなかった。
 ただ、玉帝が自分に残した言葉、声、それだけを胸に唱えつづけるのみだった。
 ――もう一度……もう一度だけでも、せめて……
 いつもと同じことを想いながら窓際に腰掛け、湯気の立つ茶器を手にぼんやりと空を眺める。
 いつもの、昼下がりの時間が緩やかに過ぎて行こうとしていた。
 だが、この日はいつもとは違っていたのだ。
 玉帝の面影を追う空の中に、それは突然に現れた。
 マトウははじめ、鳥かと思って何気なくそれを見ていた。
 しかしぐんぐんと近づくにつれ、それを見るマトウの眼は驚愕に見開かれていった。
 鳥ではない。
 並び飛ぶ、二体の龍馬だ。
 その姿はみるみる大きくなってゆき、ついにマトウはほとんど真上を、口あんぐりと開け見上げている自分の姿に気づいたのだった。
 当然のことながら、マトウの腰掛ける窓の外に人々は集まり、わあわあと騒いでいる。
 世界は今や二体の龍馬の作る影に包まれ、不安と恐怖を呼び起こすのだった。

 

「マトウ様」

 

 だが聞き覚えのある声が、その龍馬の背の上から聞こえて来、マトウははっとした。
 声の主はそれから、恐る恐るのように一体の龍馬の背から顔をそろりと突き出したのだ。
「――リシか」マトウはほとんど真上を見上げたままで問うた。「この龍馬たちは一体――トハキはどうしたのだ」
「今は、深く傷ついて砂漠にて一人養生しております」リシは答えた。
「傷ついて? 何故」
「この者に――やられました」
「なんと――ではお前は」マトウは髪が逆立つような感覚に囚われた。
 では今その龍馬には、リシだけでなく、この凶悪な龍馬の――
「あんたがマトウか」
 少し離れたところから、若く張りのある声が名を呼ぶ。
 もう一体の龍馬の背の上からだ。
 マトウはそちらに眼を向けた。
 蓬髪を風になびかせ、一足の鬼が覗き込んでいた。
 かと思うと突然その鬼は、龍馬の背からひらりと空中に飛び出したのだ。
「あっ」マトウは思わず叫んだ。
 すたん、と鬼は、マトウの腰掛けていた窓の外の地に降り立った。
 そしてマトウは、見た。
 その鬼の持つ、眸の色を。
「あ――」それだけしか、声は出なかった。
 その色を、知っている。
 その色を持つ眸を、知っている。
 つい先ほどまで――上にいるあの二体の龍馬たちが視野の中に現れ出て来るまで、その眸を持つお方のことをずっと考えていた。
だが今目の前にいるのは、そのお方ではない。
 どころか、人間でさえもない。
「お」お前は、と言いかけて、マトウは留まった。
 その、碧の眸がゆるりと瞬きをするのを見たからだ。
 この、一見すると鬼だが、今目の前にいる、この――
「あ」マトウは声が震えるのを自分の耳にどうしようもなく聞いた。「あなた様は、どなたなのですか」
「俺は聡明鬼」リューシュンは、全身黒ずくめの出で立ちの女に答えた。「土地爺をやっている。訳あってムイを探している」
「聡明鬼――」マトウは囁くように繰り返した。
 その名をもまた、知っている。
 陰鎮鷲椶麗緲絏Δ暴歹佑土地爺。
 そして――
 玉帝と、同じ色の眸を持つ、鬼。
「どうして――」それだけしか、言葉にならなかった。
 どうして、そんな色の眸をしているのか。
 どうして、閻羅王に楯突くのか。
 どうして、玉帝と同じ眸で、玉帝方の者のごとき振る舞いをするのか――
「ある鬼に知り合いを攫われてな。そいつの望みがムイだからだ」
 しかし鬼の答えはマトウの心が本当に問いたいことに対してのものではなかった。
 マトウは眼をぱちくりさせ、すぐには何も言えなかった。
「あいつが、マトウかチイ?」
 すぐそばで声がし、フラの背の上でリシははっと振り向いた。
 奇妙な出で立ちの、小さな生き物がフラの背の上、自分の隣に、ふわりと浮いていた。
「なんだか」スルグーンはふわふわと浮かんで下にいる黒ずくめの女――聡明鬼と話している――を見下ろしながら、低い声で言った。「気に入らねえキイ」

 

◇◆◇◆次号へ◆◇◆◇

 

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評価:
(2019-05-14)
コメント:神との邂逅を繰り返すことで、石は透明度を増してゆく──トレシアは自分の持つべき石を見つけたばかりだった。神に訊ねることはいつも一つ。愛する人にいつめぐり合えるのか──そんな無邪気な少女の前に現れた少年、ラミイ。二人は楽しく過ごし、二人だけの秘密を分かち合った。けれど平和な日々はつづかなかった──長編恋愛ファンタジー。

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