葵マガジン 2020年01月25日号

  • 2020.01.27 Monday
  • 11:24

JUGEMテーマ:小説/詩

 

◇◆◇◆聡明鬼◆◇◆◇


第84話 問答(全100話)

 

 どうやって戻ったのだろう――
 目醒めて最初に見えた天井をじっと見つめながら、リューシュンが最初に思ったのはそのことだった。
 どうやって――そこが山ではないこと、さっきまで自分が山にいたこと、山に行く前は陰陽師マトウの邸にいたこと、それらは鬼の頭の中に残っていたのだ。
 だがその山から、今またマトウの邸――この天井はそこのものだ、それも頭に残っている――に戻ってきているが、その間のことを覚えていない。
 まったく、覚えていないのだ。
 リューシュンは、身を起こして寝台の上に座り薄暗い部屋を見つめた。
 つぎに視線を落とし、自分の手を見下ろす。
 前にも、そうしたことがある。
 すぐにそのことが、頭に浮かんだ。
 いつだったか――否、知っている。
 それは前に、誤ってスンキの心の臓を突き刺し殺してしまった翌日だ。
 その時は自分の邸の中にいて、今と同じように仰向けに寝ていて、目覚めた時最初に天井が目に映り、そうして自分は――
 今と同じように、身を起こし自分の手を見下ろした。
 そして――
 叫びながら突っ伏したのだ。
 リューシュンは目を閉じた。
 眦から鬼の涙が頬を伝い落ちた。
 今は叫ばない。
 突っ伏しもしない。
 だが泣こう。
 もう二度と――顔を見ることも、声を聞くこともできぬ友のことを惜しみ、泣くのだ。
 自分のせいだろう。
 他の仲間のせいだろう。
 もっと気をつけていれば、キオウとスンキは血となって流れることなどなかったはずだ。
 ごめんな。
 リューシュンが想うことのできる言葉は、それしかなかった。

 

          ◇◆◇

 

「聡明鬼さまに、食事を運びます」
 侍女がそう言う。
 廊下で、皿の乗った盆を運んでいるところに声をかけたのだ。
「私が行こう」リシは無意識のうちにそう口にしていた。
「あ……ですが」侍女は戸惑っていた。
「よい」リシは構わず盆に手を伸ばした。「少し、様子も見たいしな」
「あ、はい」侍女は下がり、頭を下げた。「ではお願い致します」
 盆を片手に乗せ、空いた手で扉を叩く。
 返事はない。
 それでもリシは、そっと少しだけ扉を開けた。
 眠っているのかも知れない、と思ったのだ。
 薄暗い部屋の中、一番奥側の寝台の上に、聡明鬼が座っているらしき影が見えた。
 そこからでは、大分大きな声でないと返事をしても扉の外まで届かなかっただろう。
「食事を持って来た」リシは奥に向かって言った。「入るぞ」
 影が、ゆっくりと首を持ち上げこちらを見るのがわかった。
 リシは、少しほっとした。
 食事も食べてくれるだろうと、思った。
 歩を進める。
「あの時と、同じだ」
 聡明鬼の声が、不意にそう呟く。
 リシは、足を一瞬止めた。
「同じ?」訊く。「何がだ?」
 聡明鬼は黙って、リシを見ているのかリシの持つ食事の盆を見ているのかわからぬ視線を送ってくる。
「あの時も、食事を運んでくれると言った」また、呟く。
「誰が?」リシはまた訊く。
「俺の……使用人がだ」
「――」リシは話がよく呑み込めず、言葉を返せなかった。
「いや」聡明鬼は構わず続けた。「あの時は結局、食事じゃなく茶を運んでくれたんだ」
「――」リシは返事ができぬまま食事を寝台の傍の卓上に置き、それから寝台の上に食事用の棚を取り付けた。
 作業の間、リシも聡明鬼も言葉を口にしなかった。
「食べられるか」棚の上に盆を置きながら、リシは訊いた。
「ああ」聡明鬼は小さく頷いた。「ありがとう」
「――」リシはしばらく立ったまま聡明鬼を見た。「大丈夫か」訊く。
「ああ」聡明鬼は再び頷く。
「――」リシは、どう言葉をかけるべきか考え続けていた。
 だがどう言えばよいのか、まるで思いつかずにいた。
「あれな」
 聡明鬼が、料理の皿を見下ろしながら静かに話し出した。
 リシははっとして聡明鬼の横顔を見た。
「打鬼棒、っていう、テンニの得物なんだ」
「――打鬼、棒」
「ああ。それに打たれた鬼は、血となって流れ、二度と戻れない」
「――」息を呑む。「な」
「投胎も、できない」
「そ」
「完全に、消えてしまうんだ」
「――そんな」今更のように、リシの体は震え出した。「やっと、出会えたのに」
 聡明鬼は口を閉じ、何も言わなかった。
「なんてことを」リシは歯をぎりっと噛んだ。「あの鬼」
「ああ」聡明鬼は目を閉じ、かすれた声で言った。「俺は、あいつを――許さない」
「私もだ」リシもすぐに続けた。
 リューシュンがそこで初めてリシを見上げる。
「許さない」リシは眉根を寄せて言った。「テンニ」
「うん」リューシュンが、少しだけ微笑んだ。
「――」リシは少したじろいだように視線をさ迷わせ「じゃあ、食べろ」と言い残して背を向けた。
「リシ」背後から聡明鬼の声が追う。
「――」リシは心臓を高鳴らせ、立ち止まった。「なんだ」首だけ振り向く。
「マトウと、話がしたい」リューシュンは告げた。「後で、部屋に案内してくれ」
「――」リシは目を丸くした。「マトウ様と? 何を」訊く。
 だが聡明鬼は答えなかった。「頼めないか」とだけ言う。
「――」リシは頭をはたかれるような感覚を味わった。「わかった」そう答えるしかできなかった。

 

          ◇◆◇

 

「思いのほか、大丈夫そうだった」
 リシからそう聞き、ケイキョとスルグーンは安心して部屋に戻った。
 だが扉を開けた時、彼らは今までに聞いたことのない声を――聡明鬼の声を、聞いたのだ。
「う……ぐ……く……」
 二足は目を見合わせた。
 聡明鬼が、自らの首を手で絞めているのかと同時に思った。
「聡明鬼!」
「旦那!」
 鼬と雷獣とは大急ぎで一番奥の寝台まで走った。
 聡明鬼はそこに座っていたが、しかし自らの首を手で絞めているのではなかった。
 寝台の傍の卓上には、空になった皿の乗った盆が移し置かれ、寝台から取り外された棚が下に転がされていた。
 聡明鬼は寝台の上で、自らの膝に肘を突き、掌に顔を埋め、声を殺して泣いていたのだ。
 その殺した声が、まるで自ら首を絞めているかのように――それほどまでに苦しげに、聞こえたのだ。
 鼬と雷獣は、何も言えず佇むしかなかった。
 苦しげに――実際苦しいのだろう――聡明鬼は泣き続けた。

 

          ◇◆◇

 

「聡明鬼さまが」マトウは言い、それから頬を手で抑えた。「私と」
「はい」リシは俯き答えた。「こちらに、後で案内するよう頼まれました」
「しかし、聡明鬼さまのお体は大丈夫なのか」マトウは心配した。「私が向かってもよいぞ」
「いえ、それには及びません」リシは顔を上げた。「体は無傷ですし、食事も……摂りました」見たわけではないが恐らくそうだろうと思い、話す。「こちらへ来るのに支障はないものかと」
「そうか」マトウは尚も心配そうな顔をしつつも「わかった」と頷いた。

 

          ◇◆◇

 

 リューシュンは、露台の手摺を持ち夜空を見上げていた。
 涙はもう乾き、呼吸も楽にできていた。
 ケイキョとスルグーンがずっとこちらを案じてくれているのが判る。
 心配するなと告げはしたが、それでも二足が心配することも判っていた。
 それを判っていながら、リューシュンは独り露台に出て夜空を見上げたのだ。
 ――リンケイ。
 心に、その名を呼ぶ。
 ――キオウが……いなくなった。
 心でそう話す。
 陰陽師の切れ長の目が愁いに満ちる様が浮かぶ。
 ――スンキも、一緒に。

 

 そうか

 

 陰陽師の唇がそのように動く様が浮かぶ。
 ――お前がいたら、あいつを救えたのかも知れないな。リンケイ。
 ゆっくりと瞬きをする。
 ――お前だったら、あいつに……キオウにムイの甕を渡してはならないと、俺に教えてくれたんだろう。そしてテンニの目論見を砕いたんだろう。

 

 さあな

 

 陰陽師の唇が、何故かそう答える。
 ――そうだな。今更何を言ったって、どうにもなりはしないよな。
 月は漸く半月と呼べるほどのものになり、輝きの力も半分は取り戻している。
 小さな星屑たちはその光に呑み込まれることを避けるかのように、離れた所でひそやかに散らばる。
 ――リンケイ。
 また、その名を呼ぶ。
 ――俺を……助けてくれ。
 陰陽師の、いつものように微笑む顔が浮かぶ。
 この問いにあいつは、何と答えるだろうか――

 

 俺が

 

 眉をひょいと持ち上げ、その唇が動く。
「聡明鬼さん」
 その時室の中から、鼬がリューシュンを呼んだ。「リシさんが、来やした」
 リューシュンは瞬きし、振り向いた。

 

「俺が今まで、お前を助けぬことがあったか」

 

 室に向かって一歩踏み出した時、そんな声が聞こえた。
 はっとして、振り向く。
 半月の懸かる夜空がそこにあるだけで、当然のことながら誰もいない。
 少しの間、リューシュンはその景色を見、それからまた振り向いて歩き出した。
 ――ああ。
 歩きながら、思う。
 ――確かに、そうだな……俺はきっと、大丈夫なんだ。
「大丈夫でやすか」
 ケイキョが訊く。
 その傍でスルグーンも、見上げてくる。
「うん。大丈夫だ」リューシュンは久しぶりに、腹に力を込めてその言葉を言った。
 それを聞いた鼬と雷獣が、やっと頷いた。

 

◇◆◇◆次号へ◆◇◆◇

 

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