葵マガジン 2020年02月01日号

  • 2020.02.03 Monday
  • 09:13

JUGEMテーマ:小説/詩

 

◇◆◇◆聡明鬼◆◇◆◇


第85話 助力の形(全100話)

 

 廊下を、歩く。
 聡明鬼の前をリシが歩き、導く。
 リシの手に持つ灯明が揺らぎ、足許をぼんやりと照らす。
 窓の外の半月が、それを助けるように光を差し込む。
「お前が、連れ帰ってくれたんだってな」歩きながら、聡明鬼が言った。
 リシは歩きながら顔を少しだけ横に向け「ああ」と答えた。
「お前が、トハキに俺を乗せてくれたんだな……大変だったろう」
「――覚えていないのか」リシが訊く。
「うん」リューシュンは頷いた。「覚えてないんだ」
「そうか」リシは言って、立ち止まった。
 リューシュンも立ち止まる。
 リシはそこにある扉を叩いた。
「どうぞ」中からマトウが答える。
 リシが扉を開け、
「聡明鬼さまをお連れ致しました」
 そう言い、リューシュンに道を譲る。
 リューシュンは何も言わず室に入り、背後で扉が閉ざされた後もそこに立っていた。
「まあ、どうぞおかけになって下さいまし」マトウは椅子を勧めた。
 リューシュンはやはり黙ったまま、椅子に腰掛けた。
「それで」マトウは用意していた茶を器に注ぎ、差し出す。「私にお話とは、どのようなことでしょう」
「人間と」リューシュンは初めて口を開いた。「鬼との、仲を取り持って欲しいんだ」
「人間と、鬼」マトウはいささか驚いたように、顔から微笑みを一瞬消した。「つまり今の陽世で起きている諍いを止めよと」
「すべてを止めることは叶わないかも知れない」リューシュンは俯いた。「それは、あんたにとっても危険なことだ」
「そんな」マトウは首を振った。「私めの身などを案じて下さいますな」
「あんたは鬼のことが嫌いか」リューシュンは顔を上げ、訊いた。「本当のところは」
「――」マトウは少しの間言葉を返せなかったが、顎を引くようにして「特にそのような感情を抱いたことはありませぬ」と答えた。「ですが恐らくそれは、私が法術を身につけており鬼を恐れる必要もないからかも知れませぬ」
「恐れる、必要」リューシュンは繰り返した。「人間たちは、鬼を恐れるから排除したいと言っているのか」
「それもありましょう」
「けど、鬼は――土地爺は、人間の幸福の為に」
「税として金銀を収めさせる」マトウが後を引き取った。
「――それは」
「もし鬼が、無償で人間たちの幸せの為に身を粉にして働くのであれば、人間も鬼を恐れたりはしないでしょう。けれど人間から見れば、土地爺とは財を奪うもの――財を奪って、それを閻羅王に収めご機嫌を取り、自分だけが安穏と暮らすもの、そういう風に見えているのですよ」
「――それだけじゃ、ないのに」リューシュンは呆然と口にした。
 薄々は――否、確実にそうなのだということは知っていた。
 けれど今改めて、人間であるマトウの口からそれを聞かされることは、若き土地爺にとっては身を切られるような思いであったのだ。
「もちろんあなた様は、そざや町の人間たちの為にお尽くしになって来られたのでしょう」マトウは微笑んだ。「けれど土地爺の中にはあなた様と違って、文字通り搾取を行う非道の鬼も確かにいるのですよ。元来人と鬼とがうまくやっていくような理は、この世にはないのです」
「そんなことはない」リューシュンは声に力を込めた。「俺は、鬼と人間とがうまく付き合っていける事を知っている。実際にその例も見ている」
「例?」マトウが訊く。
「ああ。人間と鬼とが、義兄弟になった例だ」
「まあ」マトウは嘆息した。
「それだけじゃない。この俺も」リューシュンは自分を指差した。「人間の、陰陽師とずっと一緒にやってきた」
「陰陽師?」このときマトウの眉根がすっとひそめられた。「誰ですか?」
「――」リューシュンは、しまったと思い目をぎゅっと瞑った。
 マトウがじっと見ている。
「――名は、言えん」リューシュンは苦し紛れにそう告げた。
「ええ」マトウは頷いた。「聞きますまい。何故ならそれが誰なのか、私には判りますゆえ」
「――」リューシュンは眼を見開いた。「なんだって」
「人間でありながら、鬼や妖怪を何よりも好む陰陽師」マトウは手元の器を見下ろし、それを持ち上げた。「そのような者、陽世広しといえど一足しかおりませぬ」器を睨みつけ、次にその中の茶をぐいと一気に呷る。
「――」リューシュンは何も言えずにいた。
 かた、とマトウは器を卓に置き、きっとリューシュンを見据えた。
「リンケイ」
 その名を呼ぶ。
「ですね」
「――」鬼の碧の眸は少しく揺らめいたが「ああ」と答える他なかった。
 マトウは器からいまだ手を離さず、じっとリューシュンを見つめ続けた。
 何を、想うものなのか。
 リューシュンには、わからなかった。
 リンケイとこのマトウ、陰陽師同士の二足が知り合いだったということは分かった、だがどういった知り合いで、マトウがリンケイと自分が関わりを持つことを知った今どういう想いを持つのか、自分に対しこの先どのような態度を示してくるのか、まったく予測できずにいたのだ。

 

「いいでしょう」

 

 だがマトウは、大きく頷いたのだ。
「えっ」リューシュンは寧ろ驚いた。「いい、って」
「もちろん、人間たちと鬼たちとの仲を取り持つという事についてでございます」マトウはやっと器から手を離した。
「本当か」リューシュンは背筋を伸ばした。「やってくれるか」
「ええ」マトウはもう一度頷いた。「あなた様のお役に立てる人間が、リンケイ一足などでは決してないこと、この私めが証してご覧に入れましょう」
「――」
「必ずや」マトウはにやり、と口元を広げた。「あんな男よりも遥かに、あなた様のお力になって差し上げますわ。玉帝様のお言いつけの通りに」
「――ああ」リューシュンは、やっと息をつくことができたような気がした。「頼む」
「はい」マトウは頷き「それで、リンケイは今どこに居るのでございますか」と訊いた。
「――」リューシュンは言い淀んだ。
 話して、よいものだろうか。
 そう思う。
 しかし、話そうと決意した。
 マトウも陰陽師、リンケイの為したことに理解はあるだろうし、何よりもたった今、自分の頼みを、危険も顧みず了諾してくれた者だ。
 自分も信頼の態度を示さねばならない。
「生きた人間を、生きたまま陰鎮鷲椶愾る呪いというのを、知っているか」問う。
「――」今度はマトウが言葉を失った。「はい」頷く。「……まさか」
「うん」リューシュンは、頷いた。「あいつは、生きたまま陰鎮鷲椶惺圓辰拭今もそこに居る、はずだ」
「な」マトウは声を震わせた。「何故」
「閻羅王に、力を貸す為だ」
「――閻羅王に?」マトウの眼は見開かれた。「何故」
「まさに玉帝の言っていた通りのことさ」リューシュンはゆっくりと瞬きをしながら説明した。「それが、結局は俺の力になるってことなんだ」
 マトウは眸を揺らしてしばらくの間考えていた。「――あの、ムイを持って行った相手から閻羅王を護るということでございますか」
「流石だな」リューシュンはにこりと笑った。「その通りだ」
「けれど」マトウは首を横に振った。「陰鎮鷲椶砲同⇒曚陵のもとに法技を駆使するには、いかばかりか――いえ、大いに制限が加わると思うのです、とても鬼どもに陰陽師の技がすべて通用するとは思えぬのですが」
「そうなのか?」リューシュンは驚いた。
 しかし言われてみれば確かにそうかも知れない。
 リンケイが相手にしてきたのは妖怪や精霊の類であって、鬼退治を生業としてきたわけではないのだ。
「陰鎮鷲椶箸覆譴弌∨ゞ颪砲垢訖深遒簗草なども手に入らぬでしょうし、一体どうやって……」マトウは呟いていたが「まさか」ともう一度眼を見開いた。
「何だ?」リューシュンが訊く。
「あの男」マトウはまた声を震わせる。「斬妖剣一本、剣技ひとつで鬼どもに立ち向かうつもりでいるのでは、ないでしょうね」
「――」リューシュンの中に、かつて妖魔たちを討ち払った際に見たリンケイの剣さばき、斬妖剣を振るう姿がよぎった。「あり得るな」頷く。「あいつなら」
「狡い」
 マトウの、幾分上ずった声に、リューシュンは驚いて眼を向け直した。
 マトウは俯き、唇を噛み締めていた。
「狡い」
 もう一度、かすれた声で言う。
「どう、して」リューシュンはそうとしか問えなかった。
「剣なんて……私には、使えないのに」
「――それは」
「あいつには、法力もあれば、法技にも長けているくせに……剣なんて」
「――」
「おまけに陰鎮鷲椶惺圓なんて」拳を強く握り締める。「狡いにもほどがある」
「だから、何が狡いんだよ」リューシュンは思わず両手を上に持ち上げマトウを制した。「別に、あんたとあいつが競り合う必要はないだろう」
「あの男は、私の言葉に何ひとつ耳を貸そうともしないのです」マトウは首を振り、叫ぶように言った。「私が何を教えても忠告しても、どこ吹く風といった体であっけらかんと、いつも好きなように振舞って」
「ああ」リューシュンは顔を斜め上に向けた。「そうだろうな、あいつなら」
「私を馬鹿にして、見下しているのです」
「そんなことはないだろう。あんたの考え過ぎだよ」リューシュンは苦笑した。
「いいえ」マトウはまたしても首を振る。「あいつは、私のことを能無しの役立たずの似非陰陽師と思っているのです」
「でもあんたには、多くの人間たちと上手くやっていく才能がある」リューシュンは辛抱強く語りかけた。「あいつには、リンケイには絶対できない事だ」
「――」マトウは、はっとした顔でリューシュンに眼を戻した。「――ああ」みるみる、頬が薔薇色に染まる。
 ――久しぶりだな。
 ふと、リューシュンはそんなことを思う。
 ――女の……人の頬が、薔薇色に染まっていくのを見るのは……まあ今まで見たのは人というよりも、鬼魂の頬だったが。
「聡明鬼さま」マトウは眸を潤ませて歓喜の声になった。「ああ、仰る通りでございます、私には人間たちをまとめ統べることができる……ええ、今こそその力を、あなた様の為に発揮させていただきますとも。私にできる全てのことを、ここ陽世において」
「ああ」リューシュンは頷きながら、大きく息をついた。「リンケイにはできない方法で、俺の力になってくれ」
「はい」マトウは踊り出さんばかりに両の腕を広げ微笑んだ。「必ずや」

 

          ◇◆◇

 

「話は、済んだのか」
 室を出ると、少し離れたところからリシが訊いてきた。
「ああ」リューシュンは頷いて見せた。
「そうか」リシも頷き、くるりと背を向ける。
「待っててくれたのか」リューシュンはそれから漸く気づき、訊ねた。「もう遅いのに、お前も休めばいい」
「マトウ様より言いつかっている」リシは振り向かない。「部屋に送り届けるまでが私の仕事だ」
 しばらく歩く。
「何を話したんだ」不意にリシがまた訊いた。
「――」リューシュンは少し置いて「人間たちと鬼たちとの間を取り持ってくれと、頼んだ」と、正直に答えた。
「人間たちと、鬼たちを?」リシは驚いたようだったが、顔はほんの少し横に向けられただけだった。「それで、マトウ様は」
「やると言ってくれたよ」
「そうか」リシはまた前を向く。
「お前にも、同じことを頼む」リューシュンは、その背に言った。「大変なことだとは思うが、やってくれるか」
「――」リシは少し置いて「わかった」と答えた。

 

          ◇◆◇

 

 露台に、出る。
 月は大分低いところにまで降りてきている。
 ――もうすぐ、行くぞ。
 そう、心で呼びかける。
 無論、リンケイにだ。
 ――もしテンニが先にそっちへ行ったら、よろしく頼むぞ。
 そう心で告げてから、リューシュンは片眉をひそめた。
 ――ていうかお前、あの女の陰陽師と一体どうだったんだ?
 先程見た、マトウの取り乱した姿を思い出す。
 ――まさかお前が女と本気で争ったり貶めたりすることはないと思うが……まあ、今度会ったらゆっくり聞かせてもらうさ。
 ふう、と星の少ない空に向かってため息をつく。
 ――なんにしても、陽世でのことはうまくやってもらえそうだ……もしかしてこれが、お前の「助け」だったのか。
 陰陽師の、取りすました貌が浮かぶ。
 ――てことは、俺と知り合うずっと以前から、お前は俺を「助けて」くれてたんだな。

 

 どうだかな

 

 陰陽師の、苦笑交じりに呟く姿が浮かぶ。
 リューシュンは空を仰ぎながら、くすくすと笑った。

 

◇◆◇◆次号へ◆◇◆◇

 

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