魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 55

  • 2020.01.16 Thursday
  • 05:16

JUGEMテーマ:小説/詩

 

 ハピアンフェルは、しばらく何も言わなかった。

 私もそれ以上のことは言えずにいた。

「そうかも知れないわね」やがてハピアンフェルが、小さな声で言った。

 私はハピアンフェルをちらりと見た。

「けれど、たいがいの大人は――そうね、何十年も前には、いまのあなたと同じような、つらくて苦しい思いを抱えていたのよ」

「――」私は顔を上げて、ハピアンフェルをちゃんと見た。

「大人は年をとるにつれて、昔のことを忘れていくと思われがちだけれど、そんなことは決してないわ」ハピアンフェルはにっこりと微笑んでそうつづけた。「記憶の奥底に、いつも、いつまでもそれは残っている……だけど大人には、ひがな一日その思い出をながめてひたっていることができないのよ。やることがいっぱいあって」

「――」私はまたうつむいた。それは、わかってるけど。

「ひとまず今日の食事の用意をしなくちゃいけないし、体の具合がいいか悪いかとか、明日の仕事の予定とか、もっと先の予定のこととか、たくさん考えないといけないわ……自分のためというよりも、おもに家族のためにね」

「――」私はまだうつむいていた。それも、わかってるけど。

「だからむかし、子どものころに思っていた感情というものを――いまでも変らず大切なその想いを、やすやすと引っぱり出してきて、のんきにながめてはいられないの」

「――」

「それは、そんなかた手間に、仕事しながら横目でちら見できるようなものじゃないから」

「え」私はもういちどハピアンフェルを見上げた。

「その想いと向きあうときには、きちんと準備する必要があるのよ」

「準備?」

「そう」ハピアンフェルはちいさな肩をすくめて、くすっと笑った。「だれにも見られず、思いきり泣けるように、ね」

「――」私はじっと白い妖精を見ていた。「なんで、そんなによく知ってるの?」

「うふふ」ハピアンフェルはちいさな手で口をおさえて、楽しそうに笑った。「むかし、今のポピーメリアとおんなじことを言ってなやんでた女の子がいたからよ」

「え」私は目をまるくした。「それって、もしかして」

「さあ、だれかしらね」ハピアンフェルはますます楽しそうに、ふわ、ふわ、と上下に飛びながら笑いつづけた。

 おばあちゃん……?

 私はそう思ったけれど、聞くことはできずにいた。

 むかしは、祖母も私とおなじだったんだろうけど、でも今は、まったくちがう。

 伝説の魔女に、なっている。

 ものすごい努力の成果ってことなんだろうけど、でもやっぱり、もともと持っている才能というのか、力が、ほかのみんなとは比べものにならなかったからだ。

 なにしろピトゥイが、三か月で発動するんだもん。

 私なんて、ヨンベのおじさんの薬を使わなかったら、もしかしたら一生発動しないのかも、知れない――

 

「お前、なにさぼってんだよ」

 

 ふいに、低い声がした。

 ふりむくと、緑髪鬼魔が両手を腰に当てて、タルパオの幹のむこうからむっつりとした顔で私を見おろしていた。

「なにぺちゃくちゃのんきにおしゃべりしてるんですか、未来の伝説の魔女?」そこで首をかしげながら、赤い目で空を見あげる。「の、ポピーさん」また顔を正面にもどして、私を見おろす。

「なによ」私はいい返した。「のんきになんてしてないし。ハピアンフェルに悩みをきいてもらってたんだから」

「なに悩みって」ユエホワは眉をひそめてきいた。

「ふん」私はそっぽをむいた。「あんたに関係ないし」

「はっ、どうせまたお子ちゃまのあれだろ、オトナハナンニモワカッテクレナイーってやつだろ」

「う」私は、胃のあたりにキャビッチをくらったような感じがして声をくぐもらせた。

 なんでわかったんだろう?

「そういうね、自分をかわいそうがる暇があったら、とっとと練習しろってことだよ。時間がもったいねえ」

 いや、きっと立ち聞きしてたんだ。

 いやなやつ!

「ユエホワソ」ハピアが私の手の中からそう呼びかけかけて、止まった。「――ポピーメリアに、つらく当たらないで」

「ま、なんだかんだ屁理屈こねたって、結局お子ちゃまはのんきなもんだよな。自分のことばっかり考えていればいいんだもんな」

「ユエホワソイ!」ハピアが叫んだ――どうしても、つけちゃいそうになるんだろうなあ『ソイティ』を――「失礼だけれど、私から見ればあなたもポピーメリアとなんら変わらない、お子ちゃまだわ」

「く」ふくろう型鬼魔は目を細めて小さな妖精を睨んだけど、すぐに目をそらした。

「それに、あなたにだってあるでしょう、だれかに、話だけでも聞いてほしくなることって。鬼魔は悩んだりしないのかしら?」

「俺はな」ユエホワは、金色の爪の親指で自分をさしていいかえした。「いつだって自分で、調べて、考えて、解決方法を必死でさぐってきた。大人にあまえたりなんかしたことねえぞ。ずっと一人だったからな」

「まあ」ハピアンフェルが息をのんだ。「かわいそうに」

「かわいそうとかいうな」ユエホワは腕をぶんっと横にはらった。「知ったふうに上から説教すんじゃねえ」

 

「あれ、一人じゃなかったじゃん、ユエホワ」

 

 ふいに、明るい声がした。

「え」見ると、ユエホワのさらに向こうに、ケイマンたちアポピス類学生がたたずんでいた。

「いっつも俺たちがいっしょにいてやってたじゃん」ケイマンはにこっと笑う。

「さいですよ、あなたの悩みも愚痴も、いつも我々が聞いてさしあげていましたでございましたです」サイリュウも、なんどもうなずきながらやさしく笑う。

「そうそう、あのときなんてあれだよな、……で俺らに……て泣きついてきてそいで、……ていったら……て」ルーロも、ものすごく早口でちいさい声でなにかいい、そしてひひひ、と風のように笑う。

「お前ら」ユエホワは歯をくいしばってうなるようにいった。「大うそこいてんじゃねえ」

「うそじゃないだろ」ケイマンが両手をひろげて肩をすくめる。「お前友だちいないから、いっつも俺たちのところに来てたじゃん」

「えっ、そうなんだ」私は思わずことばをはさんだ。「ユエホワは逆のこといってたけど」

「逆だよ」ユエホワは私をふり向いて大声を出した。「こいつらがはぶられてたから俺が」

「それは逆でございましたでしたよ」サイリュウが首を横にふる。「ユエホワがはぶられてたから我々が」

「はぶられるもんか」ユエホワはにぎりこぶしを上下にふりながらますますどなった。「俺はな、ムートゥー類随一の精鋭にして先鋒の存在だぞ」

「でも友だちいないのは確かだよな」ルーロがすばやく早口でいいかえす。「いっつも一人でいたし」

「あー、それでか」私はナットクした。「だからいっつも人間界に来てしょうもないいたずらしてるのか」

「ちがうって」ユエホワは私をふりむいていいかえした。「人間界の偵察をしに来てるんだって」

「それでも悩みごとがあると彼らに話を聞いてもらっていたんでしょう」ハピアンフェルがそのことをむしかえした。「それならポピーメリアのつらい気持ちをさっしてあげられないとおかしいわ。あまり変わらないとはいえ、あなたの方がほんの少し年上なんだから」

「俺のは悩みじゃねえ」ユエホワは悪あがきした。「鬼魔界の政策とかシステム運営上で、なんか腑に落ちないことがあったときに、改善策をこいつらに聞かせてたんだよ。なんの参考にもならねえだろうけど一応、どう思うかって、意見を聞いてやってたんだ。聞いてやってたのは俺の方だ」

「あれ、そうだったっけ?」ケイマンが他の二人のアポピス類を見てきく。

「そんな高尚でむずかしいお話などしたおぼえもございませんでしたでございますけどもねえ」サイリュウも首をかしげる。

「夢の中ででも話してたんだろ」ルーロがひひひ、とひそかに笑う。

「話したって」ユエホワはがくりと肩を落とし、うなだれた。「どんだけ記憶力ねえんだよお前ら」

 どうしてかまったくわからないのだけれど、私はそのとき、本当にふしぎなことに、この緑髪のムートゥー類がふと、かわいそうに思えたのだった。

 

葵 むらさきの著書

 

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評価:
(2019-05-11)
コメント:ある日ポピーと彼女のライバル(?)である鬼魔(キーマ)のユエホワの前に、とつぜん白い光とともに一人のお姫さまが現れた。その人の名は、サルシャ姫──泡粒界という世界の王女だったのだ。サルシャ姫のいた世界は今、侵略者に乗っ取られ、大地も海も人々も瀕死の状態にあった。もしこのまま泡粒界がなくなったら、とんでもないことになる──ポピーは、泡粒界を救うべく立ち上がる決意をした。

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